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Snow day
Side Manatsu
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---Side 真夏---
カタカタカタ、とキーボードを弾く音が静寂を支配する。
それからコポコポと、コーヒーメーカーも存在を証明するように、豆からひいていることもあって、とりわけ良い香りが部屋中を満たしていた。
「そろそろできたか」
最後の仕上げとでも言いたげに、蒸気を立てながらコーヒーを蒸らす工程に入るのと時を同じくして、俺は席を立っていた。
パタパタパタと磨いたばかりのフローリングをスリッパが歩く音がする。
シーンとした空間には、俺1人しかいない。
それもそうだ。
つい先日、上京先から戻ってきて、始めた一人暮らしなのだから。
実家に帰るほどの愛着もない。
トプントプンと音を立てながら、集まれば真っ黒な、けれど光に当てるとどこか透明な液体をコーヒーカップに移し替える。
仕事についてからは、自然とこの飲料が好きになった。
用具やら素材にこだわり始めたのも、もしかすると、年齢の割には早かったのかもしれない。
俺は今年、28歳になった。
年も変わって、まだひと月しか経っていない二月の頃、「どうして?」という周囲の疑問の残る視線を他所に、俺は一人、故郷に帰ってきた。
Jターンに該当するのかもしれないが、就業先は実のところ、現状は変わっていない。
トゥルルルルル
チャットツールが着信を告げた。
コーヒーカップにコーヒーを移し淹れ、いざ口をつけようとしたところだったというのに。
急ぐ足で、折角の楽しみを溢すのは惜しまれて、それをテーブルにそっと置いた。コトンと寂しそうな音に聞こえるのは俺だけか。
「ちっ…」
誰も聞いていないのを良いことに、小さくない舌打ちをした。
在宅勤務の大きなメリットだ。
出るか出ないかは、着信相手による、と、乱雑な扱いに抗議を立てるデスクチェアに腰掛け、マウスを片手に画面を覗き込めば…平内だった。
(何か問題でもあったか)
「悪い。遅くなった、どうし…」
「課長!!!」
狭くはない、一人暮らしの家屋に部下の声が、スピーカー越しにだが、酷く響いた。
「平内…頼む…」
額を押さえながら、もう少し小さい声でと懇願しようとすれば、逆にこれでもかというくらい、例えれば生まれたばかりの子犬が飼い主に縋るかの如く、哀願された。
彼が配属されてから一年も経たないが、目に浮かぶようだ。
「3月で辞めちゃうって…本当なんですか!?」
「…ああ」
どこで耳に挟んだのか、なるべく口止めを頼んだ情報だったが、ついに耳に入ったらしい。
いても経ってもいられず、掛けてきたというところか。
「俺、俺…イヤっすよ、そんなの。まだ教えてもらいたいこと沢山…」
「平内」
「俺…」
「…」
もたれた背もたれが、ギィと鳴った。
「課長…」
しばらくの沈黙の後、絞り出された部下に対して俺は、お決まりのセリフを返すくらいしか、もうしてやれることはなかった。
「すまない、もう決めたことだ」
外では、今年初めての雪が降り始めていた。
カタカタカタ、とキーボードを弾く音が静寂を支配する。
それからコポコポと、コーヒーメーカーも存在を証明するように、豆からひいていることもあって、とりわけ良い香りが部屋中を満たしていた。
「そろそろできたか」
最後の仕上げとでも言いたげに、蒸気を立てながらコーヒーを蒸らす工程に入るのと時を同じくして、俺は席を立っていた。
パタパタパタと磨いたばかりのフローリングをスリッパが歩く音がする。
シーンとした空間には、俺1人しかいない。
それもそうだ。
つい先日、上京先から戻ってきて、始めた一人暮らしなのだから。
実家に帰るほどの愛着もない。
トプントプンと音を立てながら、集まれば真っ黒な、けれど光に当てるとどこか透明な液体をコーヒーカップに移し替える。
仕事についてからは、自然とこの飲料が好きになった。
用具やら素材にこだわり始めたのも、もしかすると、年齢の割には早かったのかもしれない。
俺は今年、28歳になった。
年も変わって、まだひと月しか経っていない二月の頃、「どうして?」という周囲の疑問の残る視線を他所に、俺は一人、故郷に帰ってきた。
Jターンに該当するのかもしれないが、就業先は実のところ、現状は変わっていない。
トゥルルルルル
チャットツールが着信を告げた。
コーヒーカップにコーヒーを移し淹れ、いざ口をつけようとしたところだったというのに。
急ぐ足で、折角の楽しみを溢すのは惜しまれて、それをテーブルにそっと置いた。コトンと寂しそうな音に聞こえるのは俺だけか。
「ちっ…」
誰も聞いていないのを良いことに、小さくない舌打ちをした。
在宅勤務の大きなメリットだ。
出るか出ないかは、着信相手による、と、乱雑な扱いに抗議を立てるデスクチェアに腰掛け、マウスを片手に画面を覗き込めば…平内だった。
(何か問題でもあったか)
「悪い。遅くなった、どうし…」
「課長!!!」
狭くはない、一人暮らしの家屋に部下の声が、スピーカー越しにだが、酷く響いた。
「平内…頼む…」
額を押さえながら、もう少し小さい声でと懇願しようとすれば、逆にこれでもかというくらい、例えれば生まれたばかりの子犬が飼い主に縋るかの如く、哀願された。
彼が配属されてから一年も経たないが、目に浮かぶようだ。
「3月で辞めちゃうって…本当なんですか!?」
「…ああ」
どこで耳に挟んだのか、なるべく口止めを頼んだ情報だったが、ついに耳に入ったらしい。
いても経ってもいられず、掛けてきたというところか。
「俺、俺…イヤっすよ、そんなの。まだ教えてもらいたいこと沢山…」
「平内」
「俺…」
「…」
もたれた背もたれが、ギィと鳴った。
「課長…」
しばらくの沈黙の後、絞り出された部下に対して俺は、お決まりのセリフを返すくらいしか、もうしてやれることはなかった。
「すまない、もう決めたことだ」
外では、今年初めての雪が降り始めていた。
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