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閑話 悪夢+ノイズ=記憶≠現実
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酷い耳鳴りがする。ユートは暗闇の空っぽな空間に浮かんでいる。昏いせいで良く判らないが、何もないように見えて、何かが浮かんでいるようにも見える。目を凝らすと、それらが見えた。辺りには互いに何の共通点もないようなシルエットが無秩序に浮かんでいるようだ。
壊れた机らしきものやボロボロになった熊のぬいぐるみ。羽のない羽ペンや、目元の隠された写真。コート、電球、ベット、風邪薬、階段に、巨大な朽ちた協会までもがこの闇を彷徨っている。それらは確かに、ユートが一度何処かで見たものだった。
虚空、と言うには色々なものが浮かんでいて情報量が多すぎるし、虚無、と呼ぶには耳鳴りが五月蝿過ぎるこの悪趣味な空間には恐怖すら通り越して狂気すら感じる。
ふと気づいた。遠くにある「何か」がゆっくりと、それでいて確実に近づいて来ている。それは大きな鏡だった。鏡面が割れている事さえ除けばごく普通の鏡だ。
鏡にユートが映る。衝撃、後悔、悲壮、恐怖、孤独感、それを見た瞬間、心の何処かに巣食っていた負の感情が一気に溢れ出した。
そんな、嫌だ、思い出したくない、考えたくない、勝手に踏み入られたくない。思考が交錯する。言葉が頭の中を駆け巡る。いや、声と言うよりもノイズだこんなの。現実と理想が混ざり合う。辺りの有象無象が浮かんでは消え、また浮かんではまた消えていく。真の偽の隔たりが曖昧になっていく。何もかもが混沌で、曖昧な、_グレイに変わり、法則も、定理も、意義素も意味を無くして、崩れ落ちる。こんなのまるで………
まるで「あの時」と同じじゃないか………!
——鏡に映ったユートには、「色」が無かった。
頭の中のあの日の記憶がフラッシュバックしてきたと思うと、目の前にはあの時の世界が広がっていた。綺麗な砂浜に二人だけ、ユートと彼女の二人きり。そよ風になびく、夕陽に照らされて美しい金色になった栗色の髪も、少し痩せた華奢な体躯も、あの日と何も変わらない。
彼女がゆっくりと振り向いていく。何故か、彼女の顔を見たくないと思った。漠然とそう思った。しかし、彼女は振り向くとユートに向かい合った。
彼女の顔には黒い靄がかっていた。クレヨンで適当に描いたような靄が、彼女の目を覆っている。そしてこの後に、彼女は言った。はずだ。
「⬛ー⬛。⬛⬛と⬛っ⬛⬛⬛⬛⬛よ———」
彼女の言葉はただのノイズとしか聞き取れなかった。何を言っているのか、何を思っているのかが分からない。記憶の中で、最も大切な言葉だったはずだ。それなのに、分からない。ユートは彼女に近づいていく。あと少しで手が届くといった所で、彼女の口が僅かに動く。
"ありがとう” それだけは聞こえた。あの日と何も変わらない、優しい声だった。
彼女の体が崩れ去る。
「あっ!」
必死に取り戻そうとしても何も戻ってはこない。ユートの口からは自然と声が出た。
「どうして……こんなの、何も変わっていないじゃないか………」
世界から色が消えていく。鮮やかさが、彩が消えていく。時間も逆行しているようで、潮が引いていくのが見えた。ユートの口からはもう、慟哭しか出てこなかった。
——僕はまた失ってしまった。
ここにはもう誰もいない。崩壊する世界に独りだけ、彼は涙を零して叫び続けた。
壊れた机らしきものやボロボロになった熊のぬいぐるみ。羽のない羽ペンや、目元の隠された写真。コート、電球、ベット、風邪薬、階段に、巨大な朽ちた協会までもがこの闇を彷徨っている。それらは確かに、ユートが一度何処かで見たものだった。
虚空、と言うには色々なものが浮かんでいて情報量が多すぎるし、虚無、と呼ぶには耳鳴りが五月蝿過ぎるこの悪趣味な空間には恐怖すら通り越して狂気すら感じる。
ふと気づいた。遠くにある「何か」がゆっくりと、それでいて確実に近づいて来ている。それは大きな鏡だった。鏡面が割れている事さえ除けばごく普通の鏡だ。
鏡にユートが映る。衝撃、後悔、悲壮、恐怖、孤独感、それを見た瞬間、心の何処かに巣食っていた負の感情が一気に溢れ出した。
そんな、嫌だ、思い出したくない、考えたくない、勝手に踏み入られたくない。思考が交錯する。言葉が頭の中を駆け巡る。いや、声と言うよりもノイズだこんなの。現実と理想が混ざり合う。辺りの有象無象が浮かんでは消え、また浮かんではまた消えていく。真の偽の隔たりが曖昧になっていく。何もかもが混沌で、曖昧な、_グレイに変わり、法則も、定理も、意義素も意味を無くして、崩れ落ちる。こんなのまるで………
まるで「あの時」と同じじゃないか………!
——鏡に映ったユートには、「色」が無かった。
頭の中のあの日の記憶がフラッシュバックしてきたと思うと、目の前にはあの時の世界が広がっていた。綺麗な砂浜に二人だけ、ユートと彼女の二人きり。そよ風になびく、夕陽に照らされて美しい金色になった栗色の髪も、少し痩せた華奢な体躯も、あの日と何も変わらない。
彼女がゆっくりと振り向いていく。何故か、彼女の顔を見たくないと思った。漠然とそう思った。しかし、彼女は振り向くとユートに向かい合った。
彼女の顔には黒い靄がかっていた。クレヨンで適当に描いたような靄が、彼女の目を覆っている。そしてこの後に、彼女は言った。はずだ。
「⬛ー⬛。⬛⬛と⬛っ⬛⬛⬛⬛⬛よ———」
彼女の言葉はただのノイズとしか聞き取れなかった。何を言っているのか、何を思っているのかが分からない。記憶の中で、最も大切な言葉だったはずだ。それなのに、分からない。ユートは彼女に近づいていく。あと少しで手が届くといった所で、彼女の口が僅かに動く。
"ありがとう” それだけは聞こえた。あの日と何も変わらない、優しい声だった。
彼女の体が崩れ去る。
「あっ!」
必死に取り戻そうとしても何も戻ってはこない。ユートの口からは自然と声が出た。
「どうして……こんなの、何も変わっていないじゃないか………」
世界から色が消えていく。鮮やかさが、彩が消えていく。時間も逆行しているようで、潮が引いていくのが見えた。ユートの口からはもう、慟哭しか出てこなかった。
——僕はまた失ってしまった。
ここにはもう誰もいない。崩壊する世界に独りだけ、彼は涙を零して叫び続けた。
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