カラー・ロック

他島唄

文字の大きさ
上 下
27 / 39
Find our color

Find our color⑮

しおりを挟む

 私の前にはスタンドマイクがポツリと立っている。その半径1メートルは無重力空間だった。宇宙に行ったらこんな感じなのだろうか。音楽のような静寂に包まれている。フワフワとした感覚の私を、マイクとの間にあるベースの慣れた重みが、地に足を着かせてくれる。

 右隣を見ると千代さんが、いつも以上に凛とした顔でギターに手を置いている。
 後ろを見ると、明音がドラムとにらめっこしている。

 2人の姿を瞼の裏に焼き付けるように、私は目を閉じる。残像の2人の姿が、くっきりと脳裏にまで焼き付く。それを確認すると、私は心地よい緊張感に包まれる。ベースが無ければ飛んで行ってしまいそうだ。再び、2人の残像を確認する。無限のような時間を終わらせるために、私はそっと目を開ける。

「好きなタイミングで始めていいわよ。」
 マイクの向こう側にいる麻衣先輩が優しく言う。
 そっと、でも深く深呼吸をする。

 最後に2人の姿を確かめる。

 目を合わせて、互いの呼吸を合わせていく。 


 そして、明音がカウントをする。 

 いつもよりゆっくりに聞こえたが、私は一気に現実に戻ってくる。カウントを体に刻み、私たちの演奏は始まる。

 最初から早いリズムで始まった、曲は私と明音のドラムによって形作られていき、そこにモノクロな音でキャンパスを作っていく。その瞬間に、マイクより後ろだけだった私の世界は、一気に部屋全体に広がっていく。やっとステージの前の先輩たちの顔が分かる。けれども、私にとってその表情への興味は一切なかった。

 はじめに歌うのは私だ。通い慣れ始めている、けれどもいつもとは全く違うこの場所を想い歌っていく。私の歌は、千代さんが描いたキャンパスに黄緑色の背景を描いていく。これまでの演奏では見れなかった景色に、私のテンションも上がっていく。

 あぁそうか。私がここに描きたかったのはこの色なのか。そりゃあ、ベットで思いを巡らせても見つからないわけだ。「色を付けたい。」というその気持ちを知りながら、気づいていなかった。これが、「私だけのもの」じゃないか。

 次に歌うのは、千代さんだ。千代さんは、モノクロの雰囲気をさらに強弱をつけていく。千代さんは凛とした表情を崩さず、淡々と力強くギターを弾く。そして、丁寧に、ただはっきりと私の色に輪郭を付けていく。私の余韻が、千代さんによって完成されていく。泣きそうだ。

 サビに歌うのは、明音だ。明音の明るいオレンジが、キャンパスと教室全体を照らしていく。ドラムを叩きながら必死に歌う彼女の声は、さらに煌めきを増していく。

 そうか、「私だけのもの」は終わっていないのか。私は、ただ明音に支えてもらっていただけではなかった。彼女のキラキラと光るオレンジに、引っ張ってもらっていたんだ。だから、このバンドは千代さんと明音とじゃなきゃダメだったんだ。この3週間で、2人とのバンドは私の想像以上に、私にとって大きなもの、「私だけのもの」になっていたんだ。
 
 明音の歌とドラム、千代さんのギターと、私のベースで完成したキャンパスを見る。あぁこの景色も「私だけのもの」なんだ。そして、この景色を、ここからもっと見たい。一生見ていたい。そんなことを想いながら、永遠と続いていくと思われた3分間は終わりを告げる。
 

 ただ、私の頬には涙が流れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

八尺様

ユキリス
ホラー
ヒトでは無いナニカ

処理中です...