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第四章 終結
四
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晶たちの死を確認した恵美里と勇斗は、さきほど見た説明できない出来事を思い出すと、あらためて震えあがった。言葉を交わさずとも考えていることは同じで、二人は別荘から出た。一刻も早く、ここから立ち去りたかった。
私道を下る途中に紗希が倒れていた。念のため確認するとかすかに息がある。
勇斗が紗希の側に付き添い、恵美里は県道を駆け下りて助けを呼びに行った。三軒目に訪ねた別荘に人がいた。数分後、救急車とパトカーが一斉に別荘へ押し寄せた。
その後のことは、恵美里も記憶が曖昧だった。
気がつくと病院で手当てを受けていた。現場を見れば殺人事件なのはあきらかだったからか、初めから医師のほかに女性警官がつき、恵美里に確認しながらも彼女の身体のいろいろな箇所から何かを採取していった。後々考えると不快な経験だが、その時は緊張の糸が切れていたのか何も感じなかった。父の恵介が真っ青な顔で駆けつけた時には、恵美里は半分眠りかけていた。恵美里自身にはほとんど外傷がなかった。
ただ、恵美里は身体が回復した後も一週間ほど病院から出られなかった。センセーショナルな事件だったのもあり、連日マスコミが病院に押し寄せた。警察は彼らから恵美里を守ってはくれたが、一方で当然事件のことを微に入り細に入り尋ねた。思い出すのは非常に辛かったが、恵美里もできる限り正直に答えた。それが生き残った者の責務だと思った。秀人と真優はもう話すことが出来ないのだ。
勇斗と紗希はそれぞれ別の病院に入院していると恵介から聞いた。二人のことが心配だった恵美里は聴取を担当していた刑事に尋ねた。
彼の話によると勇斗は右足首の捻挫と左側の肋骨にヒビが入っているくらいで、あとは軽い打撲だった。恵美里と同じくすぐに退院できる状態だったが、やはりマスコミに囲まれていたため身動きがとれなかった。
紗希は重症で、晶に斬られた左足首の縫合手術が行われたが、成功したかまではわからないらしい。晶はショットガンで彼女を撃っていたが、それは不幸中の幸いというべきか右肩をかすり、数メートル先の地面に被弾していた。肩の傷は治るようだが、それ以前に精神的ショックが大きく、警察もほぼ聴取ができていないそうだ。
事件から一ヶ月後、恵美里は学校に復帰した。報道もほとんど沈静化し、家を訪ねてくる記者も二人くらいに減った。恵介は娘を気遣い「まだ家にいてもいい」と言っていたが、恵美里は登校した。自分は被害者で、何も悪いことはしていない。そう思っていたが、彼女を迎えた級友たちの目は冷たかった。あからさまに口に出す者はなかったが、恵美里の母親と晶の父親の不倫関係もマスコミによって明るみにされていたからだ。
晶が恵美里たちに告白した通り、一ヶ屋和之と四谷有里子の遺体は、やはり庭から発見された。白骨化した遺体はバラバラに解体されて袋詰めの状態だったが、一ヶ所に埋められていた。一緒に遺棄されていた包丁とノコギリからわずかに晶の指紋が確認できたので、恵美里の話からも母親の裕紀が実行犯で晶は共犯とみなされた。いずれにしろ、二人ともすでに死亡しているため、被疑者死亡のまま書類送検という扱いである。
有里子の遺骨が帰ってきた時、恵介は泣いていたが、恵美里は泣けなかった。母の気持ちがまだ理解できなかった。不貞をされたにもかかわらず、離婚を決意しなかった父の気持ちも。
恵美里と勇斗と紗希、それぞれの話から事件の輪郭がはっきりしていった。
叔母夫婦殺害から始まる一連の犯行は、一ヶ屋晶が行ったことに間違いなく、事前に周到に準備していたことがわかった。三村真優は殺人罪の幇助となるのか検証されたが、実際に犯行に使われた凶器から指紋が採取されなかったことや二人がやりとりしたメールの内容などから、彼女は晶に騙されただけと判断された。つきつめれば器物破損や脅迫の罪があるが、こちらも本人がすでに亡くなっているため、書類上の処理となった。
ただひとつだけ、警察も検察も納得しえない事があった。
晶と真優の死亡時の状況である。
真優の遺体が解剖され、死亡推定時刻が判明すると、恵美里たちが見たものは「ありえないこと」とされた。
しかし恵美里たちも嘘はついていない。
そして晶と真優の遺体の状況も嘘ではないことを証明していた。
晶の全身は何か一度に強力な圧迫を加えられたことにより、内臓は破裂し、骨が砕けていた。二階から落ちたことが原因と考えるには、あまりに損傷が激しかった。何より、すでに死亡していたはずの真優の両腕が晶の身体に硬く巻きつき、はがすために数人の力を要した。
捜査員たちも揃って異様な状況を感じていたが、誰もそれをうまく説明できる者はいなかった。最終的には事実とは逆に晶が真優を抱いて飛び降りたことにされた。強引な幕引きであるが、そうするしかなかったのだろう。司法の場に超常現象は相入れない。
勇斗も恵美里が戻ってから半月後に登校してきたが、二人は結局卒業まで、周囲から好奇の目を向けられ、避けられた。それはある意味、仕方のないことだったのかもしれない。晶は学校の人気者で有名人だったからだ。その正体が異常な殺人鬼だったとなると、生徒たちが受けたショックも大きい。くわえて真優も含めた四角関係まで噂されて、恵美里もくじけそうになった。
そんな中、勇斗だけは事件以前と態度が変わらなかった。というより、事件などなかったかのように口にするのも避けているのが伝わってくる。同じ被害者というのもあるが、死線を共にくぐり抜けた相手として恵美里は自然と彼に特別な絆を感じていた。ただ、それが「恋愛感情」なのかどうか、恵美里にもはっきりとわからなかった。
全てが落ち着いた頃には半年が経過し、恵美里と勇斗は卒業式を迎えた。
紗希は重傷を負ったこともあるが、学校に来ることはなく、卒業式のみ姿を現した。恵美里たちは紗希が入院していた頃から何度か会おうとしたが、紗希の両親に拒絶された。もう娘に近づかないで欲しいとまで言われた。関係がないのに娘が酷い目に遭った怒りを犯人が死んでしまった今、恵美里たちにぶつけるしかなかったのだろう。
卒業証書を受け取る紗希を遠目に見て、彼女が左足を引きずっていたので、恵美里は胃の辺りがずっしりと重くなった。自分のせいではないことはわかっている。だが、彼女の姿を恵美里は目に焼きつけた。おそらく卒業すれば、もう二度と会えない。彼女があんな状態で志望大学に合格したと噂で聞き、恵美里は感心しつつ、心の中で彼女に別れを告げた。
「もう半年経ったんだね」
卒業式の後、恵美里は隣を歩く勇斗に話しかけた。
二人は学校近くの川沿いを歩いていた。土手にそって桜の木が並び、薄桃色の小さな花びらが雪のように風に舞う。
「そうだな」
家の方角が違うので、普段一緒に帰ることはほとんどなかったが、今日は恵美里の方から勇斗を誘った。そんなことは初めてだったため、勇斗が少し身構えているのが恵美里にも伝わってきた。
だが恵美里は話したいことがあった。今日ここで別れてしまえば、お互い絶対とは言えないまでも会えなくなるだろう。彼はそんな冷たい対応をすることはないと思っているが、それでも今日で友人関係を断たれても恵美里には何も言えなかった。だからこそ事件のことを話すのは今日しかないと思った。そしてこんな考えを話せるのも彼しかいなかった。
「恵美里は、銀行員になるんだよな」
勇斗はややうつむき加減で言った。癖なのか、少し伸びた前髪を手でかき混ぜながら。
恵美里は事件の前に地元の信用金庫から内定が出ていた。恵美里はこれだけ騒ぎになったのだから取り消されてもおかしくないと思っていたが、一ヵ月後、支店長が直々に訪ねて来て、逆に来年から勤められるか聞かれた。
「……うん、ちょっと緊張する。勇斗は、お父さんのお店を継ぐのよね?」
勇斗はだいぶ前から家のパン屋で働くと聞いていた。姉二人は家業に全く興味が無く、それぞれ別のところに就職した。だからと言うわけではなく、前々から自分が継ぐことを父親は内心望んでいるのがわかっていた。
「父さんは『実の息子だろうと関係ない。素質がなかったらクビだ』とか言ってるけどね」
そう言って笑う勇斗に恵美里の顔も一瞬ほころんだ。
しばらく二人は見つめ合っていたが、やがて恵美里が口を開いた。
「ちょっと……ここで話してもいい?」
私道を下る途中に紗希が倒れていた。念のため確認するとかすかに息がある。
勇斗が紗希の側に付き添い、恵美里は県道を駆け下りて助けを呼びに行った。三軒目に訪ねた別荘に人がいた。数分後、救急車とパトカーが一斉に別荘へ押し寄せた。
その後のことは、恵美里も記憶が曖昧だった。
気がつくと病院で手当てを受けていた。現場を見れば殺人事件なのはあきらかだったからか、初めから医師のほかに女性警官がつき、恵美里に確認しながらも彼女の身体のいろいろな箇所から何かを採取していった。後々考えると不快な経験だが、その時は緊張の糸が切れていたのか何も感じなかった。父の恵介が真っ青な顔で駆けつけた時には、恵美里は半分眠りかけていた。恵美里自身にはほとんど外傷がなかった。
ただ、恵美里は身体が回復した後も一週間ほど病院から出られなかった。センセーショナルな事件だったのもあり、連日マスコミが病院に押し寄せた。警察は彼らから恵美里を守ってはくれたが、一方で当然事件のことを微に入り細に入り尋ねた。思い出すのは非常に辛かったが、恵美里もできる限り正直に答えた。それが生き残った者の責務だと思った。秀人と真優はもう話すことが出来ないのだ。
勇斗と紗希はそれぞれ別の病院に入院していると恵介から聞いた。二人のことが心配だった恵美里は聴取を担当していた刑事に尋ねた。
彼の話によると勇斗は右足首の捻挫と左側の肋骨にヒビが入っているくらいで、あとは軽い打撲だった。恵美里と同じくすぐに退院できる状態だったが、やはりマスコミに囲まれていたため身動きがとれなかった。
紗希は重症で、晶に斬られた左足首の縫合手術が行われたが、成功したかまではわからないらしい。晶はショットガンで彼女を撃っていたが、それは不幸中の幸いというべきか右肩をかすり、数メートル先の地面に被弾していた。肩の傷は治るようだが、それ以前に精神的ショックが大きく、警察もほぼ聴取ができていないそうだ。
事件から一ヶ月後、恵美里は学校に復帰した。報道もほとんど沈静化し、家を訪ねてくる記者も二人くらいに減った。恵介は娘を気遣い「まだ家にいてもいい」と言っていたが、恵美里は登校した。自分は被害者で、何も悪いことはしていない。そう思っていたが、彼女を迎えた級友たちの目は冷たかった。あからさまに口に出す者はなかったが、恵美里の母親と晶の父親の不倫関係もマスコミによって明るみにされていたからだ。
晶が恵美里たちに告白した通り、一ヶ屋和之と四谷有里子の遺体は、やはり庭から発見された。白骨化した遺体はバラバラに解体されて袋詰めの状態だったが、一ヶ所に埋められていた。一緒に遺棄されていた包丁とノコギリからわずかに晶の指紋が確認できたので、恵美里の話からも母親の裕紀が実行犯で晶は共犯とみなされた。いずれにしろ、二人ともすでに死亡しているため、被疑者死亡のまま書類送検という扱いである。
有里子の遺骨が帰ってきた時、恵介は泣いていたが、恵美里は泣けなかった。母の気持ちがまだ理解できなかった。不貞をされたにもかかわらず、離婚を決意しなかった父の気持ちも。
恵美里と勇斗と紗希、それぞれの話から事件の輪郭がはっきりしていった。
叔母夫婦殺害から始まる一連の犯行は、一ヶ屋晶が行ったことに間違いなく、事前に周到に準備していたことがわかった。三村真優は殺人罪の幇助となるのか検証されたが、実際に犯行に使われた凶器から指紋が採取されなかったことや二人がやりとりしたメールの内容などから、彼女は晶に騙されただけと判断された。つきつめれば器物破損や脅迫の罪があるが、こちらも本人がすでに亡くなっているため、書類上の処理となった。
ただひとつだけ、警察も検察も納得しえない事があった。
晶と真優の死亡時の状況である。
真優の遺体が解剖され、死亡推定時刻が判明すると、恵美里たちが見たものは「ありえないこと」とされた。
しかし恵美里たちも嘘はついていない。
そして晶と真優の遺体の状況も嘘ではないことを証明していた。
晶の全身は何か一度に強力な圧迫を加えられたことにより、内臓は破裂し、骨が砕けていた。二階から落ちたことが原因と考えるには、あまりに損傷が激しかった。何より、すでに死亡していたはずの真優の両腕が晶の身体に硬く巻きつき、はがすために数人の力を要した。
捜査員たちも揃って異様な状況を感じていたが、誰もそれをうまく説明できる者はいなかった。最終的には事実とは逆に晶が真優を抱いて飛び降りたことにされた。強引な幕引きであるが、そうするしかなかったのだろう。司法の場に超常現象は相入れない。
勇斗も恵美里が戻ってから半月後に登校してきたが、二人は結局卒業まで、周囲から好奇の目を向けられ、避けられた。それはある意味、仕方のないことだったのかもしれない。晶は学校の人気者で有名人だったからだ。その正体が異常な殺人鬼だったとなると、生徒たちが受けたショックも大きい。くわえて真優も含めた四角関係まで噂されて、恵美里もくじけそうになった。
そんな中、勇斗だけは事件以前と態度が変わらなかった。というより、事件などなかったかのように口にするのも避けているのが伝わってくる。同じ被害者というのもあるが、死線を共にくぐり抜けた相手として恵美里は自然と彼に特別な絆を感じていた。ただ、それが「恋愛感情」なのかどうか、恵美里にもはっきりとわからなかった。
全てが落ち着いた頃には半年が経過し、恵美里と勇斗は卒業式を迎えた。
紗希は重傷を負ったこともあるが、学校に来ることはなく、卒業式のみ姿を現した。恵美里たちは紗希が入院していた頃から何度か会おうとしたが、紗希の両親に拒絶された。もう娘に近づかないで欲しいとまで言われた。関係がないのに娘が酷い目に遭った怒りを犯人が死んでしまった今、恵美里たちにぶつけるしかなかったのだろう。
卒業証書を受け取る紗希を遠目に見て、彼女が左足を引きずっていたので、恵美里は胃の辺りがずっしりと重くなった。自分のせいではないことはわかっている。だが、彼女の姿を恵美里は目に焼きつけた。おそらく卒業すれば、もう二度と会えない。彼女があんな状態で志望大学に合格したと噂で聞き、恵美里は感心しつつ、心の中で彼女に別れを告げた。
「もう半年経ったんだね」
卒業式の後、恵美里は隣を歩く勇斗に話しかけた。
二人は学校近くの川沿いを歩いていた。土手にそって桜の木が並び、薄桃色の小さな花びらが雪のように風に舞う。
「そうだな」
家の方角が違うので、普段一緒に帰ることはほとんどなかったが、今日は恵美里の方から勇斗を誘った。そんなことは初めてだったため、勇斗が少し身構えているのが恵美里にも伝わってきた。
だが恵美里は話したいことがあった。今日ここで別れてしまえば、お互い絶対とは言えないまでも会えなくなるだろう。彼はそんな冷たい対応をすることはないと思っているが、それでも今日で友人関係を断たれても恵美里には何も言えなかった。だからこそ事件のことを話すのは今日しかないと思った。そしてこんな考えを話せるのも彼しかいなかった。
「恵美里は、銀行員になるんだよな」
勇斗はややうつむき加減で言った。癖なのか、少し伸びた前髪を手でかき混ぜながら。
恵美里は事件の前に地元の信用金庫から内定が出ていた。恵美里はこれだけ騒ぎになったのだから取り消されてもおかしくないと思っていたが、一ヵ月後、支店長が直々に訪ねて来て、逆に来年から勤められるか聞かれた。
「……うん、ちょっと緊張する。勇斗は、お父さんのお店を継ぐのよね?」
勇斗はだいぶ前から家のパン屋で働くと聞いていた。姉二人は家業に全く興味が無く、それぞれ別のところに就職した。だからと言うわけではなく、前々から自分が継ぐことを父親は内心望んでいるのがわかっていた。
「父さんは『実の息子だろうと関係ない。素質がなかったらクビだ』とか言ってるけどね」
そう言って笑う勇斗に恵美里の顔も一瞬ほころんだ。
しばらく二人は見つめ合っていたが、やがて恵美里が口を開いた。
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