22 / 30
第三章 真相
四
しおりを挟む
どんなきれい事を言おうと、人は心の底では美しいものが好きだ。
三村真優はこれまでの人生で、それを実感してきた。物心ついた頃から、自分が「見られる」側だと意識していた。もともと自分の欲望には忠実に行動する方だったが、それは同性に嫌われることだと気づいてからは、表には出さないよう注意した。
いつしか無邪気で無神経なキャラを演じるようになった。中・高と学校では「天然ボケだけど憎めない子」を演じつつ、そのくせ内心では同級生たちをバカにしていた。
両親は真優を子供の頃のかわいい人形のままだと思っていたが、その裏で彼女は中二の頃から男と寝ていた。社会人も同級生も皆、彼女の身体に溺れた。しかし真優自身は執着されればされるほど、冷めていった。男たちもまた、真優の中に自分の理想を当てはめようとしたからだ。両親のように。
そんな時、晶と出会った。高一で同じクラスだった。彼もまた外見の魅力から騒がれている一人だったが、真優は最初は特に興味がなかった。
いつ、どこでだったかは覚えていない。ただ、晶の放った一言のインパクトは強かった。とにかく二人きりだった時に言われたのは間違いない。
「常に演じるのは疲れるよね。息抜きがしたいでしょ」
なぜ自分が演じているとわかったのだろうか。
真優は恐れを抱くのと同時に晶に惹かれていくのを止められなかった。
晶は不思議な男だった。学校ではたしかに彼女と同じように演じていた。男女ともに好かれる、見た目だけでなく性格もいい、パーフェクトボーイだ。
真優は自分から彼の「息抜き」の相手となった。真優と二人でいる時の彼は、愛想もなく、機嫌の悪い時はデート中だろうと平気で帰る。真優を抱くのも一方的で、彼女の気持ちなどお構いなしだった。自分だけ満足し、彼女はいつも置いてきぼりにされた。
そんな酷い扱いをされていたにもかかわらず、真優は晶に夢中になった。自分以外の人間に執着するのは初めてだった。彼女自身気づいていなかったが、晶は彼女の初恋だった。
晶にとっての自分も「特別」だと真優は思っていた。たしかに晶も言っていた。「おれを本当に理解しているのは真優だけだ」と。
付き合い始めて数カ月後、真優は晶から【復讐】への協力を持ちかけられた。晶の父は、ある女と駆け落ちし、行方知れずになった。彼が小学生の時だ。その女には娘がいて、彼女は晶の幼なじみだった。たまたま同じ高校に彼女がいることを知り、話をしてみると、彼女は母親が駆け落ちしたことを知らなかった。
「おれの母親はそのせいで精神を病み、おれが十五歳の時……自殺したんだ」
晶の言う【復讐】は、彼がその幼なじみを夢中にさせてから真実を告げて棄てるというものだった。そのため表向き真優に別れて欲しいと言うのだ。
「あくまで表向きだ。本当に好きなのは真優の方だから」
そう言われたら断れるはずもなく、真優は晶と別れた。
もちろんその女が気になり、真優は四谷恵美里をすぐに確認した。
どこにでもいる普通の女子に見えた。皮肉にも二年生で晶と恵美里、真優の三人は同じクラスになった。そこから晶は本当にわかりやすく恵美里に好意を向けた。対する恵美里の反応もわかりやすかった。おそらく幼なじみだった頃から彼女の方は晶を好きだったに違いない。
芝居だとわかっていても嫉妬心を抱いてしまうほど晶は恵美里を大切に扱った。一方で真優も嫉妬しているのを見せないようにしていた。晶と隠れて会った時には何でもないふうを装った。真優は晶が自分と同種の人間であり、執着するとかえって逃げてしまうと思っていた。恵美里と表向き仲良くすることはかつてない苦痛を伴ったが、真優は努力した。全ては晶のためだった。
晶は夏休み明けには恵美里と付き合うまで漕ぎ着けたが、その後はなかなか恵美里を抱こうとしなかった。「半ば無理矢理でも晶なら嫌とは言えないのでは」と真優は言ったが、晶は首を横に振るのだった。
「それじゃあ意味がないんだ。おれに夢中になってもらわないと」
【復讐】のためとはいえ、晶がそこまで恵美里にこだわる理由がわからなかった。だが、何も知らない恵美里に隠れて彼に抱かれているのは気持ち良かった。
恵美里が真優の嫌いなタイプでもあったからだろう。生真面目で潔癖。そのくせ無意識に男の庇護欲をそそる態度。恵美里を見る勇斗の目、彼女がそれに気づいてないとしたら相当なものだ。
「失敗した……恵美里に駆け落ちのことがバレた」
今年の五月、晶はそう言った。
恵美里は母親のことを知り、晶と距離を置きたいと言ってきたらしい。
だったらもういいではないか。
口には出さなかったが、晶が恵美里を抱かなくてよかったと思った。たとえ芝居でも許せないと感じるまでに真優は晶を好きになっていた。
真優はその不満をすり替えて伝えた。一年以上も恵美里や彼女の友人たちと「友達ごっこ」を演じ続けるのは、もうウンザリだと。
「おれもあいつらの仲良しごっこには……心底反吐が出るよ」
そこで晶が次に提案したのが、タキコの怨霊話と別荘でのお芝居だ。
真優と晶で「タキコ」に化け、彼らを脅かして笑う。
「きっと、上っ面なだけの友情が崩れまくるよ。見たくないか?」
「いいの? 私たち、きっとハブられるよ? 学校中に私たちの本性がバレて」
とても魅力的な提案だったが、真優は少し怖くなった。今まで努力して築いた学校での立ち位置が崩れてしまう。
すると晶は真優を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「おれはいいよ。真優がいれば」
晶に優しくされると真優はたまらない気持ちになるのだった。以前、セックスの最中に戯れで首を締められた時には正直彼が怖くなったが、直後にそれがかき消されるほどの快感を与えられて、真優は忘れてしまった。いや、忘れようとしたのかもしれない。「おれの全てを受け入れてくれるのは真優だけだ」と言われ、嬉しかった。こんなにも激しく心が動くのは晶にだけだ。晶が恵美里にかまっている間、辛くて他の男を求めたりもしたが、晶に勝る者はいなかった。
ただ、真優は晶の計画をあまり本気にはとってなかった。別荘に連れてこられて、ようやく思い出したくらいだ。六月も半ばのことである。
まるで映画に出てくるような大きな洋館だった。驚く真優を晶は二階の小部屋に導く。階段脇にある、主寝室から見て右側の部屋だ。
「当日、ここがおれたちの楽屋だから。衣装や小道具は用意した。真優は演じてくれるだけでいい」
そう言うと、晶は赤く長いローブを真優の前で広げた。
晶が皆を別荘に誘う。行きの列車の中で、真優がオノタキコの話をする。タキコの話は晶が考えた。
真優は事前に二度ほど晶と別荘へ行っていた。間取りを把握し、脅かす順番も晶と一緒に何度かリハーサルを重ねた。
「もちろん考えた通りにいくわけはないと思う。でもおれも真優も頭がいいんだから、臨機応変にやれるよ」
夕食後、まずダイニングテーブルに置きっぱなしだった勇斗のスマートフォンを奪った。アルコールに弱いのか一番に酔っぱらってしまったので簡単だった。
次は恵美里と一緒に風呂に入った。彼女のスマートフォンは、服を脱いでいるちょっとした隙に上着のポケットから抜いた。恵美里に対しては先に風呂から出させるだけの予定が、つい今まで溜めていた本音をぶつけてしまった。ただ彼らとの仲もこれで終わるからいいかと思った。恵美里が泣いて出て行くのを見てすっきりしたくらいだ。
恵美里が下へ行ったのを確認して真優は小部屋で「タキコ」の扮装に着替える。恵美里が庭にいることを晶から教えてもらうと、玄関の方から林の中を抜けて彼女の前に姿を現した。
恵美里が腰を抜かさんばかりに怯えて逃げていくのを見るのは、最高の気分だった。振り回していた斧はプラスチック製で軽く、よく見れば偽物だとわかるのに。笑い声を抑えるのが大変だった。
恵美里の悲鳴が聞こえた直後、リビングから勇斗が顔を出したので、真優は急いで勝手口からキッチンに入ると、隠れた。
すると電気を消した薄暗い中に晶が立っていたので驚いた。よく見ると彼の前に黒電話がある。晶は片手にコードをにぎっていたが、線は切断され銅線が見えていた。晶は食器棚の引き出しにハサミをしまった。
「晶、それって電話線よね。なんで切ったの?」
思いもよらぬ行動に驚いていると、晶は静かに真優に近づいて抱きしめた。そして耳元で囁く。
「今さっき、叔父さんから電話がかかってきたんだよ。邪魔されたくないから切った。あとで適当に理由つけて怒られればいいさ」
少し顔を離すと、晶は真優に軽くキスをした。唇が触れ合うほどの距離で小声で付け加える。
「風呂に血をぶち撒けてきた。電話、がんばれよ。迫真の演技、期待してるから」
そう言うとすぐに真優から離れ、晶はホールへ出ていった。
秀人の声が聞こえてきた。恵美里と晶と秀人がリビングに揃ったようだ。
一瞬、“血”とはどんなものだろうと思ったが、シロップか何かのことを言っているのだと考えた。
晶は事前にネットで様々な物を購入していた。今、真優が着ているローブやオモチャの斧などもそうだ。ハロウィングッズは最近リアルなものがもてはやされていて、斧にペイントで描かれた血もパッと見たくらいでは本物と勘違いしてしまうほどよく出来ている。
しばらくして紗希の悲鳴が二階で響きわたった。血まみれの浴槽を見たのだろう。
直後に晶たちが階段を駆け上がって行く騒がしい音も聞こえた。
晶と真優はスマートフォンでずっと通話状態にしていたから、彼女は上の四人の会話を逐一聞くことができた。慌てふためく彼らの様子と晶の名演技に笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
「まさか――タキコ?」
恵美里がそうつぶやいたのを機に、真優は事前に教えられた勝手口の上にあるメインブレーカーのスイッチを切った。別荘の電気が全て落ち、真っ暗になった。
紗希が警察へ通報しようとしていたので、真優は紗希に電話をかけた。ボイスチェンジャーを使って、殺人鬼と哀れな被害者である真優の二役を見事に演じきった。
紗希たちのスマートフォンを二階から落とさせたのはやり過ぎな気もしたが、普段から真優を何かとバカにする秀人の態度が気に食わなかったから、いい気味だとも思った。抗議されたら、あとで弁償でもすればいい。
彼らが一階へ下りてきたので、真優は急いで勝手口から外に出た。庭とは反対側に進むと建物の壁に背を預けてスマートフォンを覗く。
晶とつながっていたはずの通話は切れていて、代わりにメールが入っていた。
『勇斗が玄関から外へ助けを呼びに行った。タキコになって、阻止してくれ』
さすがに真優も困惑した。晶との打ち合わせでは、この後真優がタキコの扮装で玄関から入っていき、全員に正体を明かす。そして晶と二人で彼らを笑ってやるはずだった。
まだ芝居を続けるのだろうか。
真優は戸惑いつつも、私道に出てきた勇斗を追いかけた。無我夢中で斧を振り回していると、勇斗は林の中をかき分けていった。真優もシダの茂みへ踏み込んでいく。しかし、つい最近までバスケ部のレギュラーだった男子の脚力に勝てるはずもなく、だんだん引き離されていった。
ところが、そこで予想外のことが起きる。
勇斗が崖から落ちたのだ。高さは二メートルほどだが、下で倒れて動かなくなった彼を見て真優は初めてあわてた。
晶に電話したが、出てくれない。真優は別荘まで戻ることにした。
勇斗がもし大怪我を負っていたら、どうしよう。これはマズいことになったのではないか。真優は不安になり、とにかく晶に会おうと思った。
三村真優はこれまでの人生で、それを実感してきた。物心ついた頃から、自分が「見られる」側だと意識していた。もともと自分の欲望には忠実に行動する方だったが、それは同性に嫌われることだと気づいてからは、表には出さないよう注意した。
いつしか無邪気で無神経なキャラを演じるようになった。中・高と学校では「天然ボケだけど憎めない子」を演じつつ、そのくせ内心では同級生たちをバカにしていた。
両親は真優を子供の頃のかわいい人形のままだと思っていたが、その裏で彼女は中二の頃から男と寝ていた。社会人も同級生も皆、彼女の身体に溺れた。しかし真優自身は執着されればされるほど、冷めていった。男たちもまた、真優の中に自分の理想を当てはめようとしたからだ。両親のように。
そんな時、晶と出会った。高一で同じクラスだった。彼もまた外見の魅力から騒がれている一人だったが、真優は最初は特に興味がなかった。
いつ、どこでだったかは覚えていない。ただ、晶の放った一言のインパクトは強かった。とにかく二人きりだった時に言われたのは間違いない。
「常に演じるのは疲れるよね。息抜きがしたいでしょ」
なぜ自分が演じているとわかったのだろうか。
真優は恐れを抱くのと同時に晶に惹かれていくのを止められなかった。
晶は不思議な男だった。学校ではたしかに彼女と同じように演じていた。男女ともに好かれる、見た目だけでなく性格もいい、パーフェクトボーイだ。
真優は自分から彼の「息抜き」の相手となった。真優と二人でいる時の彼は、愛想もなく、機嫌の悪い時はデート中だろうと平気で帰る。真優を抱くのも一方的で、彼女の気持ちなどお構いなしだった。自分だけ満足し、彼女はいつも置いてきぼりにされた。
そんな酷い扱いをされていたにもかかわらず、真優は晶に夢中になった。自分以外の人間に執着するのは初めてだった。彼女自身気づいていなかったが、晶は彼女の初恋だった。
晶にとっての自分も「特別」だと真優は思っていた。たしかに晶も言っていた。「おれを本当に理解しているのは真優だけだ」と。
付き合い始めて数カ月後、真優は晶から【復讐】への協力を持ちかけられた。晶の父は、ある女と駆け落ちし、行方知れずになった。彼が小学生の時だ。その女には娘がいて、彼女は晶の幼なじみだった。たまたま同じ高校に彼女がいることを知り、話をしてみると、彼女は母親が駆け落ちしたことを知らなかった。
「おれの母親はそのせいで精神を病み、おれが十五歳の時……自殺したんだ」
晶の言う【復讐】は、彼がその幼なじみを夢中にさせてから真実を告げて棄てるというものだった。そのため表向き真優に別れて欲しいと言うのだ。
「あくまで表向きだ。本当に好きなのは真優の方だから」
そう言われたら断れるはずもなく、真優は晶と別れた。
もちろんその女が気になり、真優は四谷恵美里をすぐに確認した。
どこにでもいる普通の女子に見えた。皮肉にも二年生で晶と恵美里、真優の三人は同じクラスになった。そこから晶は本当にわかりやすく恵美里に好意を向けた。対する恵美里の反応もわかりやすかった。おそらく幼なじみだった頃から彼女の方は晶を好きだったに違いない。
芝居だとわかっていても嫉妬心を抱いてしまうほど晶は恵美里を大切に扱った。一方で真優も嫉妬しているのを見せないようにしていた。晶と隠れて会った時には何でもないふうを装った。真優は晶が自分と同種の人間であり、執着するとかえって逃げてしまうと思っていた。恵美里と表向き仲良くすることはかつてない苦痛を伴ったが、真優は努力した。全ては晶のためだった。
晶は夏休み明けには恵美里と付き合うまで漕ぎ着けたが、その後はなかなか恵美里を抱こうとしなかった。「半ば無理矢理でも晶なら嫌とは言えないのでは」と真優は言ったが、晶は首を横に振るのだった。
「それじゃあ意味がないんだ。おれに夢中になってもらわないと」
【復讐】のためとはいえ、晶がそこまで恵美里にこだわる理由がわからなかった。だが、何も知らない恵美里に隠れて彼に抱かれているのは気持ち良かった。
恵美里が真優の嫌いなタイプでもあったからだろう。生真面目で潔癖。そのくせ無意識に男の庇護欲をそそる態度。恵美里を見る勇斗の目、彼女がそれに気づいてないとしたら相当なものだ。
「失敗した……恵美里に駆け落ちのことがバレた」
今年の五月、晶はそう言った。
恵美里は母親のことを知り、晶と距離を置きたいと言ってきたらしい。
だったらもういいではないか。
口には出さなかったが、晶が恵美里を抱かなくてよかったと思った。たとえ芝居でも許せないと感じるまでに真優は晶を好きになっていた。
真優はその不満をすり替えて伝えた。一年以上も恵美里や彼女の友人たちと「友達ごっこ」を演じ続けるのは、もうウンザリだと。
「おれもあいつらの仲良しごっこには……心底反吐が出るよ」
そこで晶が次に提案したのが、タキコの怨霊話と別荘でのお芝居だ。
真優と晶で「タキコ」に化け、彼らを脅かして笑う。
「きっと、上っ面なだけの友情が崩れまくるよ。見たくないか?」
「いいの? 私たち、きっとハブられるよ? 学校中に私たちの本性がバレて」
とても魅力的な提案だったが、真優は少し怖くなった。今まで努力して築いた学校での立ち位置が崩れてしまう。
すると晶は真優を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「おれはいいよ。真優がいれば」
晶に優しくされると真優はたまらない気持ちになるのだった。以前、セックスの最中に戯れで首を締められた時には正直彼が怖くなったが、直後にそれがかき消されるほどの快感を与えられて、真優は忘れてしまった。いや、忘れようとしたのかもしれない。「おれの全てを受け入れてくれるのは真優だけだ」と言われ、嬉しかった。こんなにも激しく心が動くのは晶にだけだ。晶が恵美里にかまっている間、辛くて他の男を求めたりもしたが、晶に勝る者はいなかった。
ただ、真優は晶の計画をあまり本気にはとってなかった。別荘に連れてこられて、ようやく思い出したくらいだ。六月も半ばのことである。
まるで映画に出てくるような大きな洋館だった。驚く真優を晶は二階の小部屋に導く。階段脇にある、主寝室から見て右側の部屋だ。
「当日、ここがおれたちの楽屋だから。衣装や小道具は用意した。真優は演じてくれるだけでいい」
そう言うと、晶は赤く長いローブを真優の前で広げた。
晶が皆を別荘に誘う。行きの列車の中で、真優がオノタキコの話をする。タキコの話は晶が考えた。
真優は事前に二度ほど晶と別荘へ行っていた。間取りを把握し、脅かす順番も晶と一緒に何度かリハーサルを重ねた。
「もちろん考えた通りにいくわけはないと思う。でもおれも真優も頭がいいんだから、臨機応変にやれるよ」
夕食後、まずダイニングテーブルに置きっぱなしだった勇斗のスマートフォンを奪った。アルコールに弱いのか一番に酔っぱらってしまったので簡単だった。
次は恵美里と一緒に風呂に入った。彼女のスマートフォンは、服を脱いでいるちょっとした隙に上着のポケットから抜いた。恵美里に対しては先に風呂から出させるだけの予定が、つい今まで溜めていた本音をぶつけてしまった。ただ彼らとの仲もこれで終わるからいいかと思った。恵美里が泣いて出て行くのを見てすっきりしたくらいだ。
恵美里が下へ行ったのを確認して真優は小部屋で「タキコ」の扮装に着替える。恵美里が庭にいることを晶から教えてもらうと、玄関の方から林の中を抜けて彼女の前に姿を現した。
恵美里が腰を抜かさんばかりに怯えて逃げていくのを見るのは、最高の気分だった。振り回していた斧はプラスチック製で軽く、よく見れば偽物だとわかるのに。笑い声を抑えるのが大変だった。
恵美里の悲鳴が聞こえた直後、リビングから勇斗が顔を出したので、真優は急いで勝手口からキッチンに入ると、隠れた。
すると電気を消した薄暗い中に晶が立っていたので驚いた。よく見ると彼の前に黒電話がある。晶は片手にコードをにぎっていたが、線は切断され銅線が見えていた。晶は食器棚の引き出しにハサミをしまった。
「晶、それって電話線よね。なんで切ったの?」
思いもよらぬ行動に驚いていると、晶は静かに真優に近づいて抱きしめた。そして耳元で囁く。
「今さっき、叔父さんから電話がかかってきたんだよ。邪魔されたくないから切った。あとで適当に理由つけて怒られればいいさ」
少し顔を離すと、晶は真優に軽くキスをした。唇が触れ合うほどの距離で小声で付け加える。
「風呂に血をぶち撒けてきた。電話、がんばれよ。迫真の演技、期待してるから」
そう言うとすぐに真優から離れ、晶はホールへ出ていった。
秀人の声が聞こえてきた。恵美里と晶と秀人がリビングに揃ったようだ。
一瞬、“血”とはどんなものだろうと思ったが、シロップか何かのことを言っているのだと考えた。
晶は事前にネットで様々な物を購入していた。今、真優が着ているローブやオモチャの斧などもそうだ。ハロウィングッズは最近リアルなものがもてはやされていて、斧にペイントで描かれた血もパッと見たくらいでは本物と勘違いしてしまうほどよく出来ている。
しばらくして紗希の悲鳴が二階で響きわたった。血まみれの浴槽を見たのだろう。
直後に晶たちが階段を駆け上がって行く騒がしい音も聞こえた。
晶と真優はスマートフォンでずっと通話状態にしていたから、彼女は上の四人の会話を逐一聞くことができた。慌てふためく彼らの様子と晶の名演技に笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
「まさか――タキコ?」
恵美里がそうつぶやいたのを機に、真優は事前に教えられた勝手口の上にあるメインブレーカーのスイッチを切った。別荘の電気が全て落ち、真っ暗になった。
紗希が警察へ通報しようとしていたので、真優は紗希に電話をかけた。ボイスチェンジャーを使って、殺人鬼と哀れな被害者である真優の二役を見事に演じきった。
紗希たちのスマートフォンを二階から落とさせたのはやり過ぎな気もしたが、普段から真優を何かとバカにする秀人の態度が気に食わなかったから、いい気味だとも思った。抗議されたら、あとで弁償でもすればいい。
彼らが一階へ下りてきたので、真優は急いで勝手口から外に出た。庭とは反対側に進むと建物の壁に背を預けてスマートフォンを覗く。
晶とつながっていたはずの通話は切れていて、代わりにメールが入っていた。
『勇斗が玄関から外へ助けを呼びに行った。タキコになって、阻止してくれ』
さすがに真優も困惑した。晶との打ち合わせでは、この後真優がタキコの扮装で玄関から入っていき、全員に正体を明かす。そして晶と二人で彼らを笑ってやるはずだった。
まだ芝居を続けるのだろうか。
真優は戸惑いつつも、私道に出てきた勇斗を追いかけた。無我夢中で斧を振り回していると、勇斗は林の中をかき分けていった。真優もシダの茂みへ踏み込んでいく。しかし、つい最近までバスケ部のレギュラーだった男子の脚力に勝てるはずもなく、だんだん引き離されていった。
ところが、そこで予想外のことが起きる。
勇斗が崖から落ちたのだ。高さは二メートルほどだが、下で倒れて動かなくなった彼を見て真優は初めてあわてた。
晶に電話したが、出てくれない。真優は別荘まで戻ることにした。
勇斗がもし大怪我を負っていたら、どうしよう。これはマズいことになったのではないか。真優は不安になり、とにかく晶に会おうと思った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる