キラー・イン・レッド〜惨劇の夜〜

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第二章 惨劇

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 突然、闇に包まれた。別荘の全ての電気が一度に消えたのだ。
 バスルームの光景で恐怖に駆られた直後陥った闇。この状況にしばらく誰も言葉を発することが出来なかった。
 恵美里は呼吸が浅くなり、口の渇きを感じた。手は自然とそばにいる晶の服を強くつかんだ。その手を晶が上から包みこむように握る。
 一瞬安心したがすぐに恥ずかしくなった。緊急事態とはいえ晶に縋るのは虫が良すぎると思ったのだ。
 ただ、晶はそんなことを気にする様子もなく
「ブレーカーが落ちたんだと思う」と落ち着いた口調で言った。
「このタイミングで? 誰かが落としたんじゃないのか?」
 秀人が問い返す。
「配電盤が古いから昔から何度か落ちるんだよ」
 恵美里は首を振った。
「違う、違うよ、晶。きっとあれは、タキコなんだよ」
 赤いローブの人物についてふたたび口にした。
 真優が話した都市伝説。この辺りの別荘で悲惨な死を遂げた女性――タキコの怨霊。
 ただ、誰もそれには返事をしなかった。
 もちろん恵美里も信じたくはない。でも実際に見たのだ、この目で。
「と、とにかく、警察に――」
 紗希が自分のスマートフォンを出すと明るくなった画面で彼女の強張った顔が見えた。
 すると突然着信音が鳴り響き、驚いた紗希はあやうく取り落としそうになった。
「誰から? 五十嵐」
 紗希の隣から秀人がのぞきこむ。画面には「非通知設定」と表示されていた。
「出てみて」
 秀人に言われて紗希は画面をタップすると同時にスピーカー状態にした。
『た……助けて』
 不明瞭だが、女性の声に聞こえた。
「誰? もしかして真優……なの?」紗希が問いかけると
『うん。ねぇ、お願い。警察には電話しないで。私……殺されるっ!』
 電話の向こうで悲痛な声が答えた。「殺される」という言葉に四人は凍りつく。
「真優! だ、大丈夫なの? 怪我、してない?」
 恵美里が紗希のスマートフォンに飛びつくように身を乗り出して問いかけた。
『ありがと、恵美里。心配してくれて。私、あんな……酷いこと言ったのに』
 泣いているのか真優の声はくぐもっていた。
「真優、どこに――」
『――わかったか? 警察に通報したら女は死ぬ。こちらの言う通りにしろ』
 恵美里の声に被せるように甲高い機械音が答えた。ボイスチェンジャーか何かを使っているらしい。
「何が目的なんだ? ここには金なんかないぞ」
 晶が問いかけたが、相手は答えない。
『五十嵐紗希と六郷秀人、今すぐ、下へスマホを投げ捨てろ』
 紗希と秀人は互いに顔を見合わせた。
 見知らぬ脅迫者は二階から吹き抜けになっている一階へスマートフォンを落とせと命じた。当然、この高さから落としたら使い物にならないだろう。それが目的なのだ。
『他のやつらのはすでにこっちの手元にある。後はおまえたちだけだ』
 言われて恵美里は着ているパーカーのポケットを探った。入れてあったと思ったのに犯人の言うとおりスマートフォンは失くなっていた。
 いつ、奪われたのか。常に持ち歩いていたかも正直はっきりとしない。風呂に入るまえに部屋に置きっぱなしにした可能性も否定できなかった。
『やっ、やめて! ああっ、痛っ、痛ぃっっ‼︎ 助けてっっ』
 ふたたび真優の悲痛な叫びが響く。
「やめてくれ! 言う通りにするから、真優を助けて!」
 晶が嘆願する。
『ハハハハハ』
 無機質な笑い声が返ってくるだけだった。
「わ、わかったわよ、捨てるってば。ほら!」
 手すりの向うに手を出した紗希がスマートフォンを手離そうとすると秀人がそれを奪った。
「いや、簡単に捨てるなって。肝心なこと聞かないと」
『…………』
「三村はどこにいる? 言う通りにして戻ってくる保障は?」
 電話の相手は一瞬黙ったが、
『うるさい、おまえらに選択肢はないんだ! 言う通りにしろ!』
『あああっ、い、痛いっ。や、やめてっっ!』
 真優に危害を加えはじめたようだ。秀人は顔をしかめると
「わかった」
 紗希のスマートフォンを手離した。数瞬後、床に叩きつけられた音が響く。
 すると間髪入れず秀人のスマートフォンが鳴った。
『おまえもだよ、これを捨てろ』
 秀人は眉根を寄せ、目を閉じた。そしてため息とともに自分のスマートフォンも落とした。下から衝撃音が届いた。
「捨てたぞ。聞こえただろ? 次はどうすればいいんだ?」
 秀人は辺りに響き渡るように叫んだが、どこからも返事も、何かが動く様子もなかった。
 通信手段が途絶えてしまったせいかはわからないが、数分経っても変わらない状況に肩に力が入っていた四人も拍子抜けする。
「ねえ、これから……どうするの?」
 闇の中、沈黙を破ったのは紗希のうわずった声だった。
「助けを呼ぶ方法はある……かも」
 晶が口を開いた。真っ暗なため、互いの表情は見えない。
「言ってなかったけどキッチンに固定電話があるんだ」
「固定電話も停電だと使えないだろ?」
「いや。いわゆる黒電話ってやつだよ。たしか停電でも使えたと思う」
 そして晶は提案した。
 このまま四人一緒に階段を降りてキッチンへ行く。キッチンには懐中電灯などの明かりも探せばあるはずだと。
 先頭に晶、つぎに恵美里、その後ろが紗希で、最後に秀人という順番で、互いになるべく離れないようにしながら手すり伝いに階段を下りていく。
 その間、晶はずっと恵美里の手を握ってくれた。
 壁を伝って四人はなんとかキッチンまで辿り着いた。
 外の月明かりが廊下を四角く照らしている。キッチン内はその外光のおかげか真っ暗というわけではなく、互いの表情がわかる程度には明るかった。
「くそっ! マジかよ」
 晶がいきなり毒ついたので、皆驚いた。入ってすぐの角に置かれている電話台の前に立っている。
「一ヶ屋? どうした?」
 秀人が尋ねると晶はそれに答えるように黒電話の配線コードを見せた。なにか刃物のようなもので切断されている。
「……まあ、僕らのスマホまで取り上げたんだ。これくらいしてても不思議じゃないよ」
 秀人は眼鏡を外すと着ているギンガムチェックのシャツの袖で額を拭った。
「いったい何が目的なの? 強盗じゃないの?」
「だから……タキコが現れたのよ」
 震える声で問いかける紗希と対照的に恵美里はしっかりした口調で答えた。
 ただ、それに秀人は苦笑いで返す。
「四谷、そんなことあるわけないだろ。幽霊が電話をかけてくるか?」
「でも、私、見たんだもの! 長いローブを着た人よ。私、そいつに襲われかけ――」
「落ち着いて恵美里。嘘だなんて言ってないよ。やつが……変装してたのかもしれないし」
 恵美里と秀人の言い合いを晶が止めた。
 紗希は泣きそうな顔だったが、何も言わなかった。
「それより、明かりを探そう。たしか懐中電灯がこの辺りにしまってあった」
 食器棚の引き出しを開けると、晶は中に手を突っ込み、探りはじめた。
 結果、出てきたのは二本の懐中電灯。それに小さくて短いカラフルな蝋燭がいくつか。花や果物の香りがするアロマキャンドルだった。
「えっと、五十嵐と四谷はこれから書斎に入って、内側から鍵をかけて」
 秀人の言葉に紗希と恵美里は驚いたが、晶はうなづく。
「そうだ、そうして。少なくとも二人は安全だ」
「晶と秀人くんはどうするの?」
「おれたちは手分けして真優と勇斗を探すよ」
 恵美里の問いかけに晶が答えた。
「そんな、危険すぎるよ。それより誰か助けを呼びに――」
「それだって相手が何人いるかもわからないから危ないことには変わりない」
「いや、たぶん大丈夫じゃないか」秀人が口を挟む。
「そんなこと言いきれるのか?」晶が言い返す。
「もう、イヤ! 逃げようよ? みんなで。相手は何考えてるかわからないヤツだよ! 勇斗だって……ずっと戻ってこないじゃない。もう殺さ――」
「やめて、紗希」
 わめく紗希を遮るように恵美里が止めた。
 紗希は恵美里の肩に顔を埋めると泣き出した。そんな紗希を恵美里は抱きしめ、落ち着かせるように背中をなでる。
 恵美里も内心動揺していた。こんな弱々しい紗希を見たのは初めてだった。
「どうしたの? 急に電気落ちたけど、停電?」
 そう言ってリビング側の入り口から入ってきたのは勇斗だった。
「ああ、よかった! 勇斗」
「どこに行ってたんだ?」
 口々に言われて勇斗は面食らった。どうやら何も知らないらしい。秀人が今まで自分たちに起こったことを簡潔に説明すると、驚きのあまり言葉を失っていた。無理もない。恵美里自身もまだ悪い夢じゃないかと思う。
 勇斗が言うには林の中へ少し踏み込んだが、あまりの暗さにそれ以上探ることは諦めたそうだ。ウロウロしているうちに、いきなり別荘中の電気が消えて戸惑っていた。紗希の悲鳴までは聞こえなかったらしい。
「なら、おれは……助けを呼びに行く」
 勇斗の言葉に恵美里は驚いた。
「待って、一人で行くの?」
「本当に? 向かいの別荘はたぶん誰もいないと思うけど……」
 恵美里に重ねて、晶も問いかける。
「おまえらは真優を探すんだろ?」
 勇斗は晶と秀人を見て言った。晶は硬い表情でうなづく。
「勇斗、じゃあ……頼む。もう少し坂道を下って行けば他の別荘もあるし、最悪そこに誰もいなくても大通りまで出れば商店街の中に派出所があるはずだから」
 晶は勇斗に懐中電灯を一本手渡した。そしてもう一本を秀人に渡す。
「一ヶ屋はどうするんだ?」
 晶は食器棚から出したショットグラスの中にキャンドルを入れた。ライターで火を点ける。そして二つ作ったうちの片方を恵美里に手渡した。
「おれはこれで大丈夫。で、秀人が一階、おれは二階を探すことにしよう」
「わかった」
「中で見つからなかったら、二人で外を探してみる。おそらく……真優はそんなに離れた場所にはいないと思う」
 晶がキャンドルの灯りを胸の辺りで持ちながら言った。その灯りが互いの顔を照らし出す。当然かもしれないが皆、張りつめた顔をしていた。
「あと、念のためこれを」
 晶はキッチンのワークトップ(作業台)に置かれたナイフスタンドから数本ナイフを取り出すと各自に手渡した。
 恵美里も手渡された果物ナイフを呆然と見つめた。
 いつもなら拒否しただろう。ただ、あまりにも非現実なことが連続して起こったせいか感覚が麻痺していた。脳の考える部分が鈍磨し、渡されるがまま受け取った。
「相手が何人かわからないけど何もないよりマシだろ?」
 晶のその言い方は最悪命の危機に突入した場合刃物を使うことを暗に示していた。
「じゃあ勇斗、頼んだよ。くれぐれも……気をつけて」
「ああ」
 晶に言われて、先頭にキッチンを出ようとしていた勇斗は振り返った。一瞬、恵美里と目が合う。
 恵美里は彼を一人で行かせるのが不安だったが、かと言ってすっかり怯えている紗希から離れることも出来ない。
「恵美里、大丈夫だよ。おれ、逃げ足速いの知ってるだろ?」
「う、うん。……気をつけてね」
 恵美里はぎこちなく微笑んだ。勇斗の方が不安そうに見えたからだ。
「さあ、行こう」
 晶の合図で、皆、それぞれの方向へ歩き出した。
 何者かがいるかしれない闇の中へ――
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