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第一章 恋愛
八
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思ったより狭い。
紗希は入った瞬間、そう思った。
窓に向かって奥に細長い長方形の部屋。書斎は居間の隣にひっそりと隠れるように存在していた。
左側は壁面全体が天井から床まである本棚で、そこを埋め尽くす本の量は圧巻だった。
残りの家具は窓際にある小さな書斎机と右壁に接するように置かれた脚付きのアンティーク調の長椅子だけ。ただ、それでも自分のほかにもう二人、人が増えたら息苦しく感じるだろう。
窓の向こうに庭が見えた。庭では勇斗が花火を振り回しながらまだ踊っている。
さきほど缶チューハイを一気にあおっていたのを見ると、自分と同じような理由だろうか。
かわいそうに。勇斗の気持ちを考えると口からため息がもれた。
晶は今回なぜ勇斗も誘ったのだろうか。
たしかに皆一緒の方が恵美里も参加するだろうと晶が考えたのもわかる。
ただ勇斗が恵美里にずっと片想いしていることも当の本人たち以外、皆気づいているはずだ。もちろん晶も。
だとしたら晶が平気で勇斗を彼女の近くに置いているのはたんなる余裕からだろうか。
いや、そんなはずはない。
あの、いつも涼しげな顔で必死な姿など見たことない晶が、初めて紗希に頭を下げて頼んできたのだ。恵美里が来るように説得して欲しいと。
たしかに美形ではあるが、紗希から見ると晶は何を考えているのかわかりづらく、異性として惹かれることはなかった。だが恵美里に関しては羨ましいと思った。少なくとも恵美里に対する気持ちは本物のようだ。
『五十嵐、今、どこにいる?』
ふいに入ってきた秀人からのメッセージに紗希の心臓は大きく脈打った。
『確認したいことがあって、二人で話がしたいんだけど』
「何、いきなり」
思わず声が出たが、紗希はすぐに返信を打てなかった。
自分でも消化しきれない複雑な気持ちが胸の中に広がる。
秀人とは彼と一緒にクラス委員をしていた恵美里を通して仲良くなった。いや、親しくなったと思っているのは自分だけなのかもしれなかった。いつからか気づかないうちに、紗希は秀人と普通に接することが出来なくなっていた。
つい嫌な言い方になってしまうのだ。眼鏡も似合うと思っているのに「コンタクトにすれば?」とか、髪を切ってきたのもいいと思ったのに「変わり映えしない」など、嫌われても仕方のないことを言ってしまう。苦手な物理を「教えようか」と言われた時も恥ずかしくて「晶に教えてもらうからいい」と逃げてしまった。ツンデレどころか、ツンだけだ。
三年生になりクラスが分かれてからは逆に秀人の存在に敏感になった。廊下の向こうから大勢歩いてくる中でも彼のことはすぐにわかった。話をするとあいかわらず憎まれ口を叩いてしまうのだが。
確認したいことって、何だろう。
じつは数週間ぶりに秀人と会って、気になっていたことがある。
ずっとではないが、真優を見つめている瞬間が何度かあった。すごく意味ありげに見えたのは、紗希の気のせいだろうか。
「なんだかつまらなそうな本ばっかり……」
紗希は気を紛らわすように棚の本を眺めると感想をもらした。
百科辞典みたいな厚さの本が何十冊と収められている。しかも英語の本だ。背表紙のタイトルをなんとなく訳した感じでは商業に関する本らしい。輸出入などの単語があったからだ。晶の父親のことは全く知らないが仕事は貿易関係なのだろうか。
秀人からふたたびメッセージが入ってきた。「書斎にいると聞いたから、今からそちらへ行くけどいいか」という内容だ。紗希はとりあえず『わかった』と返信した。断る理由はない。
紗希は長椅子に座って秀人を待つことにした。
本棚の下段には紗希も知っている作家の小説や絵本が数冊入っていた。晶の母親や幼い頃の晶が読んでいたものかもしれない。視線を順番に上へ上げていくと、ある本が目についた。同じような色の背表紙が並ぶ中、薄紫に金文字の背表紙は若干浮いて見える。一番上の棚にあるので頭を上げてよく見なければ気づかなかったかもしれない。
「なんだろう」
気づいてしまうと気になって仕方がなかった。紗希は書斎机に収納されていたキャスター付きの椅子を移動させると、その上に乗って本を抜き出そうとした。
「きゃっ!」
予想してなかったわけではないが、キャスターが動いて紗希はよろめいた。椅子から落ちはしなかったが、本を床に落としてしまった。
それは本ではなかった。本に見せかけた箱、エンプティブックというものだった。それが落ちた衝撃で開いて、中身がこぼれ落ちた。
床に散らばったものを見て紗希は言葉を失った。
「…………」
紗希は椅子から降りると散らばったものをかき集めはじめた。
「五十嵐? なんか声が聞こえたけど。大丈夫? 入るよ?」
「ま、待って、待って!」
落ちかけたときの紗希の悲鳴を聞いたからか、秀人は言いながらすでにドアを開けていた。彼の視線はゆっくりと床に座り込む紗希から散らばったものへと移る。
「…………」
「わ、わ、私のじゃないから!」
箱から飛び出したのは、数十個のコンドームの個包装だった。
「上に、箱が、あって。何か見ようとしたら、落として、そしたら……」
「落ち着いて。五十嵐のとか思ってないから」
狼狽えながら箱にしまい直す紗希を秀人も手伝う。秀人が箱を棚に戻すと、二人は思わず息を吐いた。
「ああ、ビックリした。変な汗かいちゃった」
「埃かぶってたし、晶の親が使ってたんじゃない?」
「やめてよ、そういうこと言うの。なんか生々しいし……」
紗希が秀人をにらむと、秀人も今頃意識したのか、赤くなって目をそらした。
「……この部屋、ドアに鍵ついてるんだな」
秀人の言葉に紗希もあらためてドアを見た。
たしかに内側から鍵をかけられるようになっていた。公共のトイレにあるような、スライド式の簡単なものだった。どうも後から取り付けたような感じで、重厚なデザインのドアからはあきらかに浮いている。
「気づかなかった。何、これ」
「わからない。まあ、入られたくないから付いてるんだろうけど」
二人は頭の中で同じことを考えたのか、ほぼ同時に長椅子を見た。先ほど見た箱の中身と自然と結びつけて考えてしまう。
「あ、あの、確認したいことって、何?」
変な空気をかき消したくて、紗希は本来の目的に話を戻した。
「ああ。その、三村って、誰かつきあってるヤツいるの?」
秀人の口から真優の名が出て紗希の心臓が跳ねる。
「……なんでそんなこと聞くの? へぇ~、秀人も男子なんだねぇ。なんだかんだ、あの子みたいなのが、いいんだ?」
「違う。なんで、そうなるんだ。そうじゃなくて、女子同士なら……もしかしてぶっちゃけた話をしてるかと思って聞いただけだよ」
「私と真優が仲良さそうに見える? 正直言って私が友だちと思ってるのは恵美里だけだよ。真優は晶と仲がいいからって何かと私たちにくっついてくるけど、私は好きじゃない。向こうもたぶん私のこと嫌ってると思うし」
予想が当たった。紗希は嫌な気持ちになったのも手伝って、思わず本音をもらした。
だが少し冷静になると秀人の表情が思っていたのと違うことに気づく。
「どういう意味? なんで真優の彼氏が気になるの?」
「いや、その……」
秀人は言いにくそうにしていたが、同時に難しい顔をしていた。なんとなく恋愛事ではないのがわかった。
「何なの? 真優が気になる……とかではないの?」
秀人は一度口を開いては閉じ、ためらっていたが、ずっと気になっていたのだろう。意を決した感じで話しはじめた。
彼は七月初旬に通っていた予備校を変えた。その最寄り駅で何度か男連れの真優を見かけたと言う。
「三回ほど見かけたけど、全部違う男だった」
紗希はすぐに言葉が出なかった。
ただ、一方で一部の女子が真優が遊んでいると噂していたのも聞いたことがあったので、なんだか腑に落ちた。
「見間違いかもしれない。パパ活……って言うの? 相手、スーツだったし。だから」
「わかった。じゃあ、聞いてみるよ」
紗希の返事に秀人はあわてた。
「待って。直接三村に聞くつもり?」
「だって何が原因か知らないけど、やめさせた方がいいでしょ?」
「まあ……。ただ、あの性格だと素直に聞かない気がするから、慎重に話した方がいい。ま、五十嵐ならそう言うと思ったけどさ」
ホッとしたように言われて、紗希は驚いた。
「私、全然優しくないじゃん。秀人にも……キツい言い方ばっかりしてるし」
「ああ、自覚あったんだ。たしかに……グサッとこないこともなかったけど」
「ごめ……」
いたたまれなくなった紗希が俯くと、秀人は続けて言った。
「でも、言いづらいけど言わなきゃいけないことを言えるってすごいよ」
「え?」
顔を上げた紗希と秀人の目が合う。
「去年のクラス委員の時、僕は何度も助けられた。ほら、四谷と僕じゃ、ロングホームルームの議事進行、なかなか進まなかったしさ。そんな時、五十嵐が口出ししてくれたから」
「口出しって」
紗希は思わず笑った。
たしかに非協力的だったクラスメートに苛立つあまり、「ちゃんと考えようよ」と声をあげたこともある。困っている恵美里を助けたかったのもあった。
「とにかく、五十嵐は裏表がないってわかるからつきあいやすい」
「つきあう……」
紗希の顔が赤くなったのを見て、秀人はあわてて首を振った。
「あ、いや、友人としてだよ!」
そんなに力いっぱい否定しなくたって。紗希は思ったが、微笑むだけにしておいた。今までの言い方に怒ってないとわかっただけで嬉しかったからだ。
「わかった。これからもビシバシ言ってあげよう」
わざとふざけて答える。
「あと、真優とも話してみるから」
「ああ、頼む」
真優に対する秀人の気持ちがただの心配なのかはわからなかった。どちらにしても気にかけているのはたしかで、それは紗希を嫌な気持ちにさせたが、それとはべつに紗希自身にも真優を避けずにぶつかってみようとする勇気が生まれていた。深く話してみれば持っている印象も変わるかもしれない。
「恵美里と真優って」
「たしか風呂に入ってるって言ってたよ。二階のだと思うけど」
「えーっ、二人で先に? ズルい。じゃ、私も行ってくる」
あくまで軽い調子で言ったが、内心少し焦っていた。
真優が今カノの恵美里を本当は嫌っているのを紗希はわかりきっていたので、何かあるんじゃないかと思わずにいられなかった。
「ああ。ごめん、呼び出して。じゃあ……おやすみ」
「おやすみっ」
急いで部屋を出ていく瞬間の紗希は、もう秀人のことは頭から飛んでいた。
「はぁ……なんで否定しちゃったんだろ」
残された秀人がそう呟いて、その場でしゃがみこんだのも、もちろん知らない。
その頃、恵美里は動けずにいた。
林の奥から……それは現れた。
月明かりに照らされ、遮るものが無くなると、よりはっきりと見えた。
それは赤い影のようだった。
頭からつま先まで赤いローブに身を包み。
唯一見える白い顔は笑っている。
目を細め、大きな口を微かに上げて。
紗希は入った瞬間、そう思った。
窓に向かって奥に細長い長方形の部屋。書斎は居間の隣にひっそりと隠れるように存在していた。
左側は壁面全体が天井から床まである本棚で、そこを埋め尽くす本の量は圧巻だった。
残りの家具は窓際にある小さな書斎机と右壁に接するように置かれた脚付きのアンティーク調の長椅子だけ。ただ、それでも自分のほかにもう二人、人が増えたら息苦しく感じるだろう。
窓の向こうに庭が見えた。庭では勇斗が花火を振り回しながらまだ踊っている。
さきほど缶チューハイを一気にあおっていたのを見ると、自分と同じような理由だろうか。
かわいそうに。勇斗の気持ちを考えると口からため息がもれた。
晶は今回なぜ勇斗も誘ったのだろうか。
たしかに皆一緒の方が恵美里も参加するだろうと晶が考えたのもわかる。
ただ勇斗が恵美里にずっと片想いしていることも当の本人たち以外、皆気づいているはずだ。もちろん晶も。
だとしたら晶が平気で勇斗を彼女の近くに置いているのはたんなる余裕からだろうか。
いや、そんなはずはない。
あの、いつも涼しげな顔で必死な姿など見たことない晶が、初めて紗希に頭を下げて頼んできたのだ。恵美里が来るように説得して欲しいと。
たしかに美形ではあるが、紗希から見ると晶は何を考えているのかわかりづらく、異性として惹かれることはなかった。だが恵美里に関しては羨ましいと思った。少なくとも恵美里に対する気持ちは本物のようだ。
『五十嵐、今、どこにいる?』
ふいに入ってきた秀人からのメッセージに紗希の心臓は大きく脈打った。
『確認したいことがあって、二人で話がしたいんだけど』
「何、いきなり」
思わず声が出たが、紗希はすぐに返信を打てなかった。
自分でも消化しきれない複雑な気持ちが胸の中に広がる。
秀人とは彼と一緒にクラス委員をしていた恵美里を通して仲良くなった。いや、親しくなったと思っているのは自分だけなのかもしれなかった。いつからか気づかないうちに、紗希は秀人と普通に接することが出来なくなっていた。
つい嫌な言い方になってしまうのだ。眼鏡も似合うと思っているのに「コンタクトにすれば?」とか、髪を切ってきたのもいいと思ったのに「変わり映えしない」など、嫌われても仕方のないことを言ってしまう。苦手な物理を「教えようか」と言われた時も恥ずかしくて「晶に教えてもらうからいい」と逃げてしまった。ツンデレどころか、ツンだけだ。
三年生になりクラスが分かれてからは逆に秀人の存在に敏感になった。廊下の向こうから大勢歩いてくる中でも彼のことはすぐにわかった。話をするとあいかわらず憎まれ口を叩いてしまうのだが。
確認したいことって、何だろう。
じつは数週間ぶりに秀人と会って、気になっていたことがある。
ずっとではないが、真優を見つめている瞬間が何度かあった。すごく意味ありげに見えたのは、紗希の気のせいだろうか。
「なんだかつまらなそうな本ばっかり……」
紗希は気を紛らわすように棚の本を眺めると感想をもらした。
百科辞典みたいな厚さの本が何十冊と収められている。しかも英語の本だ。背表紙のタイトルをなんとなく訳した感じでは商業に関する本らしい。輸出入などの単語があったからだ。晶の父親のことは全く知らないが仕事は貿易関係なのだろうか。
秀人からふたたびメッセージが入ってきた。「書斎にいると聞いたから、今からそちらへ行くけどいいか」という内容だ。紗希はとりあえず『わかった』と返信した。断る理由はない。
紗希は長椅子に座って秀人を待つことにした。
本棚の下段には紗希も知っている作家の小説や絵本が数冊入っていた。晶の母親や幼い頃の晶が読んでいたものかもしれない。視線を順番に上へ上げていくと、ある本が目についた。同じような色の背表紙が並ぶ中、薄紫に金文字の背表紙は若干浮いて見える。一番上の棚にあるので頭を上げてよく見なければ気づかなかったかもしれない。
「なんだろう」
気づいてしまうと気になって仕方がなかった。紗希は書斎机に収納されていたキャスター付きの椅子を移動させると、その上に乗って本を抜き出そうとした。
「きゃっ!」
予想してなかったわけではないが、キャスターが動いて紗希はよろめいた。椅子から落ちはしなかったが、本を床に落としてしまった。
それは本ではなかった。本に見せかけた箱、エンプティブックというものだった。それが落ちた衝撃で開いて、中身がこぼれ落ちた。
床に散らばったものを見て紗希は言葉を失った。
「…………」
紗希は椅子から降りると散らばったものをかき集めはじめた。
「五十嵐? なんか声が聞こえたけど。大丈夫? 入るよ?」
「ま、待って、待って!」
落ちかけたときの紗希の悲鳴を聞いたからか、秀人は言いながらすでにドアを開けていた。彼の視線はゆっくりと床に座り込む紗希から散らばったものへと移る。
「…………」
「わ、わ、私のじゃないから!」
箱から飛び出したのは、数十個のコンドームの個包装だった。
「上に、箱が、あって。何か見ようとしたら、落として、そしたら……」
「落ち着いて。五十嵐のとか思ってないから」
狼狽えながら箱にしまい直す紗希を秀人も手伝う。秀人が箱を棚に戻すと、二人は思わず息を吐いた。
「ああ、ビックリした。変な汗かいちゃった」
「埃かぶってたし、晶の親が使ってたんじゃない?」
「やめてよ、そういうこと言うの。なんか生々しいし……」
紗希が秀人をにらむと、秀人も今頃意識したのか、赤くなって目をそらした。
「……この部屋、ドアに鍵ついてるんだな」
秀人の言葉に紗希もあらためてドアを見た。
たしかに内側から鍵をかけられるようになっていた。公共のトイレにあるような、スライド式の簡単なものだった。どうも後から取り付けたような感じで、重厚なデザインのドアからはあきらかに浮いている。
「気づかなかった。何、これ」
「わからない。まあ、入られたくないから付いてるんだろうけど」
二人は頭の中で同じことを考えたのか、ほぼ同時に長椅子を見た。先ほど見た箱の中身と自然と結びつけて考えてしまう。
「あ、あの、確認したいことって、何?」
変な空気をかき消したくて、紗希は本来の目的に話を戻した。
「ああ。その、三村って、誰かつきあってるヤツいるの?」
秀人の口から真優の名が出て紗希の心臓が跳ねる。
「……なんでそんなこと聞くの? へぇ~、秀人も男子なんだねぇ。なんだかんだ、あの子みたいなのが、いいんだ?」
「違う。なんで、そうなるんだ。そうじゃなくて、女子同士なら……もしかしてぶっちゃけた話をしてるかと思って聞いただけだよ」
「私と真優が仲良さそうに見える? 正直言って私が友だちと思ってるのは恵美里だけだよ。真優は晶と仲がいいからって何かと私たちにくっついてくるけど、私は好きじゃない。向こうもたぶん私のこと嫌ってると思うし」
予想が当たった。紗希は嫌な気持ちになったのも手伝って、思わず本音をもらした。
だが少し冷静になると秀人の表情が思っていたのと違うことに気づく。
「どういう意味? なんで真優の彼氏が気になるの?」
「いや、その……」
秀人は言いにくそうにしていたが、同時に難しい顔をしていた。なんとなく恋愛事ではないのがわかった。
「何なの? 真優が気になる……とかではないの?」
秀人は一度口を開いては閉じ、ためらっていたが、ずっと気になっていたのだろう。意を決した感じで話しはじめた。
彼は七月初旬に通っていた予備校を変えた。その最寄り駅で何度か男連れの真優を見かけたと言う。
「三回ほど見かけたけど、全部違う男だった」
紗希はすぐに言葉が出なかった。
ただ、一方で一部の女子が真優が遊んでいると噂していたのも聞いたことがあったので、なんだか腑に落ちた。
「見間違いかもしれない。パパ活……って言うの? 相手、スーツだったし。だから」
「わかった。じゃあ、聞いてみるよ」
紗希の返事に秀人はあわてた。
「待って。直接三村に聞くつもり?」
「だって何が原因か知らないけど、やめさせた方がいいでしょ?」
「まあ……。ただ、あの性格だと素直に聞かない気がするから、慎重に話した方がいい。ま、五十嵐ならそう言うと思ったけどさ」
ホッとしたように言われて、紗希は驚いた。
「私、全然優しくないじゃん。秀人にも……キツい言い方ばっかりしてるし」
「ああ、自覚あったんだ。たしかに……グサッとこないこともなかったけど」
「ごめ……」
いたたまれなくなった紗希が俯くと、秀人は続けて言った。
「でも、言いづらいけど言わなきゃいけないことを言えるってすごいよ」
「え?」
顔を上げた紗希と秀人の目が合う。
「去年のクラス委員の時、僕は何度も助けられた。ほら、四谷と僕じゃ、ロングホームルームの議事進行、なかなか進まなかったしさ。そんな時、五十嵐が口出ししてくれたから」
「口出しって」
紗希は思わず笑った。
たしかに非協力的だったクラスメートに苛立つあまり、「ちゃんと考えようよ」と声をあげたこともある。困っている恵美里を助けたかったのもあった。
「とにかく、五十嵐は裏表がないってわかるからつきあいやすい」
「つきあう……」
紗希の顔が赤くなったのを見て、秀人はあわてて首を振った。
「あ、いや、友人としてだよ!」
そんなに力いっぱい否定しなくたって。紗希は思ったが、微笑むだけにしておいた。今までの言い方に怒ってないとわかっただけで嬉しかったからだ。
「わかった。これからもビシバシ言ってあげよう」
わざとふざけて答える。
「あと、真優とも話してみるから」
「ああ、頼む」
真優に対する秀人の気持ちがただの心配なのかはわからなかった。どちらにしても気にかけているのはたしかで、それは紗希を嫌な気持ちにさせたが、それとはべつに紗希自身にも真優を避けずにぶつかってみようとする勇気が生まれていた。深く話してみれば持っている印象も変わるかもしれない。
「恵美里と真優って」
「たしか風呂に入ってるって言ってたよ。二階のだと思うけど」
「えーっ、二人で先に? ズルい。じゃ、私も行ってくる」
あくまで軽い調子で言ったが、内心少し焦っていた。
真優が今カノの恵美里を本当は嫌っているのを紗希はわかりきっていたので、何かあるんじゃないかと思わずにいられなかった。
「ああ。ごめん、呼び出して。じゃあ……おやすみ」
「おやすみっ」
急いで部屋を出ていく瞬間の紗希は、もう秀人のことは頭から飛んでいた。
「はぁ……なんで否定しちゃったんだろ」
残された秀人がそう呟いて、その場でしゃがみこんだのも、もちろん知らない。
その頃、恵美里は動けずにいた。
林の奥から……それは現れた。
月明かりに照らされ、遮るものが無くなると、よりはっきりと見えた。
それは赤い影のようだった。
頭からつま先まで赤いローブに身を包み。
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