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第一章 恋愛
六
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「なんか……つまんねえ」
花火の勢いが衰えるとともに酔いが醒めてきた勇斗は庭の中央で座りこんだ。燃え残った花火をバケツに投げ入れるとジュッと音を立てて火が消える。
夕食後、真優が持ってきた缶チューハイを皆で飲んだ。恵美里だけは飲まず、食器を下げにキッチンへ行ってしまったきりだ。勇斗は興味本位で父親の飲み残したビールを口にしたことはあったが、そのときもこんな苦いものをなぜ大人は喜んで飲むのかと思っただけだった。だからジュースみたいな缶チューハイには驚いた。それでもだんだんと夕食前に感じていた苛立ちが消えて楽しくなってきた。その勢いで晶と秀人を連れ出した勇斗は先に花火を始めた。
「みんな揃うまで待てよ」と呆れる晶を無視して両手に花火を持ちながら庭の中程へと走り出す。途中、秀人も無理矢理巻き込んで花火を持たせた。秀人は「おまえ、大人になっても酒飲まない方がいいな」とため息まじりに言いながらもつきあってくれた。
気づけば、庭に残っていたのは勇斗だけだった。
リビングから庭へ出る前に石畳のポーチがあり、プラスチック製の白いテーブルに椅子が四脚置いてあった。そのうちの二脚にそれぞれ晶と秀人が座っている。紗希は開いたガラス戸にもたれて立ち、三人は何か話をしていた。
夜気に身体が冷えたのか、頭もだいぶはっきりしている。わざとだらだら歩いてポーチへ戻ってみると紗希の姿がなかった。
「あれ、紗希は?」
「書斎を見に行った。勇斗の妙ちきりんなダンスを見てられないってさ」
晶が冗談混じりに答えた。同じく一缶飲んだはずなのに晶は全く普段と変わらなかった。何から何までスマートな晶に勇斗の中でふたたび嫉妬の種火が点くのを感じた。
ふたたび恵美里のことを考えてしまう。
なぜ晶を避けているのだろう。
ただの喧嘩なのか。それとも何か嫌なことをされたとか。
「何? 勇斗。おれの顔に何かついてる?」
晶に言われて勇斗は相手を凝視していたことに気づいた。
「あ、いや、あのさ、今、何時だっけ? スマホ……どっかいっちゃって」
誤魔化すために聞いたが、さっきから探していて見当たらないのは本当だった。
たしか夕食の席についた時にはあった。バスケ部の後輩から夏祭りに誘われたメッセージに旅行中だからと断りを入れた記憶がある。
「実はおれもさっきから探してるんだよね。どこ置いたんだっけ」
思わぬ返答に驚く。どこかに置き忘れるなんて晶らしくもなかった。こう見えてやはり酔ってはいたのだろうか。
「その辺に置きっぱなしにしてるだけだろ。電話かけてやろうか?」
秀人は二人に言ったが、目はずっとスマートフォンの画面を見ていた。勇斗は秀人の背後へそっと忍び寄ると画面をのぞきこむ。
「なに、なに? 『五十嵐に確認したいことがある。二人で話がしたい』。って……えっ⁈ 秀人もしかして告白すんの?」
勇斗は秀人が打ったメールの内容を読みあげてから、少し意地悪な調子で尋ねた。秀人はあわてて画面を裏返すと、立ち上がった。
「違う、何言ってんだ、本当に聞きたいことがあるんだよ」
「ふーん。……まあ、紗希も黙っていれば美人だし、なんだかんだ面倒見はいいし、友だち多いしーー」
「だから違うって!」
否定すればするほど秀人の顔は赤くなっていった。いつも博識の秀人に突っ込まれてばかりの勇斗は、ここぞとばかり揶揄う。ただ、紗希の秀人に対する反応も自分や晶に対してとは違うのをなんとなく感じていた。普段のズケズケした物言いと違って秀人には言いたいことが上手く言えなくて、かえってキツい言い方をしてしまうように見える。いわゆるツンデレというやつだろうか。つまり側から見て彼らは相思相愛なのだ。
「今、書斎へ行けば二人きりになれるんじゃない? 彼女、一人でいるはずだから」
晶も面白そうに言ったが、勇斗はその言葉に引っかかった。
「紗希、一人? てっきり恵美里や真優と一緒かと」
「いや。真優はさっき恵美里と一緒に風呂に入るって二階へ。たしか後片付けのあと……わりとすぐかな」
「なんだ。付き合い悪ぃな。花火やりたくなかったのか」
「じゃあ、ぼくも行くわ」
秀人は立ち上がると別荘の中へ足を向けた。
「待って、秀人。スマホのことだけど、おれたちの番号にかけてみてくれない? 案外近くで鳴るかも」
晶に呼び止められて、秀人は画面をタップした。
何か音声が聞こえるのか、途中から耳をつけて聞きはじめる。
「二階堂、一ヶ屋。二人とも電源切ってたりする?」
「?」
「『かかりません』ってさ」
「は? おれは常に電源入れっぱなしなんだけど。だから充電器も持ってきたし」
「ああ、おれも電源は入ってるはずだけど」
勇斗と晶が顔を見合わせて答えると、秀人は首を傾げる。
「おかしいな。じゃあ、もう少ししたらまたかけてみるよ。二人とも今のところ不便ないだろ?」
「ああ。おれはただ何時か知りたかっただけで」
「今か? 九時少し過ぎだよ」
勇斗に答えると、秀人は中へ戻っていった。
本当に紗希に会いに行ったのだろうか。勇斗が秀人の消えた方向を見ていると
「ごめんな。たしか壁掛け時計はあるんだけど、電池換えておくの忘れてたよ。うっかりしてた」
晶が謝ってきたので勇斗は首を横に振った。
「いや。普段スマホ持ってれば時計いらないもんな。そんなの気づかないって」
二人きりになり、またぎこちない空気が流れる。晶も身構えてる気がした。こういう空気は苦手だが、逆に聞くのは今しかないと勇斗は覚悟を決めた。
「なあ、恵美里と……なんかあったの?」
ユニットバスは一階と全く同じ構造だった。
ドアを開けて正面にトイレ。奥に磨りガラスで仕切られた中が浴室だ。浴室と壁の間に廊下というには短い通路があり、突き当りに木製の棚がついている。棚にはバスタオルが入った籐カゴが二つ入っていた。どうやらここが脱衣所のようだ。
「ホテルみたいに用意してくれてる。さすが、晶」
真優は籐カゴのひとつを床に置くと脱いだ服を放り込んでいった。それを横目で見ながら恵美里もカゴを出し、脱いだ服を畳みながら入れていく。
気づけば真優は下着だけになってブラジャーのホックを外そうと背中に手を回して屈んでいた。濃いピンクのブラジャーから零れ落ちそうな胸を見て、恵美里は思わず目を逸らした。逸らした目線の先には自分の貧弱な胸元があった。
「恵美里と一緒にお風呂入るの、初めてだよね。修学旅行のときは紗希と二人でさっさと行っちゃったし」
「ごめん。……たしか真優、友だちと話してたみたいだったから」
「違うって、責めてるわけじゃないの。恵美里とゆっくり話ができそうで嬉しいんだ」
真優の豊かな胸やくびれた腰、丸みのある尻を見て恵美里は自分が恥ずかしくなった。凹凸の少ない、子供っぽい体型をあらためて自覚した。
カラカラと音をたててガラス戸を開けると湯気がもうもうと迫ってきた。
「先に身体を洗おうか」
「そうだね」
真優は風呂椅子に腰掛けた恵美里を一瞥すると、シャワーのハンドルを捻って湯を出した。その目線に気づくことなく、恵美里は目をつむり、頭を洗っている。
「……真優ってスタイルいいよね」
お互い泡まみれになった頃、恵美里は呟くように言った。
「胸のこと? 晶に揉んでもらえばいいじゃん」
「…………」
「そんな、引かないでよ。揉んでもらうと大きくなるから。冗談じゃなくてホントに」
言葉が出ない恵美里に対して真優は呆れたように笑いながら、シャワーの湯を向ける。お湯が顔にかかって恵美里はたまらず目を瞑った。
過剰に反応し過ぎだ。
わかってはいたが、真優の言い方に恵美里は不快感が湧き上がるのを止められなかった。
泡を流した二人は湯船に入った。だが恵美里は真優から離れ、湯船の隅に身を寄せる。
「やだ~、恵美里ってば。せっかく広いお風呂なんだから身体伸ばしなよ。リラックス、リラックス~」
そう言うと真優は恵美里の両足のつま先をつかんで、いきなり引っ張った。恵美里は湯の中に引き込まれて一瞬溺れる。あわてて体勢を立て直すと膝立ちになった目の前に真優の大きな乳房があった。
「あのね……さっき言ったこと本当だよ。この胸、晶に大きくしてもらったようなものなの」
真優は恵美里の両手首をつかむと自分の胸に導いた。手のひらに一瞬重量を感じ、恵美里は思わず振りはらう。
「変だよ、真優。そんなこと言うなん……」
恵美里は自分の声が震えているのに気づくと唇を噛みしめた。真優は嫌悪感を顕わにした恵美里を気にする様子もなく、ふたたびつかんだ恵美里の手を今度は自分の下半身へと導く。
「晶は私のココも好きだって言ってた」
指先が真優の陰部に触れそうになった瞬間、恵美里は手を振りほどいて立ち上がった。
恵美里を見上げる真優も目つきが変わっている。
「あんたさ、晶にヤラせてないんでしょ? 信じられない! 一年も付き合ってて。短い間だったけど……私たち何度もヤったよ」
敵意のこもった真優の視線に恵美里は震えた。それ以上聞きたくなくて耳を塞ぐ。
「私、ずっとあんたが嫌いだった。最初から、ずっとね。ねえ、晶とシたくないんでしょ? じゃあ別れなよ。晶のこと返してよ」
目の前にいる真優の声は浴室中に反響し、耳を塞いでも嫌でも入ってくる。恵美里は大きな波をたてながら湯船を飛び出すと乱暴にガラス戸を閉めた。
「私、あんたみたいな子、大っ嫌い。もったいぶって男の心弄んで。勇斗のこと気づいてないつもり? あんたのこと好きで好きで、しょうがないって顔してるのに」
「やめて!」
恵美里は一刻も早くここから逃げ出したくて、身体もろくに拭かず、服を身につけた。
真優はまだ湯船の中にいるようだ。指で水をはじく音が聞こえた。
「あ~、スッキリした」
真優の声を背中で聞きながら恵美里の両目から大粒の涙が次々と零れ落ちた。ようやく廊下へ出て扉を閉めると、そのままズルズルとしゃがみこんだ。
ほんの数分だが、恵美里はその場で膝に顔を押し当てて、泣いた。
「あれ?」
思いきって問いかけた勇斗に対して、晶はあらぬ方向を見て声をあげた。つられて勇斗も目を向ける。
しかし視線の先、広い芝生の庭の奥には闇に包まれた林が見えるだけだった。少し肌寒いくらいの夜風に吹かれ、かすかにカサカサと葉の触れ合う音が聞こえる。
「……なんか、白いものが見えた気がしたんだけど」
「やめろよ。おれのことビビらそうとしてる? そうはいくか」
勇斗は笑い飛ばそうとしたが口元が引きつった。
晶は怪訝な表情のまま、林の奥を凝視している。
次の瞬間、別荘の中からジリリリリとベルが鳴った。
勇斗は驚きのあまり肩が跳ね上がった。と同時に晶が椅子から立ち上がる。
「電話だよ。たぶん叔父さんからだ。おれたちが悪さしてないか、探り入れにかけてきたんだろうな。出てくるよ」
晶は悪戯っぽく笑うと、別荘の中へ戻って行った。
花火の勢いが衰えるとともに酔いが醒めてきた勇斗は庭の中央で座りこんだ。燃え残った花火をバケツに投げ入れるとジュッと音を立てて火が消える。
夕食後、真優が持ってきた缶チューハイを皆で飲んだ。恵美里だけは飲まず、食器を下げにキッチンへ行ってしまったきりだ。勇斗は興味本位で父親の飲み残したビールを口にしたことはあったが、そのときもこんな苦いものをなぜ大人は喜んで飲むのかと思っただけだった。だからジュースみたいな缶チューハイには驚いた。それでもだんだんと夕食前に感じていた苛立ちが消えて楽しくなってきた。その勢いで晶と秀人を連れ出した勇斗は先に花火を始めた。
「みんな揃うまで待てよ」と呆れる晶を無視して両手に花火を持ちながら庭の中程へと走り出す。途中、秀人も無理矢理巻き込んで花火を持たせた。秀人は「おまえ、大人になっても酒飲まない方がいいな」とため息まじりに言いながらもつきあってくれた。
気づけば、庭に残っていたのは勇斗だけだった。
リビングから庭へ出る前に石畳のポーチがあり、プラスチック製の白いテーブルに椅子が四脚置いてあった。そのうちの二脚にそれぞれ晶と秀人が座っている。紗希は開いたガラス戸にもたれて立ち、三人は何か話をしていた。
夜気に身体が冷えたのか、頭もだいぶはっきりしている。わざとだらだら歩いてポーチへ戻ってみると紗希の姿がなかった。
「あれ、紗希は?」
「書斎を見に行った。勇斗の妙ちきりんなダンスを見てられないってさ」
晶が冗談混じりに答えた。同じく一缶飲んだはずなのに晶は全く普段と変わらなかった。何から何までスマートな晶に勇斗の中でふたたび嫉妬の種火が点くのを感じた。
ふたたび恵美里のことを考えてしまう。
なぜ晶を避けているのだろう。
ただの喧嘩なのか。それとも何か嫌なことをされたとか。
「何? 勇斗。おれの顔に何かついてる?」
晶に言われて勇斗は相手を凝視していたことに気づいた。
「あ、いや、あのさ、今、何時だっけ? スマホ……どっかいっちゃって」
誤魔化すために聞いたが、さっきから探していて見当たらないのは本当だった。
たしか夕食の席についた時にはあった。バスケ部の後輩から夏祭りに誘われたメッセージに旅行中だからと断りを入れた記憶がある。
「実はおれもさっきから探してるんだよね。どこ置いたんだっけ」
思わぬ返答に驚く。どこかに置き忘れるなんて晶らしくもなかった。こう見えてやはり酔ってはいたのだろうか。
「その辺に置きっぱなしにしてるだけだろ。電話かけてやろうか?」
秀人は二人に言ったが、目はずっとスマートフォンの画面を見ていた。勇斗は秀人の背後へそっと忍び寄ると画面をのぞきこむ。
「なに、なに? 『五十嵐に確認したいことがある。二人で話がしたい』。って……えっ⁈ 秀人もしかして告白すんの?」
勇斗は秀人が打ったメールの内容を読みあげてから、少し意地悪な調子で尋ねた。秀人はあわてて画面を裏返すと、立ち上がった。
「違う、何言ってんだ、本当に聞きたいことがあるんだよ」
「ふーん。……まあ、紗希も黙っていれば美人だし、なんだかんだ面倒見はいいし、友だち多いしーー」
「だから違うって!」
否定すればするほど秀人の顔は赤くなっていった。いつも博識の秀人に突っ込まれてばかりの勇斗は、ここぞとばかり揶揄う。ただ、紗希の秀人に対する反応も自分や晶に対してとは違うのをなんとなく感じていた。普段のズケズケした物言いと違って秀人には言いたいことが上手く言えなくて、かえってキツい言い方をしてしまうように見える。いわゆるツンデレというやつだろうか。つまり側から見て彼らは相思相愛なのだ。
「今、書斎へ行けば二人きりになれるんじゃない? 彼女、一人でいるはずだから」
晶も面白そうに言ったが、勇斗はその言葉に引っかかった。
「紗希、一人? てっきり恵美里や真優と一緒かと」
「いや。真優はさっき恵美里と一緒に風呂に入るって二階へ。たしか後片付けのあと……わりとすぐかな」
「なんだ。付き合い悪ぃな。花火やりたくなかったのか」
「じゃあ、ぼくも行くわ」
秀人は立ち上がると別荘の中へ足を向けた。
「待って、秀人。スマホのことだけど、おれたちの番号にかけてみてくれない? 案外近くで鳴るかも」
晶に呼び止められて、秀人は画面をタップした。
何か音声が聞こえるのか、途中から耳をつけて聞きはじめる。
「二階堂、一ヶ屋。二人とも電源切ってたりする?」
「?」
「『かかりません』ってさ」
「は? おれは常に電源入れっぱなしなんだけど。だから充電器も持ってきたし」
「ああ、おれも電源は入ってるはずだけど」
勇斗と晶が顔を見合わせて答えると、秀人は首を傾げる。
「おかしいな。じゃあ、もう少ししたらまたかけてみるよ。二人とも今のところ不便ないだろ?」
「ああ。おれはただ何時か知りたかっただけで」
「今か? 九時少し過ぎだよ」
勇斗に答えると、秀人は中へ戻っていった。
本当に紗希に会いに行ったのだろうか。勇斗が秀人の消えた方向を見ていると
「ごめんな。たしか壁掛け時計はあるんだけど、電池換えておくの忘れてたよ。うっかりしてた」
晶が謝ってきたので勇斗は首を横に振った。
「いや。普段スマホ持ってれば時計いらないもんな。そんなの気づかないって」
二人きりになり、またぎこちない空気が流れる。晶も身構えてる気がした。こういう空気は苦手だが、逆に聞くのは今しかないと勇斗は覚悟を決めた。
「なあ、恵美里と……なんかあったの?」
ユニットバスは一階と全く同じ構造だった。
ドアを開けて正面にトイレ。奥に磨りガラスで仕切られた中が浴室だ。浴室と壁の間に廊下というには短い通路があり、突き当りに木製の棚がついている。棚にはバスタオルが入った籐カゴが二つ入っていた。どうやらここが脱衣所のようだ。
「ホテルみたいに用意してくれてる。さすが、晶」
真優は籐カゴのひとつを床に置くと脱いだ服を放り込んでいった。それを横目で見ながら恵美里もカゴを出し、脱いだ服を畳みながら入れていく。
気づけば真優は下着だけになってブラジャーのホックを外そうと背中に手を回して屈んでいた。濃いピンクのブラジャーから零れ落ちそうな胸を見て、恵美里は思わず目を逸らした。逸らした目線の先には自分の貧弱な胸元があった。
「恵美里と一緒にお風呂入るの、初めてだよね。修学旅行のときは紗希と二人でさっさと行っちゃったし」
「ごめん。……たしか真優、友だちと話してたみたいだったから」
「違うって、責めてるわけじゃないの。恵美里とゆっくり話ができそうで嬉しいんだ」
真優の豊かな胸やくびれた腰、丸みのある尻を見て恵美里は自分が恥ずかしくなった。凹凸の少ない、子供っぽい体型をあらためて自覚した。
カラカラと音をたててガラス戸を開けると湯気がもうもうと迫ってきた。
「先に身体を洗おうか」
「そうだね」
真優は風呂椅子に腰掛けた恵美里を一瞥すると、シャワーのハンドルを捻って湯を出した。その目線に気づくことなく、恵美里は目をつむり、頭を洗っている。
「……真優ってスタイルいいよね」
お互い泡まみれになった頃、恵美里は呟くように言った。
「胸のこと? 晶に揉んでもらえばいいじゃん」
「…………」
「そんな、引かないでよ。揉んでもらうと大きくなるから。冗談じゃなくてホントに」
言葉が出ない恵美里に対して真優は呆れたように笑いながら、シャワーの湯を向ける。お湯が顔にかかって恵美里はたまらず目を瞑った。
過剰に反応し過ぎだ。
わかってはいたが、真優の言い方に恵美里は不快感が湧き上がるのを止められなかった。
泡を流した二人は湯船に入った。だが恵美里は真優から離れ、湯船の隅に身を寄せる。
「やだ~、恵美里ってば。せっかく広いお風呂なんだから身体伸ばしなよ。リラックス、リラックス~」
そう言うと真優は恵美里の両足のつま先をつかんで、いきなり引っ張った。恵美里は湯の中に引き込まれて一瞬溺れる。あわてて体勢を立て直すと膝立ちになった目の前に真優の大きな乳房があった。
「あのね……さっき言ったこと本当だよ。この胸、晶に大きくしてもらったようなものなの」
真優は恵美里の両手首をつかむと自分の胸に導いた。手のひらに一瞬重量を感じ、恵美里は思わず振りはらう。
「変だよ、真優。そんなこと言うなん……」
恵美里は自分の声が震えているのに気づくと唇を噛みしめた。真優は嫌悪感を顕わにした恵美里を気にする様子もなく、ふたたびつかんだ恵美里の手を今度は自分の下半身へと導く。
「晶は私のココも好きだって言ってた」
指先が真優の陰部に触れそうになった瞬間、恵美里は手を振りほどいて立ち上がった。
恵美里を見上げる真優も目つきが変わっている。
「あんたさ、晶にヤラせてないんでしょ? 信じられない! 一年も付き合ってて。短い間だったけど……私たち何度もヤったよ」
敵意のこもった真優の視線に恵美里は震えた。それ以上聞きたくなくて耳を塞ぐ。
「私、ずっとあんたが嫌いだった。最初から、ずっとね。ねえ、晶とシたくないんでしょ? じゃあ別れなよ。晶のこと返してよ」
目の前にいる真優の声は浴室中に反響し、耳を塞いでも嫌でも入ってくる。恵美里は大きな波をたてながら湯船を飛び出すと乱暴にガラス戸を閉めた。
「私、あんたみたいな子、大っ嫌い。もったいぶって男の心弄んで。勇斗のこと気づいてないつもり? あんたのこと好きで好きで、しょうがないって顔してるのに」
「やめて!」
恵美里は一刻も早くここから逃げ出したくて、身体もろくに拭かず、服を身につけた。
真優はまだ湯船の中にいるようだ。指で水をはじく音が聞こえた。
「あ~、スッキリした」
真優の声を背中で聞きながら恵美里の両目から大粒の涙が次々と零れ落ちた。ようやく廊下へ出て扉を閉めると、そのままズルズルとしゃがみこんだ。
ほんの数分だが、恵美里はその場で膝に顔を押し当てて、泣いた。
「あれ?」
思いきって問いかけた勇斗に対して、晶はあらぬ方向を見て声をあげた。つられて勇斗も目を向ける。
しかし視線の先、広い芝生の庭の奥には闇に包まれた林が見えるだけだった。少し肌寒いくらいの夜風に吹かれ、かすかにカサカサと葉の触れ合う音が聞こえる。
「……なんか、白いものが見えた気がしたんだけど」
「やめろよ。おれのことビビらそうとしてる? そうはいくか」
勇斗は笑い飛ばそうとしたが口元が引きつった。
晶は怪訝な表情のまま、林の奥を凝視している。
次の瞬間、別荘の中からジリリリリとベルが鳴った。
勇斗は驚きのあまり肩が跳ね上がった。と同時に晶が椅子から立ち上がる。
「電話だよ。たぶん叔父さんからだ。おれたちが悪さしてないか、探り入れにかけてきたんだろうな。出てくるよ」
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