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第一章 恋愛
三
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「外見はボロいけど、中の水廻りなんかは直してある。それでも、もう十年は経つけどね」
晶は謙遜なのか「ボロ」と言ったが、なかなかどうして、ほぼ「お屋敷」じゃないかと勇斗は別荘を見上げた。
木造二階建て。たしかに白い板塀の外壁や青緑色の窓枠はところどころ塗装が剥げている。だが造りは立派だし、部屋数もかなりありそうだ。こうして下から見ると圧倒されるような迫力もある。勇斗は似たような洋館を横浜の山手で見たことがあった。
買い物を終えてタクシーで別荘に着いた頃には日はかなり傾いていた。時刻も午後五時をすぎている。
新幹線を降りてからは、駅に近接したスーパーで三日分の食料を買い揃えた。
その代金全てを晶がクレジットカードで支払ったので、勇斗たちは驚いた。だが晶はカードは叔父が貸し与えてくれたもので三日間必要なものに使っていいと言うのだった。「もう払っちゃったし、気にするなよ」と言われても、もちろんそんなこと出来るはずもなく、勇斗たちはあとで必ず精算すると晶に伝えた。
いくら家族とはいえ自分のカードを軽々と貸すなど、よほど信用しているんだな。そんなことを思いながら勇斗は家の鍵を開ける晶の背中を見つめた。
勇斗は晶の家に行ったことはなかったが、鎌倉にある古い大きな日本家屋だというのは噂で聞いていた。あの辺では一ヶ屋家といえば、ちょっとした名家らしい。そこは晶の母方の実家で叔母夫婦、妹と一緒に暮らしているようだ。両親が一緒じゃないのは何故かは突っ込んで聞けてない。単純に離れて暮らしているのか、亡くなったのならなおさら聞きづらかった。
晶とは同じバスケ部で親しくなる前から意識していた。一年生から共にレギュラーの座を勝ち取ったライバルだからだ。勇斗が一方的にライバル視していただけかもしれないが。晶も小学生からクラブチームに入っていたが、中学ではなぜかバスケを辞めていたらしい。だがそんなブランクを感じさせないほど晶のプレーは素早く、冷静だった。背の高さに頼りがちで、すぐ感情的になる勇斗とは正反対だ。入部当初は晶目当ての女子が体育館に押しかけて練習にならないことがあったが、晶は毅然と「騒ぐなら出てってくれ」と彼女たちを追い出していた。気づけば彼に冷ややかだった先輩ともいつのまにか仲良くなっている。決してうるさくはないのに圧倒的なコミュニケーション能力があった。
そのフィクションみたいな完璧さは晶の見た目にも言えた。背は勇斗より若干低いが手足は長く、細身なのに適度に筋肉のついたしなやかな身体。サラサラの黒髪にニキビひとつない肌。モデルにスカウトされてもおかしくない。
成績も秀人ほどではないが、平均より上らしい。秀人によれば「地頭がいい」そうだ。首を傾げた勇斗に「頭の回転が速いんだよ。人が二、三回で習得するものを一回で出来てしまうと言えばいいのかな」とわかりやすく言い換えてくれた。
全く敵わない。ため息が出る。
勇斗がいまだ晶に対して本心から打ち解けられないのは、彼への劣等感以外にもう一つある。
恵美里だ。
晶と彼女がつきあっているからだった。
「少し前に掃除には来たんだけど、空気は入れ替えないとね」
玄関扉を開けて自分たちを中へ招き入れる晶の姿を見ながら勇斗は内心首を傾げる。
たしかに恵美里も真優と仲が悪いわけではないようだ。ただ、いくらグループでの付き合いがあるとはいえ元カノと現カノを一緒の旅行に誘うことが勇斗には理解できない。
それに恵美里の態度もおかしかった。五月頃からなんとなく勇斗も気づいた。
晶の方は全く変わらないが、恵美里が彼を不自然に避けている。さきほどのスーパーでも晶が恵美里へ近づくと彼女は逃げるように紗希のところへ移動した。晶は傷ついたようだったが、すぐにいつもの涼しい顔に戻った。そういえば今朝からやたらと晶にくっついているのは真優の方だ。これではどちらが彼女なのかわからなかった。
二人は喧嘩でもしたのだろうか。
紗希も同じことを考えたのか、旅行にあまり乗り気でなかった恵美里をやや強引に誘っていた気がする。紗希はこの旅行中、二人を仲直りさせようとしているのかもしれない。マネージャー気質か、もともとの性格なのか、紗希はお節介なところがあった。介入し過ぎるようなら、止めないと。
「へえ、すごいな。歴史的建造物のように見えるけど?」
「ホント、別荘というより、お屋敷じゃない。部屋の数、どれだけあるの?」
秀人と紗希が口々に感嘆の声をもらす。勇斗も声には出さないが、うなづいた。
玄関扉じたい勇斗の背丈を有に超える高さと大きさで、厚みも普通のドアよりある。
一歩中に足を踏み入れると大理石のようなタイルが敷かれた玄関ホールが広がっていた。普通の家のように玄関の靴脱ぎがなくて土足で上がるよう晶に言われても皆、躊躇した。晶は笑って彼らにスリッパを人数分出してくれた。
ホールの中央には幅が優に二メートルはあるケヤキ材の大きな階段が二階へ伸びていた。この一階玄関ホールだけで勇斗の自宅の一階全部が入る気がする。
階段の裏側にも部屋があるようで、薄暗い奥にドアが見えた。左側に短い廊下と奥にいくつか部屋があるようだ。晶はそこを客室だと説明した。
「たしか戦後すぐに建てられたと聞いた気がするから……百年は経ってないはずだよ。有名な異人館とかに比べたら中もだいぶ改修したし、資産価値はほとんどない。だから、売ったんだ」
晶はなにげなく言ったが、勇斗たちは驚いた。
「売った……の?」
問い返したのはなぜか恵美里だった。その声がわずかに震えているように勇斗には聞こえた。
晶は玄関を入ってすぐの右隅にある部屋の扉を開けると、首だけ恵美里の方に振り返る。二人が一瞬交わした視線に勇斗は何か特別なものを感じて嫌な気持ちになった。
「そうなんだ。ここは元々母親の財産で、今はおれが譲り受けた。でもおれも妹も管理しきれないし、税金のこととか考えたら売ったほうがいいんじゃないかって叔父さんたちにも言われたんだよね」
答えながら晶は皆に中を見せるように扉を大きく開いた。
「これはトイレ」
中は床も壁も白いタイル敷きだ。個室の小窓から差し込む西陽が白い便器をオレンジ色に染めている。トイレはウォシュレットが付いた新しいもののようだ。水廻りを直したというのは本当らしい。
「ここはユニットバスになってる。奥にある風呂とトイレは擦りガラスで仕切られてるだけだから……気になる人はなるかもしれない。二階にも同じ場所に同じものがあるから、一階を男子、二階は女子と分けて使おうか」
中を見た勇斗たちはユニットバスと言われて想像したのとは違う広さに圧倒された。浴槽じたい大きく、大人二人程度なら余裕で入れそうだ。シャワーはひとつだけだが、洗い場には銭湯のような蛇口と鏡が二つずつある。
その後も換気がてら部屋を案内する晶の後についていきながら、勇斗たちは驚くばかりだった。別荘と聞いてログハウスのようなものを想像していたのは勇斗だけではないと思う。
先ほどの薄闇の奥にあったのは広いリビングだった。ここだけで二十平米はあるのではないか。突き当りには庭に面した大きなガラス戸。芝の植わった庭のさらに向こうは林が広がっている。
リビングからキッチンへはドアがなかったが、その入口以外は壁で仕切られていた。キッチンからは勝手口とホール側と合わせて三ヶ所から出入り可能だ。
広い居間の隣は小部屋で、晶は父親の書斎と説明した。
二階は大階段を廊下が囲うような構造になっていて、階段を上がった目の前にある一番広い部屋が主寝室、その真向かいに二つの客室があった。客室のうち、広めの部屋を紗希と恵美里、その隣を真優が使うことにした。晶の言う通り二階を女子、一階を男子の居室とすることで落ち着く。ほかに階段を挟んだ左右にも一つずつ部屋があるのだが、「物置代わりにしてて汚いから使用禁止で」と晶から断りが入った。
主寝室はホテルのスイートルームと言うと大げさだが、かなりの広さがあった。部屋の右手奥にちょっとした段差があり、その数十センチだけ高い段差の上にキングサイズのベッドが一台置かれていた。中央にはL字型のソファーとローテーブルのセットがある。左側の壁には蛇腹式の扉があり、中はウォークインクローゼットだという。
「ねぇ、本当に売っちゃうの? もったいな~い!」
真優が主寝室を遠慮なく歩き回りながら晶に言った。
「見た目は平気そうに見えるけど建物じたいにはガタがきてるんだ。あまりここら辺では大きな地震とか聞かないけど、揺れがきたら保たないんじゃないかと思う。幸い、駅近だから不動産会社はすぐ買い取ってくれたよ」
たしかに別荘には駅からタクシーで二十分とかからず着いた。それでも山道に入ると登り坂はだんだんと道幅が狭まっていき、周辺の家々も少なくなっていった。タクシーを降りてからは別荘までの私道を徒歩で上った。その間、自分たちの話し声以外に聞こえるのは木立の中の蝉の鳴き声や鳥のさえずりだけだったのを勇斗は思い出す。
「なんだ、もう買い手がついてるのか」
「うん。だからさ、最後にみんなで来られたらと思ったんだ」
秀人の問いかけに晶は長い睫毛を伏せて寂しそうに答えた。
だから珍しく熱心に誘ったのか。勇斗は腑に落ちた。
ふいに背後で音が聞こえた。
勇斗が振り返ると恵美里がしゃがんでいた。彼女が自分のスマートフォンを落としたらしい。
「大丈夫か?」
勇斗が拾おうと手を伸ばすと、横から別の手が入ってきてスマートフォンを拾い上げた。
「はい。売ること言わなくて、ごめんね」
晶が恵美里に目線を合わせるようにしゃがむとスマートフォンを手渡した。勇斗は伸ばした手を決まり悪く引っ込めるしかなかった。
「なぜ謝るの? 晶の家のことだし、私は何も……」
「でも想い出の場所でしょ? おれたちの」
突然始まった話に他の四人は困惑する。それに気づいたように晶は立ち上がると彼らを見て言った。
「おれと恵美里は小学五年まで幼なじみだったんだ。恵美里の家族とうちは仲が良くて、毎年夏休みはこの別荘で過ごしていた」
晶は謙遜なのか「ボロ」と言ったが、なかなかどうして、ほぼ「お屋敷」じゃないかと勇斗は別荘を見上げた。
木造二階建て。たしかに白い板塀の外壁や青緑色の窓枠はところどころ塗装が剥げている。だが造りは立派だし、部屋数もかなりありそうだ。こうして下から見ると圧倒されるような迫力もある。勇斗は似たような洋館を横浜の山手で見たことがあった。
買い物を終えてタクシーで別荘に着いた頃には日はかなり傾いていた。時刻も午後五時をすぎている。
新幹線を降りてからは、駅に近接したスーパーで三日分の食料を買い揃えた。
その代金全てを晶がクレジットカードで支払ったので、勇斗たちは驚いた。だが晶はカードは叔父が貸し与えてくれたもので三日間必要なものに使っていいと言うのだった。「もう払っちゃったし、気にするなよ」と言われても、もちろんそんなこと出来るはずもなく、勇斗たちはあとで必ず精算すると晶に伝えた。
いくら家族とはいえ自分のカードを軽々と貸すなど、よほど信用しているんだな。そんなことを思いながら勇斗は家の鍵を開ける晶の背中を見つめた。
勇斗は晶の家に行ったことはなかったが、鎌倉にある古い大きな日本家屋だというのは噂で聞いていた。あの辺では一ヶ屋家といえば、ちょっとした名家らしい。そこは晶の母方の実家で叔母夫婦、妹と一緒に暮らしているようだ。両親が一緒じゃないのは何故かは突っ込んで聞けてない。単純に離れて暮らしているのか、亡くなったのならなおさら聞きづらかった。
晶とは同じバスケ部で親しくなる前から意識していた。一年生から共にレギュラーの座を勝ち取ったライバルだからだ。勇斗が一方的にライバル視していただけかもしれないが。晶も小学生からクラブチームに入っていたが、中学ではなぜかバスケを辞めていたらしい。だがそんなブランクを感じさせないほど晶のプレーは素早く、冷静だった。背の高さに頼りがちで、すぐ感情的になる勇斗とは正反対だ。入部当初は晶目当ての女子が体育館に押しかけて練習にならないことがあったが、晶は毅然と「騒ぐなら出てってくれ」と彼女たちを追い出していた。気づけば彼に冷ややかだった先輩ともいつのまにか仲良くなっている。決してうるさくはないのに圧倒的なコミュニケーション能力があった。
そのフィクションみたいな完璧さは晶の見た目にも言えた。背は勇斗より若干低いが手足は長く、細身なのに適度に筋肉のついたしなやかな身体。サラサラの黒髪にニキビひとつない肌。モデルにスカウトされてもおかしくない。
成績も秀人ほどではないが、平均より上らしい。秀人によれば「地頭がいい」そうだ。首を傾げた勇斗に「頭の回転が速いんだよ。人が二、三回で習得するものを一回で出来てしまうと言えばいいのかな」とわかりやすく言い換えてくれた。
全く敵わない。ため息が出る。
勇斗がいまだ晶に対して本心から打ち解けられないのは、彼への劣等感以外にもう一つある。
恵美里だ。
晶と彼女がつきあっているからだった。
「少し前に掃除には来たんだけど、空気は入れ替えないとね」
玄関扉を開けて自分たちを中へ招き入れる晶の姿を見ながら勇斗は内心首を傾げる。
たしかに恵美里も真優と仲が悪いわけではないようだ。ただ、いくらグループでの付き合いがあるとはいえ元カノと現カノを一緒の旅行に誘うことが勇斗には理解できない。
それに恵美里の態度もおかしかった。五月頃からなんとなく勇斗も気づいた。
晶の方は全く変わらないが、恵美里が彼を不自然に避けている。さきほどのスーパーでも晶が恵美里へ近づくと彼女は逃げるように紗希のところへ移動した。晶は傷ついたようだったが、すぐにいつもの涼しい顔に戻った。そういえば今朝からやたらと晶にくっついているのは真優の方だ。これではどちらが彼女なのかわからなかった。
二人は喧嘩でもしたのだろうか。
紗希も同じことを考えたのか、旅行にあまり乗り気でなかった恵美里をやや強引に誘っていた気がする。紗希はこの旅行中、二人を仲直りさせようとしているのかもしれない。マネージャー気質か、もともとの性格なのか、紗希はお節介なところがあった。介入し過ぎるようなら、止めないと。
「へえ、すごいな。歴史的建造物のように見えるけど?」
「ホント、別荘というより、お屋敷じゃない。部屋の数、どれだけあるの?」
秀人と紗希が口々に感嘆の声をもらす。勇斗も声には出さないが、うなづいた。
玄関扉じたい勇斗の背丈を有に超える高さと大きさで、厚みも普通のドアよりある。
一歩中に足を踏み入れると大理石のようなタイルが敷かれた玄関ホールが広がっていた。普通の家のように玄関の靴脱ぎがなくて土足で上がるよう晶に言われても皆、躊躇した。晶は笑って彼らにスリッパを人数分出してくれた。
ホールの中央には幅が優に二メートルはあるケヤキ材の大きな階段が二階へ伸びていた。この一階玄関ホールだけで勇斗の自宅の一階全部が入る気がする。
階段の裏側にも部屋があるようで、薄暗い奥にドアが見えた。左側に短い廊下と奥にいくつか部屋があるようだ。晶はそこを客室だと説明した。
「たしか戦後すぐに建てられたと聞いた気がするから……百年は経ってないはずだよ。有名な異人館とかに比べたら中もだいぶ改修したし、資産価値はほとんどない。だから、売ったんだ」
晶はなにげなく言ったが、勇斗たちは驚いた。
「売った……の?」
問い返したのはなぜか恵美里だった。その声がわずかに震えているように勇斗には聞こえた。
晶は玄関を入ってすぐの右隅にある部屋の扉を開けると、首だけ恵美里の方に振り返る。二人が一瞬交わした視線に勇斗は何か特別なものを感じて嫌な気持ちになった。
「そうなんだ。ここは元々母親の財産で、今はおれが譲り受けた。でもおれも妹も管理しきれないし、税金のこととか考えたら売ったほうがいいんじゃないかって叔父さんたちにも言われたんだよね」
答えながら晶は皆に中を見せるように扉を大きく開いた。
「これはトイレ」
中は床も壁も白いタイル敷きだ。個室の小窓から差し込む西陽が白い便器をオレンジ色に染めている。トイレはウォシュレットが付いた新しいもののようだ。水廻りを直したというのは本当らしい。
「ここはユニットバスになってる。奥にある風呂とトイレは擦りガラスで仕切られてるだけだから……気になる人はなるかもしれない。二階にも同じ場所に同じものがあるから、一階を男子、二階は女子と分けて使おうか」
中を見た勇斗たちはユニットバスと言われて想像したのとは違う広さに圧倒された。浴槽じたい大きく、大人二人程度なら余裕で入れそうだ。シャワーはひとつだけだが、洗い場には銭湯のような蛇口と鏡が二つずつある。
その後も換気がてら部屋を案内する晶の後についていきながら、勇斗たちは驚くばかりだった。別荘と聞いてログハウスのようなものを想像していたのは勇斗だけではないと思う。
先ほどの薄闇の奥にあったのは広いリビングだった。ここだけで二十平米はあるのではないか。突き当りには庭に面した大きなガラス戸。芝の植わった庭のさらに向こうは林が広がっている。
リビングからキッチンへはドアがなかったが、その入口以外は壁で仕切られていた。キッチンからは勝手口とホール側と合わせて三ヶ所から出入り可能だ。
広い居間の隣は小部屋で、晶は父親の書斎と説明した。
二階は大階段を廊下が囲うような構造になっていて、階段を上がった目の前にある一番広い部屋が主寝室、その真向かいに二つの客室があった。客室のうち、広めの部屋を紗希と恵美里、その隣を真優が使うことにした。晶の言う通り二階を女子、一階を男子の居室とすることで落ち着く。ほかに階段を挟んだ左右にも一つずつ部屋があるのだが、「物置代わりにしてて汚いから使用禁止で」と晶から断りが入った。
主寝室はホテルのスイートルームと言うと大げさだが、かなりの広さがあった。部屋の右手奥にちょっとした段差があり、その数十センチだけ高い段差の上にキングサイズのベッドが一台置かれていた。中央にはL字型のソファーとローテーブルのセットがある。左側の壁には蛇腹式の扉があり、中はウォークインクローゼットだという。
「ねぇ、本当に売っちゃうの? もったいな~い!」
真優が主寝室を遠慮なく歩き回りながら晶に言った。
「見た目は平気そうに見えるけど建物じたいにはガタがきてるんだ。あまりここら辺では大きな地震とか聞かないけど、揺れがきたら保たないんじゃないかと思う。幸い、駅近だから不動産会社はすぐ買い取ってくれたよ」
たしかに別荘には駅からタクシーで二十分とかからず着いた。それでも山道に入ると登り坂はだんだんと道幅が狭まっていき、周辺の家々も少なくなっていった。タクシーを降りてからは別荘までの私道を徒歩で上った。その間、自分たちの話し声以外に聞こえるのは木立の中の蝉の鳴き声や鳥のさえずりだけだったのを勇斗は思い出す。
「なんだ、もう買い手がついてるのか」
「うん。だからさ、最後にみんなで来られたらと思ったんだ」
秀人の問いかけに晶は長い睫毛を伏せて寂しそうに答えた。
だから珍しく熱心に誘ったのか。勇斗は腑に落ちた。
ふいに背後で音が聞こえた。
勇斗が振り返ると恵美里がしゃがんでいた。彼女が自分のスマートフォンを落としたらしい。
「大丈夫か?」
勇斗が拾おうと手を伸ばすと、横から別の手が入ってきてスマートフォンを拾い上げた。
「はい。売ること言わなくて、ごめんね」
晶が恵美里に目線を合わせるようにしゃがむとスマートフォンを手渡した。勇斗は伸ばした手を決まり悪く引っ込めるしかなかった。
「なぜ謝るの? 晶の家のことだし、私は何も……」
「でも想い出の場所でしょ? おれたちの」
突然始まった話に他の四人は困惑する。それに気づいたように晶は立ち上がると彼らを見て言った。
「おれと恵美里は小学五年まで幼なじみだったんだ。恵美里の家族とうちは仲が良くて、毎年夏休みはこの別荘で過ごしていた」
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