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1章

儚い幻

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 透也に振られたその日、帰るなり私は泣き疲れてベッドに倒れ込むように寝てしまった。
 もうこのまま朝が来なければ良いと思った。


 真夜中に目覚めて、また泣いてしまった。
陽だまりのような優しい夢を見ていた気がした。

 心まで包み込む優しく温かい透也の夢が、今はすごく辛かった。


 ねぇ、いつまでこんな気持ちでいたらいいの?
壊れるくらい、泣きたいくらい愛しているのに、これから先も2人は友だちのまま。

 出会わなければよかった…なんて言えない。
楽しかった思い出も夢だったみたいに、消えて無くなってしまうから。

 だけど、2人で一緒に寄り添った時間が、沢山の思い出が、こんなにも切なくさせてくる。


 透也があの時私にキスをした理由は、なに?


 告白は断ってきたくせに、ずるい。



「自分勝手すぎるよ、透也…」



 明日から学校でどんな顔して会えばいいのかな。


 色々な思考が頭を巡り、私は深く大きなため息をついた。

 その後も色々考えてしまい、私はとうとう一睡も出来ずに朝を迎えた。

 洗面所で鏡を覗くと、目が少し赤く腫れていた。
そりゃあんだけ泣いたら腫れるよね…そんなことを考えながら、顔を洗ってさっぱりする。

 いつもと違い、酷く憂鬱な朝。
朝食も喉を通らず、私の顔の様子がおかしいことに母は絶対気づいているはずなのに、あえて触れてこなかった。
母なりの優しさと気遣いだったのかもしれない。


 重い足取りで、私は教室へ向かう。



ガラッ



 いつものように教室に入ると、那奈と柚が待っていてくれた。
 2人は私の憂鬱そうな顔を見て何かを察したのか、こっそりと那奈から聞いてきた。



「ちょっと…由梨香、泣いた?」


「…大丈夫?」



 柚も心配して私の顔を覗き込む。
やはり2人に隠し事はできないよなぁ、そう思い昨日のことをポツリポツリと語り出す私。



「昨日…透也に誘われてお家でタコパをしたり映画を観たりしたの。帰る直前に告白したら、見事振られちゃってさ…えへへ」



 私は力なく笑ったが、それが余計に辛かった。
那奈は私の頭を撫でてくれて、こう言った。



「由梨香は、よく頑張ったよ」



 その言葉にまた涙が出そうになる。
だけど教室で大泣きする訳にはいかないので、どうにか堪えた。


「…うん、ありがとう」



 フーっと深呼吸をし、一拍置く。
私は、今の自分の正直な気持ちを2人に伝えた。



「告白したことに後悔はしてないの。いつか伝えようと思っていたから言えてよかったって思ってるよ。振られたのも、もう仕方がないと思ってる。だけど…だけどね」


「…?」



 那奈と柚が顔を見合わせて怪訝そうな顔をした。



「振られて、帰ろうとした直前にね、透也にキスされたの」


「「…はあ!!?」」



 あ、もっと遠回しに言うべきだったかも。
2人の顔は明らかに怒っていた。

 そして柚がこう言った。



「ねぇちょっと何それ!そんなのって酷くない!?どうして由梨香ばっかりこんなに傷つけられなきゃいけないわけ!」


「てか由梨香も、もっと警戒しなきゃダメよ!?男なんてみんな狼だって言ったでしょ!」



 那奈に怒られ、私は何も言えずに黙る。



「本当、有り得ない!安藤くん由梨香のこと弄んでたんじゃないの!」



 柚がこう言われ、私は言った。



「そ、それは違う!」



 自分で思っていたより大きな声が出てしまい、驚いてしまった。
 一旦心を落ち着かせ、那奈と柚に言った。



「透也は…私のことをめちゃくちゃ好きだって言ってくれた。だからキスしてきたんだと思う、多分だけどね…。けど進路のこともあって、遠距離する自信がないから付き合えない、お互いに負担をかけるのは嫌だって言ってたの…きっと透也も言うの辛かったと思う」


「そう…なんだ……ごめん、何も知らずに怒って」



 柚はそう言って謝ってきたが、私のためを思って怒っていたのだから謝る必要などない。
 すると那奈がこう言った。



「それが安藤くんの考え方なら私たちは口出し出来ないし仕方ないけど、由梨香はいいの…?」


「…透也がそう考えてる以上、私はこれ以上自分の気持ちは押し通せないよ」


「それもそうか…本当に、よく頑張ったね由梨香」


「…うん、ありがと」



 こうして、私の恋は呆気なく終わってしまった。

 すぐに気持ちを切り替えるのは難しくて、教室で透也のことを見る度に胸が苦しくなった。
 両思いだけど、片思いよりも辛い。

 もう、おはようを交わすこともないのかな。
学校で普通に話すこともできないのかも。



 この半年程度の恋は、まるで幻だったみたい。

 自分が少女漫画のヒロインになったのかと錯覚するくらい、全ての日々がキラキラと輝いていて、それでいて切ない。
 鮮やかに染み付いてしまった愛おしい彼の姿は、より一層、私の胸の深いところを傷めた。

 私は、いつからこんなに脆くなったのだろう。
透也に出会ってから、自分でも知らなかった自分が次から次に顔を出した。
こんな気持ちにさせられたのは、良くも悪くも透也が初めてだった。


 この見慣れた街や景色も、学校で今見ている彼の横顔も、きっといつか私の中で、ただの綺麗な思い出になるのだろう。
 2人で過ごしたいくつもの思い出。
いつか大人になって、ふと思い出した時に、懐かしいって笑えるようになっていたらいいな。


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