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1章

大人と子供の狭間で

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 季節はもうすぐ冬。
肌寒い毎日が続いていた。
みんないつの間にか冬の制服に衣替えをしていて、夏見た教室の景色とは少し違っている。

 あの球技大会の一件以来、最近は琴葉ちゃんもガラッと大人しくなり、平穏な毎日を送っていた。



「おはよ由梨香」


「あ、おはよう透也」



 隣の席になってから、私たちは毎朝の挨拶を交わすことが日課となっている。
 ただ、進展は何もしていないので、ずっと同じような日常をダラダラと繰り返していた。
 那奈と柚がこちらに振り返り、私に話しかける。



「由梨香今日空いてる?」



「うん、空いてるよー」



「久々に3人でカラオケでも行こうよ!」



「えー!行きたい!やったー」



 その話を聞いてか聞かずに偶然なのか、友達と話していた透也が言ったのを、私は聞き逃さなかった。



「今日、カラオケだな」



 透也も、カラオケとか行くんだ。
なんだか歌っている姿があまり想像できないけれど。

 まさか偶然会っちゃったりして?
いやそれは流石にないか、カラオケなんて街中に沢山あるしね。

 私は久しぶりに3人で遊びに行けることが楽しみで仕方がなかった。
 普段、那奈はバイト尽くしで忙しい毎日を送っていたし、柚は最近は吉岡くんとデートばかりだったから…。
 
 私は2人に向かって言った。



「ねえ3人でプリも撮ろうね」


「あはは由梨香、まだ朝なのに楽しみにしすぎ」


「そりゃそうだよ!3人で出かけるの久しぶりなんだもん!」


「まったく、由梨香うちらのこと大好きなんだねぇ」



 2人は、まるで子供でもあやす様に私のことを扱った。
 なにさなにさ、私ばっかりウキウキしちゃってるみたいじゃん!

 そして待ちに待った放課後が来た。
急いで帰る準備を済ませ、3人で教室を出る。

 風が吹いて、少し寒かった。
もうすぐ雪が降りそうな空の色をしていた。



「いやぁ、私達ももうすぐ卒業なんだね」



 ポツリと、那奈が呟く。柚が続いてこう言った。



「もうあと3ヶ月ちょっとしかないんだよ、高校生活。今思い返せば、あっという間だったね」



 2人とも、そんな寂しくなる話を今ここでしなくてもいいのに。と思いながら、私も呟いた。



「卒業したくないなぁ…」



 高校を卒業するということは、小学校や中学校を卒業するのとは訳が違う。
 卒業した瞬間に、子供から大人に生まれ変わらなければいけないのだ。
生まれ育ったこの街と親元を離れて進学する人も少なくないし、私たちも例外ではない。

 私たち3人はそれぞれこの街を離れ、専門学校に行くことが決まっていた。



 カラオケに到着し、受付を済ませる柚。
私と那奈は後ろで待っていた。



「部屋14番だよー!行こう!」



 柚に言われ、ドリンクバーのグラスを持ち、飲み物を調達する。
 カラオケの時、私は決まってメロンソーダだ。



「由梨香ってば、またメロンソーダだ」



 ケラケラと笑う柚。



「いいじゃん、好きなのー!」



「味覚がお子ちゃまなのかなー?」



 柚に乗っかり、那奈まで私をバカにしてくる。
そういう2人は、烏龍茶とアイスコーヒーを選んでいた。
 何も言い返せなくて悔しい…。

 14番の部屋に着くと、私たちは一旦荷物を置いた。
外が寒かったせいか、私は突然トイレに行きたくなった。



「ごめん私トイレ行ってくる!歌ってていいよ」


「おっけー!」



ドン!



 トイレを探して右に曲がると、誰かにぶつかってしまった。



「わ!ごめんなさいっ」



「あれ?由梨香じゃん」



 なんとぶつかった相手は透也だった。
何故か私の顔を見てニヤニヤと笑っている。



「え、透也!?なんでここに!」



「オレ含めて3人で今日はカラオケdayなの」



「私も、那奈と柚と来てるよ!」



「知ってる、朝話してたよね聞こえてた」



「まさか…真似した??」



「はは、なわけ」



 透也は笑いながら私の肩をポンと叩くと、こう言った。



「トイレは反対方向ですよ、お嬢さん」



「まじ!?やらかした、教えてくれてありがと!なんでトイレ行きたいってわかったの?」



「顔にウンコって書いてあるから」



「ウンコじゃない!!!」



 まったく、レディーに向かって失礼な男だ。
けど、まさか本当に偶然会えるなんて…嬉しい…。

 私は急いでトイレに向かい、用を足して部屋に戻る。



「おかえり由梨香、遅かったねー」


「迷子になってたの?」



 那奈と柚に聞かれたから、私は透也と会ったことを説明した。



「え、偶然会うなんて凄くない?」


「しかも曲がり角でぶつかるなんてねー、運命?」



 たしかに、偶然にしては上手くいきすぎている気もするけれど…。



「まぁ私は透也と話せたから、なんでもいいや!」



 私がそう言うと、うわぁー、惚気けた!と2人に冷やかされてしまった。

 私のスマホがチカチカと光っていることに気づく。
なんの通知だろう?とスマホを開くと、透也からのメッセージだった。



【(透也)楽しんでる?】


【(私)うん!今、那奈が歌ってるよー】


【(透也)暇できたら6番の部屋来て】



 そこで、ちょうど私が予約していた曲が流れ出す。
爆速で歌いきり、那奈と柚に事情を説明して少しだけ席を外させてもらった。

 6番、6番っと。



「あ、ここか6番」



 薄暗い部屋を扉のガラス窓から覗いてみると、透也とクラスの男子2人がいた。
よく見ると、青田くんと木村くんだった。
この2人と私は特に接点がない。
 透也が私に気が付き、入ってこいと手招きをする。



「…失礼しまーす」



 男子3人がいる部屋に入るのは少し勇気がいる。控えめに言いながら私が部屋に入ると、透也は自分の横に座れと指を指した。



「おい透也、なんで佐野さんここにいるんだよー」


「佐野さんごめんね、どうせコイツが無理やり呼び出したんでしょ?」



 2人とも気さくに話しかけてきてくれて、緊張が解れてきた。
 すると青田くんが私に問いかける。



「なんで佐野さんと透也って仲良いの?」



「確かに、どういう繋がり?」



 それに便乗して木村くんも聞いてきた。



「なんでと言われますと…」



 私がなんとも言えずに困っていると、透也が言った。



「なんでも良いっしょ、オレら気が合うんだよ」



 オレら気が合うんだよ
 オレら気が合うんだよ ……

 その言葉は、私の頭の中で勝手にエコーが掛かったように反芻された。
 まったく、人間の脳みそは自分に都合の良いように作られているようだ。



「透也は歌わないの?」


「俺はさっき歌った」



 そうなんだ…聞きたかった、残念。
ガッカリしていると、透也が耳元で囁いた。



「…オレの歌声聞いたら、惚れちゃうよ?」



 声の伝わる耳から、一気に身体が熱くなる。
部屋の暗さが相まって、やけに色気のある透也の顔。

もうとっくの間に惚れてるんだよ…!
こんなに想っているのに気づいてないなんて、どれだけ鈍感な男なんだろう。



「用ないなら私そろそろ那奈たちのとこ戻るね!」


「わかった、来てくれてありがとう由梨香ちゃんっ」


「透也がちゃん付けはキモイからやめてっ!」



 はははと高笑いをしてる透也を放置し、青田くんと木村くんにペコリと頭を下げて、私は退室した。
 …なんだったんだ、一体。
なんのために呼ばれたのか全然意味がわからず、私は自分たちの部屋に戻った。

 部屋についてすぐ、那奈と柚に事の説明をしたが、2人も怪訝そうな顔をしていた。



「まじでなんで由梨香の事呼んだ?」



 そう那奈が言うと、柚がこう言った。



「もしかしたらだけど、他の男子たちに由梨香と仲良いとこ見せつけたかったんじゃない?」


「それだけのために!?」



 見せつけるほどのことでもないのに。
やっぱり透也が何を考えているのか、私には到底理解ができなかった。

 オレに惚れちゃうよ?と透也に言われた右耳だけが、今も心地よくジンジンと火照っているのがわかった。


 その日の夜、私は透也に電話をかけた。
透也はワンコールで出てくれた。



『もしもし?』



 カラオケで囁かれたときとは雰囲気が全然違う、電話越しの透也の声。



「もしもし透也、ちょっと私の話聞いて欲しいんだけど」


『おー、どうしたの?』


「今日那奈と柚と3人でカラオケ行く前にね、もうすぐ卒業だねって話をしてて、高校を卒業するってことは今までみたいに親に守られてた私たちじゃなくなるわけでしょ?そしたらすごい不安になっちゃって…」



 うん、うんと相槌を打ちながら、優しく話を聞いてくれる透也。



『つまり、由梨香は大人になんてなりたくないっていうこと?』


「ううん…違うの。早く大人になりたい気持ちも勿論あるけど、怖いなぁって」


『多分さ、言わないだけで、きっと不安とか恐怖心はみんな感じてるはずだよ。オレだってちゃんと一人暮らしできるか不安だわ、オレのパンツ誰か干してくれよ…』


「ふふ、なにそれパンツくらい自分で干しな?」


『はは…けどさ、まだこの街を出てないうちから焦ったってどうすることもできないし、結局意外と人生どうにかなるって俺は考えてるしね。もしも由梨香が一人で困ってたら、卒業したっていつでもオレに連絡してきていいんだしさ。横田さんと瀬川さんもいるんだから、由梨香には。困った時に頼るところ、沢山あるじゃん?』


「…透也は、卒業してからも私と仲良くしてくれるつもりなの?」


『当たり前でしょ、何言ってんの今更。卒業したからと言ってオレらが仲良いことに変わりはない』



 サラッと嬉しいこと言ってくれちゃうんだから…。



「ありがとう透也、少し気持ち落ち着いてきたから今のうちに寝るね!」


『はは、わかった、また学校でね』



 そう言われて、私から電話を切った。

 透也の方が、私よりもよっぽど考え方が大人びている。
少し前まで那奈たちに卒業したくないだのなんだの言ってた自分が恥ずかしいよ…。
 透也は、ちゃんと未来を見据えて生きているんだ。
私も、もっとしっかりしなくちゃ。


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