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19.王都クリフェン
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それから二日。王国の正規部隊に守られての旅程はつつがなく進行し……。
「ここが……」
アルクリフ王国の王都クリフェンに、メルたちはついに辿り着いた。
「もし機会があれば、王城の尖塔からの風景を見せて差し上げよう。中々に素晴らしいものですぞ」
そんなことを言っていたのは騎士団長のボルドフだ。
街全体が円を描く白壁に囲まれ、中心から放射状に大通りが伸びているその様は、高所から見れば巨大な花のように映るのだそう。メルも、今も高空からこちらを見下ろす鳥の瞳を借りてぜひ、その全体像を目に収めてみたいものだと思った。
そして、中央にはこの国の王城が佇む。
「ついに、戻ってきたか……」
「ですな」
感慨を胸に、ラルドリスとシーベルは呟いた。
『第二王子ラルドリス様がご帰還なされた! 民よ、道を開けてくれ!』
東門の通行を制限し、隊列を組んだ部隊の先頭に立つと、一行の馬車を先導しながらボルドフは大きく触れ回った。彼がラルドリスを支持していることを民に大きく周知させるとともに、ザハール派に下手な行動を起こさせないための牽制の意味もあるのだろう。
だが、住民たちの表情は歓迎している様子もなく冴えない。出戻りの王子が、今さらなにをという不信感が、そこらから感じられメルは肩を竦めた。
(彼は、どんな気持ちなんだろう……)
こそっと、隣に座るラルドリスの顔を窺い見る。
彼は一心に城を見据えているように思えるが、唇は引き結ばれ、表情は硬い。拳を強く固めている様からも、その緊張は推し量ることが出来る。
彼はこれから母違いとはいえ、実の兄と戦い、この国の長たるものにふさわしいのだと、見せつけなければならない。そしてメルも実姉とまみえ、成り行き次第では大きく糾弾することになるだろう。彼女は我知らず、彼の拳の上にその手を重ねていた。
「ラルドリス様……私も怖いです。でも……」
私たちがいますから……言葉の外にそんな気持ちを込めて。メルは彼の瞳をじっと見つめた。
「ああ。そうだな、ひとりではないんだ。背中は任せる」
ラルドリスはメルの手を強く握り返すと、快活な笑みを装うが、やはり顔のこわばりは消えない。
そして手の震えも、城に辿り着くまで治まることはなかった。
◇
いくつもの赤屋根の尖塔が針のように連なる王城は、平時は丸い堀に囲まれ、決められた時間や緊急時のみ跳ね橋が下りて通行を許可される仕組みのようだ。
だがラルドリスはさすがに王族。ボルドフの手回しもあり、一行は比較的スムーズに橋を渡り、城の敷地内に足を踏み入れる。
「早速囚われの母に顔を見せに行きたいところだが、まずは父上に帰還を報告せねばなるまい。ボルドフ、先導を頼む」
「御意」
停車場で馬車から降りると、ラルドリスはボルドフにそう命じた。部隊は解散し、彼と少数の精鋭だけがラルドリスの護衛に付くようだ。メルもシーベルもラルドリスの後ろに付く。
病に臥した国王の居室は城の三階にあるらしい。
建物の門に続く道を堂々と歩く中、あるところで一行は足を止める。通路の真ん中に、完全にこちらの通行を妨げる意図で誰かが立っていた。
近付くと銀の髪の青年が腕を組み、その青い目で見下すようにこちらを見ている。彼に睨まれそのまま通り過ぎることもできず、ボルドフが跪いた。
「ザハール王子、ご無沙汰しております」
「ふん、俺を毛嫌いして呼び出しにも応じなかったお前が、どういう風の吹き回しでその愚弟を連れて来たのだかな。次期後継者としての権利を持ちながら、のこのこと城から逃げ出しおったそやつを」
「そのような言い方――」
「ボルドフ、下がってくれ」
ラルドリスがボルドフを庇うように進み出ると、ザハールと数カ月ぶりに相対した。
「久しぶりだな、兄上」
「はっ、こそこそと俺から逃げ回っていたあのお前が、ずいぶんと堂々目を合わすようになったではないか。まさか、死に目にあって自信でも付けたなどというまい? ははははは!」
明らかに馬鹿にした口調で、ザハールはラルドリスを嘲った。仮にラルドリスがザハールによる襲撃を主張しても、罪を認めさせることは出来ないという自信の表れか。
「あながち間違いでもないさ。襲撃は受けたからな。どうやらこの国を牛耳ろうという不埒な輩が、大手を振って城に居座っているらしいぞ。誰とは言わぬが」
「……ふん。影薄の愚弟風情がよく囀るわ。痛い目に遭いたくなければ、今からでも踵を返し、辺境に引きこもっておれ!」
「悪いが、あんたに構っている暇はない。父上に挨拶させてもらう」
ザハールの大声での恫喝に、ラルドリスはまっすぐに視線を戦わせたが、彼には取り合わず、その隣をすり抜けようとする。
「おい、誰が通行を許した!」
「ザハール王子、他ならぬ陛下が兄弟おふたりを同列と認めておるのです。これ以上はお控えくだされ」
ラルドリスの肩に向かって伸ばされたザハールの腕を、ボルドフが止めた。忌々しい舌打ちが第一王子の口から漏れる。
「ふざけおって……見ていろよ。貴様らの顔、すべて覚えておくぞ。私が王座に就いた暁にはどうなるか、今から楽しみにしておくがいいわ」
ザハールは一行の顔を恨みがましく見渡すと、乱暴にボルドフの腕をはたき落とし、いずこかへと去ってゆく。それに構わずラルドリスは進んで行くと、奥の建物の陰にひっそりと佇んでいた、ひとりの女性に視線をやった。
――メルの背が、ざわついた。
「ティーラ……。よく俺の前に顔を出せたものだな」
「ご壮健であらせられ、なにより。少々お顔付きが変わられましたかしらね」
メルの実姉ティーラは、一行の通行を邪魔しないよう通路の端で嫣然と微笑んでいた。ただそうしているだけなのに、メルの呼吸は少しずつ浅くなっていく。
美しく成長はしているものの、メルより明るい亜麻色の髪と緑の目……そしてなにより、目の奥の感情を伴わない輝きは、年を経てもそのままだ。
(本当に……間違いない。お姉様が……)
「お前も身辺の整理を進めておくことだな。過去にあった出来事も含めて」
「あら……淑女として品行方正を胸に生きて参りましたつもりですけれど。今回のことも私の正義に基づいて行動させていただいただけです。お母上のことに付いてはお気の毒ですけれど、どうしようもないことでしたわ」
「……この場での問答は無用だな。失礼する」
そう言葉少なにラルドリスは会話を切り、ティーラが無言で礼をした。その前に彼女の目が一瞬一行を見渡し、メルは心臓が止まるかのような恐怖を覚える。
その後すぐにラルドリスたちは建物の中へと消えたのだが、扉が閉まっても何故だかメルにはあの姉の冷たい視線が、ずっと背中へ注がれているように感じ、どうにも落ち着かなかった。
「ここが……」
アルクリフ王国の王都クリフェンに、メルたちはついに辿り着いた。
「もし機会があれば、王城の尖塔からの風景を見せて差し上げよう。中々に素晴らしいものですぞ」
そんなことを言っていたのは騎士団長のボルドフだ。
街全体が円を描く白壁に囲まれ、中心から放射状に大通りが伸びているその様は、高所から見れば巨大な花のように映るのだそう。メルも、今も高空からこちらを見下ろす鳥の瞳を借りてぜひ、その全体像を目に収めてみたいものだと思った。
そして、中央にはこの国の王城が佇む。
「ついに、戻ってきたか……」
「ですな」
感慨を胸に、ラルドリスとシーベルは呟いた。
『第二王子ラルドリス様がご帰還なされた! 民よ、道を開けてくれ!』
東門の通行を制限し、隊列を組んだ部隊の先頭に立つと、一行の馬車を先導しながらボルドフは大きく触れ回った。彼がラルドリスを支持していることを民に大きく周知させるとともに、ザハール派に下手な行動を起こさせないための牽制の意味もあるのだろう。
だが、住民たちの表情は歓迎している様子もなく冴えない。出戻りの王子が、今さらなにをという不信感が、そこらから感じられメルは肩を竦めた。
(彼は、どんな気持ちなんだろう……)
こそっと、隣に座るラルドリスの顔を窺い見る。
彼は一心に城を見据えているように思えるが、唇は引き結ばれ、表情は硬い。拳を強く固めている様からも、その緊張は推し量ることが出来る。
彼はこれから母違いとはいえ、実の兄と戦い、この国の長たるものにふさわしいのだと、見せつけなければならない。そしてメルも実姉とまみえ、成り行き次第では大きく糾弾することになるだろう。彼女は我知らず、彼の拳の上にその手を重ねていた。
「ラルドリス様……私も怖いです。でも……」
私たちがいますから……言葉の外にそんな気持ちを込めて。メルは彼の瞳をじっと見つめた。
「ああ。そうだな、ひとりではないんだ。背中は任せる」
ラルドリスはメルの手を強く握り返すと、快活な笑みを装うが、やはり顔のこわばりは消えない。
そして手の震えも、城に辿り着くまで治まることはなかった。
◇
いくつもの赤屋根の尖塔が針のように連なる王城は、平時は丸い堀に囲まれ、決められた時間や緊急時のみ跳ね橋が下りて通行を許可される仕組みのようだ。
だがラルドリスはさすがに王族。ボルドフの手回しもあり、一行は比較的スムーズに橋を渡り、城の敷地内に足を踏み入れる。
「早速囚われの母に顔を見せに行きたいところだが、まずは父上に帰還を報告せねばなるまい。ボルドフ、先導を頼む」
「御意」
停車場で馬車から降りると、ラルドリスはボルドフにそう命じた。部隊は解散し、彼と少数の精鋭だけがラルドリスの護衛に付くようだ。メルもシーベルもラルドリスの後ろに付く。
病に臥した国王の居室は城の三階にあるらしい。
建物の門に続く道を堂々と歩く中、あるところで一行は足を止める。通路の真ん中に、完全にこちらの通行を妨げる意図で誰かが立っていた。
近付くと銀の髪の青年が腕を組み、その青い目で見下すようにこちらを見ている。彼に睨まれそのまま通り過ぎることもできず、ボルドフが跪いた。
「ザハール王子、ご無沙汰しております」
「ふん、俺を毛嫌いして呼び出しにも応じなかったお前が、どういう風の吹き回しでその愚弟を連れて来たのだかな。次期後継者としての権利を持ちながら、のこのこと城から逃げ出しおったそやつを」
「そのような言い方――」
「ボルドフ、下がってくれ」
ラルドリスがボルドフを庇うように進み出ると、ザハールと数カ月ぶりに相対した。
「久しぶりだな、兄上」
「はっ、こそこそと俺から逃げ回っていたあのお前が、ずいぶんと堂々目を合わすようになったではないか。まさか、死に目にあって自信でも付けたなどというまい? ははははは!」
明らかに馬鹿にした口調で、ザハールはラルドリスを嘲った。仮にラルドリスがザハールによる襲撃を主張しても、罪を認めさせることは出来ないという自信の表れか。
「あながち間違いでもないさ。襲撃は受けたからな。どうやらこの国を牛耳ろうという不埒な輩が、大手を振って城に居座っているらしいぞ。誰とは言わぬが」
「……ふん。影薄の愚弟風情がよく囀るわ。痛い目に遭いたくなければ、今からでも踵を返し、辺境に引きこもっておれ!」
「悪いが、あんたに構っている暇はない。父上に挨拶させてもらう」
ザハールの大声での恫喝に、ラルドリスはまっすぐに視線を戦わせたが、彼には取り合わず、その隣をすり抜けようとする。
「おい、誰が通行を許した!」
「ザハール王子、他ならぬ陛下が兄弟おふたりを同列と認めておるのです。これ以上はお控えくだされ」
ラルドリスの肩に向かって伸ばされたザハールの腕を、ボルドフが止めた。忌々しい舌打ちが第一王子の口から漏れる。
「ふざけおって……見ていろよ。貴様らの顔、すべて覚えておくぞ。私が王座に就いた暁にはどうなるか、今から楽しみにしておくがいいわ」
ザハールは一行の顔を恨みがましく見渡すと、乱暴にボルドフの腕をはたき落とし、いずこかへと去ってゆく。それに構わずラルドリスは進んで行くと、奥の建物の陰にひっそりと佇んでいた、ひとりの女性に視線をやった。
――メルの背が、ざわついた。
「ティーラ……。よく俺の前に顔を出せたものだな」
「ご壮健であらせられ、なにより。少々お顔付きが変わられましたかしらね」
メルの実姉ティーラは、一行の通行を邪魔しないよう通路の端で嫣然と微笑んでいた。ただそうしているだけなのに、メルの呼吸は少しずつ浅くなっていく。
美しく成長はしているものの、メルより明るい亜麻色の髪と緑の目……そしてなにより、目の奥の感情を伴わない輝きは、年を経てもそのままだ。
(本当に……間違いない。お姉様が……)
「お前も身辺の整理を進めておくことだな。過去にあった出来事も含めて」
「あら……淑女として品行方正を胸に生きて参りましたつもりですけれど。今回のことも私の正義に基づいて行動させていただいただけです。お母上のことに付いてはお気の毒ですけれど、どうしようもないことでしたわ」
「……この場での問答は無用だな。失礼する」
そう言葉少なにラルドリスは会話を切り、ティーラが無言で礼をした。その前に彼女の目が一瞬一行を見渡し、メルは心臓が止まるかのような恐怖を覚える。
その後すぐにラルドリスたちは建物の中へと消えたのだが、扉が閉まっても何故だかメルにはあの姉の冷たい視線が、ずっと背中へ注がれているように感じ、どうにも落ち着かなかった。
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