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12.カルチオラの関

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 もし、上空からその場所を見渡したなら……左右を高い崖に挟まれた山道に延々と続く人々の長い行列が見られただろう。そこでは、隙間を塞ぐように堅固な砦が設けられ、多くの王国兵が通行人と荷物を検めている。

 現在、このカルチオラの関では、厳戒態勢が敷かれていた。

 通常ならば通行税を支払うだけで素通りできる民間人ですら、詳細な身体検査の上手配書と顔を比べられ、疑わしいものは拘留されて何時間もの取り調べを受けているようだ。

 一組一組念入りに調べられているせいか、門の外にまで長い列が伸びる。その中に一つの家族の姿が見受けられた。

 若い夫婦、年老いた老人に小さな子供の四人。
 徒歩の彼らは、荷物を背負った標準的な旅人に見える。
 やがて順番が回ってきて、兵士がその家族に尋ねた。

「あ~……名は? どこからだ?」
「関の近くのオルゴーという村から来ました、ラスディオ一家と申します。私はトルス、こちらは妻のアニス。そっちは父のオイゲンに、息子のロイス。私たちは毎年この時期、関向こうのネシェナという街で行われる祭りに参加するのが恒例となっていまして」
「ふむ。では荷物を検めさせてもらう」

 兵士は手近なテーブルに家族の荷物を置かせ、その中を探ってゆく。
 あるのは食料品や寝具、着換えなどの一般的な旅支度だ。

「む……これは?」

 その中に妙な手触りを感じ、兵士はそれを摘まみ出した。

「こいつは……馬車か?」
「あっ、それは……」

 兵士が取り出したのは、小さな木の模型だった。アルクリフ王国の紋章が入った精緻な馬車に、馬の模型も二つ揃っている。まるでそれは、本物のごとくよく再現されていた。

「ほぉ……よく出来ているな。まるで生きているかのようだ」
「し、知り合いに腕のいい木工職人が居まして。息子の宝物なのだ……です」
「ん?」

 途中で言葉遣いが妙になったような気がして、兵士はトルスという若い父親をじっと見た。どうも、彼はそわそわと落ち着きがない。

「お前、何だか様子がおかしくないか?」
「ど、どこがでしょう?」
「いや、具体的にはわからんが……」

 その兵士は威圧するように目をぎょろつかせるとトルスの周りを回り、微笑んでいた彼の顔にたちまち汗が浮かび出した。

「よく見ればお前、ずいぶん気品のある顔立ちをしておるな。そこいらの村人とは思えぬ。しかも、誰かに似ておるような……」

 トルスの視線がより忙しなく、左右上下を往復する。

「そそそそうでしょう! 確かに子供の頃、ここ最近生まれた中で一番の美男だと褒められたことがあったのだっ……いえ、あったのですが! わ、私くらいの者なんてどこにでもおりますとも。は、ははっは……」
「どれ、もっと良く見せてみろ」
「やめてくりゃさい!」

 またまたトルスの言葉が怪しくなり、兵士が胡乱な視線で彼の被っていた帽子を取りあげた。

「なにをす……りゅんです! 返してくれ!」
「むう……茶髪に鳶色の瞳か」

 だが、やはりその髪はザハール第一王子から手配された第二王子のものとは似つかず、生え際にも不審なところはない。兵士がさらに顔を覗き込もうとしたその時。

「ァアイタタタタタットゥワー……! こ、腰がぁっ、ポッキリいってしまいそうじゃぁッ!!」

 大袈裟とも言える勢いで、それまで黙っていた杖突き老人が急に倒れ込み、四つん這いになって大声で騒ぎ始めた。
 
「な、なんだ! どうした御老体!」
「ら、乱暴に触らんでくれぇ!」
「お爺ちゃん、また持病が!? 腰が痛むのね、可哀想に!」

 すぐにトルスの妻アニスが背中をさすってやり、困り果てた様子で兵士に訴える。

「連日の冷え込みのせいか、祖父が急に体調を崩しまして。早く街で休ませてあげたいのです。ですから……なるべく速やかに通していただけませんか? 荷物はいくらでも調べていただいて構いませんので、どうか、お願いします……!」

「む……それは不憫であるな。どうだお前たち、なにか不審なものは見つからなかったか?」
「いえ、日用品や子供のおもちゃばかりです。武器なども一切ありません」
「そうか……」

 彼らのまとめ役らしい兵士は、最後に手配書と一行の容姿をしっかり見比べる。

「……ラルドリス王子は見事な金髪、赤眼の美青年、シーベル公爵は紺色の髪をした細面の男性。連れは栗色の髪の、背の低い侍女だったはずだな。お前たちも、頭に巻いているものを外せ」

 トルス一家はそれぞれ、防寒具として頭に巻き付けていた布を外した。しかし、髪の毛は黒や薄茶ばかり。手配書の内容とはまったく相容れない。

「こんなじじいや子供連れだとは聞いてませんよ?」
「そうだな。一行は確か三人連れ。馬車でこちらに向かっていると伝えられていたし……よし! こいつらは違うだろう。いいぞ、通れ!」
「「あ、ありがとうございます!」」

 家族が一斉に頭を下げ、まとめ役の兵士はにこやかに微笑むと、通りすがる子供の頭を撫でてやる。

「足を止めさせて悪かったな。数か月に一度の祭りだ。しっかり楽しんで来るといい」
「ヂュ?」
「ん?」

 そこで子供の口から妙な鳴き声が漏れたような気がして、兵士が首を傾げる。
 慌てた様子で妻が息子を抱え込み、愛想笑いを浮かべた。

「お、おほほほほ。この子ったら……ちゃんとお礼を言わないと! 失礼しました、む、息子は動物がなによりも好きでして、よく鳴き声を真似して遊んでおりますの。どうか、ご無礼をお許しくださいまし」 
「そうなのか……ま、構わんがな。では達者で。よし、次の者――!」

 へこへこ頭を下げながら、関の門を潜っていくトルス一家。
 どことなく妙な雰囲気の一行に検閲の兵士たちは引っ掛かりを覚えないでもなかったが、特に証拠もなく、そしてまだまだ後ろには順番待ちの列が控えている。

 結局彼らはその家族を見送ると、すぐさま次に取り掛かり始めた……。





 ……それから数時間後。

 一行は歩く内に人影もまばらになって来たのを確認すると、関向こうの街道から逸れ、通行人の死角となる岩陰に隠れた。

 そして、周りから人の気配が途絶えたのを確認すると、妻アニスがなにかのまじないを呟く。

 ――ぼふっ!

 すると全員の姿が大きな煙に包まれ、間の抜けたような音と共にそこへ別の姿の者たちが現れた。それはもちろん、ラルドリス一行である。

 全身小麦粉塗れになった彼らは一斉に、どさどさとその場にへたり込む。

「へくしっ……! いやぁ。なんとか無事に抜けられましたねぇ」
「はぁー……殿下ぁっ、もうちょっと自然にやって下さいよ! なにが、最近生まれた中で一番の美男ですか! この調子乗り! シーベル様があそこで気を聞かせなかったら、絶対突っ込まれて不味いことになってましたって!」
「仕方ないだろ! 芝居なんぞしたことがないんだっ。むしろあれ以上ぼろを出さなかったのを褒めてくれよ! お前こそ、最後兵士に引き留められそうになっただろっ……えほえほっ」
「あれは私のせいじゃありませんもの! も~……」

 詰め寄るメルにラルドリスは怒鳴り返しつつ、何度も大きな咳をした。
 強がりながらも大汗をかいている彼にため息をつき、メルは自分の服をはたいた後、ハンカチでその顔をそっと拭いてやる。

 ラルドリスはこそばゆそうにそれを受け入れ、言われずとも世話を焼いてしまった自分にシーベルが生暖かい視線を向けてきたので、メルはたちまち目付きをとんがらせた。

「シーベル様、なにかおかしなことでも?」
「いやぁ、ずいぶん仲良くなられたことで、微笑ましいなと。侍女姿もすっかり板についてきましたし……おおっとそれよりこれ、ご苦労様でした。メル殿の作戦がばっちりはまりましたね」

 メルの怒りのオーラがぐあっと増したのを見てシーベルはとっとと話題を切り替える。

 彼が示したようにそれぞれの身体から、役目を負えた粉が風に流され、光の粒子となって消えていく。関を突破するに当たって三人と一匹に施した変装。それに役立ったのはもちろん、メルの変化の魔法だ。それにはべネアからもらった小麦粉が役に立った。

 若夫婦役を自分とラルドリスが務め、トラブルがあった時の誤魔化し役に知恵の回るシーベル、そして人数を誤魔化すためにリスのチタまでも頭数に入れた。

 その甲斐あってか……なんとか兵士には見破られずに済んだものの、メルとしてはいつバレないか気が気ではなかった。ちなみにあの模型だって、今まで乗っていた馬車をメルが魔法で一時的に変化させたものである。もしラルドリスを狙っている魔術師が関に詰めていたなら見破られる恐れもあったが、運よくそれは免れ、関所抜けは見事成功した。

「チチッ!」
「はいはい。あなたも役に立ってくれてありがとうね」

 貢献を主張するようにチタが肩に登ったので、メルはクルミを与え労ってやる。最後だけは危うかったが、彼はメルの言いつけ通り大人しくしておいてくれた。さすが相棒、ただのリスでは無いのである。

 もしゃもしゃと動くチタの頬袋を興味深そうにラルドリスが突く中、懸念されていた関越えを果たしたシーベルの表情は明るかった。

「さあ、これでようやく道が開けました。後は王都に乗り込んでどうするか、といったところですが。とりあえずは一旦、ルシェナの街で小休止しましょう」
「少しでも早く……と言いたいところだが、何か考えがあるのだな?」
「色々と段取りが必要なのですよ。ですからお時間をいただきたく」
「わかった」

 さして動揺もみせず、けろっとした態度で今後の道行きを示すシーベルに、いつもなら食って掛かるせっかちラルドリスも聞き分けよく頷く。王都が近付き、失敗の許されない状況に緊張しているのがわかる。

 そのまましばし休息を取ると一行は立ち上がり、再び変装して旅人たちに混じり移動を開始する。

 襲撃を退けつつの大変な行軍ではあったけれど、これで王都までの道筋で一番の難関も越えられた。後は慎重に身を隠しつつ、城へと向かうのみだ。

「メル」
「はい?」
「お前が居てくれて助かった。ありがとう」
「えっ!? あ、はい」 

 飾り気のないまっすぐな感謝が不意打ちして、メルは戸惑う。
 そういえば、思い出した――少し前彼はメルに、自分に仕えないかと聞いてくれたのだ。
 しかしそれ以後、そのことについてはなにも触れないし、聞き出す機会もなかった。

(だからなんなの……冗談に決まってる。私は、なにを考えて……)

 仮に本気だと言われたところで、メルはナセラ森の魔女なのだ。祖母の後を継ぎ、あの森で暮らす。そう決めているのは自分なのに。

 一方で、ラルドリスが自分の存在を傍に求めてくれたことを嬉しく感じているのは一体なぜ……?

「どうした?」
「なんでもありません」

 次々浮かぶ困惑のせいで、返す笑顔が多少歪なものになってしまったかもしれなかった。自分で自分が分からなくなったメルは答えを求める衝動に対し、口の中でひたすら否定を繰り返す。

(ダメダメ、ダメ……。理由を聞きたいなんて……思っちゃダメだ。この人とは住む世界が、違うんだから……)

 逸る胸を抑えるには、いずれ顔も見られなくなる彼との差をしっかりと自分に言い聞かせるしかない。

 心につけてやれる薬なんて、魔女のメルとて知らないのだから。
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