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番外編

たまにはそういう気分にもなる1

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「……へえ」
「何だよその反応……似合わないならそう言えよ……!」

 晃が顔を手で覆って呻いた。
 隙間から覗く肌は朱色に染まっている。

 別に何も言ってねえだろ。何照れてんだ。
 一人で悶えている男を見下ろし、内心で首を傾げた。

 似合ってないなんざ言ってねえし、むしろ悪くねえんだがな。
 何にそんな恥ずかしがってんだ、こいつ。

「晃」

 顔を上げたがらない男の顎を掴み、強引に上向かせる。
 涙目の丁子染が素直に見上げてきた。
 いつもより瞳孔の広がった瞳が、水分を光らせながらおれを映し出す。

 黄と赤を混ぜたような色だった目は、また少し赤みが薄れて黄が増している。
 そろそろ色彩の変化も終わりそうだが――随分と、おれの色に染まった。

「……機嫌、いいな?」

 不思議そうに瞬いていた男が、微かに首を傾げる。
 答えの代わりに顎の裏を撫でてやれば、心地良さそうに目が細まった。


 晃は歴代魔王の衣装が殆ど似合わない。
 召還されて暫く、晃用に今までとは全く異なるデザインの試行錯誤に追われていた時期があるらしい。

 そりゃあな、直前までシャツとジーンズみてえな格好ばっかだったやつだ。
 王族の服なんざ……はは。来てすぐに描かれた肖像はなかなか服に着られてたな。

 ああ、肖像画だ。
 ふと思い付いておれが見てねえ晃が何かねえか尋ねたら、わらわらと小山になって出てきた。

 そん時の服がまだ数点残ってるっつうから見せろって要求してみたら、着替えた晃がこの状態になっちまったんだよな。
 そりゃ肖像画の方はがちがちな上に不安げで、大分酷かったが。
 今は絵ん中の硬さも青臭さも取れて、まあ悪くねえ程度にはなってんのにな。
 相変わらず自分の客観視が出来ねえやつだ。

「晃」
「――ん?」

 薄い皮膚を擽りながら、鼻先が触れ合うまで顔を近付ける。
 伏せていた瞼を持ち上げた晃が、期待の視線でおれを見た。
 キスしてくれるのか、って表情だ。

 唇を近付ければ、今にも噛み付いてきそうな目を向けてくる。
 触れ合う直前で顔を引き、晃の顔が近付いてくるよりも先に上体を引き離した。

「あっ……」
 思わずといった様子で零れた声は、心底残念がっているのが露骨に伝わってきた。

「キスして欲しかったのか?」
「……そりゃあ……」

 戯れに尋ねてみると、少し拗ねた声音で答えてくる。
 唇が僅かに尖っているのは、多分無意識だろうが。

 掴んで自分から塞いでやろうか、と目論んでいるのがはっきり伝わってくる。
 相変わらず顔にも目にも出やすいなァ、晃は。

「晃」

 手が伸びてこない内に、晃が腰掛けている椅子に手を突く。
 肘置きに両手を突けば、簡易的に晃を囲うような体勢になった。
 また身を乗り出す状態へと戻ったおれに、丁子染が機嫌を良くする。

 ニヤリと笑ってやれば、また期待を瞳に乗せた晃が顎を上向けた。
 キスして欲しいって行動で示してきたな、これ。

 可愛い、けど。その通りにしてやったら、そのまま縺れ込むことになりそうだ。
 肘置きを指の背で軽く叩けば、丸い瞳が指の動きを追ってきた。

「これ、さっきの絵で座ってたヤツだよな?」
「ん? そうだけど……――んん!? おい待て旭陽、まさか……」

 気安い調子で肯定していた晃が、はっと息を飲んだ。
 反射的に体を仰け反らせようとして、背中を背凭れに激突させている。
 何を言おうとしているのか、おれが口にする前に察した様子だ。

「同じポーズして見せろよ」

 止めたそうな顔をしているが、従ってやる理由もねえ。
 硬い材質の肘置きを指で弾いて催促してやれば、緩んでいた頬が引き攣った。

「いや、でも……」
「あ?」

 おれが見てえっつってんのに、断るつもりか。
 なんでだ?
 不思議に思って見下ろせば、「う」と低い唸り声が聞こえた。

「晃?」
「……あーもう、ほんと気まぐれだなお前は……! 笑うなよ!」

 別に気分で言ってるわけじゃねえんだが。

 あれ想像で描かれたもんじゃなく、スケッチされたもんだろ。
 おれが見てねえ姿の晃を見て、描いた者が居るってこった。

 気に食わねえだろ、ンなもん。
 おれにも見せるのがおまえの義務だ。

 鼻で笑ってやれば、晃が眉を下げた。
 一つ溜息を吐いてから、背凭れから背中を離す。


 自棄糞に見える荒さで肘掛けへ片腕を乗せ、肘から先を持ち上げる。
 上向きぎみになっていた顔を、軽く叩き付けるように肘を突いている手のひらへと乗せた。
 逆の足が持ち上がり、赤い布が垂れた座面へ踵が乗る。

「これで満足か、旭陽」

 また拗ね顔に戻った晃が、斜めからおれを見上げてきた。
 こんな格好付けた格好恥ずかしい、って言いたげな顔だ。

「……そうだな」

 足元以外は全て漆黒の衣に覆われた男が、鋭い瞳で見つめてきている。
 多少鋭い程度の爪が丈を伸ばして、普段よりも鋭利さを増していく。
 唇の隙間から牙が顔を覗かせて、おれに突き立てる時の長さまで伸びていった。

 無意識か、それ。
 早く食いたい、って晃の全身が訴えかけてきてる。

「旭陽?」

 首から上と手首から先しか出てねえ素肌を眺め、適当に投げ出されていた片手に指を絡めた。
 軽く握り締めて互いの手を持ち上げると、晃がやっと自分の爪が伸びていることに気付いた。

「あれ、何で……」

 自分の無意識に驚きながら爪を元の長さに戻そうとしている。
 それより早く、鋭い爪先に唇を押し当てた。
 僅かな痛みが走り、微量の血が滲み出す。

「わっ、旭陽! 大丈夫か!」

 流れるほどの量でもねえのに、晃が慌てた様子で手を引いた。
 いつももっと多い血を飲んでるくせに、可笑しなやつ。

 面白くなってきて喉を鳴らせば、焦り顔が距離を詰めてきた。
 べろりと長い舌に舐め上げられ、腰に淡い快感が走る。

「んっ……」
「旭陽、じっとして……」
 尚も舐め取ってこようとする晃に、身を押し付けることで行動を遮った。

「旭陽?」
「おまえこそじっとしてろよ、晃」

 笑って、体勢を変えようとしていた男の肘を押し戻す。
 おれの血に触れてねえ爪もじわじわと朱に染まっていくのが見えて、気分の良さに笑い声が零れた。
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