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第二章
13.イラクサのマント
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ゲルボルグと別れてすぐにバラバラと大粒の雨が降ってきた。
「うわー、グレン様、雨です」
「エルシー、こっちだ」
王子とあわてて洞窟の中に入り、「奥の方が暖かいし雨風も来ない」と王子は洞窟の奥へと進んでいく。
明かりは王子の手に松明が一つ、それから私は光をため込むという光石と呼ばれるとっても高価な魔法の石のペンダントを胸に下げている。
荷物はほとんど王子が持ってくれているが、足下は暗いし、洞窟怖いしで、王子が辺りを見回し、「ここで良いだろう」と立ち止まった時はホッとした。
大した距離は歩いていないはずだが、足がガクガクしている。
王子は見る間に火をおこし、持ってきた羊の毛の敷物を広げ、私を座らせる。
「寒くはないか?」
と肩に毛布を被せてくれた。
「大丈夫です。慣れてますね、グレン様」
「野営はあまりしないから、慣れてはいないぞ。野戦に慣れた騎士だと、ナイフ一本で一ヶ月は山に籠もれるらしいからな」
「すごい人、いるんですね」
「いる」
補給が途絶えた時でも生き残るための騎士の訓練があるらしい。
王子と私はまだ結婚の装束だ。
王子はイラクサのマントをそっと撫でた。
「随分、上手に作ってくれた」
と嬉しそうに言う。
「え、そうですか。褒めて貰えると嬉しいですが、やっぱり母の作ったストールと比べるといまいちです。最初の方とかちょっと失敗してます」
「そうか?良く出来ているように見える。それに花嫁が作ってくれたというのは何にも代えがたい」
花嫁……私か?
なんか照れてうつむいた。
「礼がしたいが、何か欲しいものはあるか?」
そう問われて、驚いて顔を上げる。
「え、別にマント作っただけなのでいりません」
「そうか。父は結婚の記念に保養地に宮殿を建てて贈ったという。そういうのはどうだ?」
お金持ち、すごい。
でも宮殿いらない。
「せっかくですけど、いりません。でも温泉は楽しみです」
王子は割と忙しい身なのだ。
私もこの三ヶ月の間、結婚準備で忙しかったので、王子の見回り旅にも付いて行けず、一緒に過ごせる時間は少なかった。
だから一ヶ月、ゆったり温泉三昧はとっても楽しみにしている。
「何か欲しいものがあれば言って欲しい」
「あ、はい。では思いついたらお願いします」
たき火の火がパチパチと音を立ててはぜる。
耳を澄ますと、遠くから激しい雨音が聞こえる。
外は嵐らしい。
「嵐ですね、明日には止むでしょうか」
「ああ……」
と王子は聞いているのか聞いてないのか、生返事だ。
「何ですか?」
「いや、ちょっと……だが気のせいだろう」
と言うと黙り込む。
しばらくは二人とも無言だった。
王子は時折、細く切った薪をたき火の中に放り込み、火勢を絶やさない。
私もじっとその火を見つめた。
「あの、グレン様、どうして婚礼の儀式をしたくなかったんですか?」
そう尋ねると、火に薪を放り込もうとしていた王子の手が止まる。
揺れる炎に照らされた金色の瞳もまた複雑な色で煌めいた。
私の手が心配という以上に、王子は婚礼の儀式をしたがらなかった。
何か、理由があるのではと気になっていた。
しばし沈黙の後、王子は私を見た。
「エルシーを逃してやれなくなる。俺が嫌で離婚したくなっても、ルルスの秘宝を知れば、それも叶わない。一生を俺と過ごすしかなくなる。それが本当にお前のためになるのか、躊躇っていた。俺と共にあれば見なくても良いものを見て、知らなくても良いことを知らねばならない。俺の運命にエルシーを巻き込んで良いのだろうかと思ったのだ」
「そうでしたか……」
王子は少し笑う。
「だが、もう後悔しても遅いぞ。まこと、正妃となったのだからな」
王子は私の腕を取り、自分の方に引き寄せ、花冠を私の頭から外した。
それをそっと側に置いて、私を抱きしめる。それから私の髪の毛に顔を埋め……。
ハッと顔を上げた。
「…………」
王子の金色の目が大きく見開かれる。
王子は奥の暗闇をにらむように見つめた。
腰にいつも差している短剣を握り、もう一方の手で私を抱き寄せると耳元で囁く。
「……エルシー、聞いてくれ。そして大きな声は出さないでくれ」
「は、はい」
「奥に竜がいる」
「えっ?竜?」
「傷を負っているんだろう。血の匂いがする。気配を殺している。雨もおそらくはその竜が呼んだものだ。こちらに気付いているようだが、攻撃してくる様子はない。やり過ごす気だったようだ」
「…………」
びっくりしてどうしていいのか分からない。
息を呑んで王子を見つめる。
「外の雨の中に出ていくのは危険だ。一晩、ここでじっとしているしかない」
「は、はい……」
竜は人間には関わりたがらないので、この国は竜の国と呼ばれるが、野生の竜を見た人はほとんどいない。
特に王都に住む私は、野生の竜など知らない。
どんな竜で何が理由で怪我をしたのか、王子は多分、気になるんだろう。
「様子を見に行く。エルシーはここで待っていてくれ」
「えっ……」
こ、ここで一人?
この辺りは野生の熊や狼も出ると聞いた。
だから王子から離れず、一人では絶対行動しないようにと言われている。
思わず怖くてぎゅっと王子の服の裾を握ってしまった。
「…………」
王子は今度は入り口の方を見る。
私一人残して行くべきか考えているようだ。
そして王子の出した結論は。
「一緒に行こう。付いてこい。出来るだけ物音を立てず、声も上げるな。竜を刺激しないようにしてくれ」
王子は手早く荷物をまとめ、花冠を私の頭に被せる。
「何があっても守るから安心して欲しい」
そして私と王子は洞窟の奥に向かった。
「うわー、グレン様、雨です」
「エルシー、こっちだ」
王子とあわてて洞窟の中に入り、「奥の方が暖かいし雨風も来ない」と王子は洞窟の奥へと進んでいく。
明かりは王子の手に松明が一つ、それから私は光をため込むという光石と呼ばれるとっても高価な魔法の石のペンダントを胸に下げている。
荷物はほとんど王子が持ってくれているが、足下は暗いし、洞窟怖いしで、王子が辺りを見回し、「ここで良いだろう」と立ち止まった時はホッとした。
大した距離は歩いていないはずだが、足がガクガクしている。
王子は見る間に火をおこし、持ってきた羊の毛の敷物を広げ、私を座らせる。
「寒くはないか?」
と肩に毛布を被せてくれた。
「大丈夫です。慣れてますね、グレン様」
「野営はあまりしないから、慣れてはいないぞ。野戦に慣れた騎士だと、ナイフ一本で一ヶ月は山に籠もれるらしいからな」
「すごい人、いるんですね」
「いる」
補給が途絶えた時でも生き残るための騎士の訓練があるらしい。
王子と私はまだ結婚の装束だ。
王子はイラクサのマントをそっと撫でた。
「随分、上手に作ってくれた」
と嬉しそうに言う。
「え、そうですか。褒めて貰えると嬉しいですが、やっぱり母の作ったストールと比べるといまいちです。最初の方とかちょっと失敗してます」
「そうか?良く出来ているように見える。それに花嫁が作ってくれたというのは何にも代えがたい」
花嫁……私か?
なんか照れてうつむいた。
「礼がしたいが、何か欲しいものはあるか?」
そう問われて、驚いて顔を上げる。
「え、別にマント作っただけなのでいりません」
「そうか。父は結婚の記念に保養地に宮殿を建てて贈ったという。そういうのはどうだ?」
お金持ち、すごい。
でも宮殿いらない。
「せっかくですけど、いりません。でも温泉は楽しみです」
王子は割と忙しい身なのだ。
私もこの三ヶ月の間、結婚準備で忙しかったので、王子の見回り旅にも付いて行けず、一緒に過ごせる時間は少なかった。
だから一ヶ月、ゆったり温泉三昧はとっても楽しみにしている。
「何か欲しいものがあれば言って欲しい」
「あ、はい。では思いついたらお願いします」
たき火の火がパチパチと音を立ててはぜる。
耳を澄ますと、遠くから激しい雨音が聞こえる。
外は嵐らしい。
「嵐ですね、明日には止むでしょうか」
「ああ……」
と王子は聞いているのか聞いてないのか、生返事だ。
「何ですか?」
「いや、ちょっと……だが気のせいだろう」
と言うと黙り込む。
しばらくは二人とも無言だった。
王子は時折、細く切った薪をたき火の中に放り込み、火勢を絶やさない。
私もじっとその火を見つめた。
「あの、グレン様、どうして婚礼の儀式をしたくなかったんですか?」
そう尋ねると、火に薪を放り込もうとしていた王子の手が止まる。
揺れる炎に照らされた金色の瞳もまた複雑な色で煌めいた。
私の手が心配という以上に、王子は婚礼の儀式をしたがらなかった。
何か、理由があるのではと気になっていた。
しばし沈黙の後、王子は私を見た。
「エルシーを逃してやれなくなる。俺が嫌で離婚したくなっても、ルルスの秘宝を知れば、それも叶わない。一生を俺と過ごすしかなくなる。それが本当にお前のためになるのか、躊躇っていた。俺と共にあれば見なくても良いものを見て、知らなくても良いことを知らねばならない。俺の運命にエルシーを巻き込んで良いのだろうかと思ったのだ」
「そうでしたか……」
王子は少し笑う。
「だが、もう後悔しても遅いぞ。まこと、正妃となったのだからな」
王子は私の腕を取り、自分の方に引き寄せ、花冠を私の頭から外した。
それをそっと側に置いて、私を抱きしめる。それから私の髪の毛に顔を埋め……。
ハッと顔を上げた。
「…………」
王子の金色の目が大きく見開かれる。
王子は奥の暗闇をにらむように見つめた。
腰にいつも差している短剣を握り、もう一方の手で私を抱き寄せると耳元で囁く。
「……エルシー、聞いてくれ。そして大きな声は出さないでくれ」
「は、はい」
「奥に竜がいる」
「えっ?竜?」
「傷を負っているんだろう。血の匂いがする。気配を殺している。雨もおそらくはその竜が呼んだものだ。こちらに気付いているようだが、攻撃してくる様子はない。やり過ごす気だったようだ」
「…………」
びっくりしてどうしていいのか分からない。
息を呑んで王子を見つめる。
「外の雨の中に出ていくのは危険だ。一晩、ここでじっとしているしかない」
「は、はい……」
竜は人間には関わりたがらないので、この国は竜の国と呼ばれるが、野生の竜を見た人はほとんどいない。
特に王都に住む私は、野生の竜など知らない。
どんな竜で何が理由で怪我をしたのか、王子は多分、気になるんだろう。
「様子を見に行く。エルシーはここで待っていてくれ」
「えっ……」
こ、ここで一人?
この辺りは野生の熊や狼も出ると聞いた。
だから王子から離れず、一人では絶対行動しないようにと言われている。
思わず怖くてぎゅっと王子の服の裾を握ってしまった。
「…………」
王子は今度は入り口の方を見る。
私一人残して行くべきか考えているようだ。
そして王子の出した結論は。
「一緒に行こう。付いてこい。出来るだけ物音を立てず、声も上げるな。竜を刺激しないようにしてくれ」
王子は手早く荷物をまとめ、花冠を私の頭に被せる。
「何があっても守るから安心して欲しい」
そして私と王子は洞窟の奥に向かった。
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