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53.お妃のお披露目①
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王宮の庭園で開かれた私のお披露目には、いよいよ決まったグレン王太子のお妃を一目見ようと多くの人が詰めかけた。
王子の巨大な竜ゲルボルグは大勢の人々を前にして、少し機嫌が悪い。
ゲルボルグは安全のため人々から離れた場所にいたが、竜は騒がしいのも人間の匂いがするのもあまり好きではないそうだ。
側に竜騎士様が付いてなだめているが しきりと首を振り、多分、王子を探している。
「エルシー、行くぞ」
「はっ、はい」
いよいよお披露目らしい。
私は王子に手を取られ、皆の前に進み出る。
王子は竜騎士の礼服を身に付けていて、どこか見覚えがあるその服は、お妃様選び大会の時に着ていた服だという。
いつもの制服より更に格好いい。
あれからもうすぐ二ヶ月になるのか。
ちょっとしみじみしてしまう。
ここまで長かったような、短かったような不思議な時間だったな。
私の薬指には王子がくれた指輪が輝いている。
代々、王太子のお妃に贈られる婚約指輪で、元は王子のお母様である先の王妃様のものだそうだ。
これが終わると、いよいよ四ヶ月後に私と王子は結婚式を挙げる。
「エルシー様、次はゲルボルグに触れるの。王子の後に付いていてね」
ジェローム様がさりげなく指示してくる。
「はい」
その時、風が吹いた。
私は風に薫る甘いような不思議な匂いに顔を上げ、風が吹いた方を見つめた。
そこには一人の少女が立っていて、少女は、ゲルボルグに近づいていく。
印象的な漆黒の髪、緑色の瞳の、おそらく私より一、二歳年上の綺麗な女の人だった。
「竜に近づいては危険です。お下がりを」
テレンス様が少女を制止しようとしたが、テレンス様はその少女に近づくとハッと息を呑み、足を止め、何故か少女がゲルボルグに向かって歩いて行くのを見つめた。
ゲルボルグはふと、惹かれるように少女を顔を向ける。
少女は、さらにゲルボルグに近づき、ゲルボルグの額に触れた。
「あっ……!」
誰もがその時、息を呑んだ。
「あれは誰だ?」
と王子が上ずった様な声で聞く。
興奮した様子で、王子の頬が紅潮している。
まるで、あの少女に一目惚れしたみたいに。
「誰だと聞いている」
はやる心を抑えられないように周囲に問う。
誰かがあわてて答える。
「クラリッサ・ファーノン。伯爵家のご令嬢です」
「クラリッサ・ファーノン……」
王子の唇は愛しむように少女の名を呟き、そのままクラリッサ嬢の元に向かおうとする。
わっ、私も行った方がいいのかな。
どうしていいのか分からなくて、私は王子の後を追う。
「ゲルボルグ」
ずっと大人しくクラリッサ嬢に額を撫でさせていたゲルボルグは王子の声に顔を上げ、大きく金色の目を開くと、耳をつんざくような咆吼を上げた。
聞いたこともない恐ろしい声だった。
「分かっている!大丈夫だ。エルシーは近寄らせない。落ち着け」
王子は大声でゲルボルグをそうなだめる。
「えっ?私?」
近寄っちゃ駄目なの?
ゲルボルグは私に吠えてるの?
頭の中が疑問で一杯になり、私は呆然と立ちすくんだ。
その間もゲルボルグは私をにらんで「グルルル」とうなり声を上げる。
王子は振り返り、「早く、エルシーを下げろ!」と怒鳴った。
「エルシー様、とにかくこちらに」
とジェローム様が私に触れようとするが、王子はさらに言った。
「ジェローム、アラン、お前達は来い。騎士達に任せよ。アビントン侯爵夫人、エルシーを王太子宮へ」
ママ様はそれを聞くと、旦那様と共に駆け寄り、私を抱きかかえるようにして退出を促した。
「エルシー様、こちらに」
「はっ、はい」
私が下がると、ゲルボルグが立てていたうなり声も消えた。
――やっぱり私に唸っていたんだ。
そして私が最後に見たのは、急にうなり声を上げたゲルボルグに怯える少女へ駆け寄り、ゲルボルグから庇うように少女を抱き寄せる王子の姿だった。
王子の巨大な竜ゲルボルグは大勢の人々を前にして、少し機嫌が悪い。
ゲルボルグは安全のため人々から離れた場所にいたが、竜は騒がしいのも人間の匂いがするのもあまり好きではないそうだ。
側に竜騎士様が付いてなだめているが しきりと首を振り、多分、王子を探している。
「エルシー、行くぞ」
「はっ、はい」
いよいよお披露目らしい。
私は王子に手を取られ、皆の前に進み出る。
王子は竜騎士の礼服を身に付けていて、どこか見覚えがあるその服は、お妃様選び大会の時に着ていた服だという。
いつもの制服より更に格好いい。
あれからもうすぐ二ヶ月になるのか。
ちょっとしみじみしてしまう。
ここまで長かったような、短かったような不思議な時間だったな。
私の薬指には王子がくれた指輪が輝いている。
代々、王太子のお妃に贈られる婚約指輪で、元は王子のお母様である先の王妃様のものだそうだ。
これが終わると、いよいよ四ヶ月後に私と王子は結婚式を挙げる。
「エルシー様、次はゲルボルグに触れるの。王子の後に付いていてね」
ジェローム様がさりげなく指示してくる。
「はい」
その時、風が吹いた。
私は風に薫る甘いような不思議な匂いに顔を上げ、風が吹いた方を見つめた。
そこには一人の少女が立っていて、少女は、ゲルボルグに近づいていく。
印象的な漆黒の髪、緑色の瞳の、おそらく私より一、二歳年上の綺麗な女の人だった。
「竜に近づいては危険です。お下がりを」
テレンス様が少女を制止しようとしたが、テレンス様はその少女に近づくとハッと息を呑み、足を止め、何故か少女がゲルボルグに向かって歩いて行くのを見つめた。
ゲルボルグはふと、惹かれるように少女を顔を向ける。
少女は、さらにゲルボルグに近づき、ゲルボルグの額に触れた。
「あっ……!」
誰もがその時、息を呑んだ。
「あれは誰だ?」
と王子が上ずった様な声で聞く。
興奮した様子で、王子の頬が紅潮している。
まるで、あの少女に一目惚れしたみたいに。
「誰だと聞いている」
はやる心を抑えられないように周囲に問う。
誰かがあわてて答える。
「クラリッサ・ファーノン。伯爵家のご令嬢です」
「クラリッサ・ファーノン……」
王子の唇は愛しむように少女の名を呟き、そのままクラリッサ嬢の元に向かおうとする。
わっ、私も行った方がいいのかな。
どうしていいのか分からなくて、私は王子の後を追う。
「ゲルボルグ」
ずっと大人しくクラリッサ嬢に額を撫でさせていたゲルボルグは王子の声に顔を上げ、大きく金色の目を開くと、耳をつんざくような咆吼を上げた。
聞いたこともない恐ろしい声だった。
「分かっている!大丈夫だ。エルシーは近寄らせない。落ち着け」
王子は大声でゲルボルグをそうなだめる。
「えっ?私?」
近寄っちゃ駄目なの?
ゲルボルグは私に吠えてるの?
頭の中が疑問で一杯になり、私は呆然と立ちすくんだ。
その間もゲルボルグは私をにらんで「グルルル」とうなり声を上げる。
王子は振り返り、「早く、エルシーを下げろ!」と怒鳴った。
「エルシー様、とにかくこちらに」
とジェローム様が私に触れようとするが、王子はさらに言った。
「ジェローム、アラン、お前達は来い。騎士達に任せよ。アビントン侯爵夫人、エルシーを王太子宮へ」
ママ様はそれを聞くと、旦那様と共に駆け寄り、私を抱きかかえるようにして退出を促した。
「エルシー様、こちらに」
「はっ、はい」
私が下がると、ゲルボルグが立てていたうなり声も消えた。
――やっぱり私に唸っていたんだ。
そして私が最後に見たのは、急にうなり声を上げたゲルボルグに怯える少女へ駆け寄り、ゲルボルグから庇うように少女を抱き寄せる王子の姿だった。
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