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二年目

番外編:王太子

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 秋の大舞踏会の後、ジークフリート・ギュンターとその妻のロゼッタに絡んだ王太子は父王から形ばかりの叱咤を受けた。
 最後には「あれは野蛮人だが金を持っている。機嫌を損ねるような真似はするな」とニヤニヤと笑いなから注意を受けた。
 普段なら、言葉通りに「田舎者の野蛮人を相手にした不運」と受け取っただろうが、その時はロゼッタのことが気にかかった。
 見違えるように美しくなっていたロゼッタに王太子は未練があった。隙を突いてジークフリートから奪ってやりたい。

 その結果分かったのは、隣国との争いが絶えなかったため貧しかったグリューニングが今では非常に栄えていること。
 グリューニングを怖れた隣国は近年大きな争いに発展する戦は起こしていない。
 むしろ巨大な交易圏を作り上げ、グリューニングは隣国と我が国にとってなくてはならない一大商業地帯と化していた。
 辺境伯ギュンター家が治めるグリューニング領は王国の1/5を占めている。実際にはほとんどが深い森と隣国との国境線で益のない土地だ。ギュンター家が戦争で勝利を収める度、領地が与えられたが実のところ褒賞というより困り果てて押し付けた土地だった。
 だが、既に小国を名乗れる規模である。
 ギュンター家はこの広大な土地を開拓し、堅実に稼いだ。伯爵家でありながら国内の複数の貴族に金を貸している。
 ――王家とて例外ではなかった。

 王太子は今更ながら青ざめた。
 ジークフリートと王女マーガレットとの縁談は是が非でもまとめねばならない話だった。だが実際にはマーガレットは噂を真に受けジークフリートとの縁談を拒んだ。
 父王はマーガレットを特段に可愛がっているわけではないが、王妃が乗り気ではなかった。ぐだぐだと嫌みを言われるのが嫌でマーガレットの好きにさせたが、とんでもない。
「そんなことでか……」
 王太子は愕然とした。
 足並みを揃えるように公爵家の娘達は全て打診を断った。
 王女が断ったのだ。
 王家は無理強い出来なかった。
 高位貴族に年頃の娘は多く、ほとんどの公爵家に二十歳前後の娘がいた。
 他ならぬ王太子の妻となるべく生まれた娘達だ。
 だが娘達は王太子の妻の座を得るためいるのであって遠い辺境伯家に嫁がせるためではない。
 王家もだが、高位貴族のほとんどが、ジークフリートを醜男と信じ込んでいた。これはジークフリートが顔に怪我していたため生じた誤解である。
 調べればすぐに分かることだが、王都の中央貴族にとってジークフリートは「田舎者の醜男」であった方が都合が良かった。
 この期に及んで辺境地を見くびっているのだ。
 ジークフリートとの縁談に唯一手を上げたのが、宰相家であるリーネルト侯爵だった。
 本来は王家の血を引く娘でなくてはならなかった縁談だが、やむを得ずロゼッタがジークフリートの花嫁になった。

「王太子殿下とてえり好みしすぎると余り物で間に合わせることになりかねません」

 今更ながらジークフリートが最後に吐いた言葉が思い出される。
 王都には、もはや余り物の令嬢しかいない。
 噂に震え上がった令嬢を叱咤し、国のために嫁に出したのはリーネルト侯爵だけだった。
 親の決めた結婚を政略結婚と諦め従ったのもロゼッタだけだ。
 ロゼッタは父の決断を恨むこともあっただろうが、これが自分の役目と分かっていた。

 花嫁を迎えたジークフリートはロゼッタを冷たくあしらったという。
 老獪な彼は参列した王都の見届け人達にその姿を見せつけることで王命を拒みはしないが不快感を露わにした。
 実際には心優しく聡明なロゼッタにジークフリートはすぐにほだされたようだ。マーガレットならこうはいかないだろうが。

 実際には全てがジークフリートの思うままに進んだ。
 ジークフリートは王命に従うことで恭順を示しながら、王家との距離は維持している。

 王国は周辺諸国と比べ国力は拮抗、やや上回っている。
 それもジークフリートの一族、ギュンター家が作り出した平穏だ。
 国力が衰えれば、攻め込まれる。実際にジークフリートの祖父の代まではグリューニングの地は戦いに明け暮れた。
 経済力と軍事力を付けることでギュンター家は北と東を抑えている……。

『ならば今は西か』
 王太子はそう考えた。




 ***

 話を聞いて、リーネルト侯爵は言った。
「良く、ご決断なさいました」
 家庭教師がようやく正解に辿り着いた教え子に語りかけるような声だった。

 西方に位置する隣国に王女がいる。
 聡明でなかなかの美人であると噂だ。一時は王太子のお妃候補にも名が上がった。
 だが王太子より一つ年上で、その上彼女は別の外国の王子の婚約者だった。
 相手の王子は四年前に病気で亡くなっている。
 そういう経緯の王女を若い王太子は好まなかったので、一年ほど前にあった結婚の打診を当時は一蹴した。

「ああ、彼女が一番妥当だ」
 だが王太子は彼女を王太子妃に望んだ。
 話は今後リーネルト侯爵らの手により進むだろう。西方国に内々に打診すると、まだ王女は嫁いでおらず良い返事が返ってきたという。
 そして妹のマーガレットもが落ちる前に国内貴族に降嫁させる。

 王太子の父王は悪人ではないが、平和な時代が長すぎ、時流を誤りつつある。
 他国の侵略を怖れた王国は中央を守るのに腐心した。よって外国と国境を接する辺境地は軒並み冷遇された。
 辺境地は自力で立ち直ったグリューニング領をのぞけば貧困に喘いでいる。それら辺境地に手を差し伸べているのはジークフリートだ。
 いざことあれば、地方は中央よりジークフリートを選ぶだろう。


 王太子は苦々しく笑った。
「辺境伯のおかげかな。彼のことは一生嫌いだろうが、感謝している」
 一番の正解はとうに王太子から奪われていた。
 王都で一番美しい金の牝鹿は氷の狼が射止めた。

 手が届いたはずの、自分に好意を持っていたはずの娘だ。
 失ったロゼッタとの未来は、考えるだけで王太子を苛つかせた。
 柔らかい笑顔に優しげな声、それにあの体。
 ロゼッタを褥で抱き、辺境伯は自分の子を孕ませた。

「私に子供が出来て、辺境伯のところと年齢が合えば結婚させてみたいね。私の次の王太子の妻にしたい」
 リーネルト侯爵は不敬ながら王太子の顔を見つめた。
「降嫁ではなく、妃としてお迎えなさいますか」
 王太子はおどけて肩をすくめた。
「王女を降嫁させてみろ。何かあれば辺境伯は王家を取りに来る」
「なるほど」

 ギュンター家は、狼の一族と呼ばれる。彼らは狼のように集団で狩りをし、狼のように一族の結束は固い。
 そして狼のように愛情深い。

「味方にすればこれほど頼もしいことはない」



 王太子の秘密の物入れを開けると、そこには手のひらに乗るような小さな肖像画が一枚入っている。
 肖像画には金髪碧眼の美しい少女が控えめに微笑んでいる。
 少女の名はロゼッタ・ギュンター。

 実のところ、王太子はロゼッタをそれほど深く知らない。知ろうともしなかった。
 彼女の美しさや聡明さや優しさを知ったのは彼女の結婚後だ。
 大人しい少女。
 もしロゼッタと結婚していたら、結局王太子は彼女に飽きたに違いない。

 永遠に手に入らないからこそ美しい。そして口惜しい。
 過ぎ去りし青春の輝きそのもの。

 苦い経験と共に彼が生涯持ち続けたのは、ロゼッタ・ギュンター伯爵夫人の肖像だった。





 **********

 ※王太子はジークフリートについて一部誤解がある。優しさとか聡明さにほだされる前におっぱいに即落ちしている。
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感想 58

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みんなの感想(58件)

れんちゃん
2020.12.06 れんちゃん

完結…とうとう終わってしまったんですね🥺 ロゼッタのおっぱいを息子と取り合いするジークも可愛かったです。

もっと2人のラブラブ❤️が読みたかったなぁ😃

最後の王太子編は予想とは違い何だか立派になって…良かった。

あ〜私の毎日の楽しみがなくなってしまって寂しい💧
ジーク&ロゼッタロスです😣

林優子
2020.12.07 林優子

まさかの二年目も無事に終了しました。
二年目は私もドキドキしなから書いた話なので、楽しんで頂けたようで嬉しいです。ありがとうございます。
王太子は「子供同士結婚させたい」と、まだジークフリートにちょっかいかける気なので、馬鹿は治りきってないようですが、失恋効果で少しまともになりました。

解除
あいうえお
2020.12.05 あいうえお

続編の、巨乳王女に「ぐぬぬ」する話、もし作るのであれば見てみたいです!
今作同様に豊満な肉体に溺れてほしいです!
「ぐぬぬ」するのはランドルフでしょうかね?

林優子
2020.12.05 林優子

今は書き終えたばかりで、続きについてはノープランですが、反応してもらえたのは超嬉しい。ありがとうございます(^^)

解除
づら子
2020.12.04 づら子

完結おめでとうございます☺️
終始ぶれないおっぱい話で笑かしてもらいました(笑)
最後に皇太子のアホがちょっぴり治って良かったですね!

王女のおっぱいに「ぐぬぬ」ってなってるランドルフは見てみたいです。

次回作を待っている間に読み返しています。

林優子
2020.12.05 林優子

いつもありがとうございます。無事完結しました。
>最後に皇太子のアホがちょっぴり治って良かったですね!
これもおっぱい効果です( ̄ー ̄)
>王女のおっぱいに「ぐぬぬ」ってなってるランドルフは見てみたいです。
親子二代でおっぱいに弱いってもう呪われているとしか思えない(^^;)

解除

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