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一年目

05.バカンスの夏2

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「ロゼ」
 そう呼びかけてくるジークフリートの頬は赤らんでいる。
「すまない」
 と切なげに言った声もいつになく弱々しいものだった。

 すっきりと通った鼻筋、整った輪郭、凜と涼やかな目元。色は白く、肩まで伸ばした髪は、ロゼッタがそれまで見たこともない程鮮やかな銀髪だった。
 隣国と何度も戦いその度に勝利を手にした。ギュンターの男は戦う男である。背も高く逞しい体付きだった。
 ギュンター家は北方の神の化身、銀色の狼神の末裔と呼ばれていた。ジークフリート自身は「よくある箔付け」と一顧だにしないが、意志の強い瞳はエメラルドのように輝き、神裔に相応しい堂々たる男である。

 その男が、頬を赤らめてロゼッタの口元をタオルで拭っている。
 ロゼッタは誇らしくてたまらない気分だった。
 房中の主導権は常にジークフリートが握っていた。ロゼッタにとって快楽は与えられるもので与えるものではなかった。

『閨では旦那様が愉しんで頂くのが一番です』と本にすら書かれていた。

「ジーク様……」
 経験もなかったロゼッタは何も出来ず身を任せるままだった。だが、その時ロゼッタからジークフリートに身を寄せた。
 こんなことも初めてだった。
「ロゼッタ?」
 ジークフリートは戸惑っている。ロゼッタの胸が熱く高鳴った。
 ジークフリートを愛している。
 だが、それは美しいだけの感情ではない。

 ――この男は私のもの。

 独占欲が湧いてくる。
『誰にも渡したくない』
 ロゼッタはジークフリートの頬を両手で挟む。ジークフリートの緑色の瞳が熱く潤んでいる。
「ロゼ……」
 何か言い掛けたジークフリートの唇を唇で塞ぐ。
「ん……」
 ロゼッタはジークフリートがするようにジークフリートの舌を舐めた。ややあってジークフリートも舌を舐め返す。
 互いに相手を掻き抱いて噛みつくような勢いで口付けした。
 唇の端から、唾液がこぼれ落ちるのも構わず二人は舌を絡ませる。
 己が立てる淫らな水音が二人の欲をいっそう高ぶらせた。

『ロゼ』
 ジークフリートの大きな手がロゼッタの背や尻を撫でた。ロゼッタも同じように撫でた。
「……っ」
 ジークフリートは背中や尻のロゼッタ自身でさえ存在を知らない性感帯を刺激する。
 肌を肌で撫でられる。全身で愛撫されている。息が乱れてくる。
「あっ…ぁ…ふっ……」
 ジークフリートのような愛撫は出来ない。だがロゼッタの細い指ががっしりと筋肉の付いた背中を這い回すとジークフリートは呻いた。
「あまり煽るな……」

 時に冷酷と称えられる澄んだ緑瞳が今は欲情に濡れて、ロゼッタを見つめた。ロゼッタはその瞳をうっとりと見つめ返した。
『彼は私を欲しがっている……』
 抱き合った体勢で、再び太く起立したペニスがロゼッタの腰に触れているのだ。
 ロゼッタは自分の秘所が急に濡れていく、そんな感触を覚えた。もう腰が立たなくなっていく。
 早くそれを自分の中に飲み込みたい。太く熱いもので乱暴に掻き回されると思うと、ロゼッタは触れられもしないそこがますます濡れていく。
 ――もう大きく固くなっているんだわ。
 先程のように男性器に触れたかったが、出来ない。なんであんなことが出来たのだろう。
 かわりにジークフリートの腰を撫でる。

「…………」
 ロゼッタはジークフリートの腰に触れてきた。
 女のよくする催促の合図であるが、ロゼッタがそれをするのは初めてだった。
「もういいのか?」
 経験の少ないロゼッタは下腹部も丁寧にほぐさないと濡れてこない。だが指でそこに触れると「あっ……」と熱いため息を共に愛液がトロリと流れ出す。
「随分、濡れているな」
「…………」
 ロゼッタは頬どころか全身を朱に染める。
 ジークフリートはかっと煮えたぎるような淫欲を覚えた。ロゼッタをベッドに押し倒す。
「私はもう駄目だぞ」
 先程の白魚のような指先でいじくられた感触が忘れられない。ジークフリートはロゼッタの手を取りペニスに触れさせた。
「あ……」
 意外と抵抗なく、心なしか喜びの声を上げて、ロゼッタはペニスをそっと撫でた。
「ああ、そのままだ…」
 ジークフリートはロゼッタの手にいざなわれるようにして、膣にペニスを沈めた。

 腰を振り立てるとロゼッタの胸元が重そうに揺れる。
 何度見ても見飽きることがない。
「あっあっ…あっ…!」
 乱れたロゼッタの息づかいが、いっそうジークフリートを駆り立てた。

 ロゼッタは本気で感じているようで、膣の中からあふれ出すように濡れている。
 たわわに実った柔肉に顔を埋め、ジークフリートは奥にペニスをぶつける。普段のロゼッタが深い挿入を好まないのを知ってはいたが、我慢が出来なかった。
「ひゃぁん!ジーク…ジーク様っ!」
 ロゼッタが夢中でむしゃぶりついてくる。
 いつもの遠慮がちにおそるおそる抱きつく様とはまるで違う。細い腕が驚くような力で抱きしめてくる。
「何だ、もうイったか」
「ジークさまぁ……」
 ジークフリートは動くのを止めようとはしない。
 抽挿の度にぐぢゅくぢゅと淫音を立て、中を擦り上げられる快楽にロゼッタは涙ぐんだ。
「ロゼッタ…気持ち良いよ」
「わっ、私も…気持ち良い…です……すごい…」
 ロゼッタも珍しく声を出して喘ぐ。
 ペニスに触れた感触が忘れられない。亀頭の膨れ上がった部分が自分の中を穿っているのをまざまざ感じた。
『あれが私の中に……あるんだわ』
「ロゼッタ、出すぞ」
 ジークフリートの動きは激しさをまして、ロゼッタを翻弄した。腰が痺れる。
「…きもちいい…おかしくなりそう……!」


「良かったよ」
 事後に必ずジークフリートはそう言った言葉を告げる。ついついロゼッタは恥ずかしくてうつむく。
 何か言いたいが、気の利いた言葉は何も出てこない。ジークフリートは返事を返さないロゼッタを気にする様子はない。
 腹を立てることも言葉を重ねてくることもない。すでに情事の激しさが嘘のように、落ち着き払った表情のジークフリートは近寄りがたい雰囲気すらある。
 あとは会話もなく、二人は眠りにつく。
 ロゼッタはこれで良いのだと諦めていた。
 だが、今日のロゼッタはおずおずとジークフリートの胸にしがみつき、小声で言った。
「私も、気持ち良かったです……」
 顔は見られない。
『淫乱とは思われないかしら』
 言った瞬間に羞恥からロゼッタはうつむく。

「……ロゼッタ」
 とジークフリートはロゼッタの頭のてっぺんに口付けした。何処か楽しげな声だ。
「顔を見せてくれ、ロゼッタ」
 その声にロゼッタはそっと顔を上げる。
 ジークフリートは笑っていた。
 ロゼッタは安心して微笑み返す。
「良かったよ」
 とジークフリートは唇に触れるだけのキスを落とした。
 その様子にロゼッタは今まで聞けなかったことを尋ねた。
「ジークフリート様は私で、た、愉しんで頂けているのでしょうか?」
 ジークフリートは即答した。
「もちろん愉しんでいる」


「いつも愉しんではいるが、今日はロゼはとても可愛かった」
 からかうように笑いながら、ジークフリートはまた口付けする。
「ロゼッタはどうだ?良かったか?」
「は、はい……」
 恥ずかしくてたまらないが、ロゼッタは頷いた。

『閨では旦那様が愉しんで頂くのが一番です』
 本にはそう書かれていた。

 ロゼッタはそれを自分を犠牲にしてジークフリートを喜ばせることと考えていた。だが、それは少し違うのではと思う。
 ロゼッタがジークフリートを愉しませたいと思うように、ジークフリートもロゼッタを愉しませたい。そう思っているのではないだろうか。
 思えばジークフリートは常に優しかった。
 今もロゼッタのつたない言葉でも返事すると喜んでくれる。

『もっとジークフリート様が知りたい』

 その後はベッドに寝転んだまま、二人は会話を続けた。他愛のないやりとりはそう長くはなく、ロゼッタはすぐにウトウトし始める。
「お休み、ロゼッタ」
 ロゼッタを抱きしめながら、ジークフリートも夏の午睡を愉しんだ。
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