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間話 高等部一年A組
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授業が終わるやいなや、アンナは弾むように立ち上がる。
「フレドリックさまぁ、今の授業で分からないところがあったんですけど」
教科書片手にフレドリック王子に駆け寄ろうとする。
さっと影が動いて、アンナを阻む。アリシアだ。凜とした声が叱りつける。
「みだりに殿下に近づかないで下さい」
「そんな……ひどい」
毎度繰り返される一年A組ではおなじみの光景だった。
側にロシェもいるが、小柄な少女であるアンナ相手だと一歩出遅れる。
「…………」
フレドリック王子は一瞥もせず、やりとりに口も出さない。
黙々と授業で使った教科書を片付けている。
『……ってことは、アンナ嬢を暗に拒んでいるって意味なんだけど』
ギャアギャアと騒ぐ女子二人のやりとりを横目で見ながらクルトは一人ごちる。
フレドリック王子は自身が発する言葉が命令になることを十分知っているので彼の行動は慎重だ。
が、そろそろ苛ついているのは長い付き合いなので分かる。
アンナはフレドリック王子に毎日何のかんのと声を掛ける。その度にアリシアに阻まれていた。
庶民に混じり街で暮らしたというアンナはとにかく男子との距離が近い。
物怖じせず王子の自分に話しかけてくるアンナに当初はフレドリック王子も興味を持って愛想良く応じていたが、すぐに失敗だと気付いたらしい。
だが、遅すぎた。
遠ざけても馴れ馴れしく向こうから近寄ってくる。
「だから、殿下に近寄らないで!」
「ヒドいです。授業で分からないところが聞きたいだけです」
体を張ってフレドリック王子を守るアリシアに対し、ロシェは側でオロオロしている。
アンナを見て、クルトが最初に持った印象は、『エリザベートお嬢様に似ている』というものだった。
もちろんエリザベートの方が何倍も可愛いと思う。
だが庇護欲を掻き立てられる容姿も少し幼い挙動――実際にエリザベートは二つ年下なので幼いのは当たり前だが――や、ちょっと間が抜けているところや、あと笑った顔が良く似ている。
アンナはフレドリック王子の『好み』のタイプだ。
前世で、フレドリック王子がアンナに惹かれたのは何となく分かる気がした。
クルトもジョゼフィーヌの前世を知らなければアンナに好感を持ったかも知れない。
およそ、年頃の男子なら可愛いと感じる容姿だ。
だが前世でジョゼフィーヌが死ぬ理由になったとあっては可愛いなどとは思えない。
ジョゼフィーヌもまたクルトの大事なお嬢様だ。そのジョゼフィーヌを破滅に導いたアンナは悪魔の化身である。
少女にしては背の高いアリシアが小柄なアンナと口論している姿は、アンナが苛められているように見えるらしい。
「そのくらいにしたらどうだ」
「怯えているじゃないか」
「アンナが可哀想だろう」
宰相の息子と騎士団長の息子と魔法師団の息子がやってきてアンナを庇う。
いずれも高位貴族の息子だ。
アリシアも実は良家の子女なのだが、名家の嫡男と比べると弱い立場だ。
「…………」
ぐっと黙り込んだアリシアに、
「あなた方もそのくらいにしたどうかしら」
とジョゼフィーヌが冷ややかに一言、言った。
「次の授業が始まりましてよ」
公爵令嬢で、十六歳にして既に女王然とした貫禄まであるジョゼフィーヌに逆らえるクラスメイトはいない。
三人の子息もすぐに引き下がった。
「ありがとうございます、ジョゼフィーヌ様」
アリシアがホッとした様子で小さく礼を言う。
「あなたも大変ね」
ジョゼフィーヌにしては非常に珍しい心のこもった声で囁き返す。
「いえ、お心遣い頂きありがとうございます」
ジョゼフィーヌの立場もフレドリック王子と似通ったものだ。ジョゼフィーヌが言うと角が立ちすぎる。
普段はアリシアに任せて、ジョゼフィーヌはここぞという時にしか仲裁に入らない。
「あなたに、辛いことをさせていると思うわ……ごめんなさい」
ジョゼフィーヌは泣きそうに顔を歪めて、言った。
前世では、おそらくジョゼフィーヌは一人で奮闘したのだろう。
『ああ、なんか殿下が憎い……!』
思わずフレドリック王子をにらむクルトだが、前世のジョゼフィーヌを救えなかったのはクルトも同罪だ。
『ううっ、可哀想なお嬢様。せめて今世では僕がお守りします!』
とクルトの気分はもはやお父さんである。
「フレドリックさまぁ、今の授業で分からないところがあったんですけど」
教科書片手にフレドリック王子に駆け寄ろうとする。
さっと影が動いて、アンナを阻む。アリシアだ。凜とした声が叱りつける。
「みだりに殿下に近づかないで下さい」
「そんな……ひどい」
毎度繰り返される一年A組ではおなじみの光景だった。
側にロシェもいるが、小柄な少女であるアンナ相手だと一歩出遅れる。
「…………」
フレドリック王子は一瞥もせず、やりとりに口も出さない。
黙々と授業で使った教科書を片付けている。
『……ってことは、アンナ嬢を暗に拒んでいるって意味なんだけど』
ギャアギャアと騒ぐ女子二人のやりとりを横目で見ながらクルトは一人ごちる。
フレドリック王子は自身が発する言葉が命令になることを十分知っているので彼の行動は慎重だ。
が、そろそろ苛ついているのは長い付き合いなので分かる。
アンナはフレドリック王子に毎日何のかんのと声を掛ける。その度にアリシアに阻まれていた。
庶民に混じり街で暮らしたというアンナはとにかく男子との距離が近い。
物怖じせず王子の自分に話しかけてくるアンナに当初はフレドリック王子も興味を持って愛想良く応じていたが、すぐに失敗だと気付いたらしい。
だが、遅すぎた。
遠ざけても馴れ馴れしく向こうから近寄ってくる。
「だから、殿下に近寄らないで!」
「ヒドいです。授業で分からないところが聞きたいだけです」
体を張ってフレドリック王子を守るアリシアに対し、ロシェは側でオロオロしている。
アンナを見て、クルトが最初に持った印象は、『エリザベートお嬢様に似ている』というものだった。
もちろんエリザベートの方が何倍も可愛いと思う。
だが庇護欲を掻き立てられる容姿も少し幼い挙動――実際にエリザベートは二つ年下なので幼いのは当たり前だが――や、ちょっと間が抜けているところや、あと笑った顔が良く似ている。
アンナはフレドリック王子の『好み』のタイプだ。
前世で、フレドリック王子がアンナに惹かれたのは何となく分かる気がした。
クルトもジョゼフィーヌの前世を知らなければアンナに好感を持ったかも知れない。
およそ、年頃の男子なら可愛いと感じる容姿だ。
だが前世でジョゼフィーヌが死ぬ理由になったとあっては可愛いなどとは思えない。
ジョゼフィーヌもまたクルトの大事なお嬢様だ。そのジョゼフィーヌを破滅に導いたアンナは悪魔の化身である。
少女にしては背の高いアリシアが小柄なアンナと口論している姿は、アンナが苛められているように見えるらしい。
「そのくらいにしたらどうだ」
「怯えているじゃないか」
「アンナが可哀想だろう」
宰相の息子と騎士団長の息子と魔法師団の息子がやってきてアンナを庇う。
いずれも高位貴族の息子だ。
アリシアも実は良家の子女なのだが、名家の嫡男と比べると弱い立場だ。
「…………」
ぐっと黙り込んだアリシアに、
「あなた方もそのくらいにしたどうかしら」
とジョゼフィーヌが冷ややかに一言、言った。
「次の授業が始まりましてよ」
公爵令嬢で、十六歳にして既に女王然とした貫禄まであるジョゼフィーヌに逆らえるクラスメイトはいない。
三人の子息もすぐに引き下がった。
「ありがとうございます、ジョゼフィーヌ様」
アリシアがホッとした様子で小さく礼を言う。
「あなたも大変ね」
ジョゼフィーヌにしては非常に珍しい心のこもった声で囁き返す。
「いえ、お心遣い頂きありがとうございます」
ジョゼフィーヌの立場もフレドリック王子と似通ったものだ。ジョゼフィーヌが言うと角が立ちすぎる。
普段はアリシアに任せて、ジョゼフィーヌはここぞという時にしか仲裁に入らない。
「あなたに、辛いことをさせていると思うわ……ごめんなさい」
ジョゼフィーヌは泣きそうに顔を歪めて、言った。
前世では、おそらくジョゼフィーヌは一人で奮闘したのだろう。
『ああ、なんか殿下が憎い……!』
思わずフレドリック王子をにらむクルトだが、前世のジョゼフィーヌを救えなかったのはクルトも同罪だ。
『ううっ、可哀想なお嬢様。せめて今世では僕がお守りします!』
とクルトの気分はもはやお父さんである。
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