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1.前世(?)を思い出したお姉様
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「ぎょえええーーー!」
それは雷鳴轟くある夜のこと。
ジョゼフィーヌお姉様七歳の悲鳴から始まったのです。
その悲鳴は我がクライン公爵家の隅々にまで鳴り響きました。みんなあわててお姉様の寝室に駆けつけます。
「ジョゼフィーヌ、どうしたんだ?大きな声を上げて」
「怖い夢でも見たの?」
お父様、お母様も声を心配そうに泣きじゃくるお姉様に声を掛けます。
七歳にして赤髪縦ロールのお姉様は目に涙を一杯ためて、お母様にすがりつきました。
「お父様、お母様、ワタクシ、前世を思い出しましたわ。ワタクシ、ワタクシ、悪役令嬢だったの……!」
お姉様は未来の夢をご覧になったようです。
その夢の中で、お姉様は第一王子のフレドリック殿下と婚約し、男爵令嬢の女の子を苛めて死刑になったそうです。
「あらあら怖い夢を見たのね」
お母様はそう言ってお姉様を慰めましたが、お姉様は真剣な表情で首を横に振ります。
「ううん、お母様、違うわ。これは本当にあったことよ。このままではワタクシは処刑だし、我が公爵家はお取り潰しなのです」
「まあ……」
「そんな……」
夢とは言え、何て不吉なんでしょう。
お父様もお母様も顔色を変えます。
「そこで、ワタクシ、考えましたわ。名付けて『悪役令嬢回避計画』ですわ。フレドリック殿下の婚約者はエリリンがなればいいと思いまーす!」
「えっ、私?」
こうして、側でぼーっと聞いていた五歳の私エリザベートに第一王子フレドリック殿下の婚約者の座は押し付けられたのです。
***
本来なら、子供が見た夢、一笑に付すようなことでしょう。
ですが、お姉様の夢があまりにも現実味があったこと、今のお姉様が知らないはずのことを次々言い当てたことで、お父様もお母様もお姉様の言うことを無碍には出来なくなりました。
「そうか、ジョゼフィーヌがワガママでフレドリック殿下との婚約破棄……ありうるな」
「ええ、ジョゼフィーヌですからね」
お父様、お母様は真剣な表情で頷き合います。
「そこで納得するなんてヒドいわ!ですが、ワタクシも断罪王子なんかと結婚はしたくありません!エリリンが適役ですわ」
「わっ、私もだんざいおうじは怖いです」
私も泣きそうです。五歳の私は断罪が何なのかは分かりませんでしたが、とにかく恐ろしく思えました。お姉様は夢の中で死刑になったのです。
「しけいは嫌ですぅ」
「お嬢様」
小姓のクルトがそっとハンカチを差し出してくれます。
クルトはお姉様と同じ七歳で、私達二人の遊び相手兼お世話役なのです。
「ジョゼフィーヌお嬢様、失礼ですがそれは夢のお話ではございませんか」
と問いかけるのは執事のセバスチャンです。
「セバスチャン」
「ジョゼフィーヌお嬢様は第一王子殿下と婚約しておられません。ですから婚約破棄などということもございませんよ」
セバスチャンは優しく諭します。
しかしお父様が言いました。
「ああ、セバスチャン、お前にもまだ話していないが、実は王家から内々にそういうお話を頂いているんだ。王子殿下を我が家の娘のどちらかと結婚させたいとこう、陛下は仰せだ」
「なんとそうでございましたか……」
「まだ、娘二人も小さいし、殿下と何度か会わせてその後相性がいい子の方と婚約させるつもりだった」
「ではジョゼフィーヌお嬢様の見た夢とは……」
「そうだ、あがなち夢とは言えない。念のためジョゼフィーヌは辞退させて頂こう」
ジョゼフィーヌお姉様は目を輝かせます。
「それがいいですわ。ドグサレ二股断罪王子と二度と婚約なんかするもんですか!」
執事のセバスチャンは言います。
「僭越ながら旦那様、ではジョゼフィーヌお嬢様だけではなく、エリザベートお嬢様もお断りになっては……?フレドリック殿下は聡明な王子と名高いですが、ことはお嬢様の将来に関わります。危険は犯せません」
「ああ、私もそう思うよ。でも陛下から是非に頼むというお言葉を頂いている。名家はいくらでもあるが、我が家以外では権力が偏り、どうにも良くない」
「あなた、ですが死刑ですよ。本当にお受けしなくてはいけませんか?」
お母様は心配そうに問いかけます。
「おほほほっ、安心なさって、お母様。エリリンなら大丈夫ですわ」
とお姉様が高笑いなさいます。
「まあ、どうして?ジョゼフィーヌ?」
「あのヤロー、じゃなかった殿下はおっしゃいましたの。『本当は君ではなくて優しいエリザベートの方が良かった』と。前回は王妃になりたいワタクシが強引に婚約者の座を奪い取ったのですわ。王子はこの社交界の赤い薔薇ジョゼフィーヌでなく、地味子のエリザベートが好みなのですわ。あの小娘もそんな感じの素朴っぽいダサ子でしたわ。だからエリザベートで適任ですわ」
***
その後一月も立たないうちに、私は王宮に招かれました。
名目は王妃様のお茶会ですが、第一王子フレドリック殿下との初めての面会です。
「ううっ、どぐされふたまただんざいおうじなんて怖いよぉ」
王宮に行くのも初めてで、王族方に会うのも初めてで緊張します。
本当は赤ちゃんの頃から何度か行っているらしいのですが、覚えてないです。
お母様とお父様が一緒に付いてきてくれましたが、私はもう怖くて怖くてお母様のスカートの影に隠れていました。
やがて王族方が――王妃様だけではなくて、国王陛下も、王子様もいらっしゃいます。
私はスカートの影からそーっとそーっと王子様を見ました。
王子様は金色の髪で青い瞳。
絵本の挿絵からそのまま抜け出て来たような美しく凜々しい王子様でした。まだ七歳なのに。
『ちょっとかっこいいです……』
でも怖い王子様です。婚約破棄する人です。
王子様も私を見てます。じーーっと見てます。
『こっ、怖いのですぅ』
私はまたお母様のスカートの影に隠れましたが、なんかもう遅い気がします。
そして王子様は言いました。
「父上、母上、僕、この子と結婚します!」
こうして第一王子フレドリック殿下の婚約者は私に決まってしまったのです。
それは雷鳴轟くある夜のこと。
ジョゼフィーヌお姉様七歳の悲鳴から始まったのです。
その悲鳴は我がクライン公爵家の隅々にまで鳴り響きました。みんなあわててお姉様の寝室に駆けつけます。
「ジョゼフィーヌ、どうしたんだ?大きな声を上げて」
「怖い夢でも見たの?」
お父様、お母様も声を心配そうに泣きじゃくるお姉様に声を掛けます。
七歳にして赤髪縦ロールのお姉様は目に涙を一杯ためて、お母様にすがりつきました。
「お父様、お母様、ワタクシ、前世を思い出しましたわ。ワタクシ、ワタクシ、悪役令嬢だったの……!」
お姉様は未来の夢をご覧になったようです。
その夢の中で、お姉様は第一王子のフレドリック殿下と婚約し、男爵令嬢の女の子を苛めて死刑になったそうです。
「あらあら怖い夢を見たのね」
お母様はそう言ってお姉様を慰めましたが、お姉様は真剣な表情で首を横に振ります。
「ううん、お母様、違うわ。これは本当にあったことよ。このままではワタクシは処刑だし、我が公爵家はお取り潰しなのです」
「まあ……」
「そんな……」
夢とは言え、何て不吉なんでしょう。
お父様もお母様も顔色を変えます。
「そこで、ワタクシ、考えましたわ。名付けて『悪役令嬢回避計画』ですわ。フレドリック殿下の婚約者はエリリンがなればいいと思いまーす!」
「えっ、私?」
こうして、側でぼーっと聞いていた五歳の私エリザベートに第一王子フレドリック殿下の婚約者の座は押し付けられたのです。
***
本来なら、子供が見た夢、一笑に付すようなことでしょう。
ですが、お姉様の夢があまりにも現実味があったこと、今のお姉様が知らないはずのことを次々言い当てたことで、お父様もお母様もお姉様の言うことを無碍には出来なくなりました。
「そうか、ジョゼフィーヌがワガママでフレドリック殿下との婚約破棄……ありうるな」
「ええ、ジョゼフィーヌですからね」
お父様、お母様は真剣な表情で頷き合います。
「そこで納得するなんてヒドいわ!ですが、ワタクシも断罪王子なんかと結婚はしたくありません!エリリンが適役ですわ」
「わっ、私もだんざいおうじは怖いです」
私も泣きそうです。五歳の私は断罪が何なのかは分かりませんでしたが、とにかく恐ろしく思えました。お姉様は夢の中で死刑になったのです。
「しけいは嫌ですぅ」
「お嬢様」
小姓のクルトがそっとハンカチを差し出してくれます。
クルトはお姉様と同じ七歳で、私達二人の遊び相手兼お世話役なのです。
「ジョゼフィーヌお嬢様、失礼ですがそれは夢のお話ではございませんか」
と問いかけるのは執事のセバスチャンです。
「セバスチャン」
「ジョゼフィーヌお嬢様は第一王子殿下と婚約しておられません。ですから婚約破棄などということもございませんよ」
セバスチャンは優しく諭します。
しかしお父様が言いました。
「ああ、セバスチャン、お前にもまだ話していないが、実は王家から内々にそういうお話を頂いているんだ。王子殿下を我が家の娘のどちらかと結婚させたいとこう、陛下は仰せだ」
「なんとそうでございましたか……」
「まだ、娘二人も小さいし、殿下と何度か会わせてその後相性がいい子の方と婚約させるつもりだった」
「ではジョゼフィーヌお嬢様の見た夢とは……」
「そうだ、あがなち夢とは言えない。念のためジョゼフィーヌは辞退させて頂こう」
ジョゼフィーヌお姉様は目を輝かせます。
「それがいいですわ。ドグサレ二股断罪王子と二度と婚約なんかするもんですか!」
執事のセバスチャンは言います。
「僭越ながら旦那様、ではジョゼフィーヌお嬢様だけではなく、エリザベートお嬢様もお断りになっては……?フレドリック殿下は聡明な王子と名高いですが、ことはお嬢様の将来に関わります。危険は犯せません」
「ああ、私もそう思うよ。でも陛下から是非に頼むというお言葉を頂いている。名家はいくらでもあるが、我が家以外では権力が偏り、どうにも良くない」
「あなた、ですが死刑ですよ。本当にお受けしなくてはいけませんか?」
お母様は心配そうに問いかけます。
「おほほほっ、安心なさって、お母様。エリリンなら大丈夫ですわ」
とお姉様が高笑いなさいます。
「まあ、どうして?ジョゼフィーヌ?」
「あのヤロー、じゃなかった殿下はおっしゃいましたの。『本当は君ではなくて優しいエリザベートの方が良かった』と。前回は王妃になりたいワタクシが強引に婚約者の座を奪い取ったのですわ。王子はこの社交界の赤い薔薇ジョゼフィーヌでなく、地味子のエリザベートが好みなのですわ。あの小娘もそんな感じの素朴っぽいダサ子でしたわ。だからエリザベートで適任ですわ」
***
その後一月も立たないうちに、私は王宮に招かれました。
名目は王妃様のお茶会ですが、第一王子フレドリック殿下との初めての面会です。
「ううっ、どぐされふたまただんざいおうじなんて怖いよぉ」
王宮に行くのも初めてで、王族方に会うのも初めてで緊張します。
本当は赤ちゃんの頃から何度か行っているらしいのですが、覚えてないです。
お母様とお父様が一緒に付いてきてくれましたが、私はもう怖くて怖くてお母様のスカートの影に隠れていました。
やがて王族方が――王妃様だけではなくて、国王陛下も、王子様もいらっしゃいます。
私はスカートの影からそーっとそーっと王子様を見ました。
王子様は金色の髪で青い瞳。
絵本の挿絵からそのまま抜け出て来たような美しく凜々しい王子様でした。まだ七歳なのに。
『ちょっとかっこいいです……』
でも怖い王子様です。婚約破棄する人です。
王子様も私を見てます。じーーっと見てます。
『こっ、怖いのですぅ』
私はまたお母様のスカートの影に隠れましたが、なんかもう遅い気がします。
そして王子様は言いました。
「父上、母上、僕、この子と結婚します!」
こうして第一王子フレドリック殿下の婚約者は私に決まってしまったのです。
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