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決戦の舞踏会

06.星のドレス

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 我が国では王と王太子の近衛騎士は主従契約という魔法の契約を交わす。有り体にいうと隷属魔法である。
 ガイエンはフィリップ様と主従契約を結んでおり、有事の際はガイエンは王よりフィリップ様の安全を優先する。
 我々王宮騎士や一般騎士は主従契約を結んでいない。単なる騎士の誓いだけの繋がりのため、副団長のような裏切り者も出る。
 騎士の誓いはそう軽んじて良いものではないのだが、命や財産や家族を天秤にかけてギール家に組みする者はどうしても存在してしまう。
 舞踏会の会場でフィリップ様の味方と断言出来るのは、ガイエンら王太子担当の近衛騎士と私とサーマス、そしてアルヴィンしかいない。

「そうですか、ヴェネスカ卿は魔力を失ったままですか……」
 ガイエンに私の魔術回路が回復していないことを告げると、彼はがっくりと肩を落とした。
 かつては国一番の魔法騎士とも言われた私だが、高魔力で騎士としての能力を補うタイプで、騎士単体として見た場合、魔力なしの私はおそらく見習い騎士にも劣るレベルだ。
 かつての私が騎士千人分だとすれば、今は半人前である。
 戦力としてはまったく当てにならない。
「はい」
 残念だが、そう答えるしかない。

 しかし、アルヴィンが手を上げる。
「いや、ガイエン卿、全盛期とまではいきませんが、リーディアは十分に戦えます」
「そうなのですか?」
「はい、少々策があります。うまくすれば我々の分の武器もそれでなんとかなる」
 アルヴィンは自信ありげに微笑んだ。


 アルヴィンの『策』を聞かされると、ガイエンも納得した。
「なるほど、やってみる価値はありそうですね」
「武器さえあれば、私も騎士ですので戦えます」
 アルヴィンの一言に、ガイエンは賞賛の吐息を漏らす。
「ゴーラン騎士団の勇猛さはこの王都にも轟いております。共に王太子殿下をお守り致しましょう」






 どんなに勝利条件が変わろうと、我々がやることに変わりはない。
 フィリップ様を守り切ることだ。

 私とアルヴィンは王太子の客分として王太子宮にとどまることになった。
 フィリップ様の元には王妃派、反王妃派を問わず面会に訪れる客がひっきりなしにやってくる。
 フィリップ様は時間が許す限りそれらの客と会った。
「王妃派の中には脅されて派閥に加わっている者も大勢いるし、私が王となった後は、王妃派反王妃派をひっくるめて全ての貴族と関わることになる」
 フィリップ様はこうおっしゃって、王妃派と反王妃派を選別することはなかった。
 既にフィリップ様は王の道を歩もうとしている。

 その席に、アルヴィンが同席することはなかった。
 ゴーラン辺境伯が若い王子を傀儡にしようとしてると邪推されては、フィリップ様にとってもアルヴィンにとっても迷惑だ。
 ノアは引き続きフィリップ様の小姓をしている。王都まで着いてきてくれた妖精バンシーがその側に居る。
 彼女は死を予言出来る。きっとフィリップ様の役に立つだろう。


 表舞台に立つことはないが、アルヴィンも私も舞踏会に備え、忙しく過ごした。
 アルヴィンが声を掛けた仕立屋は我々が王都に到着する前に、デザインと仮縫いまで終わらせてくれていた。
 仕立屋とお針子の睡眠時間と引き換えに、ドレスは舞踏会にギリギリ間に合いそうだ。






 ***

 そして舞踏会の日がやってきた。
「アルヴィン・アストラテート辺境伯、リーディア・ヴェネスカ卿」
 招待客の名がリストの順に読み上げられ、舞踏会の会場である王宮大広間に私とアルヴィンが足を踏み入れると、居合わせた客達の目は一様に我らに集中した。

 彼らの視線は私のドレスに注がれている。
 ドレスは真夜中の空の色。ほとんど黒といっていい深い青色である。
 昨今の流行はフリルたっぷりで淡い色合いだ。
 周囲を見回してもそうしたドレスばかりで、私以外こんなドレスを身に付けている者はいない。

 ドレスには手のひらくらいの銀色の剣の意匠の飾りが、中央、左右の三カ所に付いており、黒い盾に銀の剣というアストラテート家の紋章をモチーフにしたデザインになっていた。
 まろやかで愛くるしい今どき流行りの女性美とは真っ向から対立している。
 現に女性達からの評判はよろしくない。
「まあ、なんて下品な色」
「女性のドレスに剣だなんて……」
「由緒ある宮廷舞踏会に相応しくありませんわ」
「まったくこれですから田舎者は……」
 扇の下で彼女達はヒソヒソと囁き合う。

 もっともこれはただのやっかみだ。
 黒に近い濃い青色はさすがに珍しいが、原色のドレスはマナー違反ではない。
 オシャレには疎いが、元王宮騎士なので礼法は熟知している。
 エヴァンジェリスティ妃がお輿入れの時は王の瞳の色と同じ鮮やかなブルーのドレスをお召しで話題になった。
 淡い色合いの流行はキャサリン妃が王妃になった後のことである。

 そしてこのドレスは私に良く似合っていた。
 ドレスの形自体はスタンダードなベル型だが、飾りはほとんどなく絹の布地はすべらかに足元まで流れる。
 ドレスはたくさんの魔石が散りばめられていて、大広間の蝋燭の明かりに反射し、歩く度にそれが星のように輝くのだ。
 さらに私はかなり大きなネックレス、イヤリング、ヘッドピース、腕輪とギラギラと魔石を飾り付けている。
 あの派手好きの王妃さえ、今日の私には劣るだろう。
 さすがの女性陣もこのドレスに向かって「貧相」とは陰口を叩けまい。
 魔石はこれまでゴーラン領のダンジョンに行く度に、アルヴィンがコツコツと採ってきたものだ。さらにダメ押しに南部のダンジョンで片っ端から採ってきた分も混じっている。
 故に「実質タダだ」とアルヴィンは言うが、このドレスとアクセサリーの時価総額を考えると怖いくらいだ。
 ゴーランの富と力を象徴するようなドレスである。

 そもそも私は誰にどう思われようと、アルヴィンが気に入ってくれればそれでいい。
 アルヴィンは私の視線に気付くと、ニッコリと笑い、こう囁いてきた。
「綺麗だ、リーディア」

 そう言うアルヴィンの格好も一風変わっている。
 彼はゴーラン騎士団の儀礼用の黒の騎士服姿である。
 軍部に所属する男性は制服も正装と見なされるので、騎士服自体は珍しいものではない。
 だが彼は制服の上に私のドレスの色に合わせた濃紺のマントを身につけていた。
 今ではダンスを踊る時に邪魔なので長いマントはあまり好まれないが、裾を引きずる長さのそのロングマントはアルヴィンにはよく似合っていた。
 威風堂々。
 生来のふてぶてしさが強調され、彼はこの場に王のように君臨していた。

 ちなみに今日の舞踏会に南部辺境伯キラーニーは出席しない。スロランとの戦いは終わったが、南部はまだまだ問題が山積みだ。
 今の状況で南部を空けることは出来ず、キラーニーはいない。従ってレファもいない。


 女性は私のドレスにご注目だが、男性は私の『中身』に興味津々だった。
 魔法騎士リーディア・ヴェネスカは魔力を失いマルアム・セントラル騎士団を退役した。その後西部ゴーランで療養し、南部ルミノーのスロラン戦に従軍した。
 と、ここまでが誰もが知る公式の発表だ。
 アルヴィンのように『鑑定』の魔法を使えなくても、大抵の魔法使いなら魔素の流れから魔法使いの力量を推測出来る。
 彼らは私を見て疑問に思ったはずだ。
 本当にリーディア・ヴェネスカは魔力を取り戻したのか、と。

 この十日間、私はゴーラン騎士団の騎士達に周囲をがっちり護衛されながら、人工太陽について魔法研究所の研究員と意見を交わしたり、王宮図書館で料理本を読んだり、王都で評判の料理屋に行ったりとあちこち出歩いた。
 ギール家なら『鑑定』を使える魔法使いを抱えている。
 王妃派は私がほとんどの魔力を喪失したままだということに気付いたはずだ。
 王妃派を油断させるための策の一つだ。うまく引っかかってくれるといいが……。




 我々の後にも入場は続き、宰相であるギール侯爵も入場してきた。
 元は恰幅が良い男性だったが、今日の彼は一回り以上、しぼんで見えた。顔色も悪くげっそりとしている。
 夫人や息子や息子の妻もギール侯爵の後に続く。さすがに一家揃って疲労の色は隠せないが、扱いは他の高位貴族となんら変わりはない。
 侯爵夫人や侯子夫人のドレスも宝飾品も贅を尽くしたものである。
 明日には当主の処刑が決まっており、降爵か量刑が重ければ爵位剥奪の沙汰が下る家には到底見えなかった。

 宰相はアルヴィンを見つけると、ギロリとにらみ付けた。
 凄まじい殺意が込められているが、アルヴィンは宰相に向かって不敵に微笑み返した。
 あれから十三年――。
 アルヴィンの両眼はようやく宰相を追い詰めた歓喜に満ちていた。

「リーディア、アストラテート辺境伯」
 一足先に入場したサーマスがやって来る。
 この後ご入場のフィリップ様には近衛騎士達が付く。だが彼らはフィリップ様を守るという仕事がある。
 もし王妃派が動いた時、対処するのは我々だけだ。
 総名三人。
 ものすごく不安だが、このメンバーでことに当たらねばならない。

 なお、少し離れたところにアルヴィンの側近デニスもいる。
 彼の父のヘルマン・アストラテートは、アストラテート辺境伯家の従爵位クイール子爵位を持っている。デニスはクイール子爵令息として舞踏会に参加していた。
 何故デニスが今回のメンバーに入っていないかというと、彼には別の大切な任務があるからだ。


「仕掛けてきますかね?」
 私はそっとアルヴィンに尋ねた。
「あの様子では諦めてないな」
「……あいつら、武器は?」
「我々と同じだよ。隠し持ってるはずだ」
 舞踏会は王族と警護の騎士以外は帯剣禁止が原則。だが我々が出来た以上、彼らも何とかして武器を持ち込んでいるだろう。


「君達に伝えておくことがある」
 アルヴィンは一段と声を潜め、私とサーマスに言った。
「南部から王都に向けて移送中だったセントラル騎士団の元副団長以下三十人が行方不明になった」
 いきなり大事である。
「……俺は、聞いてません」
 サーマスが押し殺したような声で言う。
「前代未聞の事件故に箝口令が敷かれた。騎士団や軍部の役職付きは知っているだろうが、サーマス卿は今、休暇中だしな」
 そうなのだ。
 我々は勤務中ではないので、ここに客として来ていられる。
「ギール家が手引きしたんですかね?」
「間違いなくそうだろう」
 アルヴィンが首肯する。
「何を企んでいるのか……」
「おおよその見当は付く。……人を人とも思わぬ残酷な真似をする」
 アルヴィンは低い声で呟いた。

 公爵家、続いて国外から招かれた外交官が入場する。招待客がすべて揃った後、高らかに音楽が鳴り、王家の入場となる。
「国王陛下のおなり」
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