上 下
5 / 69
ログインボーナスはスキル【主婦】!

05.スライム帽子

しおりを挟む
「カチュアさん、もういいよ。気をつけてお帰り」
「ありがとうございます。またよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうもありがとう。でも良かったの?」
「はい、私一人では四階なんて来られませんから」

 リュックが満杯になったため、カチュアは冒険者達と別れて転移魔法の巻物スクロールで一階にワープした。

『マッスル草』は結局カチュアと冒険者で半分分けにした。
 本来、アイテムは見つけた者の所有物になるが、カチュアは自力で四階まで行けない。
 半分分けは妥当よねー、とカチュアは思っている。

 今日も女神像にお祈りを捧げてから、ダンジョンから出たカチュアは道具屋でアイテムを換金する。冒険者達の分を換金し、自分で採取した『マッスル草』も換金する。
 なんと半分でも『マッスル草』は5万ゴールドになった。

「これでエドに『スライム帽子』を買ってあげましょう」

 スライム帽子は市場にある別の道具屋で取り扱っている。
 足取りも軽く道具屋に向かうカチュアだったが、
「えっ」
 店の前の張り紙には、こう書かれていた。

『スライム帽子』、一家につき一個まで。

 大人気すぎて限定販売になったようだ。

「えっ、どうしよう?」
 カチュアは道具屋の前で呆然と立ちすくんだ。
「お母さん?どうしたの?」
「あら、エド」
 声を掛けてきたのは、息子のエドだ。
 初級学校指定のスクールバッグを背負っている。

「学校の帰り?早かったのね」
「うん、今日はテストだけなんだ」
「あら、そうなの?」
「それよりどうしたの?お母さん」
「実はね、お母さん、臨時ボーナスが出たから、エドに『スライム帽子』を買ってあげようと思ったんだけど…………」

「えっ!『スライム帽子』?」
 一瞬エドは嬉しそうな顔になる。

 でも、道具屋の張り紙を見ると、いつもの淡々とした表情に戻った。

「いらない。一個だけなら、バーバラの分が可哀想だし、それに高いし」

「でもエド、欲しかったでしょう?エドの分だけでも買いましょう?」

 エドは我が子ながら頭が良くて妹と母親思いだ。我慢しすぎなところがカチュアはとても心配だった。
 エドは、きゅっと眉根を寄せたしかめ面でカチュアに言った。

「いらない」

「エド……」


 その時、一人の男性がカチュアに声を掛けてきた。
「あの、エド君のお母さんですか?」
「はあ、そうですが……?あら、先生」
 声を掛けてきたのは、エドの学校の担任の先生だ。

 熱心で生徒からも慕われていると評判の教師だ。
「ちょうど良かった。実は……」
 と先生はカチュアに何事か言いかけるが、エドがそれをさえぎる。

「先生、その話は母にしないで下さい」

 エドはまだ八歳だ。なのに大人のようにキッパリとした口調だった。

「でもエドくん、せっかくのチャンスなんだよ」
 エドは寂しげにうつむく。
「うちは……無理ですから」

「あの、先生。何でしょうか?」

「ああ、エドくんの進路ですが、彼はとても優秀なので僕としてはロアアカデミーのジュニア校に推薦したいと思ってるんですよ」
「えっ、ロアアカデミー?あの賢者様が通ったという大学ですよね」

 ロアアカデミーは迷宮都市ロアにある名門大学だ。たくさんの秀才がここに通っている。
 そこのジュニア校は卒業出来たら出世間違いなしと言われている。

「はい、ですが学園は全寮制でして、それに学費も高額になるからとエドくんは辞退したいと」
 カチュアは初めて聞く話だ。とても驚くが、気持ちは決まっている。
「そんな……。エド、うちのことは心配しなくていいの。せっかくのチャンスじゃない。行ってきなさい」
「行けないよ。パパにママとバーバラを守るって約束したんだ」
「エド……」

「それにジュニア校は初級学校と違って無料じゃないんだ」
 初級学校は騎士団の福利厚生の一環で騎士の子弟は学費無料で通えるのだ。
 ロアアカデミーのジュニア校にはそうした補助がない。

 カチュアが家計のことで頭を悩ませているのを、エドはよく分かっている。

「……ごめんね、エド」
「え?」
 エドは反対されるとは思っていたが、謝られるとは思ってなかったので驚いてカチュアを見上げる。
「ママが何もしないではじめから『無理だなぁ』って諦めちゃったから、エドも諦めちゃったのね」
「ママ?」
 エドは本来ママ呼びの子なのだ。
 アランがいる頃はちょっと甘えっ子なところがあった長男だったのに、いつの間にか、カチュアを「お母さん」と呼ぶようになった。

「ママはエドにロアアカデミーに行って欲しいな」
「でも……」

 カチュアはエドをぎゅっと抱きしめた。
「ママ、エドに甘えてたのね。でもママ、もっと強くなる。お金のことも心配要らないわ。だから」

 カチュアはきっとアランがここにいたら、エドに言うだろう言葉を伝えた。
「『諦めないで、エド』」





 ***

「推薦はもう少し先でも間に合います。ご家族でよく話し合って下さい」
「はい、先生。どうもありがとうございます」

 先生と別れたカチュアとエドは道具屋で『スライム帽子』を買った。

 エドは『スライム帽子』を大事そうに抱えて、でもおずおずと不安そうな口調で言う。
「本当にいいの?バーバラの分は」

 それを見て、カチュアは「随分とエドには我慢をさせてしまっていたな」と反省する。

「バーバラの分はママがなんとかするわ。確かにあの子、エドが被っているのを見たら欲しがるだろうから、その時はちょっとだけ貸してあげてね」

「…………」
 エドは少し考えてからカチュアに尋ねた。

「バーバラの分の『スライム帽子』はあるの?これ、僕のでいいの?」
 妹思いのエドはバーバラが『スライム帽子』を買って貰えないんじゃないかと心配している。

 そんなエドにカチュアは力強く頷いて見せた。
「ええ、一週間以内にママがきっと手に入れるから、エドは心配しないで」

 カチュアはモンスターポイントカードのポイント特典で『スライム帽子』をゲットする決意をした。
 はじめから自分には戦うのなんて無理だと思っていた。
 でも息子に悲しい思いをさせるぐらいなら、カチュアはモンスターとも戦う!

 幸い、カチュアには武器がある。
 お玉とお鍋のふただけど。


「はい」
 エドはカチュアに『スライム帽子』を差し出した。
「?」
「じゃあ、それまでママ、預かっててよ」

「え?いいの?」
「うん、僕もバーバラと一緒に被りたいよ」
 いい子に育ったわー。と感動するカチュアだった。


 エドの『スライム帽子』はいったんカチュアが預かることにした。
 カチュアは7の付く日、ポイント三倍デーにダンジョンに行き、モンスターを倒すつもりだ。

 冒険者の新人研修で、カチュアは冒険者ギルドの魔法使いが作り上げたモンスターを倒した経験がある。
 とはいってもダンジョンの中でも一番弱いと言われているスライムや、ジャイアントアントという巨大アリが相手で、きちんとした武器と防具さえあれば、そして一対一なら、大人なら倒せるモンスターだ。

「だから、きっと出来るはず!うん!」

 ……とカチュアは自分を鼓舞した。
しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...