第三王子のキス係

林優子

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 どよめきが謁見の間に湧き上がった。
 そんな中、カイン様は優しく私を見つめて言った。
「好感度のトータルスコアSランクは後天的に獲得することが可能だ。条件はいくつかあるが、その一つに、『互いに命を捨てて相手を庇う』というのがある。俺とベス、お前は運命の恋人なんだ」
「えっ?」
 さっきから予想外の連続で頭がパンクしそうだ。

「私達、運命の恋人ですか?恋人じゃなくて?」
「役なんかじゃない。本物だ」
 とカイン様は私の額にキスする。
「……というか、カイン様は私のこと好きなんですか?」
 ちゅっと愛おしそうにチューしてきたカイン様は一転、不満そうに私を見る。
「告白もしたじゃないか」
 そうだったか?
「好みのタイプはお前だと言った」
「聞いてないです」
 首を振って否定するとカイン様は目に見えて機嫌が悪くなった。
 でも、聞いてない……。
 一生懸命思い出そうとするその時、
「言ってないですからねー」
 と側近の一人侯爵令息のホレス君がサラッと言った。
 彼はカイン様と一緒に従軍した仲間だ。
 だよね、聞いてないよね。

「言った」
 とカイン様はムッとホレス君に言い返した。
 ホレス君は冷静に否定した。
「言ってません。殿下は『好みのタイプは美人で胸が大きくて癒やし系』と言っただけです」
「あー、それは聞いたかも」
「つまり俺はベスを名指しした」
「してません」
「ちげぇよ」
「それはない」
「ベスちゃん可哀想」
「殿下、怖れながら申し上げますが、違います」
 とカイン様は自分の側近の五人ぐらいから同時に突っ込まれた。
 死線かいくぐった仲なので私達は側近であり友達で仲間なのだ。

「ベスは分かったよな」
 とカイン様は同意を求めてくるが。
「……いや、そのヒントで自分かなと思う人は自信過剰でヤバイです。第一それは告白ではありません」
 告白ってもっと分かりやすいはずだ。
 されたことないから良く分からないが、『君が好きだ』とか誤解が生じる余地ない感じで言われるものだと思っていた。
 まさかこんな連想ゲームみたいな告白があるとは思いも寄らない。

 だがカイン様は断固と認めなかった。
「いや、一度ならず二度までも言った。というか、お前はプロポーズを受けた」
「……誰が誰のプロポーズを?」
「ベスが俺のプロポーズを」
「ちなみにプロポーズの言葉は?」
「言わせんなよ、恥ずかしい」
 とカイン様は頬を赤らめるが、是非とも聞いておきたい。

「いえ、聞かせて下さい」

 ――戦争も終わったし、いずれ俺も結婚しようかと考えている
 ――ああ、そうですか、そりゃそうでしょうね

 これをプロポーズの言葉で、更に了承されたと思う人は多分いない。

「カイン様、主語を言って下さい。お願いします」
「なんだよ、おい、お前だって俺のこと好きだろう。指輪はあからさまで恥ずかしかったので、代わりに自分の目の色のネックレスを贈った。ベスも自分の目の色を模したエメラルドのネックレスを贈ってきた。これは想いが通じ合ったということだ。俺は喜びのあまり感動してその日は眠れなかった」
 とカイン様は首にさげているエメラルドのネックレスを引っ張ってみせた。
 カイン様に似合うかなと思って買ったけど、似合っている。

 身に付けてくれているのは嬉しかったが、やっぱり遠回し過ぎて意味が分からない。
 確かにカイン様のくれたネックレスはブルーダイヤモンドで、キラキラ輝く青色はカイン様の碧眼を思わす美しい色だ。私の目も緑色だからエメラルドって言い張ればエメラルドだ。
 だが。
 そういう意味だったのか?アレ。


「あのー、最初から、全部、順を追ってお話下さい」
「何て察しの悪い女だ」
 とプンスカ怒りながらカイン様が言うには、彼は三歳くらいから私のことが好きだったらしい。
 でも身分も違うし、単なる運命の恋人役だから結婚出来ない。
 でも結婚したい。
 ということで、彼は勇者か賢者になってすごい武功を立てるか、すごい研究成果を上げて結婚を許して貰おうと考えたらしい。
 そして十二歳で軍に志願し、勇者と賢者になった。
 そして戦いも終盤を迎え、「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」と密かに心に決めていたその頃。
 ふと、付加能力エンチャントアクセサリーを外しても私に対する好感度がSランクになってることに気付いたんだそうだ。
 そして私のカイン様に対する好感度もエンチャント除去してもSランクだった。
 多分、『互いに命を捨てて相手を庇う』か、『何度も死線をかいくぐり絆を深め合う』のどっちかが発動してSランクに上昇したのだろうと彼は言った。

「何という僥倖ラッキー。結婚するしかない」
 とカイン様はこの一ヶ月、結婚するため色々画策していたらしい。
「その前にさ、『ベスちゃんに告白した方が良いですよ』って一応、僕らも言ったんだけどねー」
 とホレス君は肩をすくめた。
 すかさずカイン様が言う。
「運命の恋人は一度決まると不可逆だ。俺とベスは愛してあっている。そんなことをわざわざ確認する仲ではない」
「確認してください」
「どんな仲だ」
「駄目だ、こいつ」
「ベスちゃん可哀想」
「殿下、怖れながら申し上げますが、確認なさって下さい」
 とまた突っ込まれていた。

「お前達はいちいちうるさい」
 と側近に言った後、カイン様は私を覗き込んで聞く。
「それより、ベス、新婚旅行は国内と外国のどっちがいい?」
「いえ、その前に、聞いておきたいです。カイン様は私と結婚する気ですか?」
「決まってるだろう。婚約して結婚する。そして新婚旅行に行く。新居は何処がいい?」
「いえ、あの……」
 展開に付いていけない。
 そしてこの距離にも付いていけない。
 カイン様は私を抱きしめたままだ。


 というか、カイン様はもしかして王太子になるかも知れないお方だ。
 そんなカイン様と私が結婚して良いのだろうか?
 いや、単なる王子でも駄目だろう。
 私は魔法爵という爵位の末端も末端の称号しか持たない魔法省の係長の娘。

 思い悩む私に王妃様がおっしゃった。
 相変わらずお綺麗なお方だ。
「エリザベスちゃん」
「はっ、はい、王妃殿下。なんでございましょうか」
 礼を執りたいが今の体勢では無理だ。
 カイン様はぎゅっと私を抱きしめている。
「お願いだからカインと結婚してあげて」
「えっ?」
「カインはエリザベスちゃんと結婚出来ないなら、王籍から抜けるって言うの」
「えっ?」
 それあかんやつだ。
 カイン様は『カリスマ』のスキル持ち。
 現在『カリスマ』を持っている王族の方は陛下とカイン様、陛下の姉上の公爵夫人、後は王女様五歳。
 戦場に立てる『カリスマ』持ちはカイン様一択なのだ。
「そうじゃ、エリザベス、カイン殿下と結婚しておくれ」
「魔法省の長老様……」
「わしは予知の力を持っておる。見えるのじゃ、エリザベスと結婚出来なかったカイン殿下が、絶望のあまり魔王となるのが」
「あー」
 倒すの大変そうな人類の敵だ。
「結婚してあげてくれ、ミロード」
「将軍様」
「カイン殿下は皆に認められなかったら、外国に駆け落ちして二人で暮らすと……殿下がいらっしゃらねばまた魔王軍が攻め込むかも知れない」
「そーですねー」
「わしからも頼む、結婚してくれないか、ミロード」
「宰相様」
「カイン殿下は結婚出来ねば、皆にハゲになる呪いを、結婚出来れば皆、フサフサになる祝福を与えると。頼む、結婚してあげてくれ」
 宰相様の後頭部はちょっと危険。
「割と個人的なウイークポイント突いてきましたね」
 策士か?


 こうして私は、満場一致でカイン様の婚約者となり、第三王子のキス係を継続することになった。

 この身に駆け巡る愛が、奇跡を起こす。
 愛は全てを凌駕する無限の力。
 偽物の愛が、本物になる。これはそんな魔法の国の奇跡のお話。
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