第三王子のキス係

林優子

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そもそもが魔界側からの条約違反の侵攻が原因の戦争なので、この度結ばれた条約も信用出来るかといえば、多分、出来ない。
だが、向こうも数年は条約を守るらしい。
それに魔界側も将軍の一人を失い、こちら側に戦争を仕掛ける余裕はないようだ。

短いながらも、平和が訪れ、私達は王都に戻ることになった。

カイン様は戦いの最終盤から好感度上昇の付加能力エンチャントのアクセサリーを外していた。
ネックレス、イヤリング、指輪、腕輪、足輪と私達はじゃらじゃらと好感度を上げるアクセサリーを付けている。
これがないと私達はトータルスコアSランクの運命の恋人状態を維持出来ない。
どれか一つでも良いのだが、万一、破損しても大丈夫なように予備として持たされている。

「外したら駄目ですよ」
と私は言ったし、側近として付いているカイン様の友達も、お目付役の年長の騎士達も言ったんだか、カイン様は、
「もう必要ない」
の一点張りだった。
爽やかな、何か吹っ切れたみたいな清々しい表情だった。
「ベスも外せ。俺達にはもう必要はない」
と言われたが、
「これがないとお役目を果たせませんから」と断った。

カイン様はこうなると人の話を聞かない。
そこで側近同士で話し合いの結果、まあいいかなということになった。
外したアクセサリーは私が預かり、いざという時、それをはめ直せばまた運命の恋人状態には戻れる。
それに、カイン様は勇者で賢者だ。
ものすごく強くなってしまった。
もう魔王と戦っても勝つだろう。四天王は瞬殺だった。
そのくらいの最強ぶりなので、運命の恋人は必要ないといえば必要ない……。

『ああ、そうか』
私は唐突に理解した。
もう、私はお役御免なのである。




カイン様がこの国にいる限り魔界もおいそれと手出ししてこない。
だから、多分これで戦争は終わりだ。

そしてカイン様は十六歳。
第三王子だが、勇者で賢者なので、王太子になるだろうと噂されている。
すると、次に来るのは結婚相手だ。
今まで戦場を駆け巡ってきたので、カイン様には婚約者がいない。

カイン様は、ひ弱だったお子様の頃が嘘のように背も高く逞しく、だがあの頃のままお美しく成長した。
賢者だけあって頭もよろしいらしい。
婚約者は、カイン様が望めばすぐに決まるだろう。

本人も好きな人がいるのか、まだ戦地で引き上げ準備をしていた時、皆でご飯を食べていると、何故かいきなりこっちを向いてカイン様は言った。
「戦争も終わったし、いずれ俺も結婚しようかと考えている」
「ああ、そうですか、そりゃそうでしょうね」
いずれって何か中途半端な言い方だなと思うが、彼なりに気を遣ったのだろう。
私と彼は運命の恋人役だ。
仮とは言え、私達は愛し合っている。
いや、愛し合っていた。
エンチャントを外したカイン様にとって私は親しい異性に過ぎないのだろう。
エンチャントアクセサリーを外したのも、その方のためかも知れない。
カイン様は、転移魔法でどんな距離でも瞬間に移動出来る。
そのため王都にも良く戻っていた。
家族に会うため、私もよく一緒に連れて帰ってもらったものだが、最近は王城に一人で戻ることも多かった。
その時に出会ったのだろう。

美しい姫君に。

多分、その方は胸が大きい。
何故なら、好みのタイプを問われて本人が言っていた。
「美人で胸が大きくて癒やし系」
恥ずかしかったのか、何故かちょっと離れたところにいた私に、
「何だよ、聞いてるなよ」
と言った。
私は美人ではないし、胸は大きい方だが、性格はがさつだ。あまり当てはまっていない。
それに胸は大きい方止まりだ。
あの負けず嫌いのカイン様の性格からして、さらなる高みを目指すはずだ。
きっとプルンプルンの美少女巨乳、癒やし系である。
……勝てる気はしない。

それでも私達は仲の良い幼馴染みだった。
円満にこの関係を終えたい彼の気持ちは理解出来る。
その証拠にカイン様は非常に嬉しそうに目を細めて笑った。

「そうか、いずれな、うん。俺は結婚するぞ」




王都に帰る日、カイン様は私に大きなブルーダイヤモンドのネックレスをくれた。
ブルーダイヤは非常に高価な宝石だ。
しかも良く分からないエンチャントがいっぱい付いている。
『怪我をしない』『人にぶつからない』『飲み物を掛けられない』『風邪を引かない』『お腹が痛くならない』ってピンポイント過ぎる。
何の意味があるの?これ。

「こんなの頂けません」
とあわてて返そうとしたんだが、カイン様の機嫌が悪くなる。
ぶっきらぼうに言われた。
「今までの礼だ」
「あー」
十二歳で戦場に出て早四年。
割合細かいところ気にするカイン様は付き合わせた私に悪いと思っているらしい。
本来なら通えるはずの学校にも私達は通えなかった。
代わりにカイン様と側近達と一緒に特別授業は受けていたから、気にしなくてもいいんだが、律儀な上司だ。
ここは素直に受け取ってもいいだろう。

「仕事なんだから良いですよ。でもありがとうございます。すごく綺麗です。あの、じゃあ私もカイン様にネックレスを贈っていいですか?」
カイン様は驚いたように目を見開く。
「ベスが?俺に?」
「私も今までのお礼です」
騎士扱いになった私は父と同じ魔法爵の給料を貰っている。
危険地手当も付いているし、十六歳にしては高給取りだ。
カイン様に頂いたネックレスのような高価な物は無理だが、王族が身に付けてもおかしくない代物は買える。
給料三ヶ月分くらいつぎ込んでも大丈夫だ。
お小遣い貯めておいて良かった。

「じゃあ……」
カイン様は小さくてもいいからエメラルドの石の付いたネックレスがいいと言った。

エメラルドの加護は幸運と希望。
戦争が終わり、新しい時代が始まる気がした。



運命の恋人役は、担当の王族が思春期を迎える頃に解除される。
それまでの仮の運命の恋人役ではなく、然るべき身分や魔力やその時の社会情勢などを加味にして正式な婚約者を迎えるのだ。
好き合って結婚するわけではない婚約者だが、それなりに相性の良い相手が候補に選ばれる。
大抵は、その婚約者が運命の恋人役を生涯担う。
トータルスコア的にはAランクまであれば、今の付加能力エンチャント魔法技術だとSランクまで上昇させることが出来るそうだ。
一方でお役御免となった元の運命の恋人役は付加能力エンチャントのアクセサリーを外され、今度は好感度を下げるアクセサリーを付けられる。
こうした処置の後、二人は離される。
多くの場合は元運命の恋人役は辺境に行き、そこですぐに結婚する。
結婚相手はまあまあ条件がよろしい、相性の良い相手が見繕われ、そこそこの生活が生涯約束される。
そしていつしか元の運命の恋人役のことはお互いに忘れ、幸福に暮らすという。


そう、だから。
この胸にたぎり、誰よりもカイン様を愛おしく思う気持ちは、偽りの感情なのだ。
付加能力エンチャントアクセサリーが外されれば、夢のように淡く消えるはずのこの想いが私の全てなのに。
私の運命の恋は静かに終わろうとしていた。
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