悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

林優子

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20.王太子と悪女

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 アルバート達がいなくなっても、社交界に変わりはなかった。
 今回の戦争は奇襲攻撃なので、アルバートの出陣に際し、華々しいセレモニーは何一つない。
 動員される兵士も多くはなく、余程政治に精通した貴族ではないと、戦争が始まろうとしていることすら知らない状況だ。
 大方の貴族にとっては、王都に滅多にいない王弟アルバートが、再び王都からいなくなっただけのことだった。

 ラキシスの元にはまだ大量の招待状が届いているが、アルバートの多忙や自身の体調不良という理由で断っている。
 人にまったく会わず、ラキシスは屋敷に閉じこもっている。
 これもアルバートの指示だ。
 目立たず、騒がず、時を稼ぎ、ラキシスはひたすらアルバートの無事を祈り、帰りを待ちわびている。

 ラキシスはほとんどのパーティーへの出席を断ったが、一つだけ断り切れない宴があった。
 王太子の誕生日パーティーだ。
 王太子の誕生日は外国の要人も招いて盛大に執り行われる公式行事だが、そうではなく王太子が私的に人を招くパーティーだそうだ。

 アルバートはラキシスとの結婚を異母兄の国王にすら明かしていない。
 ラキシスはまだ表向きは一介の伯爵令嬢であるため、であるアルバートが不在であれば、公式行事に出席することはない。
 だが、私的なパーティーとなれば、王太子個人からの誘いは断れば無礼に当たる。
 それでも再三の誘いを「体調不良」を理由に断ろうとしたラキシスだったが、帰ってきた返事は「未来の叔母上のお見舞いに伺いたい」というものだった。
 二人きりで会うなんてまっぴらごめんだ。
 ラキシスは渋々パーティーに出席することにした。






 ***

 王太子は此度の戦争のことは知っていたが、理解はしていなかった。
 彼の中で戦争は『勝てるもの』と決まっていたので、自軍の勝利を疑っていない。
 母の王妃は「兵が優秀なのだ」とアルバートの活躍を頑なに認めないが、自分はそうではない。
 アルバートの力を認めている。

『母上も何故あれほど叔父上を目の敵になさるのか?』
 と疑問に思う。
 利用価値のあるアルバートをもう少し厚遇してやれば良いのだ。そうすればアルバートも更に感謝し、王国に尽くすだろう。
 王太子は父や母よりアルバートを上手く使ってやる気だった。
 そのためにアルバートともっと交流を持つべきだと考えている。
 アルバートが最近迎えた婚約者とも「交流」を結び、良好な関係を築かねばならない。
 噂の悪女、ラキシス・アルティス伯爵令嬢。
 王太子はラキシスとの「交流」に大いに期待していた。


 ラキシスは王太子の誕生日パーティーに兄であるクレマンと共に出席した。
『くそっ』
 王太子は次から次に祝いを述べにやってくる者達に、張り付いた笑みで応対しながら、内心はひどく苛ついた。
 次期国王である王太子に取り入りたい者は大勢いる。
 普段は王太子の虚栄心を満たしてくれる取り巻き達だが、今は彼らが邪魔でお目当てのラキシスに会えないでいる。
「殿下、踊りませんか?」
 従妹のリディアはベタベタと王太子につきまとう。
 何度も肌を合わせた相手だが、移り気な王太子は既にリディアに飽きていた。
「リディア、君は妊婦だろ?踊りはお腹の子に触るよ」
 リディアの腹は少し目立つようになった。
 数日前に侯爵令息のヘンリーと結婚し、もう人妻だ。
 リディアはふくれ面をする。
「まあ、少しぐらい大丈夫でしてよ」
「そんなことを言うとヘンリー君が心配するよ。彼は君の夫なのだから」
 やんわりリディアをヘンリーに追いつけると、王太子はラキシスの姿を求め、会場を見回した。

 ようやく探し出したラキシスは、相変わらず大勢の男性を侍らせて優雅に笑っている。

 兄のクレマンとかつては複数いたアルバートの部下が今はたった一人で、他は皆、新たに加わった男達だ。
 ラキシスも驚いたが、彼らはアルバートの協力者達らしい。
 王国は戦争によって富むことはなかった。
 周辺国との関係は悪化し、無駄に疲弊している。
 その上今度は、侵略でそれを帳消しにしようとしている。
 彼らはアルバートと共に戦争を回避しようとしたが、国王と王妃らに反対にあい叶わなかった。
 そこでせめてアルバートが戦場に行っている間、残されたラキシスを守ろうと考えた。
 彼らもまたアルバートの帰還を待ち望んでいる。
 今、国の守護神とも言うべきアルバートを失えば王国は諸外国に飲み込まれてしまうだろう、危機感があった。

 さらにアルバートの置き土産がある。
 アルバートは軍部が密かに探ったシリス公爵家の不正の証拠を司法に提出した。
 到底もみ消すことが出来ない数と規模だ。
 王と側近である公爵らのせいで国も危うくなり、敵対する貴族はようやく各々の思惑を超え、団結しつつあった。
 シリス公爵はかつてない苦境に立たされている。
 そのため他の貴族達はシリス公爵家の顔色を伺わずに動けるようになっていた。





 ***

 王太子はゴクリと息を飲み込む。
 しばらく見ないうちにラキシスは綺麗になった。
 新たなる『崇拝者』達は、いずれも高位貴族の当主の息子達だ。
 当主でないのは、「気楽なパーティーだから」と口うるさい年よりを嫌った王太子の意向である。
 以前より格上の男達に周囲を囲まれ、ラキシスはますます男を虜にする悪女じみている。

 美人なのは間違いないが、それだけで多くの男を夢中にさせられるはずはない。
が余程いいのか……』
 少々品性に欠けたことを思いながら、それをおくびにも出さず、王太子はにこやかに微笑み、ラキシスに声を掛けた。

「ラキシス嬢、ここに居たのか、随分探したよ」
「あら、殿下。お誕生日おめでとうございます」
 とラキシスは王太子に優美な仕草で挨拶する。
 そこには気弱な伯爵令嬢の姿は何処にもない。
 王太子相手に物怖じしない、堂々たる彼女はまさに悪女だ。

「今日も美しいね。さすが、叔父上を射止めただけのことはある」
「まあ」
「そんな悪女に私まで恋に落ちてしまいそうだよ。罪な人だな、あなたは」
 王太子は軽い口調でラキシスに口説きに掛かる。
 隣にいたクレマンは眉をひそめた。
『悪女だなんて。嘘を言いふらしたのは王太子殿下の方ではないか』
 それをいかにも事実のように語るとは。

 ラキシスは艶然と王太子に笑いかける。
「あら、殿下、私、悪女はやめましたの」
「やめた?」
「恋に落ちたのは私の方ですわ。アルバート様ったらとても逞しくお優しいから、私、すっかりあの方に夢中なんです」

 ラキシスはアルバートとの熱愛をアピールして、王太子にやんわりNOと告げた。
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