悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

林優子

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18.願いが叶う時1

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 その場にはアルバートの部下も執事もついでにラキシスの兄クレマンもいた。
 一同はこっそりと視線を交わした。
『我々は遠慮しましようか』
『そうですね』

 と気の利く彼らはそっと応接間を後にした。
 女性の名前と顔を覚えないアルバートが、ラキシスだけは間違えない。
 部下達も執事もクレマンもその意味は分かっていた。
 そしてラキシスはアルバートといる時、とりわけ嬉しそうに微笑むのだ。


 残されたアルバートとラキシスは互いに見つめ合った。

 沈黙を破ったのはアルバートだ。
「だが、私はこれから戦場に行く」
「存じております」
「帰ってはこられぬ」
「……はい」
 想像すると胸が苦しくなる。
「あなたは結婚してすぐに寡婦になってしまう。そもそも私のような醜い体の男ではあなたの相手に相応しくな……」
 アルバートの声に、被せるようにしてラキシスが言った。
「私は、アルバート様を醜いとは思いませんっ」

「ラキシス嬢……」
「私は胸もないし、気も弱いです」
「あ、いや…そんなことは……」
 アルバートは頬を赤らめて口ごもった。
「悪女じゃないし、男性経験もありません。でも!あの…私、…強くなりますから……」

『駄目、泣いては駄目…強い女性にならないと…』
 そう思うのに、ラキシスの瞳から涙がこぼれそうになる。
 ラキシスはその涙を懸命にこらえる。

「ラキシス嬢」
 その時、ラキシスの両頬に大きな手が添えられた。
 左は暖かく、右は少しだけ冷たい。
「我慢しなくていい」

「ア、アルバート様……!」
 ラキシスはとうとう泣き出した。
 アルバートはそんなラキシスを抱き締めた。





 ***

 ラキシスが泣き止むと、アルバートは彼女に問う。
「ところで、あなたは本当に私と結婚するつもりか?」
「はい!」
 と威勢良く答えるラキシスだが、根は小心者なのでその勢いは最後まで続かない。
「あの、アルバート様さえよろしければですが……」

 アルバートは左の青い瞳と、右のミスリル銀の瞳でラキシスを見つめる。
 女性はおろか男性すら怖れる異形の瞳から、ラキシスは目を逸らさない。

「初めて会った時から、あなただけは何故か輝いて見えた。夜会で、あなたは周囲を恐れながらも毅然としていた。その姿は凜と咲く百合の花のようで、目が離せなかった。美しい女性というのはこういうものなのかと思ったが、他に美女と呼ばれる女性を見ても、心は動かなかった」
「アルバート様……」
「私はあなたに惹かれていたのだと思う」


 ゆっくりとアルバートの顔が近づき、そして唇と唇が重なる。
『あっ……』

 胸が激しく高鳴る。
 重なり合っただけの唇をアルバートはすぐに強く押し付けてきて、
「ふ……」
 ラキシスは思わず吐息を漏らすと何かが強引に口内に入り込んでくる。

 それが舌であると気付く間もなく、息つく間もなく、舌はラキシスの口内を蹂躙した。
 息が苦しい。
 だが、アルバートはラキシスを離さないし、ラキシスも離れない。
 アルバートはラキシスを強く抱き締め、ラキシスはアルバートの首筋に腕を回し抱き返す。
 二人は絡み合うようにキスした。



 長い口付けの後、アルバートは言う。
「ラキシス嬢、いや、ラキシス。私と結婚してくれるか?」
「は、はい」
 ラキシスはその言葉を噛みしめるように何度も頷く。
「そうか……」
 アルバートは嬉しそうに微笑んだ。
 ラキシスの耳元で、アルバートは甘く囁く。
「私の望みを叶えてくれないか?愛しい人……」





 ***

 二時間後、ラキシスとアルバートは王都の教会にいた。
 わずかな供を連れて、目立たぬ馬車で乗り付けた二人は、足早に聖堂に入っていく。
 ラキシスはマーメイドスタイルのウエディングドレスを身に付けている。
 花嫁らしく顔はベールで覆われている。
 アルバートも花婿の正装だが、その上から全身を覆うフード付きの長いコートを纏っていた。
 既に辺りは薄暗く、人影はまばらだ。
 そんな中、二人はひっそりと式を挙げた。

 ベールを外したのは、ただ誓いの口付けの時だけ。
 アルバートはベールを脱いだラキシスを瞳に映すと、まるで眩しいものを見たように目をすがめる。
「綺麗だ」
 と囁いた。

 屋敷の侍女達は、この短時間でラキシスを花嫁に仕立て上げた。
 身に付けたのは、人魚のように腰が締まって体のラインが出したウエディングドレスだ。
 トレーンは短く、飾りも少ないシンプルなデザイン。だが、とても上質なドレスだった。
 綺麗に手入れされているが新品ではなさそうだ。

『誰の持ち物なのかしら……』
 不思議に思っていると、ドレスのサイズを直しながら侍女長が呟いた。
 彼女はほんの少し涙ぐんでいる。
「このドレスはシェリル様、殿下のお母上様のものです」



 極秘の結婚式を挙げた後、二人はまた屋敷に戻る。
 そしてラキシスは今度はナイトドレスに着替えるとアルバートの寝室に通された。
『こ、ここは……』
 既に二ヶ月近くラキシスはアルバートの屋敷で生活しているが、アルバートの私室に入ったことはない。
 大抵、彼と会う時は誰かが同席する応接間か執務室で、アルバートはラキシスの貞節を疑われる行為を可能な限り避けた。

 ラキシスとアルバートが口付けしたのは、さっきが初めてだ。
 ラキシスはアルバートの寝室にあるベッドを見て、ポッと頬を赤らめた。
 そして少々、怖じ気づく。

「ラキシス」
 そんなラキシスにアルバートは声を掛けた。
「ア、アルバート様……」
 ラキシスはぎこちなく、アルバートを振り返る。

「やはり急ぎすぎたか?」
 と聞くアルバートは悲しげだ。
「い、いえ、違います。そうじゃなくて、どうやってアルバート様をリードすれば良いのかと」
 当初の予定だとアルバートは経験豊富な悪女に迅速かつ的確に筆卸しさせてもらう計画だったのに、その任を処女のラキシスが担えるだろうか。
 率直に言えば、まったく自信はない。
 まったくないのに立候補してしまった。

 ラキシスはシュンとうつむいた。
「悪女じゃなくて、ごめんなさい……」
 アルバートは微笑み、ラキシスの両頬に手を添え、自分の方に向けさせる。
 ラキシスはドキッと胸が高鳴った。
 いつもの大らかな笑い方ではなく、その笑みは艶めかしい。
「いいや、君はとんでもない悪女だよ。私の心を奪い、虜にしたのだから」
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