悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

林優子

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17.悪女じゃないと駄目ですか?

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 夢から覚めたアルバートは、死してなお王国を憂う戦友達の助言を受け入れることにした。
 アルバートのみならず、その場にいた部下達全員同じ夢を見たからだ。

 早速王都に戻り、アルバートは王に注進した。
 もっとも夢の話を直接話したわけではなく、深い霧の中、山脈を越えることは困難であることを説明したのだ。

 だが、聞き入れられることはなかった。
「たかが霧ではないか」
 と鼻で笑われた。
「ですが、あそこはいにしえよりの禁足地でもあります。言い伝えに背くべきではありません。我々も奇妙な夢を見ました。死の女王を怒らせると王国にわざわいが降りかかることになると……」

「はんっ」
 と馬鹿にしたような声を上げたのは、王妃だ。
 重要な王の御前会議の場にも、王妃やその弟であるシリス公爵が出張ってくる。
「将軍ともあろう方が霧だの夢だのに怯えるだなんて。恥ずかしくはないのですか?」
「左様ですな」
 王妃の発言にシリス公爵も追従する。

「リボルド国平定は既に国王陛下がお決めになったこと。逆らうことは許されません」
 王妃は自らが王であるようにそう宣言した。
「はっ」
 アルバートにこれを覆す力はない。
 だが彼は一つだけ、条件を付けた。

 戦いの前に、三ヶ月の休暇を取ることだ。
 それまで休暇を申し出なかったアルバートなので、これは王も渋々認めた。





 ***

 アルバートはその時間を使って、王の説得を試みた。
 自身に近い軍人達や貴族を味方に付け、古い文献を探した。

「調査の結果、死の山脈に進軍した後、王国に良くないことが起こる。飢饉や水害、大きな政変などだ。だがこれらの事実も王のご意志を変えることは出来なかった。我らは用意が調い次第、死の山脈に向かうが、ラキシス嬢、クレマン卿」
「はい」
「言い伝えは本物だ。早急にこの国から出ろ」

 クレマンはすぐに首を横に振る。
「ご忠告には感謝致します。ですが、私はアルティス伯爵家の者です。領民を見捨てることは出来ません」
 ラキシスも言った。
「わ、私もです。皆様のお帰りをお待ちします」

「それは駄目だ。ラキシス嬢」
 アルバートは厳しい声で言う。
「王太子があなたを狙っている。私が側に居れば彼も無体は出来んが、側から離れた瞬間、彼はあなたを手に入れようと躍起になるだろう。彼の情婦のリディア嬢も残忍な女だ。この国から逃げるんだ」
「情婦?」
 ラキシスは驚く。
 リディアはもうすぐ結婚式を挙げる予定だが、その相手はヘンリーだ。
 相手は王太子ではない。

 アルバートは確信があるらしく、力強く頷いた。
「情婦だ。あの娘は今、身ごもっているが、もう本人も王太子の子か侯爵の息子の子か分からんだろう」
『あの方々、そんなことに……』
 乱れきった関係にラキシスはおののいた。

「で、ですが…私は…」
 ラキシスはそれでも反論しようと試みた。
 そんなラキシスにアルバートは言った。
「駄目だ、ラキシス嬢。どうか私の最後の願いを聞いてくれ」
「えっ」

 アルバートは静かな悲しみを湛えて、ラキシスを見つめる。
「私はこの戦いは勝てないものと確信している。死者の軍勢と戦って勝てる者があろうか」
「アルバート様……」
「私は戦いを止めることは出来んが、私の死は戦線を撤退する理由になる。私はそれで我が国を守ろうと思う。これが私の最後の戦いだ」


 アルバートはラキシスに一通の書状を差し出した。
「外国にある私の隠し財産だ。父が私と母に残してくれたもので王妃にも知られていない金だ。もう私には用のないものだからな。使ってくれ」
「で、ですが……」
 受け取りたくはない。
 受け取れば、アルバートが行ってしまう。

「ラキシス嬢、クレマン卿。今日まで私の願いを叶えようとしてくれてありがとう。どうか達者で暮らせ」
 アルバートは優しく二人に微笑んだ。



『願い……』
 ラキシスはハッとした。
『アルバート様の願い!』

「アルバート様!」
 ラキシスは思わず椅子から立ち上がった。
 日頃大人しいラキシスにしては珍しい行動にアルバートはほんの少し動揺した。

「ラキシス嬢?」
「あんなに悪女と結婚したがってたのに。子供は欲しくないんですか?」
「……もう時間切れだ」

 アルバートは己の死を悟った時、どうしても諦められない願いに気付いた。
 だが、その願いはもはや遠い。
 今となっては夢で終わって良かったとさえ、思う。

『所詮は過ぎた願いであったと言うことだ』
 愛し愛され、我が子を持つなどというのは……。


 奇しくもそれは老境に至り、父が求めたものと同じ、小さな愛だった。



 だが、ラキシスはありったけの勇気をかき集めて言った。
「お相手はわっ、私ではいけませんか?」
「えっ」
「悪女じゃないと駄目ですか?」
「ラキシス嬢?」
 ラキシスは今にも泣きそうだ。
 アルバートはこれ以上なく焦った。
 
「私、アルバート様をお慕いしております」



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