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16.死の山脈
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勅命が下った時、アルバートに迷いはなかった。
そこにあったのは、ひたすらに深い、落胆である。
「陛下のお考えは覆らなかったか……」
「はい」
アルバートの部下も苦々しく頷く。
アルバートは山賊討伐に反対したが、それは聞き入れられることはなかった。
「あれは山賊などではない。触れてはならぬものであるのに……」
アルバートは嘆く。
「どういうことなのでしょうか?」
クレマンがアルバートに問いかけた。
ラキシスは婚約からずっとアルティス伯爵邸に戻れていない。
リディアだけでも面倒なのに、頭が痛いことに王太子までラキシスに接触してくるようになったのだ。
王太子は王弟アルバートを虜にした悪女ラキシスに興味を持った。
ただ自分が作った噂の犠牲者だったはずのラキシスが実は本物の悪女だとしたら。
王太子は大いに興味をそそられた。
おまけに前の婚約者、ヘンリーまで伯爵邸に現れて、ラキシスに会いたいと言い出した。
父の伯爵は追い返したそうだが、どういうつもりだろうとラキシスもクレマンも首をひねった。
詳しく聞きたくないからそのまま放っておくつもりだが。
屋敷に戻れないラキシスに会いに兄のクレマンが頻繁にアルバートの屋敷へやって来る。
ラキシスのことはもちろん心配だが、半分はアルバートが目当てだ。
『殿下は国にとって必要なお方だ……』
クレマンは交流の中でアルバートに心酔し、今では部下の一人のように忠誠を尽くしている。
「ラキシス嬢、クレマン卿、あなた方は死の山脈をご存じか?」
アルバートの言葉にラキシスとクレマンは戸惑いの視線を交わす。
死の山脈には王国の南方のある山脈で、その名の通り、死にまつわる不気味な伝説が残っている。
もっとも今は誰にも信じられていないようなおとぎ話なので、ラキシスもクレマンも少々躊躇いながら、そのことを口にする。
「人は死ぬと、あの死の山脈に魂が向かうとか」
山脈は死後の世界に通じていると言われる。
死者達が向かう神聖なる土地なので、彼らの安らぎを妨げぬよう、古くから禁足地として生きる者の出入りが禁じられている。
アルバートは頷く。
「そうだ。あの地に山賊などおらぬ」
「そうなのですか?」
では、アルバート達は何故討伐を命じられたのか?
「いるのは、死の国の番人達だ」
***
「死の国の番人?」
アルバートの表情は深刻そうで、とても冗談を言っているようには見えない。
周りの部下達も真剣そのものだ。
「ああ、信じられぬだろうが、本当だ。我々は死者達に会った」
アルバートは常勝将軍と呼ばれ、王国はこの十年以上、戦争に負けたことがない。
しかし、領土は増えていない。
せっかく獲得した領土は、その後の政治的駆け引きや貿易などの交渉材料として、返還されたり譲渡されたりしたからだ。
アルバートの異母兄、現王の治世はお世辞にも優れたものではなく、戦争をふっかけアルバートのおかげで勝ちはするが、その後の采配は失敗続きだ。
軍備はかさみ、周辺国とは諍い続きでこの数年、王国は窮地におちいっている。
その起死回生の秘策として、王とその側近が考えたのは、やはり戦争だった。
「彼らは南の地、リボルド国を攻めようと考えた」
リボルドは死の山脈の向こう側に位置する。
死の山脈を越えれば、確かにリボルド国はすぐそこだ。
アルバートは古い言い伝えの残るこの山脈に手出しすることに躊躇いを覚えたが、王を説得することは出来なかった。
そこでまず少数の兵を調査のため山脈に使わしたが、一人もリボルド国にたどり着くことはおろか、山の奥へ入ることも出来なかった。
死の山脈は常に深い霧に覆われている。
視界が閉ざされた中、兵達は山脈を歩き回ったが、どれだけ行っても麓に戻ってしまう。
疲れからか兵達は眠り込んでしまうが、その時、揃って奇妙な夢を見た。
死んだはずの肉親が現れて、「この先に向かうな」と忠告してきたというもので、目覚めた兵達はその声に従い帰還を決めた。
しかしそのうちの一人の兵だけが、「怖じ気づいたか」とせせら笑い、再び山に向かった。
彼は三日後に麓で倒れているのを発見されたが、全ての記憶を失っていた。
報告を受けたアルバートは、にわかには信じがたいこの現象を自ら確かめることにした。
アルバートは回想する。
「私が見たのは、死んだ戦友達の姿だった」
アルバートと部下達は山道を進んだ。
だが深い霧の中、アルバート達もまた、道に迷った。
そして休憩の時、アルバート達も激しい睡魔に襲われた。
「駄目だ」
そう思うが、抗うことも出来ず、アルバート達は眠りに落ちていく。
夢の中に現れたのは、アルバートの在りし日の部下達の姿だった。
顔色は良くないが生前と変わらぬ彼らの姿に、アルバートは恐れより懐かしさを感じた。
彼らは言う。
『殿下、お帰り下さい……』
『先に進んではなりません』
「お前達、何故、ここに居る?死の山脈とは何なのか?」
アルバートがそう尋ねると死した戦友達は答えた。
『言い伝えの通りです。ここは死の国の入り口』
『我らは死の女王の命により、この地で番人をしております』
『いずれくる審判の時まで、死の国の眠りを守るのが我らの役目……』
『どうかお帰りを』
『死の女王を怒らせてはいけません』
『王国にわざわいが降りかかることになる』
そこにあったのは、ひたすらに深い、落胆である。
「陛下のお考えは覆らなかったか……」
「はい」
アルバートの部下も苦々しく頷く。
アルバートは山賊討伐に反対したが、それは聞き入れられることはなかった。
「あれは山賊などではない。触れてはならぬものであるのに……」
アルバートは嘆く。
「どういうことなのでしょうか?」
クレマンがアルバートに問いかけた。
ラキシスは婚約からずっとアルティス伯爵邸に戻れていない。
リディアだけでも面倒なのに、頭が痛いことに王太子までラキシスに接触してくるようになったのだ。
王太子は王弟アルバートを虜にした悪女ラキシスに興味を持った。
ただ自分が作った噂の犠牲者だったはずのラキシスが実は本物の悪女だとしたら。
王太子は大いに興味をそそられた。
おまけに前の婚約者、ヘンリーまで伯爵邸に現れて、ラキシスに会いたいと言い出した。
父の伯爵は追い返したそうだが、どういうつもりだろうとラキシスもクレマンも首をひねった。
詳しく聞きたくないからそのまま放っておくつもりだが。
屋敷に戻れないラキシスに会いに兄のクレマンが頻繁にアルバートの屋敷へやって来る。
ラキシスのことはもちろん心配だが、半分はアルバートが目当てだ。
『殿下は国にとって必要なお方だ……』
クレマンは交流の中でアルバートに心酔し、今では部下の一人のように忠誠を尽くしている。
「ラキシス嬢、クレマン卿、あなた方は死の山脈をご存じか?」
アルバートの言葉にラキシスとクレマンは戸惑いの視線を交わす。
死の山脈には王国の南方のある山脈で、その名の通り、死にまつわる不気味な伝説が残っている。
もっとも今は誰にも信じられていないようなおとぎ話なので、ラキシスもクレマンも少々躊躇いながら、そのことを口にする。
「人は死ぬと、あの死の山脈に魂が向かうとか」
山脈は死後の世界に通じていると言われる。
死者達が向かう神聖なる土地なので、彼らの安らぎを妨げぬよう、古くから禁足地として生きる者の出入りが禁じられている。
アルバートは頷く。
「そうだ。あの地に山賊などおらぬ」
「そうなのですか?」
では、アルバート達は何故討伐を命じられたのか?
「いるのは、死の国の番人達だ」
***
「死の国の番人?」
アルバートの表情は深刻そうで、とても冗談を言っているようには見えない。
周りの部下達も真剣そのものだ。
「ああ、信じられぬだろうが、本当だ。我々は死者達に会った」
アルバートは常勝将軍と呼ばれ、王国はこの十年以上、戦争に負けたことがない。
しかし、領土は増えていない。
せっかく獲得した領土は、その後の政治的駆け引きや貿易などの交渉材料として、返還されたり譲渡されたりしたからだ。
アルバートの異母兄、現王の治世はお世辞にも優れたものではなく、戦争をふっかけアルバートのおかげで勝ちはするが、その後の采配は失敗続きだ。
軍備はかさみ、周辺国とは諍い続きでこの数年、王国は窮地におちいっている。
その起死回生の秘策として、王とその側近が考えたのは、やはり戦争だった。
「彼らは南の地、リボルド国を攻めようと考えた」
リボルドは死の山脈の向こう側に位置する。
死の山脈を越えれば、確かにリボルド国はすぐそこだ。
アルバートは古い言い伝えの残るこの山脈に手出しすることに躊躇いを覚えたが、王を説得することは出来なかった。
そこでまず少数の兵を調査のため山脈に使わしたが、一人もリボルド国にたどり着くことはおろか、山の奥へ入ることも出来なかった。
死の山脈は常に深い霧に覆われている。
視界が閉ざされた中、兵達は山脈を歩き回ったが、どれだけ行っても麓に戻ってしまう。
疲れからか兵達は眠り込んでしまうが、その時、揃って奇妙な夢を見た。
死んだはずの肉親が現れて、「この先に向かうな」と忠告してきたというもので、目覚めた兵達はその声に従い帰還を決めた。
しかしそのうちの一人の兵だけが、「怖じ気づいたか」とせせら笑い、再び山に向かった。
彼は三日後に麓で倒れているのを発見されたが、全ての記憶を失っていた。
報告を受けたアルバートは、にわかには信じがたいこの現象を自ら確かめることにした。
アルバートは回想する。
「私が見たのは、死んだ戦友達の姿だった」
アルバートと部下達は山道を進んだ。
だが深い霧の中、アルバート達もまた、道に迷った。
そして休憩の時、アルバート達も激しい睡魔に襲われた。
「駄目だ」
そう思うが、抗うことも出来ず、アルバート達は眠りに落ちていく。
夢の中に現れたのは、アルバートの在りし日の部下達の姿だった。
顔色は良くないが生前と変わらぬ彼らの姿に、アルバートは恐れより懐かしさを感じた。
彼らは言う。
『殿下、お帰り下さい……』
『先に進んではなりません』
「お前達、何故、ここに居る?死の山脈とは何なのか?」
アルバートがそう尋ねると死した戦友達は答えた。
『言い伝えの通りです。ここは死の国の入り口』
『我らは死の女王の命により、この地で番人をしております』
『いずれくる審判の時まで、死の国の眠りを守るのが我らの役目……』
『どうかお帰りを』
『死の女王を怒らせてはいけません』
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