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14.戦争前夜
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王太子達が宮廷に戻ってきたため、夜会の招待はなくなるのではとラキシスとクレマンは予想していた。
アルバートが王妃やシリス公爵家に疎まれているのはラキシスのように社交界にデビューしたての初心な女性以外誰もが知っている。
そのアルバートを宴に招く者はいないだろうと、兄妹は考えたのだ。
だが、実際は相変わらずアルティス伯爵家には招待状がやってくる。
しかも以前のようないささか礼を失した招待ではなく、丁重な文面に変わっている。
更にアルバートの元にまで招待状が舞い込むことになった。
ラキシスは不思議に思ったが、答えはアルバートの執事が教えてくれた。
「殿下は社交をなさらなかったので、皆も招待状を送るのを控えておりました」
多くの貴族が婚約を祝いに屋敷を訪れたり、パーティーに招待したりと交遊を深めたがっている。
特に来客はひっきりなしだ。
公爵や侯爵、伯爵などといった高位貴族の本人やあるいは使者がこぞってこの小さな屋敷を訪れた。
だが、彼らの表情はお祝いを述べるにしては深刻そうで、ラキシスは最初に彼らにご挨拶するとすぐにアルバートは、
「内密の話なので少し、外してくれ」
と退出を促してくる。
ラキシスはそれに素直に従う。
ラキシスは王弟妃となるための花嫁修業という名目でアルバートの屋敷で暮らしているが、これは公爵令嬢リディアとシリス公爵家からラキシスを守るためで、ラキシスとアルバートは恋仲ではない。
寝室ももちろん別だ。
婚約もいずれ解消する予定なのだから、ラキシスは自分は居候だとわきまえている。
それにしてはアルバートも屋敷の皆もアルバートの部下も親切にしてくれる。小心者のラキシスが少々申し訳なく思うくらいだ。
そんな中、アルバートとラキシスはシリス公爵家とはまた別の公爵家の夜会に招かれた。
***
アルバートは宴に出るようになった最初の頃よりはかなりリラックスして様々な貴族と話すようになっていた。
もっともラキシスの安全のためにか極力側から離れないし、人の顔を覚えるのは相変わらず得意ではない様子でラキシスに助けを求めてくる。
人々は正式にアルバートの婚約者になったラキシスに礼を尽くして、二人が一緒に居るのはごく自然なことに受け入れられている。
もうラキシスを悪女と呼ぶ人は誰もいない。
アルバートが行く夜会では王太子達の姿は見かけない。
アルバートと彼らが鉢合わせないよう、主催者が気を配っているらしい。
ラキシスの目には王太子達は社交界に君臨しているかのように見えたが、実際には様々な派閥の貴族達がいるようだ。
招かれた客同士で談笑していると、舞踏曲が聞こえてくる。
若者達がダンスを踊ろうと踊り場に集まってきた。
奏でられる音色を耳にした話し相手の男がアルバートに尋ねる。
「殿下、ご婚約者様とは踊られないのですか?」
アルバートは「はっ…」と小さく息を呑んだ。
当惑した様子で急に落ち着きがなくなる。
「…う……しかし……、ラキシス嬢が何と言うか……」
ラキシスは思わず言った。
「私は殿下と踊りたいです」
これはラキシスの本音だ。
これまでどんなに夜会に出てもアルバートは踊ろうとはしなかった。
社交に疎いというし、ダンスを好まないのではと思っていたが、アルバートと踊れるなら踊ってみたい。
「し、しかし……」
「やはりダンスはお好きでないのですか?」
「いや、好きも嫌いも分からん……」
ラキシスは首をかしげた。
好き嫌いではなく。
「分からん?」
「ああ、人前で踊ったことがないのだ。……本当にいいのか?君は」
王弟とあろう人が人前で踊ったことがないとはとても意外だ。
事情はどうであれ、ラキシスの返事は決まっている。
「はい、殿下さえよろしければ是非」
アルバートはぎこちなくラキシスに手を差し出す。
「では、踊ろうか」
ダンスの踊り場に向かうと、王弟アルバートの姿を見て人々は彼らに中央の踊り場を譲った。
二人は曲に合わせて踊り出す。
アルバートは意外にもとても踊りやすい相手だった。
「お上手ですのね、アルバート様」
「そうか、それは良かった。昔、母に習ったきりだからな。そう、かれこれ十三年ぶりか。踊れるかどうか心配だったが、意外と体か覚えているものだな」
「お母様に?」
「ああ、母が死ぬ前に教えてくれた」
アルバートは失った過去を思い出したのか、遠くを見つめた。
「そうでしたか……」
アルバートは成人となった最初の夜会で義手の左手が怖がられ、以来女性とダンスを踊るのをやめた。
その時の相手というのが、リディア公爵令嬢だった。
一曲踊り終えると、この夜会の主催者である老公爵がアルバートを待ち構えていた。
「殿下、例の件でお話がございます」
深刻そうな表情にアルバートもまた唇を引き結ぶ。
「うむ」
「クレマン卿、ラキシス嬢をお任せしてよいか」
アルバートはラキシスを兄クレマンに託して、奥の部屋へと消えていく。
残された兄妹はそっと囁き合った。
「お兄様、何の話でしょうか?」
「私も詳しくは聞いていないが、戦争になりそうなんだよ」
「えっ!」
悲鳴を上げそうになったラキシスだが、あわてて声を抑える。
「せ、戦争ですか?」
兄は更に意外なことを言った。
「ああ、殿下達はそれを止めるために賛同者を集めているようだね」
「えっ?アルバート様は戦争に反対なのですか?」
アルバートは軍人だ。
当然戦争には賛成の立場だと思っていたが……。
クレマンも重々しく首肯する。
「そうらしい。殿下の周囲は戦争を何としても避けようとしているようだ」
「そうなのですか……」
ラキシスはぶるっと体を震わせた。
『どうしてかしら。何か、良くないことが起こる気がするわ……』
アルバートが王妃やシリス公爵家に疎まれているのはラキシスのように社交界にデビューしたての初心な女性以外誰もが知っている。
そのアルバートを宴に招く者はいないだろうと、兄妹は考えたのだ。
だが、実際は相変わらずアルティス伯爵家には招待状がやってくる。
しかも以前のようないささか礼を失した招待ではなく、丁重な文面に変わっている。
更にアルバートの元にまで招待状が舞い込むことになった。
ラキシスは不思議に思ったが、答えはアルバートの執事が教えてくれた。
「殿下は社交をなさらなかったので、皆も招待状を送るのを控えておりました」
多くの貴族が婚約を祝いに屋敷を訪れたり、パーティーに招待したりと交遊を深めたがっている。
特に来客はひっきりなしだ。
公爵や侯爵、伯爵などといった高位貴族の本人やあるいは使者がこぞってこの小さな屋敷を訪れた。
だが、彼らの表情はお祝いを述べるにしては深刻そうで、ラキシスは最初に彼らにご挨拶するとすぐにアルバートは、
「内密の話なので少し、外してくれ」
と退出を促してくる。
ラキシスはそれに素直に従う。
ラキシスは王弟妃となるための花嫁修業という名目でアルバートの屋敷で暮らしているが、これは公爵令嬢リディアとシリス公爵家からラキシスを守るためで、ラキシスとアルバートは恋仲ではない。
寝室ももちろん別だ。
婚約もいずれ解消する予定なのだから、ラキシスは自分は居候だとわきまえている。
それにしてはアルバートも屋敷の皆もアルバートの部下も親切にしてくれる。小心者のラキシスが少々申し訳なく思うくらいだ。
そんな中、アルバートとラキシスはシリス公爵家とはまた別の公爵家の夜会に招かれた。
***
アルバートは宴に出るようになった最初の頃よりはかなりリラックスして様々な貴族と話すようになっていた。
もっともラキシスの安全のためにか極力側から離れないし、人の顔を覚えるのは相変わらず得意ではない様子でラキシスに助けを求めてくる。
人々は正式にアルバートの婚約者になったラキシスに礼を尽くして、二人が一緒に居るのはごく自然なことに受け入れられている。
もうラキシスを悪女と呼ぶ人は誰もいない。
アルバートが行く夜会では王太子達の姿は見かけない。
アルバートと彼らが鉢合わせないよう、主催者が気を配っているらしい。
ラキシスの目には王太子達は社交界に君臨しているかのように見えたが、実際には様々な派閥の貴族達がいるようだ。
招かれた客同士で談笑していると、舞踏曲が聞こえてくる。
若者達がダンスを踊ろうと踊り場に集まってきた。
奏でられる音色を耳にした話し相手の男がアルバートに尋ねる。
「殿下、ご婚約者様とは踊られないのですか?」
アルバートは「はっ…」と小さく息を呑んだ。
当惑した様子で急に落ち着きがなくなる。
「…う……しかし……、ラキシス嬢が何と言うか……」
ラキシスは思わず言った。
「私は殿下と踊りたいです」
これはラキシスの本音だ。
これまでどんなに夜会に出てもアルバートは踊ろうとはしなかった。
社交に疎いというし、ダンスを好まないのではと思っていたが、アルバートと踊れるなら踊ってみたい。
「し、しかし……」
「やはりダンスはお好きでないのですか?」
「いや、好きも嫌いも分からん……」
ラキシスは首をかしげた。
好き嫌いではなく。
「分からん?」
「ああ、人前で踊ったことがないのだ。……本当にいいのか?君は」
王弟とあろう人が人前で踊ったことがないとはとても意外だ。
事情はどうであれ、ラキシスの返事は決まっている。
「はい、殿下さえよろしければ是非」
アルバートはぎこちなくラキシスに手を差し出す。
「では、踊ろうか」
ダンスの踊り場に向かうと、王弟アルバートの姿を見て人々は彼らに中央の踊り場を譲った。
二人は曲に合わせて踊り出す。
アルバートは意外にもとても踊りやすい相手だった。
「お上手ですのね、アルバート様」
「そうか、それは良かった。昔、母に習ったきりだからな。そう、かれこれ十三年ぶりか。踊れるかどうか心配だったが、意外と体か覚えているものだな」
「お母様に?」
「ああ、母が死ぬ前に教えてくれた」
アルバートは失った過去を思い出したのか、遠くを見つめた。
「そうでしたか……」
アルバートは成人となった最初の夜会で義手の左手が怖がられ、以来女性とダンスを踊るのをやめた。
その時の相手というのが、リディア公爵令嬢だった。
一曲踊り終えると、この夜会の主催者である老公爵がアルバートを待ち構えていた。
「殿下、例の件でお話がございます」
深刻そうな表情にアルバートもまた唇を引き結ぶ。
「うむ」
「クレマン卿、ラキシス嬢をお任せしてよいか」
アルバートはラキシスを兄クレマンに託して、奥の部屋へと消えていく。
残された兄妹はそっと囁き合った。
「お兄様、何の話でしょうか?」
「私も詳しくは聞いていないが、戦争になりそうなんだよ」
「えっ!」
悲鳴を上げそうになったラキシスだが、あわてて声を抑える。
「せ、戦争ですか?」
兄は更に意外なことを言った。
「ああ、殿下達はそれを止めるために賛同者を集めているようだね」
「えっ?アルバート様は戦争に反対なのですか?」
アルバートは軍人だ。
当然戦争には賛成の立場だと思っていたが……。
クレマンも重々しく首肯する。
「そうらしい。殿下の周囲は戦争を何としても避けようとしているようだ」
「そうなのですか……」
ラキシスはぶるっと体を震わせた。
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