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13.公爵令嬢の茶会2
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ラキシスの今日の装いは、アルバートの屋敷の侍女長がコーディネートした。
侍女長は元は宮廷の侍女で、先王に仕え、先王の崩御に伴い、宮廷を辞し遺児アルバートを守った忠臣の一人である。
宮廷の貴婦人達を美しく装わせるのも、彼女の仕事のうちだった。
この日のため、侍女長はラキシスをとっておきの美女に変身させた。
***
リディアは何とかラキシスを痛めつけてやりたいが、何をしてもラキシスは動じない。
「でもあの方のあの腕と目。恐ろしくはなくて?わたくしなどとてもとても見るのも怯えてしまうわ……」
リディアが身震いしながら言えば、ラキシスは、
「アルバート様の苦痛を思うと悲しくなりますが、腕も目も上手くミスリル銀と融合出来て本当に良かったと思いますわ」
と答える。
事実、ラキシスはそう思っている。
アルバートの負った傷の深さを思えば、生きていてくれるだけで奇跡のようなものなのに、ミスリル銀のおかげで日常生活にも戦闘にも不自由はないそうだ。
ラキシスにとっては「便利」以外の感想はないのだが、リディア達はそうではないことが不思議で仕方ない。
「それにあの方、爵位も領地もないでしょう?ラキシス様がお輿入れしても王族として相応の暮らしが出来るのかしら」
と次は経済面を突いてきた。
確かにアルバートは領地がないので裕福ではない。
資産は先王から与えられた数カ所の屋敷と宝石などが少々といったところだ。
アルバートは将軍の俸給で暮らしている。
これでは確かに「貴族」としての贅沢な暮らしは難しい。
だが、戦場で戦い続けたアルバートは支出も極端に少ない。
屋敷も小さく、まったく社交をしていないので、生活は給料でまかなえ、そこそこ貯蓄も出来ている。
アルバートのやりくりが上手いのではなく、貴族階級に要求される生活水準が高すぎるのだ。
更に「これは内密だが」と教えられた話だと、外国で他人名義の隠し資産があるそうだ。
どれもこれも決して莫大な金額ではないが、そもそもラキシスは誰が相手でも慎ましく暮らしていければそれでいい。
その上……。
「ドレスも装飾品もアルバート様の贈り物ですの。私はこれで十分ですわ」
「くっ……」
とリディアは奥歯を噛みしめる。
宝飾品はリディアの目から見ても驚く程の高級品だ。
お茶会に相応しくラキシスはペンダントではなく、アメジストのブローチを一つ、身に付けていた。
色といい、大きさといい、カットといい、惚れ惚れするような一級品だ。
「先王陛下からアルバート様の母上が賜ったものだそうです」
「それは……」
リディアは二の句が継げない。
高価な上に、母の遺品。
それはアルバートのラキシスに対する愛情の深さを示している。
いつもなら援護するはずのリディアの『友人』達も今日は冴えない。
ケチを付けようにも、ドレスも装飾品もアルバートの贈り物であれば、駄目出しすれば無礼に当たる。
それにこのまま話が進めば、ラキシスは王弟の妃だ。
表立って楯突くのは得策ではない。
かといって、ラキシスと親しくすれば、リディアの怒りを買う。
たまにリディアがきゃんきゃんわめく以外は、重苦しく静まりかえった応接間で、ラキシスは一人端然と微笑んでいた。
***
「ラキシス!」
ラキシスが戻った先は、アルティス伯爵邸ではなく、アルバートの屋敷だ。
だが、そこにクレマンが待ち構えていた。
「お兄様」
「ラキシス、無事だったか?」
余程心配だったのか、兄の方がやつれている。
「はい、無事に戻りました」
「そうか、良かった……」
とクレマンは涙ぐむ。
「それで?リディア公爵令嬢はどうだった?さぞ怖かっただろう」
「それが……あまり怖くはありませんでした」
あんなに恐ろしかったはずなのに、今は不思議なほどラキシスに恐れはなかった。
そもそも事実無根の因縁をふっかけてきたのは、向こうからだ。
ラキシスはただ侯爵家の求めに応じて婚約を解消しただけ。
婚約者を奪った『悪女』がラキシスでなくリディアであるのは、本当は誰もが知っている。
ラキシスが怯えたのは、潔白なはずのラキシスやアルティス伯爵家をあっという間に悪者に仕立て上げた、人々の悪意だった。
その中心にいたのは、王太子やリディアやヘンリー。
社交界を牛耳る彼らの発言で、ラキシスは世界中から爪弾きに指されている、そんな気分になった。
だから、恐ろしくて堪らなかった。
しかし。
「ひどい誤解をして済まなかった。謝罪しよう」
「ラキシス嬢の周囲を離れるな。徹底的に守れ」
「ラキシス嬢も気の毒だったな」
誤解を謝り、ラキシスを守り、ラキシスの気持ちに寄り添ってくれる。
『アルバート殿下のような人もいる』
至極真っ当に対応するアルバートにラキシスは自分が怖れていたのは小さく閉鎖的な箱庭だったことに気付く。
確かに社交界に居場所はないが、田舎に引っ込んでしまえばいい。
国を捨てて外国に行ってもいい。
貴族との結婚にこだわらねば、逃れる手段はいくらでもあるのだ。
それに冷静に考えれば、ほいほい浮気し、人を貶めるヘンリーとの結婚はもうごめんだ。
結婚前に発覚して良かったと思うくらいだ。
アルバートはそれを気付かせてくれた。
彼の存在は陽だまりのように暖かく、そしてアルバートがリディアを『悪女』と呼んだ時、ラキシスはとても悲しかった。
その理由は多分……。
「ラキシス嬢、戻ったか」
ラキシスはその声にハッと顔を上げる。
アルバートがわざわざ玄関先にまでラキシスを迎えに来たらしい。
「アルバート様」
「無事で良かった」
彼は薄い青色とミスリル銀の瞳を細めてラキシスに微笑んだ。
その笑顔を見て、ラキシスは思う。
『きっと私、アルバート様のことが好きなんだわ……』
侍女長は元は宮廷の侍女で、先王に仕え、先王の崩御に伴い、宮廷を辞し遺児アルバートを守った忠臣の一人である。
宮廷の貴婦人達を美しく装わせるのも、彼女の仕事のうちだった。
この日のため、侍女長はラキシスをとっておきの美女に変身させた。
***
リディアは何とかラキシスを痛めつけてやりたいが、何をしてもラキシスは動じない。
「でもあの方のあの腕と目。恐ろしくはなくて?わたくしなどとてもとても見るのも怯えてしまうわ……」
リディアが身震いしながら言えば、ラキシスは、
「アルバート様の苦痛を思うと悲しくなりますが、腕も目も上手くミスリル銀と融合出来て本当に良かったと思いますわ」
と答える。
事実、ラキシスはそう思っている。
アルバートの負った傷の深さを思えば、生きていてくれるだけで奇跡のようなものなのに、ミスリル銀のおかげで日常生活にも戦闘にも不自由はないそうだ。
ラキシスにとっては「便利」以外の感想はないのだが、リディア達はそうではないことが不思議で仕方ない。
「それにあの方、爵位も領地もないでしょう?ラキシス様がお輿入れしても王族として相応の暮らしが出来るのかしら」
と次は経済面を突いてきた。
確かにアルバートは領地がないので裕福ではない。
資産は先王から与えられた数カ所の屋敷と宝石などが少々といったところだ。
アルバートは将軍の俸給で暮らしている。
これでは確かに「貴族」としての贅沢な暮らしは難しい。
だが、戦場で戦い続けたアルバートは支出も極端に少ない。
屋敷も小さく、まったく社交をしていないので、生活は給料でまかなえ、そこそこ貯蓄も出来ている。
アルバートのやりくりが上手いのではなく、貴族階級に要求される生活水準が高すぎるのだ。
更に「これは内密だが」と教えられた話だと、外国で他人名義の隠し資産があるそうだ。
どれもこれも決して莫大な金額ではないが、そもそもラキシスは誰が相手でも慎ましく暮らしていければそれでいい。
その上……。
「ドレスも装飾品もアルバート様の贈り物ですの。私はこれで十分ですわ」
「くっ……」
とリディアは奥歯を噛みしめる。
宝飾品はリディアの目から見ても驚く程の高級品だ。
お茶会に相応しくラキシスはペンダントではなく、アメジストのブローチを一つ、身に付けていた。
色といい、大きさといい、カットといい、惚れ惚れするような一級品だ。
「先王陛下からアルバート様の母上が賜ったものだそうです」
「それは……」
リディアは二の句が継げない。
高価な上に、母の遺品。
それはアルバートのラキシスに対する愛情の深さを示している。
いつもなら援護するはずのリディアの『友人』達も今日は冴えない。
ケチを付けようにも、ドレスも装飾品もアルバートの贈り物であれば、駄目出しすれば無礼に当たる。
それにこのまま話が進めば、ラキシスは王弟の妃だ。
表立って楯突くのは得策ではない。
かといって、ラキシスと親しくすれば、リディアの怒りを買う。
たまにリディアがきゃんきゃんわめく以外は、重苦しく静まりかえった応接間で、ラキシスは一人端然と微笑んでいた。
***
「ラキシス!」
ラキシスが戻った先は、アルティス伯爵邸ではなく、アルバートの屋敷だ。
だが、そこにクレマンが待ち構えていた。
「お兄様」
「ラキシス、無事だったか?」
余程心配だったのか、兄の方がやつれている。
「はい、無事に戻りました」
「そうか、良かった……」
とクレマンは涙ぐむ。
「それで?リディア公爵令嬢はどうだった?さぞ怖かっただろう」
「それが……あまり怖くはありませんでした」
あんなに恐ろしかったはずなのに、今は不思議なほどラキシスに恐れはなかった。
そもそも事実無根の因縁をふっかけてきたのは、向こうからだ。
ラキシスはただ侯爵家の求めに応じて婚約を解消しただけ。
婚約者を奪った『悪女』がラキシスでなくリディアであるのは、本当は誰もが知っている。
ラキシスが怯えたのは、潔白なはずのラキシスやアルティス伯爵家をあっという間に悪者に仕立て上げた、人々の悪意だった。
その中心にいたのは、王太子やリディアやヘンリー。
社交界を牛耳る彼らの発言で、ラキシスは世界中から爪弾きに指されている、そんな気分になった。
だから、恐ろしくて堪らなかった。
しかし。
「ひどい誤解をして済まなかった。謝罪しよう」
「ラキシス嬢の周囲を離れるな。徹底的に守れ」
「ラキシス嬢も気の毒だったな」
誤解を謝り、ラキシスを守り、ラキシスの気持ちに寄り添ってくれる。
『アルバート殿下のような人もいる』
至極真っ当に対応するアルバートにラキシスは自分が怖れていたのは小さく閉鎖的な箱庭だったことに気付く。
確かに社交界に居場所はないが、田舎に引っ込んでしまえばいい。
国を捨てて外国に行ってもいい。
貴族との結婚にこだわらねば、逃れる手段はいくらでもあるのだ。
それに冷静に考えれば、ほいほい浮気し、人を貶めるヘンリーとの結婚はもうごめんだ。
結婚前に発覚して良かったと思うくらいだ。
アルバートはそれを気付かせてくれた。
彼の存在は陽だまりのように暖かく、そしてアルバートがリディアを『悪女』と呼んだ時、ラキシスはとても悲しかった。
その理由は多分……。
「ラキシス嬢、戻ったか」
ラキシスはその声にハッと顔を上げる。
アルバートがわざわざ玄関先にまでラキシスを迎えに来たらしい。
「アルバート様」
「無事で良かった」
彼は薄い青色とミスリル銀の瞳を細めてラキシスに微笑んだ。
その笑顔を見て、ラキシスは思う。
『きっと私、アルバート様のことが好きなんだわ……』
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