悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

林優子

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08.悪女降臨

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 アルバートは行く先々で大きな歓迎を受けた。
 この国では庶子に王位継承権はない。
 アルバートは王にならないと決まっているが、正式に王弟と認められた王族だ。
 更にアルバートは国の将軍という要職にもある。
 通常、王の兄弟達に与えられる公爵の地位や領地をアルバートは持たない。
 アルバート本人が言う通り、「色々と冷遇されている」のは周知の事実だが、アルバートより上位の地位にある者は国王夫妻、王太子しかいない。
 先王には現国王とアルバート以外の子はいなかった。
 王には複数の愛人がいて庶子も数名いるのだが、正式に王の子と認められていないため、彼らよりアルバートは立場が上になる。
 高位の王族の上、アルバートは軍部の一部では大きな支持を得ている。
 アルバートと懇意になることを望む者は彼が考える以上に多かった。

「アルバート殿下」
 ある日の茶会でアルバートは自分を呼ぶ声に振り返る。
 貴族の男だ。
 似たような体格、容姿、おまけに流行の服とやらで恰好まで似たり寄ったりの彼らはアルバートには区別が付かない。
 相手はチラリとラキシスに視線を投げるとアルバートに囁いた。
「内密のお話がしたいのですが、少々お時間を頂けませんでしょうか」

 アルバートはすげなく断った。
「すまぬが私は彼女と話の最中だ」
 そこをラキシスがやんわりと水を向ける。
「殿下、少しだけならよろしいのでは?」
「むう……」
 どうせどこかの口利きをして欲しいとか、お近づきの印にワイロを渡すだとか、ろくでもない用件なので、アルバート個人は嫌だ。
 それにラキシスに教えて貰わねば、相手がどこの誰とも分からない。
 だが話を聞かねば相手はいつまでも食い下がってくる。
 逆に言えばほんの数分でも付き合えば話したことになる。
「あい分かった。少しだけだ」
 とアルバートは渋々男と連れ立って行く。


 アルバートと離れた瞬間、この時とばかりにラキシスの元には様々な思惑を持った人々が近寄ろうとした。
 悪女の噂が本当なのか知りたい若い男達や、アルバートの寵を得たラキシスにすり寄りたい貴族や、アルバートと結婚する気はないが調子に乗った『悪女』には一言物申したい令嬢など胸の内は様々だ。

 だが彼らがラキシスに話しかける前に数名の男達がすばやくラキシスの周囲を囲む。
 いずれも軍人らしい少々大柄な体格の男達だ。
「ラキシス嬢、今日もお美しい」
「ラキシス嬢、飲み物をどうぞ」
「軽く何か召し上がりませんか?」
 と男達はラキシスの美しさを褒め称え、彼女の世話を焼きたがる。
 ラキシスは少し前のおどおどとした様子が嘘のように落ち着き払って彼らに艶然と微笑んだ。
「ありがとう」

「ラキシス嬢」
 男の一人が更に彼女に近づき、耳元で何かを囁く。
 未婚の令嬢にするにはあまりにも近い距離だ。
 身持ちの堅い令嬢ならまず許さない接近をラキシスは気にとめることなく、自らも男の耳元に唇を寄せて囁き返す。
 周囲の男達は熱い眼差しでラキシスを見つめ、彼女から離れようとしない。
 その姿はまるで男を出玉に取る『悪女』のようだ。
 二人の距離があまりにも近いので皆、会話を漏れ聞こうにも聞き取れずにいた。


 そんな彼らの話す内容は。
「ありがとうございます。殿下は社交がお嫌いで……」
「お節介とは思いましたが、少しでも話さないと角が立のではと心配しまして」
「その通りです。お気遣い、まことに痛み入ります」
 と、男とラキシスのやりとりは色気も素っ気もない。

 男達はいずれもアルバートの部下でラキシスの婚約者候補である。
 たが彼らとラキシスの婚約は、アルバートの『悪女』探しに掛かっている。
 アルバートの理想の悪女が見つかるまではラキシスがアルバートのパートナーで仮の悪女だ。
 男達はラキシスの信奉者を装い、彼女が余計な悪意に晒されぬよう、周囲を護衛ガードしている。
 彼らはいずれも貴族階級の騎士でアルバートよりは遙かに世慣れている。
 悪女を崇拝する演技もお手の物だ。

「随分慣れてらっしゃいますね」
 ラキシスは感心して男達に言った。
 アルバートとは大違いだ。
「お褒めに預かり恐縮です。我々は任務で街に潜入したり酒場で聞き込みもしますのでそのせいかもしれませんね」
 と男は説明した。
 実際に男達の態度は、社交界の作法とは少々違う。
 貴公子らしく取り繕っているが、酒場女をチヤホヤする夜の街のやり方だ。
 だがそれがかえって彼らを悪女の取り巻きらしく見える。

 ラキシスは内気な性格なのだが、騎士達も揃って田舎の出身なので同じく田舎育ちのラキシスと兄クレマンはすぐに彼らと打ち解けた。
 悪女の演技も最初こそ戸惑ったが、きちんと説明を受けてからは妙案だと思った。
 何より彼らの行動は孤立無援だったラキシスを守ろうとするものだ。
 ラキシスはアルバートと彼らに感謝しているし、彼らの存在に安堵を覚えている。
 絶対の信頼感からか、ラキシスは自分でも驚くほど自然と悪女を演じている。
 とはいってもラキシスは周囲を男性に囲まれてただ微笑んでいるだけだが。

「それにラキシス嬢はとても美しいのでやりがいがあります」
 一段と声を潜め、男は耳に唇が触れるくらいの距離で囁いた。
「まあ……」
 とラキシスは頬を赤らめて、しみじみ思う。
『アルバート様の部下はなんて優秀なのかしら』


 そんな彼らの上司であるアルバートはしきりとラキシス達に視線を送ってくる。
 アルバートを囲む貴族達はもっと奥の部屋に彼を引き込みたい様子だが、アルバートはテコでも動かず踏ん張っている。
「殿下はお困りのようですね」
「そうですね」
「お助けして差し上げたら?」
 男の言葉にラキシスは目を丸くする。
「私が?どうやって?」
「簡単ですよ、軽く手を振ってあげればいいんです」
『そんなことで?』
 不思議に思いなから、ラキシスが小さく手を振ると、アルバートはホッとした様子で周囲に言い放った。

「ああ、ラキシス嬢が呼んでいる。失礼する」

 アルバートは大股でさっさとラキシス達の元に戻ってくる。
「待たせたか?ラキシス嬢」
 ラキシスの手を取ろうとしたアルバートは勢いあまってラキシスに突っ込んだ。
『軽い……!』
 アルバートは息を呑んだ。
 アルバートが普段付き合いがあるのは、重量のある騎士達だ。それに比べると令嬢であるラキシスはあまりにも華奢で、触れただけなのに突き飛ばしてしまった。
「おっと」
 すんでのところでアルバートは体勢を崩したラキシスを抱き寄せる。
「すまない、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫です」

 人々の目からは、アルバートとラキシスは辺りはばからず抱き合っているように見えた。
 王弟が『悪女』を溺愛しているという噂は本物なのだと彼らは囁き合う……。
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