悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

林優子

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07.いざ社交界へ

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「おおっ」
 夕刻になったがまだラキシスはアルバートの屋敷に留まっている。
 アルティス伯爵家周辺に暇な貴族がまだウロウロしているからだ。
 兄クレマンは父に事情を説明するため、アルティス伯爵家に戻っている。
 ラキシスは兄に頼んで今日のドレス一式を届けてもらうことにした。
 それに着替えたラキシスの姿を見ると、アルバートは喜色を浮かべた。

「綿菓子のようだ」
 と彼はニコニコと微笑みながら言った。
「はあ」
 どういう意味か分からない。

「ラキシス様、殿下は白いベル型のドレスがよくお似合いであるとおっしゃっております」
 と執事が解説してくれた。
「そ、そうなのですか……」

 ラキシスも自分のドレスをマジマジ見る。
 クリームがかった白色でふんわりと裾が広がるドレスだった。
『綿菓子……といえば綿菓子かしら?』

 アルバートも夜会用の礼服に着替えている。
「では参ろうか」
 と促され、ラキシスは「はい」とアルバートの左側の横に立つ。
 するとアルバートは息を呑んだ。

「こちら側で良いのか?」
「えっ……?」
 意味が分からず、ラキシスはキョトンとアルバートを見上げる。
 アルバートは頬を赤らめていた。
「わ、私の義手側だぞ」
 ラキシスはアルバートの義手のことを何も知らない。
 義手に触れてはならない理由でもあるのかも知れない。
 あわてて謝った。
「いけませんでしたか?」
 とちょっと離れる。

「いや、悪くはない。この腕でエスコートしたらそなたの気分が良くないのではと……」
 日頃堂々としたアルバートらしからぬ、ごにょごにょとした口調で彼は言った。
「わたくしは気にしませんが……」
 ラキシスは平和な田舎の出身だが、田舎故クマは出るし、農作業中の事故もある。
 怪我をして体の一部を失う人は稀にいた。
 回復魔法師と呼ばれる魔法使い達は奇跡の力で傷を癒やすというが、田舎暮らしの庶民には縁遠い存在だ。
 ラキシスの父の伯爵はそうして力仕事が出来なくなった人々を積極的に屋敷に雇い入れたのでラキシスにとって彼らは身近な存在だった。
 自在に動く義手や義眼はすこぶる便利に思える。

「ならば良かろう」
 とアルバートはアルバートは頬を赤く染めたまま、ぎこちなく左腕を差し出す。
 ラキシスはそっとその腕に自分の手を添えた。
「すまぬな、私は女性の扱いに慣れていない。そなたにも迷惑を掛ける」
「いえ、お気になさらず。わたくしこそ、もっと場慣れしておりましたら、お役に立てますのに……」
 ラキシスは初めて自分が悪女でないことを悔やんだ。
「いや、十分だ。側にいてくれるだけで頼もしい。気にしないでくれ」
「はい」
「よろしければラキシス嬢、あなたに一つお願いがある」
 ラキシスは思わずアルバートを見上げた。
「はっ、はい。どんなことでしょう?」
「ラキシス嬢の分かる範囲で良い、知っている人物について教えてくれ。私は戦場にいたので社交に疎くて人物の顔も名前もまるで知らぬのだ」
「は、はい!」
 ラキシスは目を輝かせた。
 ラキシスはこのところの夜会続きで主要な貴族の顔と名前は覚えていた。
 悪女ではない自分もアルバートの役に立てることがある。
 そう思うと、ラキシスは嬉しくなった。




 ***

 その夜からラキシスとアルバートは毎日のように夜会や茶会に出かけた。
 人々は驚きを隠せない。
 ラキシスが嘘の噂話で悪女に仕立てられたのは、公然の秘密だ。
 多くの人はラキシスが善良で無力な少女であることを理解している。
 だが彼女を庇えば、王太子や公爵令嬢や侯爵令息達に楯突くことになる。
 一介の伯爵令嬢に過ぎないラキシスに肩入れするより、ラキシス一人を『悪女』とする方が彼らにとって得策だった。
 王太子達と年が近い若者達が面白がって『悪女』の噂をはやし立てるのを聞いて眉をひそめる良識人もいる。
 彼らとて決してラキシスを擁護しなかったので、ラキシスと兄のクレマン始めアルティス伯爵家は孤立する一方だった。

 だがそのラキシスが王弟アルバートを射止めてしまった。
 実際はアルバートの勘違いだが、人々の目にはアルバートはラキシスに一目で恋に落ち、求婚した。
 このように見えている。
 人々は盛んに噂し合った。
 ラキシス・アルティス伯爵令嬢。
 彼女は本物の悪女の魅力があるのでは?
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