悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

林優子

文字の大きさ
上 下
5 / 21

05.銀血

しおりを挟む
「なんと……」
 アルバートは驚いた様子でラキシスを見つめる。
 義眼という右目もまた特別製なのか焦点がしっかりあって見えているとしか思えない。
『どういう作りなんだろう……?』
 ラキシスはまじまじと凝視する。
 二人の視線が絡み合う……。

 視線を離したのは、アルバートの方だった。
 彼はラキシスから顔を背けて言った。
「駄目だ。君では条件が合わない」
「ラキシスは殿下の好みに合いませんか?」
 と兄が聞く。
『やっぱり……』
 ラキシスはちょっぴり悲しい。
 婚約者に袖にされた心の傷はまだ癒えてないのだ。

 アルバートの好みはやはり色気ムンムンの悪女なのだろうか。
「いや、違う。そうではない。ラキシス嬢は十分に美しい」
「そうでしょうか?」
 ラキシスは最近すっかり自信を失っていた。
「ああ、そうだ。その金髪も美しいし、青い瞳はまるでサファイアのようだ。片手でへし折れそうな首もひ弱そうな体つきも愛らしいと思う」

 片手?
 弱そう?
 戸惑っていると「コホン」と咳払いして執事が言った。
「殿下はラキシス様は華奢であるとおっしゃりたいようです」
「そ、そうですか……」

「だが、そんな弱そうなラキシス嬢ではいかんのだ。もっと強い女性ではないと私の妻は務まらん」
「それは……」
 確かにラキシスでは無理そうだ。

 ラキシスは深く納得したが、兄は言った。
「殿下、確かにラキシスは引っ込み思案ですが、芯は強い方なんです」
「そうか……そうかも知れんな」
 アルバートは認めた。
 アルバートを怖がらない令嬢は珍しい。
「だが、私の立場を卿も知っておるだろう。私は国王陛下とは母が違う」
 アルバートは先代の国王が晩年にお付きの女性騎士に手を出して作った庶子だ。
 本来ならそういう子供は正式に王の子と認められないのだが、アルバートには特別な事情があった。

「私は銀血ぎんけつだ」
 銀血というのは、王家だけが持つ特別な血と言われている。
 昔からこの国の王家はとても強い戦士だ。彼らが成した人間業とは思えないような逸話が今も語り継がれている。
『銀血って……殿下の血の色は銀色なのかしら……』
 とラキシスは興味をそそられる。
 そんなラキシスの内心の問いに答えるようにアルバートは言った。
「別に血の色が銀なのではない」
「は、はい」
「銀血はミスリル銀と相性の良い血を意味する。他の者がミスリル銀の義手を作っても私のように血肉が通った腕のごとく動かすことは出来ないようだ。目も同様に私の義眼は目として機能し見えている」
「何て不思議なこと。それで銀血と言うのですね……」
 アルバートは頷く。
「今ですら四肢欠損は致命傷になり得る。医療技術も低い昔はこの血を持って生まれた男児は祝福持ちと喜ばれたようだ」
 誉れ高きおのが血を説明するアルバートだが、その表情はひどく憂鬱そうだった。


「国王陛下も王太子殿下も銀血ではない。銀血は今は私、ただ一人だ。しかし……」
 アルバートは口元に皮肉な笑みを浮かべる。
「建国の頃と今では状況が違う。もはや王族が前線に立つ時代ではない。かつては『王の血』と持てはやされた銀血だが、既に必要のない過去の遺物に過ぎん。この血を持って生まれてしまった私は王家にとっては厄介者だ」
「そんな殿下……」
「私は十三歳から戦場に立ち、今まで戦ってきた。ふと私は血を分けた子供が欲しいと思うようになった。妻を娶りたいのだ。私の死後、全ての財産を譲る代わりに私の妻には私の子を守り育てて欲しいのだ。そのために私は強い女性を求めている」

 確かにヘンリー達ごときに苛められるラキシスでは無理そうだ。
「政局によっては私の妻は命の危険すらある。私の妻は私の事情を承知の上で引き受けてくれる女性でなくてはならない」


 ラキシスはアルバートの隣に立つ女性に思いを馳せた。
 求婚はあまりにも求められる条件が違うため、ラキシスの中でなかったことになっている。
「強い女性ならお相手に相応しいのは女性騎士でしょうか」
「肉体的な強さはあって邪魔にはならないだろうが、護衛もいる。必要なのは度胸だ。それに出来ればある程度の爵位だな」
「爵位ですか?」
 女性騎士は男性騎士に比べると婦女子が選ぶ一般的な職業ではなく、身分の低い家の出身が多い。
 アルバートはふっと寂しげな笑みを浮かべた。
「私の母は男爵家の出だ。父とは身分違いのため、批判に晒され、並々ならぬ苦労し、父の死後、早くに亡くなってしまった。私の妻にはそういう苦労はさせたくない」
 ではアルバートのお相手は女性騎士でない方が良いだろう。

「それにだな」
 アルバートはポッと頬を赤らめ、急にソワソワし始める。
「私は、女性に縁のない生活だった。出来れば手取り足取り速やかに私を導き、受胎にこぎ着ける優れた技量の持つ女性が理想だ」
『やっぱり絶対無理だわ……』
 生娘のラキシスはこの時点で完全にアルバートの条件の対象外だ。

「ですが、殿下、そのような『悪女』では貞節を望むのは難しいでしょう。そもそも生まれる子は殿下の胤でない可能性も……」
 兄のクレマンは決して無礼な人ではないが、歯に衣着せない物言いをする時がある。
 今もはるか格上の王弟に対し、直接的に問い質した。
「お、お兄様」
 ラキシスはあわてたが、アルバートは怒りもせずにクレマンの問いに答えた。
「詳しくは申せぬが王家の血を引く者か否かの判別手段は存在する。それに王家との約定で、私には爵位と領地が与えられることになっている。私が死ねばそれは私の子が継承する。つまり子がいないと私の妻が受け取る遺産はかなり減る」
「そうなんですか……」
 王の子は生まれた時や成人を機に爵位と領地を与えられるものだが、アルバートはそれを持たない。
 冷遇されているとラキシスは感じた。
 常勝将軍という華々しい異名を持つ王弟でありながら、アルバートは力を持たぬように仕組まれている。

 クレマンもラキシスと同じ考えに達した。
 いや、もっと不幸な未来を想像し、クレマンはアルバートに尋ねた。
「殿下、恐れながらその死後のお約束……果たされるのでしょうか?」
 アルバートはそれについて確信があるようで、力強く頷いた。
「果たされるだろう。それが私と陛下の間で交わされた約定なのだ。あちらもそれを守らねばならない理由がある。それに陛下にとって私は便利な道具でもあるらしい。私の血を残したいと思っておいでだ」
「なるほど……」
 とクレマンは納得した。
 約定は守られるかも知れないが、アルバートの子が王家にとって『厄介者』なのは変わりない。
 彼の妻になる人は王家相手に立ち回れる相当したたかな女傑でないと難しそうだ。

「殿下の条件に合う『悪女』はおりますでしょうか?」
「いるかいないか、いても私を選んでくれるかは分からないが、追い求めるのは私の自由だろう。それに……」
 アルバートは虚空を見上げ微笑んだ。
「身を焦がすほど愛せる相手なら手の内に転がされるのもまた良い」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...