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04.求む、悪女
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ラキシスは思い切ってアルバートに声を掛ける。
「あのう、王弟殿下、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何が聞きたい?」
「何故あなた様は悪女と結婚したいのでしょうか?」
悪女に憧れる男性もいるだろうが、わざわざ好んで悪女と評判の妻に迎える男性は少ないだろう。
まして王弟など、とびきりのご身分のお方が何故?とラキシスは不思議でならない。
アルバートはラキシスの問いに眉をひそめた。
『ご機嫌を損ねたかしら?』
根っから小心者のラキシスはビクビクした。
「……それは……」
言いよどむアルバートに、ラキシスはあわてて言った。
「あ、あの、言いたくなかったら別に構いません!聞かなかったことにして下さい!」
「いや、聞きたいのは当然だろう。理由はこの私の容姿だ」
「容姿?」
そう言われて、ラキシスはまじまじアルバートを見つめる。
二十代半ばくらいの男性だ。
武人らしくちょっといかつめの顔と体つきだが、王族らしい華やかさもあるなかなかの美青年だ。
「あっ」
とラキシスは気付いた。
『オッドアイなのかしら?』
アルバートは目の色が左右で違う。
左は普通の碧眼だが、右の目はかなり変わっている。銀色だ。
目線があったと思いきや、アルバートはついと視線を外してしまう。
「違う。いや、顔もだが、私の腕を見てくれ」
とアルバートは左の腕を持ち上げる。
「腕……」
アルバートの左の腕は確かに変わっている。
左手だけ何故か銀色の手甲をはめているのだ。
何で片手だけ?
「これが何か?」
ラキシスが問いかけると、アルバートはさも驚いた様子で目を見張る。
「何かって、君は知らないのか?これは義手だ」
「あ、えっ、そうなんですか?」
横で兄がため息をついた。
「殿下、申し訳ありません。妹は世間知らずで殿下のご事情も分かっておりません。兄の私がお詫び申し上げます」
とクレマンが謝る。
「いや、こちらこそ済まぬ。この腕のことは誰もが知っていると思い込んでいた」
アルバートはそう言うとラキシスに向き直る。
「ラキシス嬢、私は片腕がない。この腕は義手だ」
「そうなのですか?」
そう言われても信じられない。
義手というアルバートの腕は動いているのだ。
アルバートはその銀色の手でワイングラスを手にしている。
指まで自在に動いている。
こんな義手があるのだろうか?
「この義手にはミスリル銀という特殊な金属が使われている」
「あ、そうでございますか」
ラキシスもミスリル銀は知っている。
生きている鉱石とも呼ばれ黄金の倍の価格で取引されるという金属だ。
もっぱら武器や防具に使用される金属なので、ラキシスは噂ばかりで見たことがない。
「綺麗な銀色なんですね」
ラキシスは初めて目にするミスリル銀を興味津々で見つめる。
銀に良く似ているのが輝きが少し違う。
「……ラキシス嬢はこの腕が怖くはないのか?」
「はい、別に怖くは……」
ラキシスは頬を赤らめる。
「不躾で申し訳ありません」
ラキシスは小心者だが、妙に好奇心旺盛なところもある。
しげしげ見過ぎたようだ。
令嬢としてははしたない行為だ。
「いや、気にしなくいい。女性は誰もこの腕を見ると顔を背けるから、そなたがそうでないのに驚いただけだ」
「左様ですか……」
「今は手首しか見えてないが、二の腕の半ばから義手だ。それから右目は義眼だ」
「そうでしたか……」
「穢れなき乙女達にはこの体は直視できぬほど醜く映るらしい。他にも私には事情があり、あまり条件が良い男ではない。そのため婚姻が成り立たない。だが男の体を見慣れた悪女なら私のこの姿も受け入れてくれるのではと思ったのだ」
「…………」
ラキシスはアルバートの悲しげな表情に何も言えずに沈黙した。
「なにも悪女でなくともいいが、悪女くらいにしたたかで男性を知った女性に妻になって貰いたい、私はそう願っている」
「…………」
男を寝取り、企みが暴露してもまだ社交界に居続ける、厚顔無恥の女。
確かに噂のラキシスはそんな女性だった。
「だが、全ては誤解だったようだな。早急に次の婚約者を探す。済まぬがそれまで待っていてくれ」
「アルバート殿下、婚約者はラキシスではいけませんか?」
と兄が言った。
クレマンは王弟との縁を惜しんでいるようだ。
確かに成立すればとてつもない結婚相手だが……。
「申した通り彼女では条件が合わない」
「条件とは?」
「あ、お兄様……」
食い下がる兄をラキシスは止めようとしたが、兄はアルバートを真剣な眼差しで見つめている。
「女性の前で言うのははばかられるが、私は早急に結婚がしたいのだ」
「結婚なら、ラキシスとも出来ると思いますが」
と兄はなおも言った。
「卿、はっきり言おう、私が望むのは、名実ともに私の妻になる者だ。私と褥を共にする相手だ。私は我が子が欲しい。ラキシス嬢のような清らかな乙女にこのような醜い体の男との同衾は耐えられぬであろう」
その言葉にラキシスは思わず言った。
「私は、殿下を醜いとは思いません……」
「あのう、王弟殿下、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何が聞きたい?」
「何故あなた様は悪女と結婚したいのでしょうか?」
悪女に憧れる男性もいるだろうが、わざわざ好んで悪女と評判の妻に迎える男性は少ないだろう。
まして王弟など、とびきりのご身分のお方が何故?とラキシスは不思議でならない。
アルバートはラキシスの問いに眉をひそめた。
『ご機嫌を損ねたかしら?』
根っから小心者のラキシスはビクビクした。
「……それは……」
言いよどむアルバートに、ラキシスはあわてて言った。
「あ、あの、言いたくなかったら別に構いません!聞かなかったことにして下さい!」
「いや、聞きたいのは当然だろう。理由はこの私の容姿だ」
「容姿?」
そう言われて、ラキシスはまじまじアルバートを見つめる。
二十代半ばくらいの男性だ。
武人らしくちょっといかつめの顔と体つきだが、王族らしい華やかさもあるなかなかの美青年だ。
「あっ」
とラキシスは気付いた。
『オッドアイなのかしら?』
アルバートは目の色が左右で違う。
左は普通の碧眼だが、右の目はかなり変わっている。銀色だ。
目線があったと思いきや、アルバートはついと視線を外してしまう。
「違う。いや、顔もだが、私の腕を見てくれ」
とアルバートは左の腕を持ち上げる。
「腕……」
アルバートの左の腕は確かに変わっている。
左手だけ何故か銀色の手甲をはめているのだ。
何で片手だけ?
「これが何か?」
ラキシスが問いかけると、アルバートはさも驚いた様子で目を見張る。
「何かって、君は知らないのか?これは義手だ」
「あ、えっ、そうなんですか?」
横で兄がため息をついた。
「殿下、申し訳ありません。妹は世間知らずで殿下のご事情も分かっておりません。兄の私がお詫び申し上げます」
とクレマンが謝る。
「いや、こちらこそ済まぬ。この腕のことは誰もが知っていると思い込んでいた」
アルバートはそう言うとラキシスに向き直る。
「ラキシス嬢、私は片腕がない。この腕は義手だ」
「そうなのですか?」
そう言われても信じられない。
義手というアルバートの腕は動いているのだ。
アルバートはその銀色の手でワイングラスを手にしている。
指まで自在に動いている。
こんな義手があるのだろうか?
「この義手にはミスリル銀という特殊な金属が使われている」
「あ、そうでございますか」
ラキシスもミスリル銀は知っている。
生きている鉱石とも呼ばれ黄金の倍の価格で取引されるという金属だ。
もっぱら武器や防具に使用される金属なので、ラキシスは噂ばかりで見たことがない。
「綺麗な銀色なんですね」
ラキシスは初めて目にするミスリル銀を興味津々で見つめる。
銀に良く似ているのが輝きが少し違う。
「……ラキシス嬢はこの腕が怖くはないのか?」
「はい、別に怖くは……」
ラキシスは頬を赤らめる。
「不躾で申し訳ありません」
ラキシスは小心者だが、妙に好奇心旺盛なところもある。
しげしげ見過ぎたようだ。
令嬢としてははしたない行為だ。
「いや、気にしなくいい。女性は誰もこの腕を見ると顔を背けるから、そなたがそうでないのに驚いただけだ」
「左様ですか……」
「今は手首しか見えてないが、二の腕の半ばから義手だ。それから右目は義眼だ」
「そうでしたか……」
「穢れなき乙女達にはこの体は直視できぬほど醜く映るらしい。他にも私には事情があり、あまり条件が良い男ではない。そのため婚姻が成り立たない。だが男の体を見慣れた悪女なら私のこの姿も受け入れてくれるのではと思ったのだ」
「…………」
ラキシスはアルバートの悲しげな表情に何も言えずに沈黙した。
「なにも悪女でなくともいいが、悪女くらいにしたたかで男性を知った女性に妻になって貰いたい、私はそう願っている」
「…………」
男を寝取り、企みが暴露してもまだ社交界に居続ける、厚顔無恥の女。
確かに噂のラキシスはそんな女性だった。
「だが、全ては誤解だったようだな。早急に次の婚約者を探す。済まぬがそれまで待っていてくれ」
「アルバート殿下、婚約者はラキシスではいけませんか?」
と兄が言った。
クレマンは王弟との縁を惜しんでいるようだ。
確かに成立すればとてつもない結婚相手だが……。
「申した通り彼女では条件が合わない」
「条件とは?」
「あ、お兄様……」
食い下がる兄をラキシスは止めようとしたが、兄はアルバートを真剣な眼差しで見つめている。
「女性の前で言うのははばかられるが、私は早急に結婚がしたいのだ」
「結婚なら、ラキシスとも出来ると思いますが」
と兄はなおも言った。
「卿、はっきり言おう、私が望むのは、名実ともに私の妻になる者だ。私と褥を共にする相手だ。私は我が子が欲しい。ラキシス嬢のような清らかな乙女にこのような醜い体の男との同衾は耐えられぬであろう」
その言葉にラキシスは思わず言った。
「私は、殿下を醜いとは思いません……」
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