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第63話 闇の獣人、女騎士の事を思い出して手を打つことにする(前編)
しおりを挟むあれからレヴィンの部屋に戻るにはまだ早かったので、俺はステータス・ボードを開いていろんなアビリティを調べていた。
そして何か違和感を感じた。おかしい。何か忘れているような感じが…。
そこで俺は思わず「あっ!」と叫んでしまった。
そうだ。リアーナの事を忘れていた。あの後、王城に招待されていろいろあったから、すっかりリアーナを「眠り姫の棺」の中に入れたままだった。
確か彼女を鑑定した情報はこうだった。
「リアーナ・イルファシア。19歳。流浪の女騎士。借金返済の為にダンジョンに潜る。」
それなら借金を何とかしておかないと。早速闇の中の空間から、「眠り姫の棺」を取り出して念話のアビリティを使って、彼女の心の中を覗いてみる。
彼女は東の国エルモーラの出身で、両親の浪費癖のせいで借金が減らない為、兄と姉に家を任せて自身は借金返済の為の度に出たのだという。
彼女は子爵家の令嬢でありながら、学問や書類整理などは大の苦手で、剣を振り回している方が得意な娘だった。
だから騎士になった時は嬉しかったが、両親の浪費癖による借金の返済に給料の半分が使われていく事に我慢ならなくなって、団長に相談してみた。
結果、彼女は借金を返済する為に旅に出る事になり、両親にジュナーを売られるのがいやで騎士になる時にほとんど持ち去るようにして乗馬型のゴーレムのジュナーと共に旅に出て、ここレナリアーラ王国のダンジョンに潜ったということだった。
そしてオーク達に囲まれてオークキングの牙による呪いをかけられて、俺に助けられたと。
しかし…困ったなぁ。寝ているせいで心を覗けることにも罪悪感があるが、このままだとまずい。
幸いなことに借金は道中においての盗賊退治の冒険者達に同行して協力したので、思っていたよりも多くの報酬を手に入れて4か月ほどの金額を実家に戻って払っている。
確か一ケ月近くこの棺に入れたままだったが、まだ借金の期限はきていない。
あ、そうだ。俺が彼女の借金を肩代わりすればいいんだ。
彼女の両親が作った借金は金貨8000枚だそうだ。リアーナの兄と姉が領地をうまく切り盛りしているので、元々は1万2千枚ほどだった借金も少しずつ減ってきてはいるが、それでも両親の浪費癖のせいで減ってもまた少し増えるという状態が何年も続いているようだった。
神様達からのお礼返しにそういうアビリティがあった。彼女の心を覗くと、母親はドレスや靴といったものを必要以上に買い集め、父は珍品を集めるのが趣味で借金してまで集めているようだ。
これは「嗜好変化」のアビリティの出番だな。借金返済してもこの両親なら、時間の問題でまた借金を作るだろうしな。まあそれは後でいい。今は借金返済が最優先だ。
あ、それとジュナーを回収しておかないと。俺はお詫びとして闇の中の空間から、あのドワーフの職人が大好きな酒を3本ほど出してみた。
確かドラゴンブレスだったっけか。幸い、ダンジョン内で敵をぶちのめしては宝箱を大量に仕舞っていたので、闇の中の空間から、酒を入れている宝箱、出てこいと強く念じたら、20個以上の宝箱が出てきたので仰天した。
その内の二つを開けてみたら、ドラゴンブレスが4本ほど入っていたので、一度に大量に渡すとまずいから、今回は3本にしてみようと思う。
ドワーフの店は相変わらず地味だった。確か名前はガレムだったか。
俺はドアをノックしたら、足音が聞こえてガレムが顔を出した。
「おお、久しぶりじゃな。あんたの名刺を見たよ、ラフィアスさん。国家特別総合調査局員で、王城では国賓扱いの聖人様と呼ばれているんじゃったな!」
素早く俺の背後に回ると、俺の背中を押して店の中へと押し込んでいく。悪意や殺意がないから構えていなかったが、ガレムってこんなにフレンドリーなドワーフだったっけ?
そこで俺はあの元・天使のくれたアビリティの一つを思い出した。確か「不和消滅」だっけか。このアビリティをもっている者の周囲にいる連中はなんとなくいい気分になって、争わなくなるという効用があった。
だが、ガレムの機嫌がいいのはそれだけじゃなかった。酒のおかげかと思ったが、あれから俺の事をいろいろとしらべてみたらしい。
その結果、貧民街を浄化して病気や怪我人を片っ端から癒したこと。王城ジスニーヴァインを癒しの光で包んで多くの人を癒したこと。
それに最近では王都に現れた謎の悪魔の軍勢を二度に渡って浄化と癒しの光で王都全体を包んで、悪魔の軍勢を消し去った事も知っていた。
「しかも王城内ではサキュバスも出たんだってな! そんでサキュバスとバコバコやりまくって逝かせて浄化したから、全裸の獣聖人なんて称号もらっちまったんだってな! 今は沈静化しているけど、当時は全裸でいてくれとか信者達がうるさくて大変だったそうじゃないか! ガハハハハ!」
「もう、その称号については勘弁してくださいよ。それよりゴーレムを引き取りにきたんですが…」
すると彼は素早く席を立って、奥からゴーレムを連れてきた。ジュナーは以前と同じ姿だった。いや、ちょっと体格がでかくなったかな?
「どうもリアーナとかいう娘が主人のようでな、核には特に損傷はなかったんでボディを入れ替えただけじゃ。以前と同じような体色のゴーレムがあったので、それに核を入れ替えてな。調整もすでに済んでいるから、リアーナという娘と会わせれば自動的に彼女のことを再認識して、従うようになるぞ?」
さすがはゴーレム職人。核を調査している間に、リアーナの事を知ったらしい。
「ありがとうございます。それと長らくお待たせしてすみませんでした。お礼としてこれを受け取ってください」
と、言いながら俺は時空魔法を使って空間から取り出した、3本のドラゴンブレスの酒瓶をテーブルの上に置いていった。
「ほ、本当にいいのか? 今度はドラゴンブレスを3本も!?」
「ゴーレムを預かってくれたお礼です。それじゃ俺はこの辺で…」
「ああ。このゴーレム、ジュナーって名前なんだってな。早くリアーナに会わせてやんな」
テーブルの上に置かれたドラゴンブレスを三本とも抱えて破顔するガレム。結構いい事を言っているのに、酒瓶3本で顔がほとんど隠れて台無しになっていることに気づいていない。
俺はジュナーを闇の中の空間に仕舞うと、店を出てから今度は闇商人の店に向かった。
闇商人の店といっても二種類ある。一つ目は国の許可を受けないで麻薬や危険なマジックアイテムや奴隷、生きたモンスターなどを密に売買している商人。
もう一つは金貨3万~5万枚までなら、国の法に引っかからないという制限はつくが、その条件さえ守れば、どんな商品でも買ったり売ったりしてくれて、即金でならやはり金貨3万まで出せる闇の店のことを指す。何といってもここは王都だからな。いろんな闇商人がいて助け合っており、足りない分は肩代わりして後でいろんな形で返すというのが主流のようだ。
というのも商業ギルドというのがある通り、裏の闇商人ギルドというのも非公認ではあるが存在している。
とはいえ、悪魔崇拝などしていないし、非合法な奴隷を扱ったりもしていない。麻薬も国の許可を受けた者だけ販売している。商人同士で裏の情報の取り扱いや連携の素早さなど表の商人ではなかなか手が回らないことまで、金さえ出せば素早く手に入れてくる。ただ入手先が不明だったり、犯罪者から手に入れたものとか多いのが欠点だ。品質はいいが出所が謎だったり不明だったりする。
もちろんそれは浄化用のアイテムで徹底的に綺麗にしているので伝染病や食中毒にかかることはない。
とにかく金さえ出せば商品の配送の際のスピードの速さがすごい。幻獣使いの伝手がおり、彼等に依頼して商品を素早く移送する。金額は高くなるが、表のルートだと数か月かかるものも、彼等に依頼すれば数日で手に入ってしまうことも多い。残念なのはそれが元・犯罪者といった日陰者をメインに使っている点だ。
普通なら信用問題に関わるので元とはいえ犯罪者は使わない。だが彼等は契約魔法の書類で縛りつけた上で、商品の配送を行っている。使える存在であれば元・犯罪者であろうと魔物の血を引いていようと関係なく使う。それが闇商人達のやり方だ。だから彼等は一箇所に店を構えずに国内のあちこちを転々と移動しているのが普通なんだとか。
それが彼等の利点なので、国も彼等の存在を黙認しているのが現状だ。
俺が利用するのはもちろん後者の方だ。ダンジョン内で金塊の入った宝箱、出ろと念じたら12個ほどの宝箱が出てきたので、6個ほど開けてみたら、捨て値で捌いても金貨2万枚はするほどの金塊が出てきた。
これを売ろうと思って、俺は路地の行き止まりの壁を無造作に押して、壁に偽装された隠し扉を開けて入っていく。隠し扉の向こうは小さな空き地になっており、これまた小屋が一軒建っているだけだ。
俺は黒のローブと仮面を身に着けてから奥にある小屋へと向かう。調査局員の一人としてこれくらいの情報は掴んでいるし、半年ほど前にシャルミリア局長と一緒にこの店に来たこともあったからな。
その時はこいつらが人を狂わせる麻薬、ならぬ魔の薬の魔薬を扱っているのではないかということで局長に疑われてしまったんだよな。多くの用心棒を局長一人でぶちのめして、見ていた俺も怖かったくらいだから、商人達はもっと怖かっただろうな。
結局、商人達はシロで無実だったんだけど、店の中をさんざん荒らして起きながら、非合法な事するとタダでは済まんぞ、と笑顔で警告する局長はすごく恐ろしかったのを覚えている。
元々局長も最初は大人しく調査するようだったが、先に襲い掛かったのが用心棒の方だったからな。正当防衛で店が滅茶苦茶にされてしまったけど。俺以外にも局員はいたし、局長の方からは攻撃はしなかった。
ただ用心棒の黒服達は結束というか連帯感が強いので一人やられたら、ムキになって集団で襲い掛かったりしたのがまずかった。局長の方からは一度も攻撃していない。ただ正当防衛で撃退していただけ。相手が複数で室内だったから仕方ないんだけど…。俺から見たら過剰防衛という気がしなくもない。
その事を思い出しながら小屋の中に入ると、強面の男二人がカードゲームをしている所だった。
俺が金塊の一つを手にして、「金にするのならここが一番いいと思ってきた。即金が必要だ。通してもらいたいんだが」と言うと、二人とも訝し気な顔をしていたが、上客だというのを直感的に理解したのだろう。
二人共左右に移動して、奥にある部屋へと顎をしゃくってみせた。
「兄ちゃん。どうやら大金が必要みたいだな。それなら気をつけな。地下はいろんな場所につながっている。兄ちゃんの金を狙うハイエナやゴキブリ共もな。わかったらさっさと金に換えて戻ってこいよ」
一応心配してくれているのだろうか。強面の男が腕を組みながら言ったことに少し驚いた俺は、小さく頷くと扉を開けて、地下へと続く階段を下りていった。
地下は思っていたよりも広かった。階段を下りた俺はすぐに黒服の男達に取り囲まれた。
「随分と物騒な歓迎だな。ここは客に対して刃物を向ける所なのか? ならばこちらもそれ相応の対応をさせてもらうことになるが?」
それぞれシミターやロングソードといった切れ味の良さそうな上質の刃物を手にした用心棒達に取り囲まれても俺にとっては少しも怖くない。むしろ局長の方が怖いですって…。
「あいにくだがこの店は最近になって紹介制でくる客をメインに扱うようになったんだよ。以前はどこぞの女局長にさんざん店を荒らされたからな。特にお前、仮面で顔を隠しているが…あの女と一緒にいた男だろ? 匂いでわかるんだよ。さあ言いな。何の用でここにきたんだ?」
と、ハイエナの獣人が鼻に皺を寄せて低い声で唸り始める。手にはアイスピックを長くしたような武器。刺突専用の武器のエストックを左右の手に持っている。
「俺はこの金塊を金に換えてもらいに来ただけだ。まあ俺の事が少しはわかるのなら仮面なんぞ着けても無意味だろう。これでいいか?」
俺は仮面を外してから、黒ローブのフードを後ろにずり下げた。
すると黒服の男達がどよめき始めた。もともと争うつもりはなかったのだろう。不和消滅のアビリティもあることだしな。武器を下ろしてひそひそと互いに囁き合いながら俺の方をチラチラと見ている。
「全裸の獣聖人様だ…」
「ほ、本物か? そうだとしたら俺達、すごく無礼なことしているんじゃ…?」
「いや本物の訳ないだろ!? そんな聖人様が何で闇商人なんかに用があるんだってんだよ?」
俺は面倒だから顔に縦に傷が走っているハゲの強面の男にアルティメット・ヒールをかけてやった。
光が男の頭部を中心に生まれて地下を優しく照らしていく。
光が収まった後は男の顔から傷跡が綺麗に消えていた。
いきなり治療されたハゲの黒服の男の当惑を余所に、近くにいた仲間の黒服達が男を指さして叫んでいる。
「おい、お前…傷跡が消えているじゃねぇか!」
「ほんとだ。おい、誰か鏡もってこいよ!」
「だが本当に治っているのか? 幻術でも使っているんじゃないのか?」
「あー面倒くさい。お前ら全員治してやるからじっとしていろ」
そう言うなり、俺はパーフェクトヒールとアルティメットヒールを両方とも視界の続く限り、範囲を思いっきり広げてかけてやった。
まず最初にパーフェクトヒール。次にアルティメットヒール。
二つの光に包まれた地下の広場は、光が収まった後で大騒ぎになった。
「やっぱり本物だ! 王都全体を癒してくれた上に悪魔の軍勢を消し去った全裸の獣聖人様だ!」
「全裸の獣聖人様! ありがとうございます! 示しをつけるために斬り落とした指が一瞬で生えました!」
「全裸の獣聖人様! 噂通りの巨根ならどうか見せてください!」
「癒しの精液を射精できるって本当なんですか? それならここに最高級のポーション瓶を用意したので、これに射精してください!」
と、まあ俺は黒服の用心棒の人間や獣人や商人達に取り囲まれて、熱烈な歓迎を受けることになってしまったのだった。
王都全体を癒した竜王の息吹と覇王竜の息吹も、地下まではなかなかその力を発揮しなかったらしい。
もっとも地下まで行った悪魔は皆無で、用心棒達が応戦している所に優しい光が王都全体に満ち溢れていったということだった。
俺は静まれ、と短く、だが大声で言うと周囲の者達は水を打ったかのように静かになった。
「どうやら王都を癒す為に放った光も地下までは届かなかったようだな。ここへは金塊を換金しに来ただけなのだが、これも何かの機会だ。治療するから怪我人や病人がいたら、一人残らず集めてこい。もちろん地下の住人達の中でだ。地上で生活していた者達はすでに癒されているだろうからな」
そう言って、黒服達に行け、と顎をしゃくってゴーサインを出す。
今やこの場を支配しているのは俺の方だった。黒服達は大きく頷くと左右の通路へと勢いよく駆け出していく。
後は警護の為に残った4人ほどの黒服の男達と8人ほどの商人達だった。
俺は彼等に聞かれるわけにもいかないので、心の中で呟いていた。
(ここでも全裸の獣聖人かよ…。もう、もう本当にその称号で呼ぶのだけは勘弁してくれよ…)
もしも俺一人だけなら泣いていたかもしれない。そんな俺の心中など少しも知らない、周囲の者達は、畏怖や崇敬の念を込めた目で遠巻きにして俺を、いや正確には俺の股間を見つめている。
そんな視線に耐えながら、俺は一秒でも早く患者が集められるように祈ることしかできなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
というわけで後書きです。リアーナのことはずっと書こうと思っていたんですが、機会がなくって…。
正直言ってどうしようか悩んでいたんですが、どうにか彼女の方針を決めることができました。
というわけで長いので三部作に分けてみました。それでは読んでくださり、ありがとうございます。
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