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「…少しは落ち着いた?」
「う、うん…。ごめん、なんか、みっともないとこ見せちゃって。」
「それは否定しないけど。」
「あ、うん…」

私たちは今山の麓のバス停のベンチに座っている。カフェにでも入って話し合いたいところだけど、生憎この田舎にそんな洒落たものはない。噂好きのお婆さんがやっている、会話筒抜けの喫茶店しかない。

「筋肉ダルマがあたふたしてて面白かったよ。」
「ひ、ひどい…。て、あれ?認識阻害の魔道具使ってた筈なんだけど…」
「そんなもの私に効くと思ってるの?」
「一応聖女が作った強力なやつなんだけど…」
「召喚された聖女に地元の聖女が勝てる訳ないでしょ。世界を渡った時に授けられるチート能力、池田君だって持ってるでしょ。」
「ああ、そういうことか…」

一応納得した池田君だが、何か言いたそうにこちらを見ている。勇者のくせに、コミュ障か。そこは変わってないのか。

「…なに?」
「いや、あの、えっと…。相楽さんも異世界に召喚されたの?どこの世界に、なにして、あの、能力は…」
「個人情報。」
「え?」
「それ、個人情報だから。聞かれたからって、そうホイホイ喋ることじゃないから。相楽君の世界はステータス秘匿しなかったの?」
「あ、ご、ごめん…そうだった…ごめんね。」

しゅんとしてしまった筋肉ダルマに少し罪悪感が湧いたので、助け舟を出す事にする。

「…池田君が自分の事話してくれたら、私も話す。」
「ほんと!?」

ボールをもらった子犬のようにパァっと喜ぶ池田君。いや子犬なんてサイズじゃないか。生肉をもらった闘犬のように喜ぶ池田君。うん、この方がしっくりくる。

「えっと、じゃあ僕の話、してもいい?」
「いいよ。」

「この世界では昨日のことだけど、僕にとっては2年前。学校の帰りに、突然足元が光ったかと思うと知らない場所にいたんだ。そこにいる人達が言うには、そこは異世界で、僕は勇者だって。聖女の祈りに呼応してその世界に呼び出されたんだって。」


ーーーーーーーーー


「おお、勇者よ。聖女の祈りに応え、よくこの世界に来た。貴殿を歓迎しよう。」
「勇者様、今この世界は人類滅亡の危機に瀕しております。貴方様の力が必要なのです。」
「え?え?」
「心配なさるな、勇者よ。見事厄災を打ち滅ぼした暁には、元の世界へ帰る魔法陣を起動しよう。」

ある日突然異世界に勇者として召喚された僕は、自力で帰る方法もわからず、ただ彼らの言いなりになるしかなかった。

王と名乗る男の話では、300年前に当時の聖女によって封印された厄災が復活したのだという。そして今度は封印ではなく、消滅させて欲しいと僕に言った。断れば元の世界に返す事はできないとも。僕の腕に下品に纏わり付く王女に連れられ、鑑定の間でステータスを公開された。後になってそれが秘匿すべき個人情報であると知ったが、その時は右も左もわからず、ただ言われた通りにするしかなかった。

「まあ、素晴らしいですわ、流石異界の勇者様。物理攻撃無効、身体能力強化(大)、経験値10倍。訓練すればこの世界で最強となるでしょう。」

この日から地獄のような戦闘訓練が始まった。

「この世界の文化や歴史が知りたい?そのような事、勇者には不要です。ささ、それよりも戦闘訓練の時間ですぞ。今日は魔の森に行きますからな、気を抜くと死にますぞ。」

吐いても、倒れても、魔法で腕が吹っ飛んでも、誰も休んで良いとは言ってくれなかった。僕がいくら泣いてすがっても、情けない、勇者ならもっとやれる、もっと強くなれると言うだけだった。
勇者とペアで戦闘を行うはずの聖女オリビアは、王女という身分を理由に一切の訓練を拒否し、苦しむ俺の側で優雅に紅茶を飲んでいた。

「まあ!大変、すごい傷ですわ。聖女である私が治して差し上げますわ。…ふふ、お身体も随分と逞しくなられましたわね。聖女と勇者は二人で一つ。お互い惹かれ合うのは必然ですわ。さあ、遠慮なさらずに…」



聖女と名乗るリンゲル国の第一王女、オリビア・ラ・フェロモア・リンゲル。男を惑わす抜群のプロポーションに到底戦闘には向かない豪奢なドレスを常に身に纏っている。

勇者と聖女は二人で一つ。聖女の魔法で聖なる光を纏った勇者だけが、厄災を屠ることができる。だからずっと一緒に旅をしてきた。僕は馬に乗って、彼女は馬車で。戦闘の時もオリビアは馬車から降りる事なく、遠くで聖なる加護を与えてそれで終わり。なんの援護もない。僕は死なないために、ただひたすら己の肉体を鍛え、気が付けば2年の歳月が流れ、僕の身体もこんなことになっていた。



「これでとどめだ!!」
『グオオオオ!ユウシャ、コロス、オボエテオケ…!』

何時間もの死闘の末、ついに僕は厄災を倒した。塵となって消えてゆく宿敵を見届け、僕はオリビアの待つ馬車へと向かった。

「勇者様!流石ですわ、ついに厄災を滅したのですね…!」
「ああ、だから俺を元の世界に返してくれ。」
「ええ、分かっておりますわ。とにかく王城へ帰りましょう、きっと皆あなたを待っておりますわ。」

王都の門から王城への長い道のりを凱旋する勇者と聖女。ほとんど何もしていないのに、聖女も誇らしげに民衆に手を振る。僕は愛想を振りまく気力もなく、ただただ元の世界に帰ることだけを考えていた。

「さあ、元の世界に…」
「それよりも勇者様、今宵は厄災を打ち滅ぼした記念の夜会が開かれますわ。パートナーとして私をエスコートしてくださいませんこと?元の世界に帰るのはその後でもよろしいではないですか。」

「元の世界に…」
「またいつ厄災が生まれるとも限りませんわ、貴方がいないと私不安で不安で…」
「そう言ってもう何日も俺を引き止めている。何か理由があるのか?」
「…聖女と勇者は二人で一つ。惹かれ合うのも不思議ではありませんわ。勇者様、私を貴方の妻に…この身体をいくらでも好きにしていいんですのよ…?」
「…!ふざけるな!お前達が厄災を倒したら元の世界に帰してくれるというからここまでやってきたんだ!約束を反故にするのか!」
「そういうわけではありませんわ!ただ、貴方様も私に惹かれているのではなくって…?旅の途中、何度も貴方の視線を感じましたわ。私の身体を好きにしてみたいと、そう思っていたのでしょう?」
「お前の悪趣味なドレスを見てたんだよ!王女だかなんだか知らないがもっと旅に適した格好をしろよ!常識だろ!馬車にこもってるだけで戦った気分になっている世間知らずの箱入りお姫様が俺はずっとずっと嫌いだったんだよ!お前と寝る?ふざけるな!そんな罰ゲームみたいなこと誰がするか!!」
「っ、な、ぶ、無礼者!私を誰だと思ってるんですの!?いくら勇者と言えど許されることではありませんわ!誰か!この者を牢に!」
「し、しかし姫君…」
「なんです!私の命令が聞けないというの!?私は王女で、聖女なのよ!?」
「恐れながら申し上げます。勇者殿が少しでも抵抗すれば、我々では歯が立ちません。彼を牢に入れるのは不可能です。」
「なんですって!?」
「お前らが俺を鍛えてくれたおかげで、俺はこの世界で最強の存在になった。感謝してるよ。オリビア、あまりふざけたことを言っていると、この場で捻り殺すぞ。」
「ひ、ひいっ!無礼者…!わ、わたくしを誰だと思って…!」
「王女サマで、聖女サマだろ?次は勇者様の奥サマでも狙ってたのか?残念ながらお前みたいな悪趣味な女と誰が結婚するかよ。」
「なんて事を…!」
「オリビア、殺されたくなかったら帰還の魔法陣を起動してくれ。聖女にしか起動できないんだろ?お前のことは嫌いだったけど、2年間共に旅をしてきた仲だ。できれば殺したくはない。だから頼む。」
「…王家に忠誠を誓わない最強の存在がいるとなればこの国の脅威となりましょう。…分かりましたわ、貴方を元の世界に戻します。…もう二度とお会いする事はないでしょうね、私もずっとずっと貴方のことが…」


大嫌いだったのよ。



ーーーーーーーーー


「…そうして昨日、僕は無事に元の世界に帰ってきたというわけさ。」
「…」
「き、聞いてる?」
「…勇者モードの話し方の方がカッコいいのに。元の世界に戻ったら話し方も戻っちゃうの?」
「そこ!?」
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