上 下
87 / 87
15歳

断罪1

しおりを挟む
「うぅ…一体何が…」

壁まで吹き飛ばされた扉の下でカールは目を覚ました。鍛え上げられた体で重厚な扉を押し上げると、ヨロヨロと立ち上がった。そしてそこで目に入ったのは床に座り込むアダルヘルムとそれを見下ろすローゼリアの姿であった。

「で、殿下!…お前、殿下に何をした!離れろ!」

ガンガンと痛む頭を無視して、カールは殿下の元に駆け寄り、腰から剣を抜くとローゼリアに突き立てた。

「まあ。猫の威嚇の様に騒がしいお方ねえ。今殿下と大事なお話をしている所なの。貴方はまだねんねの時間でしてよ?」
「なっ、貴様…!俺を愚弄するか!」

頭を強く打ち、正常な判断力を欠いたままカールは剣を振り上げた。その剣先がローゼリアの身体に触れる前に、彼女の背後に控えていたカスパーがすっと対峙する二人の間に割り込んだ。彼が虫を払うかの様に軽く手を振ると、それだけでカールの剣は真っ二つに折れた。静寂に包まれた教室で、折れた剣が床に落ちる音がカランと響いた。

「なっ…今、何を…!」
「何とは…煩い羽虫を叩いただけでございますが。」
「なんて荒い剣技なのかしら。あんなへなちょこの剣で殿下の護衛になるつもりだったのならとんだお笑いものね。本当、殿下ってば見る目がありませんのねえ。」
「き、貴様…!」

「それより…ローゼリアお嬢様に剣を向けましたね。」

恥辱と怒りで目の前が真っ赤に染まったカールであったが、目の前から発されるカスパーの禍々しい殺気に一瞬にして正気を取り戻した。

「お嬢様に危害を加えようなど…愚かな人間め、罰を受けよ。」
「あら、殺してしまってはダメよ。彼等にはきちんと法的に裁きを受けてもらうのだから。」
「承知しております、ローゼリアお嬢様。ただ少し、精神を壊させていただくだけです。」
「そう、なら良いわ。好きにして頂戴。」
「な、な、何を、言って…」

人間とは思えぬカスパーの重々しい気配に、カールはその場で棒立ちになったまま動けなかった。無様に折れてしまった剣を右手に握り、何の構えをするでもなくただ事の成り行きを見守ることしかできなかった。

「人間。私の本当の姿を知っているか?」
「は、は?」
「知らないのなら、見せてやろう。古代の人間に恐れられた、このゲシュペンストの姿をな。」


ーーーーーーーーー


その言葉を聞いた途端、カールは一人海の中にいた。

「な、なんだ…!?ここは、水!?」

不思議と呼吸のできる暗い海の中を成す術もなく漂っていると、小さな魚影を見つけた。しかし遠くから猛烈な勢いでこちらに向かい泳ぐその影は決して小さくなどなく、カールが知るどの生物よりも巨大であった。蛇の様に長い体躯に、書物でしか知らないドラゴンの様な頭。手足は短いものの、その先にはカールの剣よりも大きく鋭い爪が生えていた。暗い海中でも艶やかに光る漆黒の身体が目前に迫り、カールは逃げ出そうと手足をばたつかせたが、いくら水を掻いても前に進むことはなかった。
その怪物はカールの姿を見つけると、顔を近付かせた。左右に大きく裂けた口を開くと、カールの背丈ほどある純白の牙が漆黒の中できらりと浮かび上がった。二つに割れた舌先でカールを味わう様にチロチロと舐めると、それは蛇の様にカールに巻き付いた。

「や、やめろ…やめろ!!」

巨大な牙がどんどん彼に近づき、気がつけばカールは漆黒の闇の中にいた。それが口の中であると気がついた頃には、もうすでに彼の身体は上下の牙に挟まれていた。バキバキと己の骨が砕ける音が絶叫と共に響いた。吹き出た臓物を、怪物の舌が舐め取った。腕が、脚が、どこに行ってしまったのかももう分からない。激痛に薄れ行く意識の中で、最後に浮かんだのはソフィアのつぶらな瞳だった。


ーーーーーーーーー


「わ、わ、わああああぁあ!!!!!」

カールは空き教室の中で頭を抱えて叫んだ。

「ああああああああ!!!!」
「カ、カール…?どうし…」
「あああああ!!うああああ!!」

床に座り込んだまま行く末を茫然と見守っていたアダルヘルムには、先程のカスパーの言葉を聞いたカールが暫く虚な目でゆらゆらと立っていたかと思うと、突然気が触れた様に叫び出した様にしか見えなかった。

「あらあら、一体どうしてしまったのかしら?私達、まだ何もしていなくてよ?そうでしょう、アダルヘルム殿下。」
「い、いや、しかし、カール…一体何を…」

突然気が触れたカールを前にコロコロと笑うローゼリアを目にし、アダルヘルムは彼等が何か得体の知れない怪物の様に思えた。オディリアを前にしていた時の威勢はすっかり消え去り、彼は子鹿の様に震えることしかできなかった。

「さて、彼は一体どうしてしまったのでしょう。」

常に浮かべている微笑みを崩すことなく、カスパーは一歩カールに近づいた。コツリという足音を聞き、カールは叫ぶのをやめ顔を上げると、目を見開いたまま硬直した。

「おや、私の顔に何かついていますか?」
「ば、化物…」

カールは小さく呟くと、再び叫び出した。カスパーの伸ばされた手から逃れようと、彼は走り出した。早くこの化物から離れなくては。彼にはすでにローゼリアの姿も、己の主人の姿も見えてはいなかった。たった一つ、彼の目に映ったのは外へと続く開かれた窓。一刻も早くこの場から逃れたい。その一心でカールは走り出した。窓枠に手を掛け、そのまま飛び出したカールは今度こそあの化物から逃げ切ったと、高らかに笑った。

「ははははは!ははははは!!!」

窓の外から聞こえる異様な笑い声が遠のき、小さくない衝撃音と共にその声は止まった。
声が止むのを待ち、ローゼリアが窓から下を覗くと、両脚があらぬ方向に曲がったカールがピクリとも動くことなく、ただ横たわっていた。恐らく医務室へと向かったのであろう、クローヴィスとオディリアの姿は既になく、野次馬に集まった数人の生徒が目の前で飛び降りたカールを見て、悲鳴を上げていた。
ローゼリアは微笑みを崩す事なくその様子を暫く眺めると、顔を上げアダルヘルムへと向き直った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...