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15歳

悪女の涙1

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アダルヘルムは元気をなくしてしまったソフィアの肩を抱き、生徒指導室へと入った。この部屋は王族と、その許可のある者以外の入室は禁止されている。学園に通っていても公務を疎かにできない王族を慮っての措置であった。以前は正しい目的で使われていたこの部屋も、今ではソフィアとの逢引部屋と化していた。
アダルヘルムはソフィアをソファーに座らせ、自分もその隣に座り気遣わしげに彼女の顔を覗き込んだ。

「大丈夫か、ソフィー。」
「は、はい。大丈夫です。助けていただいてありがとうございます。」
「なに。パウロスがソフィアの後をつけるテールマン公爵令嬢の姿を見かけてね、僕に報告してきたんだ。きっと人気のない所でソフィアに詰め寄る気だと。僕が駆けつけて正解だったよ。侯爵家のパウロスでは公爵家に真っ向から対立は出来ないからね。」
「私のために…ありがとうございます。でも、いつもの事ですから、そんなに気にしないでください。今日なんてマシな方で…」
「学年が上がってから、嫌がらせがエスカレートしているんだろう?昨年の様に一緒にいられなくてすまない。」
「気にしないでください。オディリア様がいるんですもん、仕方がありませんよ。」

ソフィアは寂しそうに笑った。アダルヘルムはその顔を見て、彼女への罪悪感と共にオディリアへの怒りが湧き出て来るのを自覚した。

「しかし…やはりオディリアがここ最近の嫌がらせの黒幕だったのだな。ソフィーの言っていた事は気のせいなんかじゃなかったんだ。」
「は、はい…私の気のせいだったら良かったんですけど…。」


ーーーーーーーーー


オディリアが入学してから、ソフィアはある事をアダルヘルムに言い続けてきた。

「アダルヘルム様…オディリア王女が、すごく怖い顔で私を睨んでくるんです。私、何かしてしまったでしょうか?」

常に穏やかなオディリアがその様な事をするはずがないと、初めはソフィアの気のせいだと言っていたアダルヘルムも、繰り返されるその発言と、日に日に過激になっていくらしいソフィアへの嫌がらせに、彼の心は徐々に疑心に染まっていった。そのうち、オディリアが他の令嬢をけしかけ、 自分では直接手を下す事なくソフィアを虐げているという噂がまことしやかに流れ始めた。その噂を聞き、アダルヘルムは確信した。最近の嫌がらせ行為は、オディリアによるものであると。
現在アダルヘルムは以前ほど側近候補達と行動を共にしていない。時間が空けば常に生徒指導室に集まりアダルヘルムの公務のサポートをしていた彼らは、最近はめっきり生徒指導室からは足が遠のいていた。アダルヘルムも、それは好都合とソフィアを部屋に連れ込み、逢瀬を重ねていた。パウロスとカールは、己の主人が傾倒する女を密かに物にしている優越感から、アダルヘルムへの確かな忠誠心が薄らいでいった。アダルヘルムはソフィアに夢中になるあまり、その危機的状況にも気を揉む事はなかった。そのため、今までパウロスの役目であった情報収集が行われず、根も葉もない噂に惑わされる結果となったのだ。
王城に滞在していた時に見せたオディリアの優しげな雰囲気は、すべて演技だったのか。昼食に同席した時の彼女の嬉しそうな顔を見ると、罪悪感に苛まれた。しかしそれも彼女が優しく純粋であったからこそ生まれた感情だ。他の貴族令嬢と同様にオディリアもまた中身は陰険な女だった事が判明した今、彼女に遠慮する必要は無くなった。

「私のソフィー…今後は今まで通り、昼食も共にしよう。」
「え、でも…オディリア様は良いんですか?」
「良いんだ。あちらが私の物に手を出したのだ。当然の仕打ちだろう。」
「でも、私への嫌がらせもアダルヘルム様への想いから来たものですよね。それに将来結婚するのに、良いんでしょうか…」
「オディリアが今後も態度を改めなければ、この様な愛のない婚約など解消してやるさ。その結果私が王太子の座を退く事になったって後悔しない。ソフィーさえ側にいれば。」
「アダルヘルム様…」
「ソフィー…」

その後、ソフィアの艶声が生徒指導室に響いたが、それを聞く者はいなかった。


ーーーーーーーーー


「ソフィー、最近の嫌がらせはどうだ。」
「はい。だいぶ減りました。アダルヘルム様のおかげですね。」

アダルヘルムが実際に嫌がらせの現場を目にしたのは、先日の一度きり。それ以外は全てソフィア本人からの報告であった。彼女からの報告を微塵も疑う事なく、アダルヘルムはすべて鵜呑みにしていた。以前のアダルヘルムであればパウロスに裏を取らせるくらいの事はしたであろうが、側近候補との連携も取れぬ今、それをしようとも思わなかった。

「あれからオディリアやテールマン侯爵令嬢からの接触はあるか?」
「いいえ、あれきりありません。アダルヘルム様が啖呵を切ってくれたからですね。あの時のアダルヘルム様、とっても格好良かったです!」
「そうか。だが引き続き警戒しておくんだぞ。彼女らとは、二人きりにならない様に。」
「はい!気をつけます。」

子供の様に素直に頷くソフィアを見て愛おしさが込み上げたアダルヘルムは、ソフィアを抱きしめながら頭を撫でた。ソフィアもそれを受け入れ、気持ちよさそうに目を細めていた。

「はは。まるで子犬の様だな。」
「ふふ。本当に子犬だったら、アダルヘルム様に飼ってもらえるのに。そしたら、ずっと一緒ですね。」
「っ、ソフィー…」
「ん…」

アダルヘルムはソフィアの無邪気な発言に、思わず我を忘れ彼女の唇を奪った。

「ソフィー、我慢できない…」
「あん、ダメですよ、アダルヘルム様。私もう行かないと。次の授業は実技なので着替える必要があるんです。早めに行かないと。」
「…残念だ。」
「もう、そんなにしょげないでください。結婚したら、いつでも好きな時にイチャイチャできますよ。それまで我慢です!」
「!結婚、してくれる、のか…?」
「あ、当たり前じゃないですか!アダルヘルム様の地位を考えると、私がどういう立場になるのかは分かりませんけど…。一生お側にいるって、決めたんです。奥さんでも、妾でも、何でもいいって…」
「ソフィー…」
「そりゃ、私は平民育ちですから、奥さんが何人もいるのは嫌ですけど…私を一番に愛してくれるのなら、我慢します。」
「ソフィー、必ず君とだけ結婚してみせる。他の女なんていらない。だから少し、待っていてくれないか。」
「アダルヘルム様…嬉しい。でも、無理はしないで下さいね。その気持ちだけでも充分嬉しいですから…。あ、もう行かないと。次の休み時間も、ここで会いますか?」
「そうだな。愛しいソフィー。またここで君を待っているよ。その時は…」
「ふふ、分かってますよ。それでは。」

ソフィアはそう言うと退室し、パタパタと次の授業の準備に向かった。アダルヘルムは幸せを噛みしめる様に先程のソフィアの言葉を反芻し、一人にやけた。

「待っていろ、ソフィー。必ず、君を正妻に迎える。」
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