上 下
76 / 87
15歳

とある悪女4

しおりを挟む
「おい、アッカーマン男爵令嬢はどうだったんた?」
「え?」
「え?じゃなくて。あの女の本性を見抜くとか言っていただろう。どうなんだ、殿下の害となる存在だったか?」
「ああ、ソフィア嬢ね…。彼女は大丈夫だ。別に殿下とどうかなりたくて近づいた訳でもなさそうなんだ。」
「本当か?殿下の様子を見ているととてもそうは思えないが…。」
「ああ、あれは殿下が勝手に暴走しているだけだ。それにソフィア嬢は本当にそのままただの純粋な女の子だった。」
「そうか…」

カールはパウロスの顔を覗き込んだ。優しげな目元に、あらゆる情報も逃すまいと鋭い光を宿らせていたパウロスの目は、今や濁りきっていた。しかしカールはそれを指摘することもなく、この会話を終わらせた。

「少し鍛錬してくる。」
「程々にしておけよ。」
「ああ。」

カールは一人、訓練場の裏に向かった。彼が授業以外で学園の訓練場を使うことはほぼ無い。何故なら、彼は他の学生と馴れ合う気がないからだ。カールは将来の王であるアダルヘルムの剣であり、盾。変に他の貴族と親睦を深め、感情移入し、その剣を鈍らせるわけにはいかなかった。他の者と親しくし、情報を得るのはパウロスの仕事。
故に彼には友人と呼べる者がパウロス以外にいない。しかしカールはその現状を少しも嘆いてはいなかった。カールとパウロスに、アダルヘルム。彼の世界はそれだけで完結しており、他の何者をも必要としていなかったのだ。

「フッ、フッ」

カールは剣を振りながら、最近のパウロスの様子を思い返していた。今まで熱い眼差しをアダルヘルムに向けていたパウロスは、今やそれをアダルヘルムの傍にいるソフィアに向けている。ソフィアも、アダルヘルムと親しくしながらも、時折パウロスに目配せをしてはにこりと微笑む。パウロスはそれを受け、頬を微かに染めるのだ。

パウロスもあの女の魔の手に落ちた。残るは、自分のみ。

情報を敢えて持たないカールに先入観というものはない。彼は直感で物事の善悪を見極める。そして、その直感は大抵の場合正しいのだ。その彼の直感が警告を発していた。ソフィアは危険だと。
パウロスが落ちた今、アダルヘルムを守れるのはカールだけだ。なんとかしてソフィアをアダルヘルムから離さなくては。カールはいつのまにか剣を振るのも忘れ、思考の海に沈んでいった。

「あれ、もう終わっちゃうんですか?」
「!!」

周りが見えなくなっていたカールに、背後から声を掛けたのは一人の少女。突然のソフィアの登場に、カールは動揺した。考え事に没頭していたとはいえ、素人に背後を取られるなど一生の不覚。カールは舌打ちしながら振り返り、危険人物と対峙した。

「…何の用だ、ソフィア=アッカーマン。」
「やっぱりカール様だ!ここを通りかかったら、訓練場の外で剣の素振りの音が聞こえたんで、覗きに来たんです。」
「こんな所、女に用はないだろう。何をしに来た。誰かと逢い引きでもする気か?」
「あはは、そんな訳ないじゃないですか。カール様だって知っているでしょ?私が人目を避けているのを。ここはあまり人が通りませんから。」
「ふん、成る程な。」
「ところでカール様は何故こんな所で鍛錬を?訓練場はまだ空いてましたよ。」
「俺は他の奴らと馴れ合うつもりはない。」
「え、友達いないってことですか?」
「友人など俺の剣を鈍らせるだけだ。」
「それって寂しくないんですか?」
「俺には仕えるべき主と側近仲間のパウロスがいる。俺の世界はそれだけで十分だ。」
「でも、もしそのお二人に他に大切な人ができたらどうするんですか?」
「そんなの俺には関係ない。俺は俺の使命を全うするだけだ。」
「仕事が人生の全てなんて虚しくならないんですか?アダルヘルム様やパウロス様が大切な人と共に過ごす時間を、カール様は一人孤独に過ごすんですか?」
「…お前、さっきから何様のつもりだ。俺に喧嘩を売っているのか。」
「あ、ご、ごめんなさい!私って思ったことが全て口から出るタイプで…」
「俺は殿下達の様に甘くはない。無礼なお前の顔など見たくはない、去れ。」
「ご、ごめんなさい…。じゃあ行きますね。」

ソフィアは彼女を睨みつけるカールに軽く一礼すると、走り去っていった。カールはホッと息を吐き出した。意識はしていなかったが、随分と緊張していたようだ。ソフィアと話してみて、彼女に惹かれる気配はない。自分は大丈夫、アダルヘルム達の様にはならない。カールは自分に言い聞かせた。
しかし先程のソフィアの言葉が頭から離れない。アダルヘルムやパウロスに、大切な人ができたら。今がまさにその状況なのではないか。ここ最近、カールは確かに疎外感を感じていた。彼らの目は常にソフィアに向けられ、カールの事など見てはいなかった。これが生涯続くのだとしたら、確かに虚しさを感じる。学生の今はまだ良いだろうが、この先何十年とたった一人、自分を見てくれない主に仕え続けるのは孤独だ。

最近のアダルヘルムの腑抜けた様子も相まって、カールは自身の確かな忠誠心が揺らいでいるのを自覚した。カールは頭に水を掛けその思考を追いやると、再び剣を振り出した。

少し離れた木の陰からソフィアがずっとこちらを見ていた事に、冷静さを欠いていた彼は気づかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...