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15歳
とある悪女4
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「おい、アッカーマン男爵令嬢はどうだったんた?」
「え?」
「え?じゃなくて。あの女の本性を見抜くとか言っていただろう。どうなんだ、殿下の害となる存在だったか?」
「ああ、ソフィア嬢ね…。彼女は大丈夫だ。別に殿下とどうかなりたくて近づいた訳でもなさそうなんだ。」
「本当か?殿下の様子を見ているととてもそうは思えないが…。」
「ああ、あれは殿下が勝手に暴走しているだけだ。それにソフィア嬢は本当にそのままただの純粋な女の子だった。」
「そうか…」
カールはパウロスの顔を覗き込んだ。優しげな目元に、あらゆる情報も逃すまいと鋭い光を宿らせていたパウロスの目は、今や濁りきっていた。しかしカールはそれを指摘することもなく、この会話を終わらせた。
「少し鍛錬してくる。」
「程々にしておけよ。」
「ああ。」
カールは一人、訓練場の裏に向かった。彼が授業以外で学園の訓練場を使うことはほぼ無い。何故なら、彼は他の学生と馴れ合う気がないからだ。カールは将来の王であるアダルヘルムの剣であり、盾。変に他の貴族と親睦を深め、感情移入し、その剣を鈍らせるわけにはいかなかった。他の者と親しくし、情報を得るのはパウロスの仕事。
故に彼には友人と呼べる者がパウロス以外にいない。しかしカールはその現状を少しも嘆いてはいなかった。カールとパウロスに、アダルヘルム。彼の世界はそれだけで完結しており、他の何者をも必要としていなかったのだ。
「フッ、フッ」
カールは剣を振りながら、最近のパウロスの様子を思い返していた。今まで熱い眼差しをアダルヘルムに向けていたパウロスは、今やそれをアダルヘルムの傍にいるソフィアに向けている。ソフィアも、アダルヘルムと親しくしながらも、時折パウロスに目配せをしてはにこりと微笑む。パウロスはそれを受け、頬を微かに染めるのだ。
パウロスもあの女の魔の手に落ちた。残るは、自分のみ。
情報を敢えて持たないカールに先入観というものはない。彼は直感で物事の善悪を見極める。そして、その直感は大抵の場合正しいのだ。その彼の直感が警告を発していた。ソフィアは危険だと。
パウロスが落ちた今、アダルヘルムを守れるのはカールだけだ。なんとかしてソフィアをアダルヘルムから離さなくては。カールはいつのまにか剣を振るのも忘れ、思考の海に沈んでいった。
「あれ、もう終わっちゃうんですか?」
「!!」
周りが見えなくなっていたカールに、背後から声を掛けたのは一人の少女。突然のソフィアの登場に、カールは動揺した。考え事に没頭していたとはいえ、素人に背後を取られるなど一生の不覚。カールは舌打ちしながら振り返り、危険人物と対峙した。
「…何の用だ、ソフィア=アッカーマン。」
「やっぱりカール様だ!ここを通りかかったら、訓練場の外で剣の素振りの音が聞こえたんで、覗きに来たんです。」
「こんな所、女に用はないだろう。何をしに来た。誰かと逢い引きでもする気か?」
「あはは、そんな訳ないじゃないですか。カール様だって知っているでしょ?私が人目を避けているのを。ここはあまり人が通りませんから。」
「ふん、成る程な。」
「ところでカール様は何故こんな所で鍛錬を?訓練場はまだ空いてましたよ。」
「俺は他の奴らと馴れ合うつもりはない。」
「え、友達いないってことですか?」
「友人など俺の剣を鈍らせるだけだ。」
「それって寂しくないんですか?」
「俺には仕えるべき主と側近仲間のパウロスがいる。俺の世界はそれだけで十分だ。」
「でも、もしそのお二人に他に大切な人ができたらどうするんですか?」
「そんなの俺には関係ない。俺は俺の使命を全うするだけだ。」
「仕事が人生の全てなんて虚しくならないんですか?アダルヘルム様やパウロス様が大切な人と共に過ごす時間を、カール様は一人孤独に過ごすんですか?」
「…お前、さっきから何様のつもりだ。俺に喧嘩を売っているのか。」
「あ、ご、ごめんなさい!私って思ったことが全て口から出るタイプで…」
「俺は殿下達の様に甘くはない。無礼なお前の顔など見たくはない、去れ。」
「ご、ごめんなさい…。じゃあ行きますね。」
ソフィアは彼女を睨みつけるカールに軽く一礼すると、走り去っていった。カールはホッと息を吐き出した。意識はしていなかったが、随分と緊張していたようだ。ソフィアと話してみて、彼女に惹かれる気配はない。自分は大丈夫、アダルヘルム達の様にはならない。カールは自分に言い聞かせた。
しかし先程のソフィアの言葉が頭から離れない。アダルヘルムやパウロスに、大切な人ができたら。今がまさにその状況なのではないか。ここ最近、カールは確かに疎外感を感じていた。彼らの目は常にソフィアに向けられ、カールの事など見てはいなかった。これが生涯続くのだとしたら、確かに虚しさを感じる。学生の今はまだ良いだろうが、この先何十年とたった一人、自分を見てくれない主に仕え続けるのは孤独だ。
最近のアダルヘルムの腑抜けた様子も相まって、カールは自身の確かな忠誠心が揺らいでいるのを自覚した。カールは頭に水を掛けその思考を追いやると、再び剣を振り出した。
少し離れた木の陰からソフィアがずっとこちらを見ていた事に、冷静さを欠いていた彼は気づかなかった。
「え?」
「え?じゃなくて。あの女の本性を見抜くとか言っていただろう。どうなんだ、殿下の害となる存在だったか?」
「ああ、ソフィア嬢ね…。彼女は大丈夫だ。別に殿下とどうかなりたくて近づいた訳でもなさそうなんだ。」
「本当か?殿下の様子を見ているととてもそうは思えないが…。」
「ああ、あれは殿下が勝手に暴走しているだけだ。それにソフィア嬢は本当にそのままただの純粋な女の子だった。」
「そうか…」
カールはパウロスの顔を覗き込んだ。優しげな目元に、あらゆる情報も逃すまいと鋭い光を宿らせていたパウロスの目は、今や濁りきっていた。しかしカールはそれを指摘することもなく、この会話を終わらせた。
「少し鍛錬してくる。」
「程々にしておけよ。」
「ああ。」
カールは一人、訓練場の裏に向かった。彼が授業以外で学園の訓練場を使うことはほぼ無い。何故なら、彼は他の学生と馴れ合う気がないからだ。カールは将来の王であるアダルヘルムの剣であり、盾。変に他の貴族と親睦を深め、感情移入し、その剣を鈍らせるわけにはいかなかった。他の者と親しくし、情報を得るのはパウロスの仕事。
故に彼には友人と呼べる者がパウロス以外にいない。しかしカールはその現状を少しも嘆いてはいなかった。カールとパウロスに、アダルヘルム。彼の世界はそれだけで完結しており、他の何者をも必要としていなかったのだ。
「フッ、フッ」
カールは剣を振りながら、最近のパウロスの様子を思い返していた。今まで熱い眼差しをアダルヘルムに向けていたパウロスは、今やそれをアダルヘルムの傍にいるソフィアに向けている。ソフィアも、アダルヘルムと親しくしながらも、時折パウロスに目配せをしてはにこりと微笑む。パウロスはそれを受け、頬を微かに染めるのだ。
パウロスもあの女の魔の手に落ちた。残るは、自分のみ。
情報を敢えて持たないカールに先入観というものはない。彼は直感で物事の善悪を見極める。そして、その直感は大抵の場合正しいのだ。その彼の直感が警告を発していた。ソフィアは危険だと。
パウロスが落ちた今、アダルヘルムを守れるのはカールだけだ。なんとかしてソフィアをアダルヘルムから離さなくては。カールはいつのまにか剣を振るのも忘れ、思考の海に沈んでいった。
「あれ、もう終わっちゃうんですか?」
「!!」
周りが見えなくなっていたカールに、背後から声を掛けたのは一人の少女。突然のソフィアの登場に、カールは動揺した。考え事に没頭していたとはいえ、素人に背後を取られるなど一生の不覚。カールは舌打ちしながら振り返り、危険人物と対峙した。
「…何の用だ、ソフィア=アッカーマン。」
「やっぱりカール様だ!ここを通りかかったら、訓練場の外で剣の素振りの音が聞こえたんで、覗きに来たんです。」
「こんな所、女に用はないだろう。何をしに来た。誰かと逢い引きでもする気か?」
「あはは、そんな訳ないじゃないですか。カール様だって知っているでしょ?私が人目を避けているのを。ここはあまり人が通りませんから。」
「ふん、成る程な。」
「ところでカール様は何故こんな所で鍛錬を?訓練場はまだ空いてましたよ。」
「俺は他の奴らと馴れ合うつもりはない。」
「え、友達いないってことですか?」
「友人など俺の剣を鈍らせるだけだ。」
「それって寂しくないんですか?」
「俺には仕えるべき主と側近仲間のパウロスがいる。俺の世界はそれだけで十分だ。」
「でも、もしそのお二人に他に大切な人ができたらどうするんですか?」
「そんなの俺には関係ない。俺は俺の使命を全うするだけだ。」
「仕事が人生の全てなんて虚しくならないんですか?アダルヘルム様やパウロス様が大切な人と共に過ごす時間を、カール様は一人孤独に過ごすんですか?」
「…お前、さっきから何様のつもりだ。俺に喧嘩を売っているのか。」
「あ、ご、ごめんなさい!私って思ったことが全て口から出るタイプで…」
「俺は殿下達の様に甘くはない。無礼なお前の顔など見たくはない、去れ。」
「ご、ごめんなさい…。じゃあ行きますね。」
ソフィアは彼女を睨みつけるカールに軽く一礼すると、走り去っていった。カールはホッと息を吐き出した。意識はしていなかったが、随分と緊張していたようだ。ソフィアと話してみて、彼女に惹かれる気配はない。自分は大丈夫、アダルヘルム達の様にはならない。カールは自分に言い聞かせた。
しかし先程のソフィアの言葉が頭から離れない。アダルヘルムやパウロスに、大切な人ができたら。今がまさにその状況なのではないか。ここ最近、カールは確かに疎外感を感じていた。彼らの目は常にソフィアに向けられ、カールの事など見てはいなかった。これが生涯続くのだとしたら、確かに虚しさを感じる。学生の今はまだ良いだろうが、この先何十年とたった一人、自分を見てくれない主に仕え続けるのは孤独だ。
最近のアダルヘルムの腑抜けた様子も相まって、カールは自身の確かな忠誠心が揺らいでいるのを自覚した。カールは頭に水を掛けその思考を追いやると、再び剣を振り出した。
少し離れた木の陰からソフィアがずっとこちらを見ていた事に、冷静さを欠いていた彼は気づかなかった。
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