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15歳
とある悪女2
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「今日はよろしくお願いしますね、パウロス様!」
「ああ。早速始めよう。」
「はい!」
その日、パウロスとソフィアは図書室の人気のない一角に隣り合わせで座っていた。今日はアダルヘルムは公務で来れない。そのため、代理としてパウロスがソフィアに勉強を教えに来たのだ。
「まずは歴史から始めるか。今日の授業は何をやったんだ?」
「はい!このページからですね、…」
一冊の教科書を中央に置き、二人は肩を並べてそれを覗き込んだ。前のめりになったソフィアの栗色の髪が、サラサラとパウロスの頬に触れた。その髪から香る甘い香りに鼻をくすぐられていると、ふとソフィアが顔を上げた。鼻と鼻が触れ合いそうな程の距離。パウロスは思わず体を仰け反らせた。
「わわ!す、すみません、私ったら…つい夢中になってしまって…」
「い、いや、問題ない。」
真っ赤になったソフィアに釣られ、パウロスも自身の頬が熱くなるのを感じた。
「…ふう。少し休憩するか。」
「あ、そ、そうですね!」
パウロスとソフィアは、それぞれが座っていた椅子の背もたれに身体を預けた。令嬢がこの様に椅子に深く腰掛ける事はマナー違反とされているが、それを注意する気力はパウロスにはなかった。ソフィアは熱くなった顔を深呼吸で沈めると、パウロスに話しかけるために彼に向き直った。図書室では大きな声を出せないため、小さな声が届く様に自然とお互いの距離は近くなる。ソフィアの顔が近づいてくる光景に動揺しながらも、パウロスは必死に平静を装った。
「パウロス様はアダルヘルム様の側近なんですよね?普段はどういう事をされているんですか?」
「今はまだ側近候補だ。殿下に認めてもらわなくては、側近とは名乗れない。」
「え?そうなんですか?ずっと一緒にいるから、とっくに認めてられているのかと思ってました。」
「殿下は厳しいお方だからな。誰にも心を開かない。幼い頃から共にいる私にも、心を許さないんだ。まあ側にいる事を許されているだけ、栄誉な事なんだが。」
「ええ?私の知ってるアダルヘルム様と違う…」
「そうだろうな。君と過ごす時の殿下のあの様な顔、初めて見た。君には一応感謝しているんだ、殿下の心安らぐ存在になってくれて。」
「そんなこと…。」
「私達がどんなに努力してもできなかった事だ。」
パウロスは自嘲気味に笑った。突然現れた一人の少女にアダルヘルムの心の拠り所のポジションを掻っ攫われて、正直パウロスは嫉妬していた。幼い頃より彼が望んで止まない立場。一目見た時から、彼の一番になりたかった。アダルヘルムに対して恋愛感情などない。しかし、それにも似た感情をパウロスは抱いていた。その証拠に、どの令嬢と話をしていても、アダルヘルムより魅力的な女性は一人としていなかった。
アダルヘルムも女性に興味はなく、パウロスはそんな彼を見てお互いが一番心許せるような関係を築き上げたいと思った。アダルヘルムに婚約者はいたが、義務的に手紙のやり取りをしているだけで特に興味を持つ素振りは見られなかった。パウロス自身も、いずれ結婚することにはなるだろうが、アダルヘルム以上に心を寄せられる女性が現れるとは思えなかった。
そこに突然現れた平民出の少女にパウロスの心は荒れた。そしてソフィアと実際に話してみて抱いた感情は、疑心。彼女は見た目通りの令嬢ではない。何か目的があってアダルヘルムに近づいているような気がした。何故かソフィアに傾倒してしまったアダルヘルムは、今までの冷静沈着な性格はどこかに消え、正しい判断ができていない。自分がアダルヘルムの盾となり彼をこの女の魔の手から守らなくては。
そう思っていたのに。
胸の高鳴りが止まらない。ソフィアを見ていると、どうしようもなく落ち着かなかった。彼女の光り輝くつぶらな瞳に捕らえられ、目を離すことが出来ない。
そんなパウロスには気づく様子もなく、ソフィアはさらにパウロスに顔を近づけると、会話を続けた。
「でも、アダルヘルム様が一番信頼しているのってパウロス様ですよね?」
「は?」
「お二人が一緒にいる所を見て、いつも思っていたんです。ああ、お二人はきっとお互いが一番安心できる存在なんだろうなって。私の事は友達として気にかけては下さいますけど、やはり長年培った信頼関係には到底及びません。お二人がちょっと、羨ましいです。」
ソフィアはそう言うと少し寂しげに笑った。彼の一番欲しかった言葉をいとも簡単に言い当てた少女に、パウロスは完全に心を捕らえられてしまった。
「そろそろ再開しましょうか。」
「あ、ああ…。」
「少し人がいるみたいですね。もう少し声を小さくした方が良いでしょうか。」
ソフィアは教科書を手に取るとそれをパウロスの前に置き、彼と密着するように身を乗り出した。そして顔を上げると、至近距離で微笑んだ。
「ふふ。少しドキドキします。」
互いの腕が密着し、制服越しにソフィアの体温を感じた。彼より頭一つ低いソフィアを見下ろす形となったパウロスは、自然とブラウスの隙間から時折覗く胸に目が行った。パウロスに寄り添い、腕を寄せたソフィアは、自然と胸を強調する様な体勢になっていた。小ぶりな胸が前に押し出され、浮いた下着から桜色の色素が見えた所でパウロスは慌てて頭を振った。ソフィアは突然のパウロスの奇行に驚き、顔を上げた。
「ど、どうされたんですか?」
「いや、何でもない。何でもないんだ…。」
「そ、そうですか?具合が悪いようなら言ってくださいね。」
「ああ…。」
「ああ。早速始めよう。」
「はい!」
その日、パウロスとソフィアは図書室の人気のない一角に隣り合わせで座っていた。今日はアダルヘルムは公務で来れない。そのため、代理としてパウロスがソフィアに勉強を教えに来たのだ。
「まずは歴史から始めるか。今日の授業は何をやったんだ?」
「はい!このページからですね、…」
一冊の教科書を中央に置き、二人は肩を並べてそれを覗き込んだ。前のめりになったソフィアの栗色の髪が、サラサラとパウロスの頬に触れた。その髪から香る甘い香りに鼻をくすぐられていると、ふとソフィアが顔を上げた。鼻と鼻が触れ合いそうな程の距離。パウロスは思わず体を仰け反らせた。
「わわ!す、すみません、私ったら…つい夢中になってしまって…」
「い、いや、問題ない。」
真っ赤になったソフィアに釣られ、パウロスも自身の頬が熱くなるのを感じた。
「…ふう。少し休憩するか。」
「あ、そ、そうですね!」
パウロスとソフィアは、それぞれが座っていた椅子の背もたれに身体を預けた。令嬢がこの様に椅子に深く腰掛ける事はマナー違反とされているが、それを注意する気力はパウロスにはなかった。ソフィアは熱くなった顔を深呼吸で沈めると、パウロスに話しかけるために彼に向き直った。図書室では大きな声を出せないため、小さな声が届く様に自然とお互いの距離は近くなる。ソフィアの顔が近づいてくる光景に動揺しながらも、パウロスは必死に平静を装った。
「パウロス様はアダルヘルム様の側近なんですよね?普段はどういう事をされているんですか?」
「今はまだ側近候補だ。殿下に認めてもらわなくては、側近とは名乗れない。」
「え?そうなんですか?ずっと一緒にいるから、とっくに認めてられているのかと思ってました。」
「殿下は厳しいお方だからな。誰にも心を開かない。幼い頃から共にいる私にも、心を許さないんだ。まあ側にいる事を許されているだけ、栄誉な事なんだが。」
「ええ?私の知ってるアダルヘルム様と違う…」
「そうだろうな。君と過ごす時の殿下のあの様な顔、初めて見た。君には一応感謝しているんだ、殿下の心安らぐ存在になってくれて。」
「そんなこと…。」
「私達がどんなに努力してもできなかった事だ。」
パウロスは自嘲気味に笑った。突然現れた一人の少女にアダルヘルムの心の拠り所のポジションを掻っ攫われて、正直パウロスは嫉妬していた。幼い頃より彼が望んで止まない立場。一目見た時から、彼の一番になりたかった。アダルヘルムに対して恋愛感情などない。しかし、それにも似た感情をパウロスは抱いていた。その証拠に、どの令嬢と話をしていても、アダルヘルムより魅力的な女性は一人としていなかった。
アダルヘルムも女性に興味はなく、パウロスはそんな彼を見てお互いが一番心許せるような関係を築き上げたいと思った。アダルヘルムに婚約者はいたが、義務的に手紙のやり取りをしているだけで特に興味を持つ素振りは見られなかった。パウロス自身も、いずれ結婚することにはなるだろうが、アダルヘルム以上に心を寄せられる女性が現れるとは思えなかった。
そこに突然現れた平民出の少女にパウロスの心は荒れた。そしてソフィアと実際に話してみて抱いた感情は、疑心。彼女は見た目通りの令嬢ではない。何か目的があってアダルヘルムに近づいているような気がした。何故かソフィアに傾倒してしまったアダルヘルムは、今までの冷静沈着な性格はどこかに消え、正しい判断ができていない。自分がアダルヘルムの盾となり彼をこの女の魔の手から守らなくては。
そう思っていたのに。
胸の高鳴りが止まらない。ソフィアを見ていると、どうしようもなく落ち着かなかった。彼女の光り輝くつぶらな瞳に捕らえられ、目を離すことが出来ない。
そんなパウロスには気づく様子もなく、ソフィアはさらにパウロスに顔を近づけると、会話を続けた。
「でも、アダルヘルム様が一番信頼しているのってパウロス様ですよね?」
「は?」
「お二人が一緒にいる所を見て、いつも思っていたんです。ああ、お二人はきっとお互いが一番安心できる存在なんだろうなって。私の事は友達として気にかけては下さいますけど、やはり長年培った信頼関係には到底及びません。お二人がちょっと、羨ましいです。」
ソフィアはそう言うと少し寂しげに笑った。彼の一番欲しかった言葉をいとも簡単に言い当てた少女に、パウロスは完全に心を捕らえられてしまった。
「そろそろ再開しましょうか。」
「あ、ああ…。」
「少し人がいるみたいですね。もう少し声を小さくした方が良いでしょうか。」
ソフィアは教科書を手に取るとそれをパウロスの前に置き、彼と密着するように身を乗り出した。そして顔を上げると、至近距離で微笑んだ。
「ふふ。少しドキドキします。」
互いの腕が密着し、制服越しにソフィアの体温を感じた。彼より頭一つ低いソフィアを見下ろす形となったパウロスは、自然とブラウスの隙間から時折覗く胸に目が行った。パウロスに寄り添い、腕を寄せたソフィアは、自然と胸を強調する様な体勢になっていた。小ぶりな胸が前に押し出され、浮いた下着から桜色の色素が見えた所でパウロスは慌てて頭を振った。ソフィアは突然のパウロスの奇行に驚き、顔を上げた。
「ど、どうされたんですか?」
「いや、何でもない。何でもないんだ…。」
「そ、そうですか?具合が悪いようなら言ってくださいね。」
「ああ…。」
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