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15歳

入学式4

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「あ~、えっと…オディリア王女…。入学早々、不快な思いをさせたようで…」
「ふふ、クローヴィス様。私達クラスメイトでしょう?そんなにかしこまらないでください。オディリアと呼んで。」
「では、オディリア嬢。先程は兄がすまなかった。」
「大丈夫ですわ、不快な思いなんてしていませんもの。ただ、ご学友と仲がよろしくて驚いただけで。」
「本当ね。仲が良くて驚いたわ。婚約者でもない女性を愛称で呼ぶだなんて。」
「はあ…兄上は何を考えているんだ?例え本当にただの友人だとしても、いらぬ誤解を生むだろうに…。」

クローヴィスはため息を吐いた。ローゼリア達の席は彼女を中心に横並びに隣同士であり、単身この国に渡ってきたオディリアへの学園の気遣いが伺えた。オディリアは気にしていないと言い笑顔を崩さなかったが、その瞳に悲しみが浮かんでいるのをクローヴィスは見逃さなかった。

「しかしなんなんだあのソフィアとかいう女は…。家名を名乗らなかったから爵位すら分からないぞ。まさか平民ではないだろうな。」
「彼女はアッカーマン男爵令嬢ですわよ。二年程前に前妻を亡くした当主が、愛人を後妻に招き入れたのですわ。彼女はその時の連れ子で、元は平民ですわね。」
「庶子か…。それにしても教育がなっていないな。貴族の常識をまるで知らないなんて。ところで随分と詳しいな、ローゼリア。まさかこの事を知っていたのか?」
「ええ、まあ…。少々噂を耳にしたものですから。」
「噂?」
「王太子殿下が、とある男爵令嬢に熱を上げているという噂ですわ。」
「そんな噂になっていたのか…。王族の恥だな。」
「学園内では有名らしいですわよ?人目をはばからず親しくしていると。」
「何をやっているんだ、兄上は。…っと、すまない、こんな事オディリア嬢の前で話すことではなかった。」
「いいえ、お構いなく。私達の婚約は所詮政略的なもの。それに子供の頃に一度お会いして以来、私がこの国に来るまでずっとお会いする事もありませんでしたから。他の方に心を奪われていてもおかしくはありませんわ。」
「オディリア嬢…」
「お二人が羨ましいですわ、とても仲がよろしいんですもの。」
「い、いや、僕達は婚約者というか…」
「良い友人関係ですのよ、ねえクローヴィス殿下。」
「あ、ああ。そうなんだ。」

オディリアはクローヴィスの残念そうな顔を見て、彼の一方通行の想いを悟り苦笑した。全く想いに応えてもらえないクローヴィスに同情したが、同時にオディリアはその想いが羨ましくもあった。アダルヘルムも彼くらい自分に想いを寄せてくれていたら。
オディリアは手紙でしかやり取りのない婚約者のアダルヘルムに、ずっと恋をしてきた。恋をしなければやっていけなかったのかもしれない。アダルヘルムと婚姻を果たせば彼女は知らぬ土地で王太子妃となり、やがて王妃となる。自ら望んで嫁いだと思い込まなくては彼女が生まれ育った母国を去る勇気がでなかった。
一週間前にこの国に到着し、学園の寮に入るまでの間、オディリアは王城で過ごしていた。そこで十数年振りに再会したアダルヘルムは優しげな碧眼に艶やかな金髪を後ろで一つに束ねた好青年で、オディリアの胸は高鳴った。アダルヘルムは時間が空いた時には必ず彼女を誘い、共に紅茶を飲み、時に庭園を散歩した。アダルヘルムもオディリアと同じ気持ちなのだと、ずっとそう思っていた。
幸せな未来に思いを馳せていた所に、それをぶち壊すかのように登場した一人の少女。彼女はオディリアも呼ばれたことのない愛称で呼ばれ、それを当たり前のものとして受け入れていた。ちらりとアダルヘルムを見れば、彼の顔に浮かんでいたのは紛れもない罪悪感。その顔を見たとき、オディリアは悟った。彼は、自分ではなくソフィアに想いを寄せているのだと。
政略結婚を果たした貴族は愛人を持つことが多い。お互い想い合って結婚した訳ではないのだから、そうなるのは当たり前の事だ。オディリアとアダルヘルムの婚約も幼い頃に決まった政略的なもの。故にアダルヘルムに本当の想い人がいてもおかしくはなかったが、オディリアがその事実を受け入れるのにはもう少し時間が必要だった。

「お、鐘がなったな。」
「オリエンテーションが始まりますわね。」

時間を知らせる鐘がオディリアを思考の渦から引き上げた。仲良さげに会話をするローゼリアとクローヴィスを羨ましげに眺めながら、オディリアは教師が入室するのを待った。


オリエンテーションでは各授業の説明、魔法実技の際の注意点が担任の教師によって説明された。最後に選択科目から自身で興味のある科目を選び、それを記載した紙を提出して終了となる。

「お二人は何の科目を選ぶのかしら?」
「僕は騎士訓練だ。」
「まあ、随分と激しいものをお選びになったのね?」
「王子たるもの、自分の身は自分で守らなくてはな。元々訓練はしているが、いつも講師と一対一で行なっていたんだ。たまには集団で訓練を受けるのも良い経験になると思ってな。ローゼリアは?」
「私は家庭科ですわ。」
「えっ」
「何か?クローヴィス殿下。」
「い、いや…。家庭科って、下位貴族の令嬢がよく取る科目だろ?ローゼリアが料理をするなど想像がつかなくて…。」
「この授業ではお菓子を作るくらいですわよ。お菓子は好きですけど、自分で作った事はありませんから。一度やってみたかったんですの。」
「良いですわねえ、家庭科!お菓子大好きですわ。私もご一緒してもよろしいかしら。」
「ええ、是非。」
「ふふ。自分で作ったお菓子が食べられるなんて、楽しみねえ。」

こうして下位貴族令嬢達のオアシスであった家庭科は、不敬を働かないようにと緊張しきった令嬢達で溢れかえるのであった。
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