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5歳
人喰い豚8
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「呪い?これが?」
「ええ、この文明ではあまり一般に広まっていない様ですわね。これは呪いの霧を凝縮して私の氷で封印していますの。昨夜の放火騒ぎは、これが原因ですわ。この呪いはお父様とレイモンド兄様に向けて放たれたものでしたわ。それが文字通り飛び火したのですわね。」
「なんと…呪いなど、御伽噺の中のものだと思っていた。」
「そう思っていたほうが宜しいですわよ。呪いなど、ろくな物ではない。悪魔に魂を売れば、二度と輪廻転生の環には戻れませんもの。」
「悪魔も実在するのか?」
「勿論ですわ。彼らは冥府の王ウーツァが作り出しき眷属。我々神族の管轄外にある生き物ですわ。」
「何?そんな事が有り得るのか?この世界を支配管理するのが神であろう?」
「ウーツァに関しては我々の手を離れましたの。」
主神イーツェルと創造の女神エレシュアがこの世界を創造して間もない頃、彼ら自身を模倣した地上最初の生物、ウーツァを作り出した。ウーツァはたった一人地上に産み落とされ、孤独であった。耐えきれなくなったウーツァは、神より授かった力を使い自らの眷属を作り出した。眷属は地上を埋め尽くし、文明を築き上げ始めた。
しかしここで問題が起きた。ウーツァから生まれた眷属達は、神々の支配下に置かれてはいなかった。ウーツァの指示のみ聞き、神々の言う事に耳を貸さなかった。これは失敗作だ。神々は思った。彼らを排除し、再び地上に新たな生物を産み落とそう。神々はその力を使い眷属達を消し炭にした。しかしウーツァだけは、消す事ができなかった。神は、ウーツァに力を与えすぎたのだ。苦肉の策として、ウーツァを地中奥深くに封印した。
地中に封印されたウーツァは、しかし力を失う事なく、その孤独を埋めるため再び眷属を作り続けた。間も無く地中にはウーツァの作り出した小世界が作り上げられ、陽の光の届かない暗闇の世界で、ウーツァは冥府の王となり、眷属達は悪魔と呼ばれるようになった。
冥府の国から地上に上がる道は神々によって閉ざされていたものの、地上にいる生物が彼等を召喚すれば地上に上がる事ができた。地上に呼ばれた悪魔は、召喚者の魂を喰らい、その代わりに望みを叶えた。暗闇の中生きてきた悪魔にとって陽の光は毒だ。朝日とともに、悪魔は塵となって消え、再び冥府の国に戻される。その際に喰らった魂をともに持ち帰り、ウーツァに捧げるのだ。暇を持て余したウーツァは、その魂に苦痛を与え、悶え苦しむ様を眺めて時間を潰す。飽きればそれを喰らい、喰われた魂は二度と生を受けることはない。
「…そう言うわけで、悪魔と関わるなど碌なことになりませんわ。お父様も、例え憎しみに支配される様な時が来ても、決して人を呪うなどという愚かな行いはしない事ですわ。」
「世界創造の神話か…この世界では言い伝えられていない様だ。初めて聞いた。」
「それだけこの時代のイーツェル教は無能だと言う事ですわね。まあ、お陰で悪魔の存在が知れ渡る事なく冥府に連れて行かれる哀れな魂は殆ど存在しないのですれど。」
「…それでその呪いの塊をなぜ私に?」
「素敵なペーパーウェイトでしょう?薔薇のに加え、お仕事に使ってくださいな。」
「いやしかし…」
「使うべき時が来るまで持っていてくださればいいのですわ。私の部屋にこの様なものがあってはおかしいでしょう?」
「まあ、確かに…。しかし危険はないのか?」
「私の封印が破られる事などあり得ませんわ。」
「なら良いが…あの薔薇のペーパーウェイト、城で使っているが中々評判が良い。皆水晶だと思っているから驚かれるよ、どの様な技術を使っているのかと。」
「ふふ、それは良かったですわ。こちらは自宅で使ってくださいね。
ああ、それとこのハンカチもどうぞ。私が初めて刺繍しましたの。お父様のイニシャル入りですわ。」
「おお、ありがたく貰おう。上手くできている。さすがローゼリアだな。ラウレンティアに習ったのか?」
「そうですわ。今は兄様達の刺繍をしていますの。5歳児の指では、実力もたかが知れていますけど。」
「そうか、頑張れよ。大切に使う。」
「ふふ、ありがとうございます。」
ーーーーーーーーー
エドワードが悪魔に魂を売った翌日、彼は朝の礼拝堂を見回っていた。神殿の清掃は巫女の仕事だ。早朝に、巫女達総出で掃除を行うのが常であった。エドワードは気まぐれにそこを訪れては、気になる巫女を選別していた。今日は気分が良かったので、新しい巫女を可愛がろうと物色しにやって来たのだ。
「やっているな、巫女長。」
「おはようございます、神官長、さ、ま…」
巫女長は顔を上げエドワードを見ると、固まった。
「し、神官長様…その、腕の黒い霧は何です…?」
「は?何を言っている。そんなものどこにも付いていないぞ?」
「いいえ、確かに見えます、邪悪な黒い霧が貴方様の腕に蛇の様に纏わり付いております。まさか、神に身を捧げた身でありながら、神官長ともあろうお方が、悪魔に魂を売ったのですか…?」
「な、何を言っている?デタラメを言うな!そんなもの見えないではないか!幻覚でも見ているのか?」
「ああ、神よ…この神殿は終わりです…悪魔が…神殿の中に…。エドワード様、悪魔に魂を喰われれば、地獄に落ちますよ…。」
「ええい、黙れ!お前の妄言には付き合っていられん!仮に悪魔を呼び出していたとしても、簡単に魂を喰われるような軟弱者ではないわ!しばらく私の前に姿を見せるな、巫女長。破った場合は裸にひん剥いて飢えた神官達の群れに突き落とすぞ!」
「も、申し訳ありません、申し訳…」
ドカドカと足音を立て歩き去る神官長の姿を、何人かの巫女達もまた青い顔で見送っていた。
「…神官長は悪魔に取り憑かれました。皆、神に祈りを決して欠かす事のないように。大丈夫、正しい心で神に祈りを捧げれば、きっと守ってくださいます。」
「「は、はい…」」
礼拝堂の中は不安に包まれていたが、巫女達は巫女長の言葉を信じ、神に祈りを捧げた。
「ええ、この文明ではあまり一般に広まっていない様ですわね。これは呪いの霧を凝縮して私の氷で封印していますの。昨夜の放火騒ぎは、これが原因ですわ。この呪いはお父様とレイモンド兄様に向けて放たれたものでしたわ。それが文字通り飛び火したのですわね。」
「なんと…呪いなど、御伽噺の中のものだと思っていた。」
「そう思っていたほうが宜しいですわよ。呪いなど、ろくな物ではない。悪魔に魂を売れば、二度と輪廻転生の環には戻れませんもの。」
「悪魔も実在するのか?」
「勿論ですわ。彼らは冥府の王ウーツァが作り出しき眷属。我々神族の管轄外にある生き物ですわ。」
「何?そんな事が有り得るのか?この世界を支配管理するのが神であろう?」
「ウーツァに関しては我々の手を離れましたの。」
主神イーツェルと創造の女神エレシュアがこの世界を創造して間もない頃、彼ら自身を模倣した地上最初の生物、ウーツァを作り出した。ウーツァはたった一人地上に産み落とされ、孤独であった。耐えきれなくなったウーツァは、神より授かった力を使い自らの眷属を作り出した。眷属は地上を埋め尽くし、文明を築き上げ始めた。
しかしここで問題が起きた。ウーツァから生まれた眷属達は、神々の支配下に置かれてはいなかった。ウーツァの指示のみ聞き、神々の言う事に耳を貸さなかった。これは失敗作だ。神々は思った。彼らを排除し、再び地上に新たな生物を産み落とそう。神々はその力を使い眷属達を消し炭にした。しかしウーツァだけは、消す事ができなかった。神は、ウーツァに力を与えすぎたのだ。苦肉の策として、ウーツァを地中奥深くに封印した。
地中に封印されたウーツァは、しかし力を失う事なく、その孤独を埋めるため再び眷属を作り続けた。間も無く地中にはウーツァの作り出した小世界が作り上げられ、陽の光の届かない暗闇の世界で、ウーツァは冥府の王となり、眷属達は悪魔と呼ばれるようになった。
冥府の国から地上に上がる道は神々によって閉ざされていたものの、地上にいる生物が彼等を召喚すれば地上に上がる事ができた。地上に呼ばれた悪魔は、召喚者の魂を喰らい、その代わりに望みを叶えた。暗闇の中生きてきた悪魔にとって陽の光は毒だ。朝日とともに、悪魔は塵となって消え、再び冥府の国に戻される。その際に喰らった魂をともに持ち帰り、ウーツァに捧げるのだ。暇を持て余したウーツァは、その魂に苦痛を与え、悶え苦しむ様を眺めて時間を潰す。飽きればそれを喰らい、喰われた魂は二度と生を受けることはない。
「…そう言うわけで、悪魔と関わるなど碌なことになりませんわ。お父様も、例え憎しみに支配される様な時が来ても、決して人を呪うなどという愚かな行いはしない事ですわ。」
「世界創造の神話か…この世界では言い伝えられていない様だ。初めて聞いた。」
「それだけこの時代のイーツェル教は無能だと言う事ですわね。まあ、お陰で悪魔の存在が知れ渡る事なく冥府に連れて行かれる哀れな魂は殆ど存在しないのですれど。」
「…それでその呪いの塊をなぜ私に?」
「素敵なペーパーウェイトでしょう?薔薇のに加え、お仕事に使ってくださいな。」
「いやしかし…」
「使うべき時が来るまで持っていてくださればいいのですわ。私の部屋にこの様なものがあってはおかしいでしょう?」
「まあ、確かに…。しかし危険はないのか?」
「私の封印が破られる事などあり得ませんわ。」
「なら良いが…あの薔薇のペーパーウェイト、城で使っているが中々評判が良い。皆水晶だと思っているから驚かれるよ、どの様な技術を使っているのかと。」
「ふふ、それは良かったですわ。こちらは自宅で使ってくださいね。
ああ、それとこのハンカチもどうぞ。私が初めて刺繍しましたの。お父様のイニシャル入りですわ。」
「おお、ありがたく貰おう。上手くできている。さすがローゼリアだな。ラウレンティアに習ったのか?」
「そうですわ。今は兄様達の刺繍をしていますの。5歳児の指では、実力もたかが知れていますけど。」
「そうか、頑張れよ。大切に使う。」
「ふふ、ありがとうございます。」
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エドワードが悪魔に魂を売った翌日、彼は朝の礼拝堂を見回っていた。神殿の清掃は巫女の仕事だ。早朝に、巫女達総出で掃除を行うのが常であった。エドワードは気まぐれにそこを訪れては、気になる巫女を選別していた。今日は気分が良かったので、新しい巫女を可愛がろうと物色しにやって来たのだ。
「やっているな、巫女長。」
「おはようございます、神官長、さ、ま…」
巫女長は顔を上げエドワードを見ると、固まった。
「し、神官長様…その、腕の黒い霧は何です…?」
「は?何を言っている。そんなものどこにも付いていないぞ?」
「いいえ、確かに見えます、邪悪な黒い霧が貴方様の腕に蛇の様に纏わり付いております。まさか、神に身を捧げた身でありながら、神官長ともあろうお方が、悪魔に魂を売ったのですか…?」
「な、何を言っている?デタラメを言うな!そんなもの見えないではないか!幻覚でも見ているのか?」
「ああ、神よ…この神殿は終わりです…悪魔が…神殿の中に…。エドワード様、悪魔に魂を喰われれば、地獄に落ちますよ…。」
「ええい、黙れ!お前の妄言には付き合っていられん!仮に悪魔を呼び出していたとしても、簡単に魂を喰われるような軟弱者ではないわ!しばらく私の前に姿を見せるな、巫女長。破った場合は裸にひん剥いて飢えた神官達の群れに突き落とすぞ!」
「も、申し訳ありません、申し訳…」
ドカドカと足音を立て歩き去る神官長の姿を、何人かの巫女達もまた青い顔で見送っていた。
「…神官長は悪魔に取り憑かれました。皆、神に祈りを決して欠かす事のないように。大丈夫、正しい心で神に祈りを捧げれば、きっと守ってくださいます。」
「「は、はい…」」
礼拝堂の中は不安に包まれていたが、巫女達は巫女長の言葉を信じ、神に祈りを捧げた。
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