37 / 87
5歳
人喰い豚4
しおりを挟む
アルドリックはその後も精力的に新属性説を説き続けた。無能の妄想だと鼻で笑う者にレイモンドの魔法を見せる事で黙らせた。家族に無能者がいる貴族の家から内密に問い合わせの手紙が届くことが増えた。それと同時に、シュバルツ家をイーツェル教の教えに反するものとして強く非難する者もまた多くいた。
宰相の仕事と当主としての仕事。それに加え新属性説支持派としての活動。アルドリックは多忙を極めていた。その日も夜遅くまでアルドリックの執務室には灯がともされていた。
「旦那様。そろそろお休みになられては如何ですか。」
「トーマンか。切りがいいところで終わらせる。」
ノックとともに入室したのはこの邸の家令であるトーマン。トーマンはワゴンを押しており、その上にはティーセットが置かれていた。
「お茶は如何ですか。」
「もらおう。」
トーマンは慣れた手つきで紅茶を入れ、アルドリックに差し出した。アルドリックはそれを確認すると、やっと顔を上げた。
「ありがとう。ところで…」
「何でございましょう。」
「お前は誰だ?」
「…はい?家令の、トーマンでございますが…」
「違うだろう?お前は、誰だ?紅茶に何を入れた?」
「…」
アルドリックの執務室に緊迫した空気が漂った。お互い一歩でも動けば、一言でも発すれば、この均衡は崩れる。
「『アイスプラーク』」
「!?」
アルドリックを無能と侮り全く魔法の警戒をしていなかった男は、状況を理解する前に崩れ落ちた。
「な、何を…お前、無能の筈では…」
「ふむ。運動野を広域に梗塞させた。話が聞きたいから言語野は残してみたが、うまくいった様だな。」
「何を言って…」
「誰の指示でここに来た?トーマンはどうした。」
「そんな事教えるわけがないだろう。」
「そうか…残念だな。お前の身体は一生そのままだ。一人で排泄する事も叶わない。何処の暗殺ギルドに所属しているかは知らないが、お前の様なお荷物はすぐに処分されるであろうな。」
「!!」
「5時間。」
「なに?」
「5時間、いや4時間か?お前の頭の中の血栓をこのまま維持し続ければそれくらいでお前の脳細胞は壊死する。そうなれば、不可逆的な障害となるであろう。」
「…」
「おや、変幻の魔法が解けているぞ?素顔を見れば、我が家の影がお前の身元を特定してくれるであろう。安心しろ、お前の所属ギルドにはちゃんと返してやるぞ。その時は口外を防ぐため言語野も潰してしまうが。
介護する者がいなければお前は地べたに寝そべったまま、糞尿を垂れ流し、そのうち餓死するだろうな。自害したくとも、指一本も動かせないお前にはそれもできまい。公爵家に侵入できるほどの腕前ならばそこそこ名の知れた者であろうが、哀れだな。」
「や、やめてくれ…」
「トーマンはどうした?」
「執務室で寝ている筈だ。俺は無駄な殺しはしない。」
「誰の指示でここに来た?なにが目的だ。」
「…」
「もう30分程経っているな。後4時間。可逆的と言えど、全く後遺症が残らないわけではない。時間とともにお前の身体の自由はどんどん失われていくぞ。」
「お、お前を殺す様にと…」
「それだけか?」
「…」
暗殺者の男は困惑した。今までこの様な尋問法など、聞いたことがなかった。彼は拷問に耐える訓練を受けていた。実際、若い頃に仕事を失敗し拷問された時も、消して口を割らなかった。衰弱した振りをし、隙を見て逃げ出して今があった。しかし今は何の痛みも与えられていない。ただ、指の一本すら動かすことが出来ないだけだ。自分の身体が自由に動かせないということが、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。しかも、これは魔法で動きを封じているわけではなく、脳の血流を途絶えさせた結果だと言う。自身の与り知らぬところで自分の身体が好き勝手に弄られている。その事実に男は戦慄した。
「本来ならば、尋問は影の者に任せるのだが…力試しも兼ねてこの様にお前と遊んでいるわけだ。私の尋問で吐かなければ、その後は影の者の拷問が始まるだけだ。不自由な身体では、今までの様に逃げ出す事もできない。長く苦しい痛みの後吐くか、今吐いて身体の自由を取り戻すか。考えればわかる事だと思うがな。」
「お、お前を殺した後は長男のレイモンドを殺す。最後にローゼリアを攫って終わりだ。」
「何人いる?」
「二人だ。レイモンドの暗殺は俺の役目だが、誘拐は別の者が行う。」
「成る程。今の時間ローゼリアの部屋に侵入を果たしている頃か。」
「そのはずだ。」
「まあそれは何とかなる。それより、誰からの指示だ?」
「?む、娘が心配ではないのか?」
「心配?まあ、邸を消し炭にされないかは心配だが…誘拐犯ごときに遅れを取るような娘ではない。話をそらすな。依頼者は誰だ?」
「し、神殿…」
「もっと詳しく。」
「それ以上は俺も知らない。俺はただ、上の命令に従っているだけだ。」
「そうか。それではお前に聞くことはもうなくなったな。今血栓を溶かしてやる。」
男は心の中でニヤリと笑った。身体が自由になったら、即座にアルドリックを殺す。尋問の後に解放するなど、やはりその道の者と違って詰めが甘い。男が洗いざらい全て話したことも、アルドリックを殺してしまえばなかったことになる。
「そうだ、その前に…」
「なんだ、早くしろ。」
「お前は私の秘密を知ってしまったな。悪いが、ここを生きて返すことはできない。」
「は、話が違うだろ、話せば身体を自由にすると…」
「安心しろ、約束は守る。お前の息の根が止まったのを確認したら、ちゃんと血栓を溶いてやる。『アイスプラーク』」
「な…」
それきり男の呼吸は止まった。ピクリとも動かず、男はそのまま窒息し静かに逝った。
宰相の仕事と当主としての仕事。それに加え新属性説支持派としての活動。アルドリックは多忙を極めていた。その日も夜遅くまでアルドリックの執務室には灯がともされていた。
「旦那様。そろそろお休みになられては如何ですか。」
「トーマンか。切りがいいところで終わらせる。」
ノックとともに入室したのはこの邸の家令であるトーマン。トーマンはワゴンを押しており、その上にはティーセットが置かれていた。
「お茶は如何ですか。」
「もらおう。」
トーマンは慣れた手つきで紅茶を入れ、アルドリックに差し出した。アルドリックはそれを確認すると、やっと顔を上げた。
「ありがとう。ところで…」
「何でございましょう。」
「お前は誰だ?」
「…はい?家令の、トーマンでございますが…」
「違うだろう?お前は、誰だ?紅茶に何を入れた?」
「…」
アルドリックの執務室に緊迫した空気が漂った。お互い一歩でも動けば、一言でも発すれば、この均衡は崩れる。
「『アイスプラーク』」
「!?」
アルドリックを無能と侮り全く魔法の警戒をしていなかった男は、状況を理解する前に崩れ落ちた。
「な、何を…お前、無能の筈では…」
「ふむ。運動野を広域に梗塞させた。話が聞きたいから言語野は残してみたが、うまくいった様だな。」
「何を言って…」
「誰の指示でここに来た?トーマンはどうした。」
「そんな事教えるわけがないだろう。」
「そうか…残念だな。お前の身体は一生そのままだ。一人で排泄する事も叶わない。何処の暗殺ギルドに所属しているかは知らないが、お前の様なお荷物はすぐに処分されるであろうな。」
「!!」
「5時間。」
「なに?」
「5時間、いや4時間か?お前の頭の中の血栓をこのまま維持し続ければそれくらいでお前の脳細胞は壊死する。そうなれば、不可逆的な障害となるであろう。」
「…」
「おや、変幻の魔法が解けているぞ?素顔を見れば、我が家の影がお前の身元を特定してくれるであろう。安心しろ、お前の所属ギルドにはちゃんと返してやるぞ。その時は口外を防ぐため言語野も潰してしまうが。
介護する者がいなければお前は地べたに寝そべったまま、糞尿を垂れ流し、そのうち餓死するだろうな。自害したくとも、指一本も動かせないお前にはそれもできまい。公爵家に侵入できるほどの腕前ならばそこそこ名の知れた者であろうが、哀れだな。」
「や、やめてくれ…」
「トーマンはどうした?」
「執務室で寝ている筈だ。俺は無駄な殺しはしない。」
「誰の指示でここに来た?なにが目的だ。」
「…」
「もう30分程経っているな。後4時間。可逆的と言えど、全く後遺症が残らないわけではない。時間とともにお前の身体の自由はどんどん失われていくぞ。」
「お、お前を殺す様にと…」
「それだけか?」
「…」
暗殺者の男は困惑した。今までこの様な尋問法など、聞いたことがなかった。彼は拷問に耐える訓練を受けていた。実際、若い頃に仕事を失敗し拷問された時も、消して口を割らなかった。衰弱した振りをし、隙を見て逃げ出して今があった。しかし今は何の痛みも与えられていない。ただ、指の一本すら動かすことが出来ないだけだ。自分の身体が自由に動かせないということが、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。しかも、これは魔法で動きを封じているわけではなく、脳の血流を途絶えさせた結果だと言う。自身の与り知らぬところで自分の身体が好き勝手に弄られている。その事実に男は戦慄した。
「本来ならば、尋問は影の者に任せるのだが…力試しも兼ねてこの様にお前と遊んでいるわけだ。私の尋問で吐かなければ、その後は影の者の拷問が始まるだけだ。不自由な身体では、今までの様に逃げ出す事もできない。長く苦しい痛みの後吐くか、今吐いて身体の自由を取り戻すか。考えればわかる事だと思うがな。」
「お、お前を殺した後は長男のレイモンドを殺す。最後にローゼリアを攫って終わりだ。」
「何人いる?」
「二人だ。レイモンドの暗殺は俺の役目だが、誘拐は別の者が行う。」
「成る程。今の時間ローゼリアの部屋に侵入を果たしている頃か。」
「そのはずだ。」
「まあそれは何とかなる。それより、誰からの指示だ?」
「?む、娘が心配ではないのか?」
「心配?まあ、邸を消し炭にされないかは心配だが…誘拐犯ごときに遅れを取るような娘ではない。話をそらすな。依頼者は誰だ?」
「し、神殿…」
「もっと詳しく。」
「それ以上は俺も知らない。俺はただ、上の命令に従っているだけだ。」
「そうか。それではお前に聞くことはもうなくなったな。今血栓を溶かしてやる。」
男は心の中でニヤリと笑った。身体が自由になったら、即座にアルドリックを殺す。尋問の後に解放するなど、やはりその道の者と違って詰めが甘い。男が洗いざらい全て話したことも、アルドリックを殺してしまえばなかったことになる。
「そうだ、その前に…」
「なんだ、早くしろ。」
「お前は私の秘密を知ってしまったな。悪いが、ここを生きて返すことはできない。」
「は、話が違うだろ、話せば身体を自由にすると…」
「安心しろ、約束は守る。お前の息の根が止まったのを確認したら、ちゃんと血栓を溶いてやる。『アイスプラーク』」
「な…」
それきり男の呼吸は止まった。ピクリとも動かず、男はそのまま窒息し静かに逝った。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる