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5歳

人喰い豚4

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アルドリックはその後も精力的に新属性説を説き続けた。無能の妄想だと鼻で笑う者にレイモンドの魔法を見せる事で黙らせた。家族に無能者がいる貴族の家から内密に問い合わせの手紙が届くことが増えた。それと同時に、シュバルツ家をイーツェル教の教えに反するものとして強く非難する者もまた多くいた。
宰相の仕事と当主としての仕事。それに加え新属性説支持派としての活動。アルドリックは多忙を極めていた。その日も夜遅くまでアルドリックの執務室には灯がともされていた。

「旦那様。そろそろお休みになられては如何ですか。」
「トーマンか。切りがいいところで終わらせる。」

ノックとともに入室したのはこの邸の家令であるトーマン。トーマンはワゴンを押しており、その上にはティーセットが置かれていた。

「お茶は如何ですか。」
「もらおう。」

トーマンは慣れた手つきで紅茶を入れ、アルドリックに差し出した。アルドリックはそれを確認すると、やっと顔を上げた。

「ありがとう。ところで…」
「何でございましょう。」
「お前は誰だ?」
「…はい?家令の、トーマンでございますが…」
「違うだろう?お前は、誰だ?紅茶に何を入れた?」
「…」

アルドリックの執務室に緊迫した空気が漂った。お互い一歩でも動けば、一言でも発すれば、この均衡は崩れる。

「『アイスプラーク』」
「!?」

アルドリックを無能と侮り全く魔法の警戒をしていなかった男は、状況を理解する前に崩れ落ちた。

「な、何を…お前、無能の筈では…」
「ふむ。運動野を広域に梗塞させた。話が聞きたいから言語野は残してみたが、うまくいった様だな。」
「何を言って…」
「誰の指示でここに来た?トーマンはどうした。」
「そんな事教えるわけがないだろう。」
「そうか…残念だな。お前の身体は一生そのままだ。一人で排泄する事も叶わない。何処の暗殺ギルドに所属しているかは知らないが、お前の様なお荷物はすぐに処分されるであろうな。」
「!!」
「5時間。」
「なに?」
「5時間、いや4時間か?お前の頭の中の血栓をこのまま維持し続ければそれくらいでお前の脳細胞は壊死する。そうなれば、不可逆的な障害となるであろう。」
「…」
「おや、変幻の魔法が解けているぞ?素顔を見れば、我が家の影がお前の身元を特定してくれるであろう。安心しろ、お前の所属ギルドにはちゃんと返してやるぞ。その時は口外を防ぐため言語野も潰してしまうが。
介護する者がいなければお前は地べたに寝そべったまま、糞尿を垂れ流し、そのうち餓死するだろうな。自害したくとも、指一本も動かせないお前にはそれもできまい。公爵家に侵入できるほどの腕前ならばそこそこ名の知れた者であろうが、哀れだな。」
「や、やめてくれ…」
「トーマンはどうした?」
「執務室で寝ている筈だ。俺は無駄な殺しはしない。」
「誰の指示でここに来た?なにが目的だ。」
「…」
「もう30分程経っているな。後4時間。可逆的と言えど、全く後遺症が残らないわけではない。時間とともにお前の身体の自由はどんどん失われていくぞ。」
「お、お前を殺す様にと…」
「それだけか?」
「…」

暗殺者の男は困惑した。今までこの様な尋問法など、聞いたことがなかった。彼は拷問に耐える訓練を受けていた。実際、若い頃に仕事を失敗し拷問された時も、消して口を割らなかった。衰弱した振りをし、隙を見て逃げ出して今があった。しかし今は何の痛みも与えられていない。ただ、指の一本すら動かすことが出来ないだけだ。自分の身体が自由に動かせないということが、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。しかも、これは魔法で動きを封じているわけではなく、脳の血流を途絶えさせた結果だと言う。自身の与り知らぬところで自分の身体が好き勝手に弄られている。その事実に男は戦慄した。

「本来ならば、尋問は影の者に任せるのだが…力試しも兼ねてこの様にお前と遊んでいるわけだ。私の尋問で吐かなければ、その後は影の者の拷問が始まるだけだ。不自由な身体では、今までの様に逃げ出す事もできない。長く苦しい痛みの後吐くか、今吐いて身体の自由を取り戻すか。考えればわかる事だと思うがな。」
「お、お前を殺した後は長男のレイモンドを殺す。最後にローゼリアを攫って終わりだ。」
「何人いる?」
「二人だ。レイモンドの暗殺は俺の役目だが、誘拐は別の者が行う。」
「成る程。今の時間ローゼリアの部屋に侵入を果たしている頃か。」
「そのはずだ。」
「まあそれは何とかなる。それより、誰からの指示だ?」
「?む、娘が心配ではないのか?」
「心配?まあ、邸を消し炭にされないかは心配だが…誘拐犯ごときに遅れを取るような娘ではない。話をそらすな。依頼者は誰だ?」
「し、神殿…」
「もっと詳しく。」
「それ以上は俺も知らない。俺はただ、上の命令に従っているだけだ。」
「そうか。それではお前に聞くことはもうなくなったな。今血栓を溶かしてやる。」

男は心の中でニヤリと笑った。身体が自由になったら、即座にアルドリックを殺す。尋問の後に解放するなど、やはりその道の者と違って詰めが甘い。男が洗いざらい全て話したことも、アルドリックを殺してしまえばなかったことになる。

「そうだ、その前に…」
「なんだ、早くしろ。」
「お前は私の秘密を知ってしまったな。悪いが、ここを生きて返すことはできない。」
「は、話が違うだろ、話せば身体を自由にすると…」
「安心しろ、約束は守る。お前の息の根が止まったのを確認したら、ちゃんと血栓を溶いてやる。『アイスプラーク』」
「な…」

それきり男の呼吸は止まった。ピクリとも動かず、男はそのまま窒息し静かに逝った。
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