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序章

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「…というわけでお前に預ける。」
「は?」
「よろしくおねがいします、お父様!」

「…つまり、庶子ですね?陛下の。そして秘密裏に育てよと。」
「だから違うといっているだろう。この方は幼い女神様だ。丁重に扱ってくれ。」

翌朝、王の居室。この国の宰相であるアルドリック=シュバルツ公爵を朝一にプライベートルームに呼びつけ、事の次第をかいつまんで説明した。預かる側にも事情を知るものが必要だろうという事でローゼリアからは事を打ち明ける許可を貰っていた。
敬虔なイーツェル教の信者であるアルドリックは朝晩の祈りを欠かさない。認識できずとも神や女神は確かに存在すると信じていた。しかし目の前の可愛らしい幼女がそうであると急に言われて、はいそうですかと信じられるほど彼は盲目的な人間ではなかった。ローゼリアはただの人間の子供に見える。この歳ですでに人並み外れた美貌が見え隠れしている幼女が、年相応にクッキーを頬張る姿は確かに神聖と言えなくもないが。

ローゼリアはあの晩、王から滞在の許可を得て女神が退室した後からは言動が随分と幼くなった。少し賢い、いやだいぶ賢い5歳児程度に。態々演技をしているわけではなく、「仕事」以外では普段からこの様なものらしい。神族の中でも一番幼く、また力も弱い彼女は、創造の女神に瓜二つのその愛らしい見目も相まって他の神達からたいそう可愛がられて育ったらしく、いつまでも子供扱いなのだとか。

「でも早く大人になれるなんて楽しみです!上ではここまで育つのに500年程かかったんですよ?子供の身体はもう飽き飽き!お母様みたいなナイスバディになりたいの。」
「ご、500年…?」
「純粋なる神族であれば500年など大した時間ではないのですけど、私は人間の魂が入っているためか対応しきれないんですの。神界には二千年くらいボーッと過ごしている神もいますよ。だから会ったことのない兄弟も沢山いるんですの。」
「二千年!?スケールが違うのだな…因みに何の神か聞いても差し支えはありませんか?」
「確か時空の神だったかと。」
「確かに聞いたことがないな。活動していないのであれば、神話に載っていなくても仕方がないのか。」
「へ、陛下。子供の妄想話を信じるなど貴方らしくもない。庶子でないと言うのなら、彼女はどこから来たのです?見目が良いからと言って、簡単に子供を拾ってきてはなりません。」
「人を変態みたいに言うな!」

「うーん、信じないのなら隣国を消し炭にでもします?まだ力が安定してないのでこの国も消えちゃうかもしれませんけど!」
「…私が何としても説得するから、ローゼリア嬢は何もしなくても大丈夫ですよ、うん。あ、クッキーもっとあるよ?」
「わーい!」

ーーーーーーーーー

愛らしい幼女に甲斐甲斐しくクッキーを渡す国王。アルドリックは痛むこめかみを押さえ唸った。
今朝一番に早馬にて王城に呼ばれた時はどんな緊急事態かと身構えたものだが、いざ呼ばれた先は王の居室、入室すれば人払いされた室内には愛らしい幼女と鼻の下を伸ばした我が国王。そして語られた話は到底信じられるものではなかった。シンプルに「この子私の庶子だから内密によろしく!」であればどれだけ良かったことか。
二人掛けのソファーにヨシュアと並んで腰掛ける銀髪の幼女。その異常なほど麗しい見目以外は普通の人間に見えるが、王がこの様な嘘をつく必要がない事も理解していた。だがしかし女神と言われても…

「埒が明きませんわね、人間の王様。私から少しよろしくて?」

その言葉とともに一瞬にしてローゼリアの雰囲気が変わった。それまで年齢相応の表情を見せていたはずの顔からは無邪気さは消え、大人顔負けの知性が溢れ出ていた。

「私の名は破壊と死の女神マウェッタ。アルドリック=シュバルツ、あなたの魂を覗かせてもらうわよ。」

その瞬間、アルドリックはローゼリアの紅い瞳に囚われ、指先すらも石化したかの様に動かない。2つの紅い瞳が、自分の深淵を覗くのを感じた。


ーーーーーーーーー


「アルドリック=シュバルツ公爵家当主、45歳。妻はラウレンティア=シュバルツ、33歳。子供は息子が2人、12歳と9歳。上位貴族の中では珍しく、愛人を持たない愛妻家。
シュバルツ家は代々魔法がお得意の様だけれど、あなたは殆ど使えないようね?コンプレックスを糧に頭脳だけで宰相までのし上がった実力主義者。」

まるで書類を読み上げるかの様にアルドリックの情報を話し出すローゼリア。例えヨシュアが教えていたとしても、5歳の幼女がこの様なことができるはずがない。アルドリックの身体はまだ動かない。

「…あら?あなた随分と楽しそうな性癖をお持ちの様ね。」
「!!」
「まあ、そこはあなたの名誉の為にも黙っておきましょう。奥様にも知られたくないのでしょう?」

…はったりか?それにしても性癖など、幼女の思いつく言葉ではないだろう。そして確かに心当たりもある。

「あなたの家は随分と魔力の才能の有無に厳しかったようね?才能に恵まれないものは表向き病死として社会的に殺し、人体実験の被験者として非人道的な扱いをした。あなた、現代に生まれて良かったわね。
そしてこちらが本題なのですけれど、シュバルツ家は稀にアルビノの女性が生まれるのではなくって?必ず人並み外れた高い魔力を持って。アルビノが悪の使いだなどと言われていた時代は生涯幽閉し、魔力を奪って家の発展に利用した。近親相姦で無理矢理子を産ませ、高い魔力を血に残した。そのような悪しき風習は今は廃止されたようだけれど、同じ過ちを繰り返さない様に代々当主のみがこの歴史を知る。近年ではアルビノ女性は目立たない様に魔法で髪色を変えるなどして、魔導師として活躍する者も多いみたいね。
私はあなたの遠縁の娘、アルビノで魔力が高いため本家に養子に入ることとなった。辻褄が合うわね?あなたの奥様も娘が欲しかったのでしょう?2人目の出産時の出血でもう子供は望めない様だけれど。」

シュバルツ家当主にのみ知らされる情報まで出てきた。過去の忌まわしい風習は国王にすら知られていないはずだ。現にヨシュアは驚きと嫌悪を隠せないでいるようだ。

ローゼリアが軽く瞬きをするとアルドリックの金縛りはとけ、極度の緊張状態から突然解放された事で彼の意識はそこで暗転した。
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