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序章

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緑豊かな国アレンタール王国。その中心たる王都にそびえ立つは白石作りの荘厳な王城。その一室に今代の王であるヨシュア は一人で寝るには些か大きすぎるベッドの上で一日の終わりを迎えようとしていた。
彼が王妃や側室達と寝所を共にしなくなって久しい。体力的にも精神的にも王を辞する時が近づいて来ているのを感じていた。王太子である息子ベンジャミンも今年で30になる。この国の歴史を考えると少し早すぎる気もするが彼奴の優秀さを考慮すればそろそろ頃合いだろう。ヨシュアは王位に固執する様な人間ではなかった。むしろ早く次代に任せたいとすら思っていた。
彼は愚王でも、賢王でもない。可もなく、不可もなく。彼の治世の間、国は特に発展するでもなくかといって衰退もしていない。彼が40で王位を継いで早20年。自らを王の器ではないと自覚しているヨシュアにはこれが限界であった。しかし息子は賢王となる素質がある。彼の王位継承には一点の曇りもあってはならない。今なら隣国との情勢も安定しているし、ここ数年は滅多な事は起きないだろう。この機を逃してはならない。早くこの重責から逃れたいーーー

「夜分遅くに失礼致しますわ」
「!!だっ、」
「ああ、声を出しても意味はなくってよ。周りの人間は、皆寝ておりますもの。」

ヨシュアの目前に突然現れた女。光輝かんばかりの金髪にその美貌…いや、実際に輝いている…?

「だ、誰だ…」
「ふふ、あなた方が朝晩とお祈りを捧げているお方の妻ですわ。」
「!そ、創造の女神 エレシュア様…!」

「理解が早くて助かりますわ。今宵は大事なお願いがあって参りましたの。…最近この世界には生き物が多すぎるとは思いませんか?」
「な、そ、それは…」
「基本的に我々神族は下界への細かい干渉はできません。このまま生き物が溢れかえり、文明の停滞したつまらない世界を管理するか、思い切ってなかったことにしてしまうか…神族の中でも意見が分かれる所でしたの。」
「なかった事、とは一体」
「あなたの国でも発掘されるでしょう?今より文明が発達していたと言われる古代ケシュターン時代に作られたとされる、現代では到底作れない魔道具が。」

古代ケシュターン文明。約2千年前に滅びた高度な魔法技術を持つとされる文明。なぜ滅びたのかは未だ解明されていない。巨大な金属で空をも飛ぶと言われている。その時代の人々が今の我々を見たら恐らく鼻で笑われるだろう。

「不思議ではありませんか?あの様に高度な文明であったのにも関わらず、いとも簡単に滅んでしまったのは。」
「ま、まさか」
「我々の力は下界では大きすぎる。現状維持か、消滅。どちらかしか選べないのですよ。」

にこり。創造の女神は慈愛の女神とも呼ばれている。その名に相応しい慈愛に満ちた美しい微笑みを見せられたヨシュアは身を震わせた。違うのだ、下界に住む人間とは価値観そのものが。彼らにとって人間など道端の蟻に過ぎない。気まぐれに巣を壊し、新たな女王蟻に住処を与え、その発展を観察する。飽きたらまた壊すを繰り返す。

「そ、それで私に願いとは…」
「あら、そうでした。話が逸れてしまいましたわね。マウェッタ、こちらへ。」
「はい、お母様。」
「この子は最近生まれたばかりの新しい女神、司るものは、破壊と死。」

またもヨシュアの目の前に突然現れたのは人形の様に可愛らしい5歳程の幼女。輝かんばかりの銀髪に血の様に紅い瞳。幼女はその幼さに見合わない美しいカーテシーを披露した。

「主神イーツェルと創造の女神エレシュアが末娘、破壊と死の女神マウェッタと申します。以後お見知り置きを、王様。」
「お願いというのは他でもありません。この子が18歳位になるまで育ててくださらない?」

「…は?」


ーーーーーーーーー


「神族の子供の成長というのはとても遅いんですの。まあ悠久の時を生きるのですから子供時代が長いのは当たり前ですわね。けれども下界に降りて過ごしている間は成長速度は人間と変わらなくなりますの。普通であればのんびり成長を待つ所なのですが、今は下界に干渉できるこの子の力が必要なんですの。今の姿のままでは力が安定しなくて使うのは危険なのですわ。」
「下界に…干渉…?」

真っ青になったヨシュアの頭の中には消滅の二文字が浮かんでいた。

「ああ、消滅以外の干渉という意味ですわよ。この子は人間の魂を少し混ぜて作りましたの。ですから純粋なる我々神族と違い、力が弱いのですわ。まあ、弱いといってもため息ひとつでこの国など消し炭ですけれど。うふふ」
「ため息…」
「まあ、それでこれだけ力を抑えれば下界への細かい干渉も可能だろうということで、この子にこの世界の行く末を任せてみようと思いまして。」

にこり、親子揃って微笑む。目が潰れそうなほどの美貌にヨシュアはよろめいた。破壊の女神に、この世界の行く末を…?そこに破壊以外の道はあるのか。

「勘違いなさらないで、人間の王様。私も気に入った所を消し炭にしようだなんて思いませんわ。生き物を半分ほど減らせばお母様達も満足するかと思いますわ。別に人間でなくてもいいんですの。例えば人間と敵対している魔獣や魔族でも、ね。」
「!!」

確かに現在も魔王を筆頭として魔族や魔獣との戦いは続いている。アレンタール王国は周囲を人間の国に囲まれているため比較的被害は少ないが、戦況が変わればこちらにも火の粉が飛ぶに違いない。その魔族を滅ぼしてくれるというのなら願ってもいない。しかし逆にこの国を気に入らなければこちらが消し炭にされてしまうという事でもある。

「迷う必要はなくってよ?あなたが断れば、かわいそうなマウェッタがため息を吐くだけですもの…ね?」
「わ、分かりました。幼い女神様を預かり育む事の出来るこの誉れ、謹んで受けさせて頂きます。」


「願いを聞き入れてくださってありがとう。この時よりマウェッタの名をローゼリアとし、あなたに預けますわ。良い家柄の所にでも養子に取って可愛がってくだされば十分でしてよ。それなりに成長して力が安定してきたら干渉を始めさせますわ。それまできちんと育ててくださいませね、人間として。」
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