今日、俺の彼女が死にまして

睦月

文字の大きさ
上 下
1 / 7

1

しおりを挟む
「ねえ、私死んじゃったんだけど。」
「はあ?」

四谷宗介の部屋に合鍵を使って入ってきた山中葵は、宗介の顔を見るなりそう呟いた。

「はは、死んじゃったの?じゃあここにいる葵は幽霊ってことか。」

そう言いながら宗介は葵の滑らかな黒髪に手をやり、優しく撫でた。

「触れる幽霊なんて珍しいなあ。」
「もう、信じてないでしょ。本当なんだから。さっきそこで、車に轢かれて死んじゃったの。目の前に車が迫ってきて、車と塀に挟まれて、身体がグシャって…」
「もういいって、らしくないよそんな冗談。今日泊まっていくんでしょ?荷物どうしたの?」
「そんなに言うなら見に行けばいいよ。ついさっきの出来事だからまだ身体もそのままだと思うよ。一本向こうの通り。見てきなよ。」


冗談のはずなのに、不気味なほどに無表情のまま葵は淡々と喋っている。今日の葵はおかしい。こんな悪質な冗談を言うタイプではなかった。
遠くからパトカーと救急車のサイレンが徐々にこちらに近づいてくるのが聞こえた。冗談なら、確認しに行けばいい。それでこの話は終わりだ。にも関わらず、宗介は見に行けば何かが終わると、そう思わずにはいられなかった。

「早く行きなよ。運ばれちゃうよ?」
「あ、ああ。そんなに言うなら見にいくよ。冗談だったら今度昼飯奢りな。」

宗介は渋々玄関に向かい、サンダルを履いた。重い足取りで外階段を降りアパートの外に出た。現在夜の10時。普段であればこの時間は人通りが少ないが、今日は人がまばらに歩いていた。皆同じ方向に進んでおり、向かう先は自宅から一本向こうの通り。徐々に喧騒が聞こえ、人の会話が聞こえる。
「飲酒運転だったんじゃない?」
「可哀想に、まだ若いのに…」
「すげ、ネットにあげよう。」
悲惨な現場に言葉をなくす者。
被害者を悼む声。
パシャパシャと携帯で現場の写真を撮る者。
様々な反応を示す野次馬をかき分け、宗介は事故現場に近づいた。そこで見たものはボンネットがひしゃげた車、崩れた塀、そして顔の判別のできない女性の遺体。しかしその女性の服装は、ついさっき会話していた筈の自分の彼女の物であった。付近には投げ出されたであろう大きめの鞄。葵が、宗介の家に泊まりに来る時決まって使っていたものだ。
迫り上がる胃液を押し込み、覚束ない足取りで宗介は帰宅した。

「お帰り、どうだった?顔わかった?」
「分からなかったけど…お前と同じ服着てたよ。」
「そ、じゃあこれで信じてもらえた?」
「ああ…」

あそこにいたのが自分の彼女であったのなら、今目の前にいるこの女性は一体誰だ?今更ながらに、宗介はこの不可解な現状に恐怖を覚えた。
サイレンの音はいつのまにか止んでいた。救命の余地なしと判断されたようで、サイレンが再び鳴ることはなかった。

ブルルルルル

テーブルの上に置いたままになっていた宗介の携帯が鳴り出した。現実から目をそらす様に、宗介は電話を取った。

「…もしもし。」
『あ、宗介君?今警察から電話があってね、葵が…事故にあったって。ほ、本人確認、しに、警察署に来るように言われたの。いきなりの事で私もまだ信じられないんだけど、あなたにも署に来て欲しいの。無理にとは言わないわ。』
「…今日、葵さん、うちに来る予定だったんです。うちの近所で交通事故があって、さっきまでサイレンの音が鳴ってて。…僕も行きます。横浜警察署ですよね?」

電話を切った宗介は葵に向き直った。

「葵のお母さんからだったよ。」
「そう。泣いてた?」
「まだ信じられないみたいで、泣いてなかったよ。」

この淡々とした女性は一体誰だ?葵は、もっと感情豊かだった。母子家庭で育って、母親が大好きだった筈だ。その母親を残して死んで、心残りがない訳がない。宗介は葵をまじまじと眺めた。

「何?」
「あの、悲しくないのかなって。随分普通にしてるから…」
「なんだかまだ死んだ実感が湧かないの、夢を見ているみたいで。きっとこの夢が覚めたら、私は本当に死んじゃうんだね。」
「そ、そっか…。俺今から警察署に行くけど葵はどうする?ここで待ってる?」
「一緒に行くよ。」
「で、でも混乱しないかな?死んだ人が本人確認しに来るって。」
「多分宗介以外には私の事見えてないと思う。さっき、自分の死体を間近で眺めてたけど、誰も何も言わなかったもの。もしお母さんにも見えるなら、それはそれで良いし。」
「じゃあとりあえず駅まで歩いて、そこでタクシー拾おうか。」
「そうだね。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤信号が変わるまで

いちどめし
恋愛
これは地縛霊の女と、悪霊の少女のお話。 悪霊のせいで破局してしまったカップルの仲を修復するため、「幽霊さん」はその彼氏にアプローチをかけるのだが、幽霊さんの思惑とは外れ、次第に近づいていく幽霊さんと「彼氏さん」との関係。それを不審に思う人物や、快く思わない悪霊によって、二人の背徳的な関係は妨害を受ける。 『幽霊さんが乗っています』を別視点から描く物語です。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...