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ロドルグの街12

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コンコン

「はい。」

客間に戻り、しばらく待つと扉がノックされた。香織は扉を開けると、外にいたローガンを招き入れた。ローガンは客間の入り口で立ったまま話を切り出した。

「すまない、行き違いがあったようで、君を放置する形になってしまった。」
「気にしないでください。何かあったんですよね?」
「…ああ、そうなんだ。実は今朝早く、旦那様が過労で倒れてな…」
「え!?だ、大丈夫だったんですか?」
「ああ。治癒師を呼んで治療してもらったから大丈夫だ。今は念の為安静にしている。」
「そうだったんですね…それでは確かに、食事どころではないですね。」
「それで今後の事なんだが…」
「あ、はい。何かお手伝いすることありますか?」
「いや、見習い侍女の件だが、この話はなかった事にしてもらいたいんだ。」
「え?」
「旦那様ももう若くはない。旦那様はこれを機に、次期当主であるジメール様を王都から呼び寄せる事にしたんだ。彼が来れば必然的に使用人も何人か付いて来る事になる。人員が足りてしまうんだ。」
「そうなんですか…」
「君を振り回すような形になってしまってすまない。一週間分の賃金も出そう。サイモン殿が街を出る前に、彼に合流してくれ。」
「そういう話なら、仕方がありませんね。この状況で長居するのもご迷惑でしょうから、すぐに出ていきますね。」
「すまないな。私は玄関ホール近くで仕事をしているから、行く時は声をかけてくれ。」
「分かりました。」
「そうそう。そのワンピースは君によく似合っている。良かったらクローゼットにある物も全て持っていってくれないか。」
「え?い、良いんですか?とてもお高そうですけど…」
「もう使わない物だ。この屋敷にあっても、意味がないからな。」
「えっと…そういうことなら、遠慮なく…」
「金に困った時に売れば良い値がつくだろう。これもお詫びと思って受けとってくれ。」
「分かりました。ありがとうございます。」

ローガンとの会話を終え、扉を閉める。扉越しに彼の足音が聞こえなくなった頃、香織はグッとガッツポーズをした。

「流石アイ!言った通りになったねー。こんなにすんなりお屋敷を出れるなんて。」
『ローガンは少女を犠牲にする事に関してずっと罪悪感を抱いていましたから。伯爵がいつ目覚めるか分からない今なら逃すことができると思ったのでしょう。』
「じゃあ、気が変わらないうちにさっさと出て行こう。」

帰り支度といっても何もすることはない。香織は持ってきたショルダーバックを肩にかけた。

「ナナちゃん、今の話聞いてたかな?今からお屋敷を出るから、ついて来てくれる?」
「…」

ナナはコクコクと頷くと、香織の後ろにピタリとくっついた。

「あはは。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ローガンさんだって気が付いてなかったでしょう?まあ例え気が付いても、今の状況なら逃してくれそうだけどね。」

こうして香織とナナは無事屋敷から逃げ出す事に成功した。


ーーーーーーーーー


「カオリ!!!」
「わわ、ただいま戻りました、サイモンさん。ご心配おかけしました。」

香織は屋敷を出たその足でクレール商会に向かった。尾行されていないことはアイにより既に確認済みだが、念の為ナナの隠蔽魔法はかけたままだ。トルソン支店とほぼ同じデザインの商会を見つけることは簡単だった。店の裏口に周って寮の扉をコンコンとノックすると、ドドドという激しい足音と共に扉が勢いよく開かれた。
扉を開けたのはサイモン。その後ろにはアレクシスがいた。サイモンは香織の無事な姿を見つけると、勢いのままに抱きついた。いきなりの抱擁に香織が戸惑っていると、アレクシスがサイモンの首根っこを掴み、ベリっと剥がしてくれた。

「カオリが驚いているだろう。」
「ありがとうございます、アレクシスさん。」
「ゲホ…ご、ごめん、カオリ。すごく心配してたから、思わず…」
「いいえ、大丈夫ですよ。ご心配おかけしました。予定より早いんですけど、帰ってきました。」
「早い分には全然問題ないよ!カオリが帰ってくるまでこの街に滞在しようって話になってたくらいだし。」
「それは…早く帰ってこれて良かったです。」
「屋敷での出来事はサイモンから全て聞いている。領主の事はどうやって説得したんだ?」
「説得というわけではないんですが…」
「とりあえず奥で話そうか。カオリ…ごめん、フローラだったね。フローラも疲れてるでしょう?部屋は用意してあるから。」
「ありがとうございます。」

サイモンに案内され、共同リビングに向かう。案内と言っても、寮の間取りがトルソン支店のものと同じだったので、香織一人でも特に迷う事はなかっただろう。香織を三人がけのソファに座らせ、サイモンとアレクシスもテーブルを挟んだ向かい側のソファに腰掛けた。

「それで…詳しい話は聞いても良いのかな?」
「あ、はい。大丈夫です。」
「えっと…伯爵には何もされなかった?」
「はい。この一週間は酷い扱いは受けないだろうと予想はしていましたが、この通り、可愛い服までいただいてしまいました。」
「やっぱりそれ伯爵からもらったやつなんだね…まあ似合ってるけど…伯爵の趣味が窺い知れるな。」
「それで、実は今朝、伯爵が過労で倒れてしまったそうなんです。大事はなかったみたいなんですが、念の為次期当主を王都からこちらに呼び戻すそうで…その際に侍女が何人かついて来るだろうから、私はいらなくなったという訳です。」
「ふうん…それは伯爵がそう言ったの?」
「いえ、ローガンさんに言われました。」
「なるほどね…」

サイモンはそう言うと、手を口元に当てた。昨日の今日で伯爵が倒れるなど、そんなに都合の良い話はない。大方、香織が何かしらしたに違いない。そもそも王都の別邸から侍女が来るからといって、香織の採用を辞めるなど伯爵本人がするはずもない。何故なら香織に求められていたのは、侍女の仕事などではないからだ。
恐らく香織の件に関しては、ローガンの独断だろう。サイモン達がサロンで休憩していた時も、ローガンは香織に忠告をしていた。彼は完全に伯爵側というわけではないようだった。
そしてローガンのその独断を、伯爵が許すはずがなかった。香織は過労で倒れたと言っていたが、恐らく彼は現在意思表示のできない状態にあるのだろうと、サイモンは推測した。意識がないのか、あるいは、死んでいるか。
そこまで考えて、サイモンは香織をこれ以上追求する事をやめた。彼女は何か大きな隠し事をしているし、それを自分達に言うつもりがない事も分かっていた。香織がどうやって伯爵を無害化させたのかは分からないが、その方法を聞いたところで彼女が素直に答えるはずがなかった。

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