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ロドルグの街11
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「…誰も何も呼びに来ない…」
『ただいま屋敷は大慌てですから。』
アイが伯爵と対峙した次の朝、香織は一応いつ呼ばれてもいい様に着替えを済ませていた。クローゼットに入っていたフリルのワンピースを着て、再び黒色に染めた髪をハーフアップ に束ねている。
子供が着るには少々大人すぎるネグリジェを着ていたナナには、香織のワンピースを貸した。初めはナナにもクローゼットのワンピースを着せる予定だったのだが、ナナはそれを頑なに拒否した。嫌な思い出が詰まっているのだろうと、香織は無理強いはせずに自分の服を彼女に貸し与えた。
「でももう9時だよ。昨日は7時くらいに呼びに来たのに。」
ぐうう
客間に獣の唸り声のような音が響き渡る。香織は一瞬自分の腹を抑えたが、すぐにそれがナナから聞こえてきたものだと気付き、彼女の方を振り返った。ナナは香織の視線にビクっと肩を震わせ、身構えた。
「ご、ごめん。ナナちゃんもお腹減ってるよね。何か食べる?」
「…」
ナナにとって香織は、独り言の多い怪しい少女だ。どうやら自分を助けてくれたのは彼女らしいが、何の意図があってこの様な得のない事をするのかが理解できなかった。しかしとりあえず今のところ、香織はナナに危害を加えるつもりはないように見える。警戒心は残しつつ、食事という魅力的な提案に抗うことができなかったナナは思わずコクンと頷いた。
「よかった!変なものは入ってないから安心してね。この場で調理はできないから簡単なものしかないけど…」
香織は収納魔法から非常用に作っておいたおにぎりと味噌玉を取り出した。味噌玉を器に入れて魔法で出した熱湯を注ぐ。それをスプーンでかき混ぜ干し野菜が戻るのを待てば、インスタント味噌汁の完成だ。
「はいどうぞ。熱いから気をつけてね。」
そう言って香織はナナが座っているソファの前のテーブルに食事を置いた。ナナは見慣れない料理に、鼻をすんすんと動かしている。
「えっと…美味しいよ。ほら、こうやって食べるの。ね?毒なんかも入ってないし…」
なかなか食べようとしないナナを安心させるため、香織はおにぎりを手に持ち目の前で食べてみせる。それを見てやっと信用したのか、ナナは恐る恐るおにぎりに手を伸ばした。
「…!」
「ふふ、おいしい?」
「…」
ナナが食べているのはおかかおにぎりだ。香織が口をつけた所から食べ始めたので、すぐに具に到達したようだ。どうやら口に合ったようで、ナナはバクバクと目の前のおにぎりを平らげた。
「スープは熱いから気をつけてね。」
「…」
木の器を手に取り、フーフーと息を吹きかける。湯気が薄くなったのを確認して、ナナはスープを飲んだ。
「!!」
「それはお味噌汁っていうの。ヤポネの食材で作ったから食べ慣れてないよね。」
「… …」
「おいしいならよかった!」
口の動きは読めないが、おいしい気持ちというのは顔を見れば分かる。ナナが全て平らげたのを確認してから、香織もおにぎりを一つ食べた。
お腹が満たされ、ナナの気が少し緩んだ頃を見計らい、香織が今後の話を切り出した。
「えっと、この後のことなんだけど…」
「…」
「あ、この屋敷からは逃してあげる。それは安心してね。話っていうのは、その後の事。ナナちゃんは…どうしたいとか、希望はある?」
「… …」
ナナは一生懸命口をパクパクさせたが、残念ながら香織には何一つとして伝わらなかった。
(…アイ、何言ってるか分かる?分かるなら通訳お願い!)
『お願いします、家族の元に返してください。と言っています。』
(ああ~やっぱそれ説明しなきゃだよね…)
「えっと、家族の元に帰すのは…難しいかもしれない。ナナちゃんの家族は…もう亡くなってるから。」
「…!……」
『嘘!そんなわけないじゃない。この前だってお手紙をもらったもの。旦那様が資金援助してくれてお店を開いたって、繁盛してるって…』
アイがナナの唇を読み、香織の頭の中で同時通訳する。
(…偽装の手紙かなあ。本当酷いことするな。でもこれじゃあ信じてもらえないよ。どうしよう?)
「…!…!」
『連れて行ってくれないなら自分で行きます!と言っています。感謝の気持ちが足りませんね。』
(仕方ないよ。元気でやってると思ってた家族は実は皆死んでましたなんて受け入れられるはずがないもん。しょうがない、とりあえずナナちゃんの家に行ってみるか…)
「えーっと、分かったよ。とりあえず、ナナちゃんの実家に行こう?」
「… …」
『ありがとうございますと言っています。』
とりあえずは話がまとまったところで、香織は行動を開始した。まずは、屋敷の現状把握。このままではいつまで待っても声は掛からないと予想した香織は、客間から出て直接様子を伺う事にした。
「ナナちゃんはここで待っててね。ナナちゃんには姿を隠す魔法をかけてあるから、誰かが来ても、音を立てないで動かないようにしててね。屋敷を出る時は絶対に戻ってくるから。」
「…」
素直にコクンと頷いたナナを客間に残し、香織は廊下に出た。
いつもならこの時間は使用人が廊下を掃除しているはずなのだが、今日は人の気配が感じられない。香織は使用人を探しに、ダイニングへ向かった。
「あ、すみません。」
「はい?…あら。」
ダイニングに向かう廊下で、昨夜香織を呼びに来た若い侍女に行き合った。彼女は香織の姿を見ると、「しまった」という顔を一瞬見せた。
『これは完全に忘れられていましたね。』
(だよね…)
「えっと…今朝はいつまで経っても呼ばれなかったので、自分で来てしまいました。何かあったんでしょうか…?」
「え?えーっと、あの、ごめんなさいね、ちょっとバタバタしてて…あ、ローガンさんを呼んでくるから少し待ってて!食事は…ごめんなさい、用意していなくて…賄いでよかったらあるけど…」
「そんなにお腹空いていないので大丈夫です。どこで待っていればいいですか?」
「えっと…じゃああなたの部屋で待っていてくれる?」
「分かりました。」
「悪いわね。すぐ来ると思うわ。」
若い侍女はそう言って足早に消えていった。それを見送り、香織は大人しく客間に戻った。
『ただいま屋敷は大慌てですから。』
アイが伯爵と対峙した次の朝、香織は一応いつ呼ばれてもいい様に着替えを済ませていた。クローゼットに入っていたフリルのワンピースを着て、再び黒色に染めた髪をハーフアップ に束ねている。
子供が着るには少々大人すぎるネグリジェを着ていたナナには、香織のワンピースを貸した。初めはナナにもクローゼットのワンピースを着せる予定だったのだが、ナナはそれを頑なに拒否した。嫌な思い出が詰まっているのだろうと、香織は無理強いはせずに自分の服を彼女に貸し与えた。
「でももう9時だよ。昨日は7時くらいに呼びに来たのに。」
ぐうう
客間に獣の唸り声のような音が響き渡る。香織は一瞬自分の腹を抑えたが、すぐにそれがナナから聞こえてきたものだと気付き、彼女の方を振り返った。ナナは香織の視線にビクっと肩を震わせ、身構えた。
「ご、ごめん。ナナちゃんもお腹減ってるよね。何か食べる?」
「…」
ナナにとって香織は、独り言の多い怪しい少女だ。どうやら自分を助けてくれたのは彼女らしいが、何の意図があってこの様な得のない事をするのかが理解できなかった。しかしとりあえず今のところ、香織はナナに危害を加えるつもりはないように見える。警戒心は残しつつ、食事という魅力的な提案に抗うことができなかったナナは思わずコクンと頷いた。
「よかった!変なものは入ってないから安心してね。この場で調理はできないから簡単なものしかないけど…」
香織は収納魔法から非常用に作っておいたおにぎりと味噌玉を取り出した。味噌玉を器に入れて魔法で出した熱湯を注ぐ。それをスプーンでかき混ぜ干し野菜が戻るのを待てば、インスタント味噌汁の完成だ。
「はいどうぞ。熱いから気をつけてね。」
そう言って香織はナナが座っているソファの前のテーブルに食事を置いた。ナナは見慣れない料理に、鼻をすんすんと動かしている。
「えっと…美味しいよ。ほら、こうやって食べるの。ね?毒なんかも入ってないし…」
なかなか食べようとしないナナを安心させるため、香織はおにぎりを手に持ち目の前で食べてみせる。それを見てやっと信用したのか、ナナは恐る恐るおにぎりに手を伸ばした。
「…!」
「ふふ、おいしい?」
「…」
ナナが食べているのはおかかおにぎりだ。香織が口をつけた所から食べ始めたので、すぐに具に到達したようだ。どうやら口に合ったようで、ナナはバクバクと目の前のおにぎりを平らげた。
「スープは熱いから気をつけてね。」
「…」
木の器を手に取り、フーフーと息を吹きかける。湯気が薄くなったのを確認して、ナナはスープを飲んだ。
「!!」
「それはお味噌汁っていうの。ヤポネの食材で作ったから食べ慣れてないよね。」
「… …」
「おいしいならよかった!」
口の動きは読めないが、おいしい気持ちというのは顔を見れば分かる。ナナが全て平らげたのを確認してから、香織もおにぎりを一つ食べた。
お腹が満たされ、ナナの気が少し緩んだ頃を見計らい、香織が今後の話を切り出した。
「えっと、この後のことなんだけど…」
「…」
「あ、この屋敷からは逃してあげる。それは安心してね。話っていうのは、その後の事。ナナちゃんは…どうしたいとか、希望はある?」
「… …」
ナナは一生懸命口をパクパクさせたが、残念ながら香織には何一つとして伝わらなかった。
(…アイ、何言ってるか分かる?分かるなら通訳お願い!)
『お願いします、家族の元に返してください。と言っています。』
(ああ~やっぱそれ説明しなきゃだよね…)
「えっと、家族の元に帰すのは…難しいかもしれない。ナナちゃんの家族は…もう亡くなってるから。」
「…!……」
『嘘!そんなわけないじゃない。この前だってお手紙をもらったもの。旦那様が資金援助してくれてお店を開いたって、繁盛してるって…』
アイがナナの唇を読み、香織の頭の中で同時通訳する。
(…偽装の手紙かなあ。本当酷いことするな。でもこれじゃあ信じてもらえないよ。どうしよう?)
「…!…!」
『連れて行ってくれないなら自分で行きます!と言っています。感謝の気持ちが足りませんね。』
(仕方ないよ。元気でやってると思ってた家族は実は皆死んでましたなんて受け入れられるはずがないもん。しょうがない、とりあえずナナちゃんの家に行ってみるか…)
「えーっと、分かったよ。とりあえず、ナナちゃんの実家に行こう?」
「… …」
『ありがとうございますと言っています。』
とりあえずは話がまとまったところで、香織は行動を開始した。まずは、屋敷の現状把握。このままではいつまで待っても声は掛からないと予想した香織は、客間から出て直接様子を伺う事にした。
「ナナちゃんはここで待っててね。ナナちゃんには姿を隠す魔法をかけてあるから、誰かが来ても、音を立てないで動かないようにしててね。屋敷を出る時は絶対に戻ってくるから。」
「…」
素直にコクンと頷いたナナを客間に残し、香織は廊下に出た。
いつもならこの時間は使用人が廊下を掃除しているはずなのだが、今日は人の気配が感じられない。香織は使用人を探しに、ダイニングへ向かった。
「あ、すみません。」
「はい?…あら。」
ダイニングに向かう廊下で、昨夜香織を呼びに来た若い侍女に行き合った。彼女は香織の姿を見ると、「しまった」という顔を一瞬見せた。
『これは完全に忘れられていましたね。』
(だよね…)
「えっと…今朝はいつまで経っても呼ばれなかったので、自分で来てしまいました。何かあったんでしょうか…?」
「え?えーっと、あの、ごめんなさいね、ちょっとバタバタしてて…あ、ローガンさんを呼んでくるから少し待ってて!食事は…ごめんなさい、用意していなくて…賄いでよかったらあるけど…」
「そんなにお腹空いていないので大丈夫です。どこで待っていればいいですか?」
「えっと…じゃああなたの部屋で待っていてくれる?」
「分かりました。」
「悪いわね。すぐ来ると思うわ。」
若い侍女はそう言って足早に消えていった。それを見送り、香織は大人しく客間に戻った。
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