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シバの村11
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依頼が無事達成されたことをサイモンに報告するのは、村に唯一入ることのできる香織の仕事だ。香織は露店にいるであろうサイモンの元に向かった。
「フローラ。おかえり、随分早かったね。もう終わったの?」
「はい。滞りなく。皆怪我もありません。」
「うん、上出来だ!依頼料として金貨35枚、村長からぶん取っておいたから後で持っていくね。…あー、依頼を受けたのは護衛の冒険者7人だから、フローラの分は入ってないんだった…一番の功労者はフローラなのにね。」
「私、今回お金はいりません。勝手について行っただけですし。それに、今回の戦闘で学ぶ事も多かったので…」
「…そうかい?でも取り敢えず、金貨35枚の配分はアレクに任せることにするよ。後は皆で相談してね。」
「はい。」
「昨日から忙しくしてたけど、ポーションは作った?朝から薬目当てのお客さんが多くてね、一応午後に出す予定だって伝えたんだけど…」
「あ、はい。作ってあります。昨日と同じ量で良いですか?」
「ありがとう!充分だよ。疲れただろうから僕達で販売しておくけど、どうする?」
「あ、お願いしてもいいですか?」
「任せて!」
「それと、アレクシスさんが今回の群は例の森から来たんじゃないかって言ってました。早くギルドに報告した方が良いと、今後の予定を気にしていましたよ。」
「そうだね…僕もそう思っていたんだ。確かに予定を繰り上げた方が良いかもね。それも含めて、今夜話しに行くよ。」
「分かりました。」
「フローラはそれまでゆっくりしておいで!働きすぎだよ、子供なのにさ。」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えますね。ここに薬置いておきます。」
「うん、お疲れ様!」
香織はミドとファールにも軽く会釈をして広場を去った。今はなんとなく一人になりたい気分だったので、サイモンの申し出は正直ありがたかった。
「あらおかえり。今日は早いのね。」
「はい。昨日少し忙しかったので、今日はもう休んで良いと。」
「よかったわねえ。それじゃあゆっくりするんだよ。ご飯が出来たら呼ぶからね。」
「ありがとうございます。すみません、お手伝いもしないで…」
「あらあ、良いのよ。そんな事気にしないで、あなたは休んでて。」
「はい、すみません。」
香織は二階の部屋に入ると、そのままベッドにダイブした。
「はあ…」
目を閉じると子狼の亡骸が浮かぶ。あの時、香織が自分で手を下す必要はなかった。嫌ならアレクシス達が向かうのをただ静観していればよかったのだ。
そうやっていつまでも他人に嫌な仕事を押し付けて過ごせるならそれも良いかもしれない。それでもこの世界に生きる者として、これは乗り越えるべき試練だったのだと香織は思った。
日本に住んでいた時には経験したことのない、命と命のやり合い。香織はあの瞬間、確かにこちらの世界の住人となった。
「戦闘訓練で森に連れてってくれなんて…馬鹿な事を言ったな。」
命の重さを再認識した香織は自分の軽率な行動を思い返し、後悔した。冒険者として活動しているアレクシス達はともかく、ただの治癒師の香織が戦闘の訓練など必要ない。今のままでも充分な強さを持つ香織なら尚更のことだ。それを、ただ『香織カッター』が恥ずかしいからなどと言う理由だけで、人を襲ってもいない魔物を殺したのだ。ウルフの肉は不味い。何の意味も持たない殺生だった。
「…決めた。私は極力魔物を殺さない。襲われた時、人を襲う危険性がある時しか殺さない。…あ、お肉が欲しい時も、あと素材が欲しい時…うーん、結局あまり変わらないな…」
『それで良いのですよ。マスターが今まで生きていた世界でだって、その生活はたくさんの命の犠牲のもと成り立っていたのですから。手を下すのが遠くの他人から、自分になったというだけです。』
「そっか。当たり前みたいに食べてたお肉も、暖かい羽毛布団も。色んな薬だって、私が大学で学んだ医学知識だって、たくさんの実験動物を犠牲にして築き上げてきたものなんだ。」
動物実験だけではない。第二次世界大戦時に、ドイツがアウシュビッツ等の収容所で行った非人道的な人体実験の数々が、後の医学の発展に貢献したという説もある。彼等の行った事は紛れもなく犯罪だが、香織も含めて、現代人は当たり前のようにその知識の恩恵を受けている。そこに罪の念はない。「工程」は罪あれど、その「結果」に罪はないのだ。香織自身も、そこまで過去に遡って犠牲になった命を想った訳ではない。実験「動物」までで止まった香織の思考を、アイも敢えて指摘するような事はなかった。
『何の問題もありません。マスターは何も間違ったことはしていないのです。生きるために他の命を犠牲にすることは、当たり前の事です。』
アイの慰めで、香織の気分は多少浮上した。突っ伏していたベッドから顔を上げ、のそのそと起き上がった。
「そうだよね…うん、ありがとう、アイ。」
『何か気分転換できることがあると良いのですが。』
「気分転換?そうだね…うーん、何が良いかなあ?楽しいこと楽しいこと…」
香織は真剣な顔で悩み始めた。頭の中はすでにそのまだ見ぬ楽しい事でいっぱいだ。暗い思考を追い出すために意図的にそうしている面はあったが、それは期待以上の効果をもたらしていた。
「なんか新しい商品でも作るかなあ…」
『サイモンが泣いて喜びそうな発言ですね。』
「ま、まだサイモンさんに見せるかは決めてないから…そもそも何を作るのかもまだ決めてないし…」
セッケン草や井戸の滑車は実用的なものだったので、次は反対に贅沢品でも作ってみようか。香織はそう漠然と思った。
「何が良いかなあ…」
『マスターが今欲しいと思っている物を作ってはいかがですか?向こうの世界で当たり前に使っていて、今この世界にないような物を。』
「うーん、この世界にないものは多いけど…なんだろう。可愛い服なんかはロドルグの街でも結構見かけたし…宝石ってこの世界にあるの?」
『あります。しかしカッティングの技術は未発達なため、丸く磨いた石が主流です。カッティングしたとしても20面くらいが限度でしょう。元の世界のダイヤですと50面以上はありますので。』
「綺麗にカッティングできれば貴族相手にいい商売になりそうだけど…それをやるのは少なくとも治癒師の私の仕事じゃないな。」
「フローラ。おかえり、随分早かったね。もう終わったの?」
「はい。滞りなく。皆怪我もありません。」
「うん、上出来だ!依頼料として金貨35枚、村長からぶん取っておいたから後で持っていくね。…あー、依頼を受けたのは護衛の冒険者7人だから、フローラの分は入ってないんだった…一番の功労者はフローラなのにね。」
「私、今回お金はいりません。勝手について行っただけですし。それに、今回の戦闘で学ぶ事も多かったので…」
「…そうかい?でも取り敢えず、金貨35枚の配分はアレクに任せることにするよ。後は皆で相談してね。」
「はい。」
「昨日から忙しくしてたけど、ポーションは作った?朝から薬目当てのお客さんが多くてね、一応午後に出す予定だって伝えたんだけど…」
「あ、はい。作ってあります。昨日と同じ量で良いですか?」
「ありがとう!充分だよ。疲れただろうから僕達で販売しておくけど、どうする?」
「あ、お願いしてもいいですか?」
「任せて!」
「それと、アレクシスさんが今回の群は例の森から来たんじゃないかって言ってました。早くギルドに報告した方が良いと、今後の予定を気にしていましたよ。」
「そうだね…僕もそう思っていたんだ。確かに予定を繰り上げた方が良いかもね。それも含めて、今夜話しに行くよ。」
「分かりました。」
「フローラはそれまでゆっくりしておいで!働きすぎだよ、子供なのにさ。」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えますね。ここに薬置いておきます。」
「うん、お疲れ様!」
香織はミドとファールにも軽く会釈をして広場を去った。今はなんとなく一人になりたい気分だったので、サイモンの申し出は正直ありがたかった。
「あらおかえり。今日は早いのね。」
「はい。昨日少し忙しかったので、今日はもう休んで良いと。」
「よかったわねえ。それじゃあゆっくりするんだよ。ご飯が出来たら呼ぶからね。」
「ありがとうございます。すみません、お手伝いもしないで…」
「あらあ、良いのよ。そんな事気にしないで、あなたは休んでて。」
「はい、すみません。」
香織は二階の部屋に入ると、そのままベッドにダイブした。
「はあ…」
目を閉じると子狼の亡骸が浮かぶ。あの時、香織が自分で手を下す必要はなかった。嫌ならアレクシス達が向かうのをただ静観していればよかったのだ。
そうやっていつまでも他人に嫌な仕事を押し付けて過ごせるならそれも良いかもしれない。それでもこの世界に生きる者として、これは乗り越えるべき試練だったのだと香織は思った。
日本に住んでいた時には経験したことのない、命と命のやり合い。香織はあの瞬間、確かにこちらの世界の住人となった。
「戦闘訓練で森に連れてってくれなんて…馬鹿な事を言ったな。」
命の重さを再認識した香織は自分の軽率な行動を思い返し、後悔した。冒険者として活動しているアレクシス達はともかく、ただの治癒師の香織が戦闘の訓練など必要ない。今のままでも充分な強さを持つ香織なら尚更のことだ。それを、ただ『香織カッター』が恥ずかしいからなどと言う理由だけで、人を襲ってもいない魔物を殺したのだ。ウルフの肉は不味い。何の意味も持たない殺生だった。
「…決めた。私は極力魔物を殺さない。襲われた時、人を襲う危険性がある時しか殺さない。…あ、お肉が欲しい時も、あと素材が欲しい時…うーん、結局あまり変わらないな…」
『それで良いのですよ。マスターが今まで生きていた世界でだって、その生活はたくさんの命の犠牲のもと成り立っていたのですから。手を下すのが遠くの他人から、自分になったというだけです。』
「そっか。当たり前みたいに食べてたお肉も、暖かい羽毛布団も。色んな薬だって、私が大学で学んだ医学知識だって、たくさんの実験動物を犠牲にして築き上げてきたものなんだ。」
動物実験だけではない。第二次世界大戦時に、ドイツがアウシュビッツ等の収容所で行った非人道的な人体実験の数々が、後の医学の発展に貢献したという説もある。彼等の行った事は紛れもなく犯罪だが、香織も含めて、現代人は当たり前のようにその知識の恩恵を受けている。そこに罪の念はない。「工程」は罪あれど、その「結果」に罪はないのだ。香織自身も、そこまで過去に遡って犠牲になった命を想った訳ではない。実験「動物」までで止まった香織の思考を、アイも敢えて指摘するような事はなかった。
『何の問題もありません。マスターは何も間違ったことはしていないのです。生きるために他の命を犠牲にすることは、当たり前の事です。』
アイの慰めで、香織の気分は多少浮上した。突っ伏していたベッドから顔を上げ、のそのそと起き上がった。
「そうだよね…うん、ありがとう、アイ。」
『何か気分転換できることがあると良いのですが。』
「気分転換?そうだね…うーん、何が良いかなあ?楽しいこと楽しいこと…」
香織は真剣な顔で悩み始めた。頭の中はすでにそのまだ見ぬ楽しい事でいっぱいだ。暗い思考を追い出すために意図的にそうしている面はあったが、それは期待以上の効果をもたらしていた。
「なんか新しい商品でも作るかなあ…」
『サイモンが泣いて喜びそうな発言ですね。』
「ま、まだサイモンさんに見せるかは決めてないから…そもそも何を作るのかもまだ決めてないし…」
セッケン草や井戸の滑車は実用的なものだったので、次は反対に贅沢品でも作ってみようか。香織はそう漠然と思った。
「何が良いかなあ…」
『マスターが今欲しいと思っている物を作ってはいかがですか?向こうの世界で当たり前に使っていて、今この世界にないような物を。』
「うーん、この世界にないものは多いけど…なんだろう。可愛い服なんかはロドルグの街でも結構見かけたし…宝石ってこの世界にあるの?」
『あります。しかしカッティングの技術は未発達なため、丸く磨いた石が主流です。カッティングしたとしても20面くらいが限度でしょう。元の世界のダイヤですと50面以上はありますので。』
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