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ロドルグ伯爵8
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「魔法使いが単独で戦うには魔力消費を最小限にする必要がある。今回みたいに水場の近くなら水系の魔法を使えば魔力消費も少ない。」
「水を作りだす手間が省けるわけですね。」
「そういう事を考えながら戦う。」
「難しそうですね…」
「ふむ…戦略を考えながらの戦闘はどの職種も同じだと思うが…カオリは戦闘中何を考えているんだ?」
「え?うーんと…何も考えてない、ですね。強いて言うならキャー!でしょうか…」
「…カオリは根本的に戦いに向いていないのかもしれないな。」
「そんなあ。」
「何も考えていなくてあの精度なのか?」
「あー、相手が魔物でも、生き物が苦しみ踠いてる姿ってすごく怖いじゃないですか。なるべくなら即死してほしいって常々思ってます。そのせいですかね。」
「カオリは本当に想像力だけで魔法を使っているのだな…」
香織は殺生を楽しむような性質を持ち合わせていない。蚊は殺せても毛虫は殺せない。それ以上の大きさの虫なんてもってのほかだ。
一人暮らしをして初めて過ごした夏、香織は台所に鎮座する一匹のゴキブリと対峙したことがあった。虫を殺すスプレーもなく、香織は仕方なく要らなくなった雑誌を丸めてそれに戦いを挑んだ。死闘の末、やっとの思いでゴキブリに一発入れる事はできたが、その一発で完全に仕留める事はできなかった。それは手足をおぞましいほどに動かしながらもがき続けた。一向に息絶える気配はなく、香織は恐怖に一人泣き叫びながらそれにもう二発、攻撃を加えたのだ。
香織は遠い目をしてあの時のことを思い出していた。あの時一撃でスパンと仕留められていれば、あんなに怖い思いをしなくてすんだのだ。香織の攻撃の容赦ない命中率は、恐らくその時の心の傷が原因なのだろう。
「ああ、もしかしてカオリは初めて家畜を絞めた時に失敗した口か?」
「え?」
「確かにそれがトラウマになるやつは結構いるな。俺の村でも、戸惑ってうまくできずに家畜を苦しませる奴はいたな。大事に育てた家畜だから、苦しむ所を見るのは辛いものがある。それ以降家畜を手にかけることができなくなるやつと、締めるのがものすごく上手くなるやつの両極端に分かれるな。カオリは後者だったのだろう。」
「そ、そう、そうなんです…えへへ。」
(やっぱり文字通り住む世界が違うんだなあ。私なんてゴキブリで泣いてたのに、この世界の人達は家畜を殺して泣いてるんだ。)
まさか正直に虫を仕留め損ねたのがトラウマだとは言えず、香織は適当な笑いでその場をしのいだ。
「ふむ、ではカオリの練習に戻るか。この辺に他の魔物はいるか?」
「えーっと…いませんね…全然いません。この森、全然魔物がいないんですね。」
「…そんなはずはないが…ここは普通の森だ。小型の魔物もいないのか?」
「えっと…いません。ジェイスさんも見てくれますか?私が見落としてるのかも。」
「…いない。おかしい。」
「…ふむ。確かに普通じゃないな。野営地に戻って報告しよう。すまないカオリ、練習はここまでだ。」
「はい、戻りましょう。」
それぞれ嫌な予感を胸に、香織達は足早に野営地に戻った。
ーーーーーーーーー
「魔物がいない?」
「ああ。カオリとジェイスが二人で索敵を使ったが、グリーンウルフ三匹以外の魔物は見つけられなかった。」
「それはおかしいね…何者かが魔物を狩り尽くしたか、もしくは…」
「魔物が逃げ出したくなるほどの強敵がいるか。」
「…そうなるね。はあ、今回の行商はトラブル続きだなあ。どうする?」
「夜の移動は危ない。予定通りここで夜を明かして、明日からは馬を急かすしかない。」
「そうだよね…カオリにまた魔物除けの香を分けてもらおうかな。」
「それが良いと思う。」
野営地に戻った後、アレクシスはサイモンに報告すると言って馬車の中に入って行った。香織は自分のテントに戻り、休憩中だ。
特にやることもなかったので、今日採取した薬草を使って薬を作る事にした。片手間に調薬をしながら、香織はアイに問いかけた。
(森でなにかあったのかな…アイ、分かる?)
『少し前まであの森にはグリフィンがいました。その気配に怯え弱い魔物達は森から逃げ出したのでしょう。』
(グリフィンって強そうだけど、強いの?)
『そうですね、レッドオークキングより強いですね。Sランクパーティーが戦って勝てるかどうかといったところでしょうか。伝説級の魔物です。』
(ええ!?それ大変じゃない?遭遇したら全滅じゃん!)
『マスターは生き残るでしょうけど、他の者は全滅でしょうね。しかし安心してください。グリフィンは昨夜この森を飛び立ったようです。あと数日もすれば森にも魔物の姿が戻って来るでしょう。』
(な、なんだ…)
『グリフィンは伝説級と呼ばれるだけあって大変希少です。すれ違っただけでも奇跡ですよ。』
(それってラッキーなのかなあ…)
「カオリ、ちょっといいかい?」
「はい。」
香織がアイと心の中で会話をしていると、テントの外からサイモンの声が聞こえた。香織は調薬した大量の薬瓶を収納し、テントの入口を開けて外に出た。
「魔物除けの香をまだ持っていたら使わせて欲しいんだけど…」
「はい。大丈夫ですよ。」
香織は収納魔法から香を4つ取り出してサイモンに手渡した。
「ありがとう。これで少しは安心だよ。」
「魔物がいなくなった原因は分かったんですか?」
「いや、でも恐らくかなり強い魔物がここの森に住み着いているんじゃないかって話になってね。森で暴れた形跡はなかったみたいだから浅層までは来ないと踏んで、今夜はここに留まる事になったよ。夜間の移動は危険だからね。」
「そうなんですか。夜間の見張りの数は大丈夫ですか?私もお手伝いしますけど。」
「うーん、そうだね…正直ちょっと人手が足りないかな…僕が見張りなんかしても意味ないしね。良かったら最初の見張りをやってもらってもいいかな?寝るのは少し遅くなっちゃうけど…」
「大丈夫です!」
「ありがとう、助かるよ。」
その晩、魔物除けの香の効果もあり、魔物の襲撃はなかった。
「水を作りだす手間が省けるわけですね。」
「そういう事を考えながら戦う。」
「難しそうですね…」
「ふむ…戦略を考えながらの戦闘はどの職種も同じだと思うが…カオリは戦闘中何を考えているんだ?」
「え?うーんと…何も考えてない、ですね。強いて言うならキャー!でしょうか…」
「…カオリは根本的に戦いに向いていないのかもしれないな。」
「そんなあ。」
「何も考えていなくてあの精度なのか?」
「あー、相手が魔物でも、生き物が苦しみ踠いてる姿ってすごく怖いじゃないですか。なるべくなら即死してほしいって常々思ってます。そのせいですかね。」
「カオリは本当に想像力だけで魔法を使っているのだな…」
香織は殺生を楽しむような性質を持ち合わせていない。蚊は殺せても毛虫は殺せない。それ以上の大きさの虫なんてもってのほかだ。
一人暮らしをして初めて過ごした夏、香織は台所に鎮座する一匹のゴキブリと対峙したことがあった。虫を殺すスプレーもなく、香織は仕方なく要らなくなった雑誌を丸めてそれに戦いを挑んだ。死闘の末、やっとの思いでゴキブリに一発入れる事はできたが、その一発で完全に仕留める事はできなかった。それは手足をおぞましいほどに動かしながらもがき続けた。一向に息絶える気配はなく、香織は恐怖に一人泣き叫びながらそれにもう二発、攻撃を加えたのだ。
香織は遠い目をしてあの時のことを思い出していた。あの時一撃でスパンと仕留められていれば、あんなに怖い思いをしなくてすんだのだ。香織の攻撃の容赦ない命中率は、恐らくその時の心の傷が原因なのだろう。
「ああ、もしかしてカオリは初めて家畜を絞めた時に失敗した口か?」
「え?」
「確かにそれがトラウマになるやつは結構いるな。俺の村でも、戸惑ってうまくできずに家畜を苦しませる奴はいたな。大事に育てた家畜だから、苦しむ所を見るのは辛いものがある。それ以降家畜を手にかけることができなくなるやつと、締めるのがものすごく上手くなるやつの両極端に分かれるな。カオリは後者だったのだろう。」
「そ、そう、そうなんです…えへへ。」
(やっぱり文字通り住む世界が違うんだなあ。私なんてゴキブリで泣いてたのに、この世界の人達は家畜を殺して泣いてるんだ。)
まさか正直に虫を仕留め損ねたのがトラウマだとは言えず、香織は適当な笑いでその場をしのいだ。
「ふむ、ではカオリの練習に戻るか。この辺に他の魔物はいるか?」
「えーっと…いませんね…全然いません。この森、全然魔物がいないんですね。」
「…そんなはずはないが…ここは普通の森だ。小型の魔物もいないのか?」
「えっと…いません。ジェイスさんも見てくれますか?私が見落としてるのかも。」
「…いない。おかしい。」
「…ふむ。確かに普通じゃないな。野営地に戻って報告しよう。すまないカオリ、練習はここまでだ。」
「はい、戻りましょう。」
それぞれ嫌な予感を胸に、香織達は足早に野営地に戻った。
ーーーーーーーーー
「魔物がいない?」
「ああ。カオリとジェイスが二人で索敵を使ったが、グリーンウルフ三匹以外の魔物は見つけられなかった。」
「それはおかしいね…何者かが魔物を狩り尽くしたか、もしくは…」
「魔物が逃げ出したくなるほどの強敵がいるか。」
「…そうなるね。はあ、今回の行商はトラブル続きだなあ。どうする?」
「夜の移動は危ない。予定通りここで夜を明かして、明日からは馬を急かすしかない。」
「そうだよね…カオリにまた魔物除けの香を分けてもらおうかな。」
「それが良いと思う。」
野営地に戻った後、アレクシスはサイモンに報告すると言って馬車の中に入って行った。香織は自分のテントに戻り、休憩中だ。
特にやることもなかったので、今日採取した薬草を使って薬を作る事にした。片手間に調薬をしながら、香織はアイに問いかけた。
(森でなにかあったのかな…アイ、分かる?)
『少し前まであの森にはグリフィンがいました。その気配に怯え弱い魔物達は森から逃げ出したのでしょう。』
(グリフィンって強そうだけど、強いの?)
『そうですね、レッドオークキングより強いですね。Sランクパーティーが戦って勝てるかどうかといったところでしょうか。伝説級の魔物です。』
(ええ!?それ大変じゃない?遭遇したら全滅じゃん!)
『マスターは生き残るでしょうけど、他の者は全滅でしょうね。しかし安心してください。グリフィンは昨夜この森を飛び立ったようです。あと数日もすれば森にも魔物の姿が戻って来るでしょう。』
(な、なんだ…)
『グリフィンは伝説級と呼ばれるだけあって大変希少です。すれ違っただけでも奇跡ですよ。』
(それってラッキーなのかなあ…)
「カオリ、ちょっといいかい?」
「はい。」
香織がアイと心の中で会話をしていると、テントの外からサイモンの声が聞こえた。香織は調薬した大量の薬瓶を収納し、テントの入口を開けて外に出た。
「魔物除けの香をまだ持っていたら使わせて欲しいんだけど…」
「はい。大丈夫ですよ。」
香織は収納魔法から香を4つ取り出してサイモンに手渡した。
「ありがとう。これで少しは安心だよ。」
「魔物がいなくなった原因は分かったんですか?」
「いや、でも恐らくかなり強い魔物がここの森に住み着いているんじゃないかって話になってね。森で暴れた形跡はなかったみたいだから浅層までは来ないと踏んで、今夜はここに留まる事になったよ。夜間の移動は危険だからね。」
「そうなんですか。夜間の見張りの数は大丈夫ですか?私もお手伝いしますけど。」
「うーん、そうだね…正直ちょっと人手が足りないかな…僕が見張りなんかしても意味ないしね。良かったら最初の見張りをやってもらってもいいかな?寝るのは少し遅くなっちゃうけど…」
「大丈夫です!」
「ありがとう、助かるよ。」
その晩、魔物除けの香の効果もあり、魔物の襲撃はなかった。
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